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五日目:蜜編 現在 76話

そうして僕は、僕の精子・性欲・性衝動を、如何にして解決するべきか、という命題の前に立っていた。其処は暗く、深い穴のようで在り、その実、空虚で、怠慢で、惰性的な場所だった。まるで何も無いのと同じだった。彼女(この夢の中の存在に名前を付けるのだとしたら"M"が相応しい)は何故、自分が其処に存在するのか解らないような佇まいだった。恐らく、初めから終わりまで、其処に"M"は存在していたのだ。気が付かなかったのは僕等の方だった。

何故、気が付かなかったのという疑問に意味は無く、只、この現状を夢だと理解している事実に、僕は安堵した。そして、それ以上、何処にも行く事は出来なかった。動く、という事が僕等の発生にとって、どれほど重要な行為なのかを理解する事が出来るか? 初めに卵子が在り、続いて精子が動く。動くという記憶を、そもそも何処で手に入れた? 単細胞生物の太古から、電子分解される現在まで。そして今、重要なのは、やがて"M"は動かなくなるという事。動けなくなるという事。この暗い穴の中で、白く染まって消えるという事。――死。セイシ。

僕の中には種が在る。それは命という呼び名(または"D"と名付けるのが相応しい)の下に、安穏と存在しているけれど、花を咲かせぬ種を撒くのは悲劇であるし、水を与えぬ花を植えるのは悲劇だ。束の間の迷いの中で、僕は"M"は種を受け取らず、凛としながら朽ち果てる事を望んでいる予感を得た。何故なら彼女こそが、揺らぎ無く存在し続けていたモノだから。

彼女は全てを終わらせたがり、しかし尚、未だ何かを求めて生きており、そうして僕は、僕の精子・性欲・性衝動を、如何にして解決するべきか、という命題の前に立ちながら、やがて停止するであろう彼女を眺めた。眺める為に眺めた。他に成すべき方法など、僕も、誰も、持ち合わせてはいないのだ。だけれど、だけれど、だけれど叫びたい。何と?

失いたくないと。

申し訳ないけれど、僕は君を、まだ失いたくないのだと。


【M線上のアリア】 現在/76


雨音が聴こえる。――細い糸を床にバラ撒いたかのような、水の音。
深海から緩慢に浮上するような灰色の意識の中で、それがシャワー音だと知るまでに、数秒間が必要だった。目を開ける。光。追随する風景。天井と照明。僕の両手が指を重ねて、己の胸の上に乗せられているのを見て、僕は両手を解いた。まるで祈りを捧げる殉教者のようだった。ミクコの手は無く、ミクコの姿も見えない。雨音――シャワー音の向こう側。

「……ミクコ、シャワー浴びてるのか?」

浴室からは水流が排水溝へ流れる単調な音だけが扉越しに響き、それ以外の物音が聞こえない。ミクコ? まさか? 厭な映像を伴う予感。「ミクコ? 開けるぞ」扉に手を伸ばす。瞬間、濁流音。「……ミクコ?」――鏡の前に佇んでいる、ミクコの背中が見えた。「蜜クン……」

鏡越しに僕を見て、それ以上、ミクコは何も言わなかった。水が流れている。熱を伴った水。只、延々と、流れている。流れ続けてはいるが、目的は無い。只、流れ、只、落ちる。排水溝の向こう側。暗い穴の中。ミクコの背中は細い。迂闊に触れられない程に細い。髪が……。

ミクコの髪が、真白に染まっていた。
最終段階が訪れたのだ……と、至極当然の事を、僕は考えた。研究施設で出逢った頃の彼女と、ほとんど同じ姿。真白な髪。真白な肌。真赤な目。失ってきたはずの記憶だけが、無責任に積み上げられる。手遅れ? 否、まだ間に合う。僕の中の"D"さえ渡せば、彼女は失われない。カバラの契約の成就には、まだ早いが。「……ミクコ、あのな」「アタシね」「え?」

「アタシね、ずっと黒に憧れてたんだ」
「……黒?」
「黒い髪、黒い目、日焼けした黒い肌も素敵じゃない?」

僕の台詞を遮ると、ミクコは鏡の前に佇んだまま、背を向けたまま話し始めた。
シャワー音がBGMのように、終わる事も無く、延々と流れ続けていた。

「子供の頃にね……部屋で鼠を飼ってたの。パパが飼ってたのかな。真黒な鼠でね。大好きだった。だけど、その頃、気付いちゃったのよね。子供だったから気にしてなかったんだけど、アタシの髪は白くてね、肌も白くて、おまけに目は真赤でね、まるで兎みたい。アタシは変なんだって、子供のアタシは思ったの。だってパパだって、周りの大人だって、アタシみたいな真白な色をした人は何処にもいなかったんだもの」

そこまで言うと、彼女は小さく笑った。

「真黒な鼠、だからアタシのヒーローだったんだ。だって真黒な色をした生物なんてね、子供の頃のアタシは、まだ他に見た事が無かったんだから。皆と違う色なのに、毎日元気に生きてる鼠がね、アタシは大好きだったんだ。黒に憧れてさ、自分も黒くならないかなって」

「……それが、君が描いていた絵?」

「そ、ネズミー。カッコイイでしょ? だけど本物はもっとカッコ良かったんだから! だけどね、三歳の頃かな、突然いなくなっちゃったけどね。ネズミーは、アタシの最初の憧れなんだ」

「そっか……」

憧れられるような存在では無かったと思う。その鼠は。自分の意思を失くして、何かに流されるように漠然と、鼠として生きていただけだと思う。それでも、誰かが、まるで別の角度から、その風景を眺めている。彼女にとって、あの不細工に描かれた真黒な鼠は、きっとカッコ良い存在として幼い目に映っていたのだろうし、そして。「……自分も黒く染まりたかった?」

「アタシが生まれ育った場所はね、ちょっと普通の場所じゃなくてね。大人達は全員、自分の願いを叶える事に必死だった。記憶と交換で願い事が叶うんだって。もちろんアタシにも願い事があった。カラダを普通にしてください。普通の人間にしてくださいって。だけど誰にお願いしたら良いのか、アタシは知らなかった。誰も教えてくれなかったからね」

「誰が、それを君に教えたんだ?」

「パパ……」

水は止まない。
源流が枯れてしまうまで、それは流れ続けるだろう。
シャワー音が響いて、刹那、鏡越しに真赤な目をしたミクコが見えた。

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五日目:蜜編 現在 75話

浅い眠りの中で考えた。
大切な人達に、伝える為に歌うのだとミクコは言ったけれど、何を伝える気なのだろう。想い。願い。祈り。其れ等を歌声に込め、誰かに伝えるとして、本当に今救われるべきなのは彼女自身だ。皆にお別れする為のライブでは無いと言ったけれど、実際は皆にお別れする為のライブだ。何故なら、現に彼女を救う明確な手段が無い。否、実際には在る。但し、まだミクコは、それを知らない。知らないからこそ、皆にお別れする為のライブにしなければならない。それを何とか否定しようとモガイテいるのが、今の彼女だ。

僕の中に存在する"D"を使えば、今すぐミクコは助かるだろう。それを彼女は知らない。覚悟ならば出来ている。何の覚悟? "D"を渡す覚悟。命を失う覚悟。それは彼女が望んだ事か? 望みはしないだろう。だからこそ伝えない。だからこそミクコは何も知らない。何も知らないからこそ、今の彼女に救われる手段は無く、明日のライブは皆にお別れする為の場だ。

「変わる事」に対して、本当は今もミクコは悩んでいると思う。
ミクコは二日前にニコラと接触しているはずだが、その際に何を言われたのだろう。少なくともミクコは自殺願望を抱えてニコラに会いに行ったはずだが、ニコラが提示した方法は彼女が望んだそれでは無かったのかもしれない。何故ならミクコは固い決意の中で尚、迷っていた。だからこそ僕に手を伸ばした。アクセプトとは別の救いを求めた。

真白な肌が、隣で寝息を立てる。眠るという事は、やがて起きるという事。彼女が生きているという事。守れるのか、僕に。少なくとも36日間。カバラの契約が、僕の全てを食いに来るまで。疑問は在る。だが訊いてはいけない。僕の中の"D"を彼女に悟られてはいけない。ニコラが望んでいるアクセプトと、ミクコが望んでいたアクセプトと、僕が予想しているアクセプトは、本当に同じか? キリコを取り戻す為の容器になる事を、ミクコは嫌がった。自分の魂が跡形も無くキリコに食われて、消える事を怖れた。……本当にそうか?

「クシュッ!」

不意に隣から、小さなクシャミ。ミクコが寝返りを打ちながら、寝惚けたように何かを呟く。よく聞き取れない。僕は彼女の手を握り、その手を自分の胸の上に置いた。目を閉じ、息を吸う。ミクコ、安心しろよ。君は死なない。僕の中に"D"が在るからな。目が覚めたら、ライブだ。


【M線上のアリア】 現在/75


世界が真白に包まれて、それが全てを取り戻した僕だと、僕は知った。
失ったモノを取り戻すという事は、失わなかったモノを捨て去るという事。何故なら僕には、僕の命以上の命なんて持てない。忘れてしまう、という訳では無い。身の程を知るという意味でもあるし、常に決断を迫られるという意味でもあるだろう。ミクコとキリコ。ミツとミツ。そして、ニコラは年老いた。最期には誰が存在する?

――ああ、そういう事か。此処は何処だ。夢か。今、視界に入った真実を、目が覚めた後も忘れなければ良い。ミクコが言ったな。アイロンが二台ある。古いのと、新しいの。変わらないモノと、変わりゆくモノ。どちらも同じ。どちらを選ぶべきか。ミクコは戻っていく。真白に。汚れ無き状態に。(記憶を全て戻すのに、汚れ無き?)あの日、ミクコは何と言った?

(体中が白く染まって、髪の毛も無くなって、目も見えなくなるわ。)
(それから声も出せなくなって、もうじき歌も唄えなくなるわ。)
(そうして最後は、私の体も無くなっちゃうのよ。)

何故? アクセプトがキリコの魂をミクコに移す為の行為なら、ミクコの体が無くなってはいけない。彼女の記憶が全て戻る時――すなわち初期状態に戻る時――ミクコが消えるという言葉は、彼女がアクセプトを受け入れるという意味では無いのか。暗喩。疑問。消えるのは魂? 体? 読み間違えた? 何処で?

(私からキリコを奪えるかね?)

成程、其処か。予感は確信に変化し、一本のイトが見える。しかし此処は夢だ。 今、視界に入った真実を、目が覚めた後も忘れなければ良い。しかし忘れるかもしれない。もしも忘れてしまっても大丈夫。今更、忘れてしまう事を怖れる必要は無い。何度も忘れた。それでも取り戻す方法を、僕は覚えた。おい、ヴィンセント、聴こえるか。今、此処にヒトツの真実が在る。僕以外、まだ誰も気付いていない真実だ。だけれど此処は夢だ。記憶を食う悪魔よ、どう思う? 夢ほど簡単に忘れてしまうモノは存在しないよな。それでも忘れなかったモノが、やがて現実になる。ニコラは僕等に罠を仕掛けた。四九年前から脈々と受け継がれた罠だ。

夢から覚めた世界は、素晴らしいと思うか?
ミクコは目覚めたらライブに向かうだろうけれど、僕とニコラの目は覚めないのさ。
だから殴りに行けなければならない。欠損状態を受け入れよ。これはニコラの言葉だよ。
アクセプトの意味が「受容」ならば、夢から覚めても、現実は何も変わっちゃいないのさ。

受け入れようとしているのは、ニコラなんだから。

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五日目:サク編 10話

 漫然と世界は流れていく。
 人にはきっと、人生の中できっと一度だけ、全てを得たような気分になることがあって、それでいい気になっていると、あとの人生では風船が萎んでいくように得たものを失っていくように出来ている。徐々にだが確実に、そして淡々と。こうして暗闇の部屋に座っている時でさえ。風船に穴を開けたのは誰だったか? 僕なのか、みく子なのか、悪魔なのか。それとも、単なる時間の経過だったのか。もしそうならば時間は結果的に何も育てない。人は若さを失い、記憶を失い、そして命を失って終わる。時間は結果的に何も育てない。一を無限で割ると――零。
 床に放り投げられたバックの口から、小さく折りたたまれた紙のようなものがこぼれていた。何だろう。体を少しだけ傾けて拾ってみる。薄闇の中で見ると、それは思いもがけないものだった。鮮やかな花畑がプリントされている袋。コスモスの種だった。中味はもうない。なぜこんなものが僕のバックの中に入っているのだろう。しかも中味のない、ただのゴミが。もちろん中に入れた記憶はない。記憶がない。だが、自分で入れた他にない。そう言えば、この前、大学の正門近くで何を悪魔に受け渡したのだろう。少し考えてみたが分かるわけがない。このコスモスの種の空袋が関係しているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。自分の記憶は既に連続性を欠いていて、こうして時々現れる過去の片鱗の何が、失った記憶とリンクしているのか自信が持てない。自分がこうしたのではないか、という推理を組み立てることは出来るし、それは合っている時もあるようだ。でも、記憶を取り戻せることは絶対になくて、その推理は過去の自分を推し量って試すようで虚しくなる。
 ――お前が望んだことだ。
 記憶を取り戻せることは絶対にない。そしてそれは全て、過去の自分が望んだことだ。失った記憶にどれほどの価値があったのか、失ってしまってからではいつも分からない。それを選んだ自分を信じるしかない。コスモスの空袋をまたバッグの方へ思いっきり投げ捨てた。
 絶対に戻ることのないはずの記憶を戻す唯一例外的な方法。僕はそれが正しいと信じていた。でもそれは本当に正しいことだったのだろうか。漫然と世界は僕を乗せて流れていく。僕が求めたものは、そんな大それたものだったのだろうか。そんな悪いものだったのだろうか。歯を食いしばって、自分のしたことの愚かさを悔やまねばならないほどのことだったのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。青春の一時期の、些細な、ほんの些細なことを取り戻そうとしただけなのに。
 僕は間違いを犯した。
 みっこに確かめなかった一つの仮説がある。おそらくは間違いのないだろう仮説。ぎりっと歯を噛んだ。僕のせいだ。みっこの白化は別にイメージチェンジなんかではない。もしも、もしもそういう病気、みたいなものがあったなら? アルビノ、とみっこは調べていた。でもアルビノとは少し違う気がする。あれから僕も少し調べた。たぶん、それに近いが、それではない。それだけではない、のかもしれない。もしかしたら僕の影響もあって、加速度的に症状が速まっているのかもしれない。
 みっこは昔、病気だった。それはみっこの口から聞いた。いつの話だ? 僕と出会って毎日を二人で笑っていた頃ではない。中学の頃は既に病弱だったと過去形で言った。もう治せた、と。だからそれよりも前ということになる。アルビノは遺伝に関する病気だ。それに近いならば、恐らくは、生まれつき。生まれつきの病気を、中学までに長い時間をかけて治したのだろうか。それもありうる。中学まで、僕と出会うまでに自力で治した。しかし、どうやって? 果たして遺伝に根深く関係するアルビノが、みっこの髪をオレンジ色に見せるまでに改善されることはありうるのだろうか。
 考えられる方法が一つだけある。
 悪魔と出会い、それを願うこと。
 呼びかけるのも忌々しい。
「いるんだろう――!」
 酷く低い声が僕の口から出た。後ろを振り向く。僕の部屋からはドアを開けていると玄関までが一直線に見える。だが、今はドアが開いているが玄関は見えない。闇が深いのだ。まるでの空間だけ黒いスポットライトが向けられているように、部屋とは闇の深度が違う。そして黒いヘドロから生まれるように、ぬっと長い手が出てきた。それが開きっぱなしの部屋のドアを掴む。その手が曲がると、引き上げられるように長身痩躯の体が現れた。
「いる」
「なぜ言わなかった!」
 僕は相手の顔を見た瞬間に、天井から引っ張られるマリオネットみたいにビンと立ち上がった。悪魔が見ようによっては哀しそうな目をして、僕を見下ろした。その釣りあわない拮抗状態が数秒過ぎる。これほど憎しみを込めて誰かを睨んだことはないだろう。悪魔がふかぶかと溜め息をついた。
「やれやれ。話が見えん」
「嘘をつくな! お前はっ……!」
 瞬間、悪魔が僕の首を片手で厳しく掴む。そのせいで一瞬息が止まった。悪魔の目が暗い光を灯して、僕を見下ろした。そして陽炎の向こう側で笑うような、歪んだ笑みを見せる。そして言った。軽い口調だったが、酷く高圧的な声だった。
「調子に乗るなよ。翼も持たない無力なヒトが。話が見えん、と言ったのは真実だ。まったく話が見えん」
 僕は左手を横に払うようにして、僕の首を掴む悪魔の右腕を払おうとした。左手が堅いものにぶつかった感触があって、止まる。悪魔の腕はピクリとも動かない。数秒後、悪魔が自分で僕の首から手を離した。離された反動で後ろに少しだけよろめく。
「そんなわけないだろう……。お前は、僕の全てを見ているはずだ」
「そうだ。その通り。全てを見ている。だが、解せん」
「何が!」
「無能め。理解力に乏しいな。分からないのか。いや、少しなら感じただろう。もっと喜べ、と言っているのだ。涙を流して歓喜すればいい。感謝されこそすれ、この俺がそんな目を向けられるいわれはない」
「喜ぶ? どうしてこれが喜べる! 一体どういう……」
「お前の願いは叶ってきている、という意味だ」
 僕は止まった。思考さえ。
 くくく、と悪魔が醜く笑う。
「どうだ、どんな気持ちだ。他人の願い押しのけ、自分の願いを叶えるその感触。その感激に打ち震えて夜も眠れぬ人間が今までに何人もいたぞ。お前はどうだ。その類の人間ではないのか。何しろ、願いが願いだ。人の感情を左右するのだからな」
「……僕は、そんなつもりじゃなかった」
「もう遅い」
「ただ、お前が、奪ったから……」
「それは違う。愚か者め」
「何が違う! みっこの病気を治したのは、お前だろう! なぜ……何で言ってくれなかったんだ。何で! みっこの記憶が戻ったら、みっこの願いも失われると!」
「聞かれなかったからだ」
 瞬間、思考が飛んだ。それなのに、自分の行動を冷静に観察することが出来た。僕は右手を振りかぶった。左手で悪魔の襟首を掴む。自分がこんな行動に出れるなんて思ってもみなかった。拳を力いっぱい握る。筋力の限界を感じるくらい握る。僕は何を握っているのだろう。ただの自分のエゴかもしれない。みっこのためだ、なんて馬鹿馬鹿しい。最初っから、自分だけのエゴだった。拳が痛い。
 痛い。拳の中に握っているものが分かった。僕のエゴを包む、命だ。
 生き残った命なのだ。
 悪魔が笑っている。僕に殴られたって、何も感じないのだろう。
「うっ……うう……」
 僕は右手を振り上げたまま涙を流した。悪魔が自分の襟首を掴んでいる僕の左手を、まるで埃を払うようにパッと触った。それだけで、僕の腕が悪魔の襟首から吹き飛ばされる。悪魔が僕の額を、人差し指でコツコツと叩いた。
「サク。奪ったのは、お前だ」
「……名前を」
 呼ばれたくない。呼びたくもない。力なく腕を落とす。単純に馴れ合いたくないということが大きいが、名前を呼び合ってしまったら、共犯者のような気がしてしまっていた。だから僕は悪魔を一種の機械のように思いたかった。思いたかっただけで、それは何の意味もない。それからして僕のエゴなのだ。僕は立派に共犯者だった。いや、逆だ。僕が主犯だった。悪魔は僕を機械のようにして使い、記憶を手に入れていただけだ。悪魔が踵を返して、玄関の闇へ溶けていく。僕はそれを呆然と見ていた。墨を溶かした水槽に、物を沈めるみたいに悪魔の姿は消えていく。
「再び、俺の名が呼ばれる日は近そうだな」
 後には、気分の悪い嘲笑だけが残った。
 涙が止め処なく溢れた。
 ああ、みっこのライブが近づいているな、と思った。

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五日目:ロシュ編 28話

真夜中、目が覚めた。


オレの横では、エリカがすやすやと安らかな顔で眠っている。
エリカの頬にチュッとキスをした。
ちょっと微笑んだような気がした。

窓から冷たい風が入ってくる。
窓を閉め忘れたのか?
デスクに置いた書き掛けのレポートがパラッパラッと捲れている。

窓を閉めようと窓のところへ行く…
窓は閉まっている。

おかしいな?

ふと、後ろから気配を感じ、デスクの方を見ると
ピンクのパッチに腹巻をした男が座ってレポートを見ている。
なぜかハゲちょびんのカツラを被っている。

「誰だ!?」
とオレがレポートを見ている男に言うと
男は振り返って
「誰だ!?って?誰だ?って言う前に自分の方から名乗るのが、礼儀ってもんじゃないのか?」
と偉そうに答えた。
「人の家に勝手に入って、礼儀がどうのこうの言うな!」
とオレが怒鳴ると
「これは、失礼。なかなか勉強熱心で殊勝なことだな。しかし残念ながら、これは全く役に立たんかもな」
と男は答えた。

「何だお前は?」
オレが再び問い質す。
「何だお前は?ってことは、何だチミワ!ってか? …そうです。私が悪魔と呼ばれるものですっ!
はっ!」
そういって、自分の事を悪魔と言った男は、変なダンスを始める。

一通り踊ったところで自称悪魔は
「おもしろかったか?」
とオレに聞いてきた。

「全然」
とオレが冷たく答えると

「ちぇっ。学園祭のステージに飛び入り参加でもしようと思ったんだがダメか!」
と自称悪魔の男は残念そうに言い捨てた。

「さてと… 冗談はこれくらいにしてだな。
貴様は最近いろいろあったようだな。困ったことがあったら何とでもしてやる。望めば何でも叶えられる悪魔の力でだ。
もちろんその望みには代償も必要なのだがね… その代償は… 貴様の辛く悲しい記憶だ。」
と言いながら、どこに持っていたのやら分からないが、キチッとした紺色のビジネススーツに着替え、髪の毛をきれいに七三分けに整えた。

「お前には何の興味もない。全く信用も出来ん」
と、やはりオレは冷たくあしらった。

自称悪魔はオレの目と鼻の先まで歩いて来て、鼻をひくつかせながら言った。
「ふん。わざわざ現れてやったのに貴様は契約しないという事か?貴様は何と愚かな人間だ。貴様の研究が実を結ぶという保障はどこにもないのだぞ。契約すればそれを保障してやろう。
しかし… 貴様が今日新たに経験した事の記憶は非常にうまそうな匂いだ。俺様の大好物の匂いだ」

「断る。もうたくさんだ。もう、今すぐ消えろ」
と、オレは言い払うと

「くそう!」
と自称悪魔は悔しそうに言って、両手で辺りの空間が捻じり捻じれた中心に姿を消した。
捻じれた空間は、自称悪魔が消えると同時に元に戻った。


あれは夢だったのか?

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五日目:しのめん編 40話

家についた頃には涙は止まっていた。だけど異様に胃が痛い。
牛丼を食べたからだろうか。


エレベータに乗り七階で降りる。
角部屋の扉のカギを開けて中に入る。
殺風景になった1DKの部屋だ。


どうせ最後の夜になるからと、僕は浴槽にお湯を溜めて入った。
随分と長風呂だったと思う。心も身体も洗い流したかのように、その後はとてもスッキリした気分になった。

コンビニでおにぎりとお茶を買い、明日着る服以外を荷物にまとめた。
ひとつ、ひとつに配送業者のシールを張る。まるで夜逃げの気分だ。
一通り最後の片付けが終わり、僕はベッドの上に横になった。
鞄から大学ノートを取り出して眺めた。


「ミックンにあんな言い方して悪かったかな…」


と呟いたけれど後の祭りだ。本当に後の祭りだ。
僕は大学ノートに「ミックン、あとは頼んだぞ」と書き加えてノートを閉じ、電気を落とした。
それにしても胃が痛い。

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五日目:ちこ編 09話

「おはようございまーーーす」

いつもより努めて明るく挨拶をしてじゅごんに入る。

「おまっ! やっと出てきやがったなっ」

きやがったは人聞きの悪い。。。まぁ怒られるのは仕方ない。
夜の従業員の少なさはいつも深刻なのだ。

「すいませんでした チーフ。それから ありがとうございました」

深くお辞儀をしながら しっかりとした口調で頭を下げる。

「ぁぁ、、うん。まぁ 具合悪いのにな、、、俺もそんな鬼じゃないしな。」

上司にはこういう素直な態度がキクのだ。作戦成功♪

ニヤァとしながら顔だけ上げると、悟ったチーフの顔が変わった。

やばぃ・・・・・

「やっぱお前はっ!! わかった もーわかった。
  お前、今日ラストまでな。賄い白飯だけに決定!!」

うあぁぁぁぁぁ まじっすか・・下手に計算するんじゃなかった。。

(チーフのおばかぁ??) 今度は心の中だけで言っておいた。

更衣室で仕事前の一服と水分補給。落書きだらけの狭い部屋だ。

着替えようとロッカーを開けると ギターケース。

「ギターケース? あれ?今日一本持ってきてるのに。。誰の?」

誰の?じゃない。。自分のロッカーだ。鍵もかけてあるし。

よーーーく記憶を辿っていく。

ピンポーン「あぁ!チーフ代理宣言の日に置いて帰ったまま。。」

また忘れるといけないので外に出して置こう♪

時間が迫ってきている。 急げっ!

「いらっしゃいませ?」

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五日目:ちこ編 08話

結局 昼過ぎまで彷徨って 風邪を引いた。
奏湖ちゃんに言った台詞を自分で実行しちゃ元も子もないけども、寝込んでワープ出来ちゃうのでラッキーだ。
ぇーとか聞こえた気がしたけど空耳だろう。

チーフに電話すると怒って心配された。治るまで出勤禁止。ありがとうチーフ♪



やっと動けるようになったのはニ日後 まだ胃が痛い。

狭い部屋の中もありえないほど散乱している。ぁ、これは元からか?

ささ、悪い空気の入れ替えを兼ねて掃除じゃ掃除!!

洗濯物をまとめて放り込み 満載気味でスタート。

こぅ 変なスイッチというか、掃除モード確変に突入すると、
普段手を付けない場所まできれいにしたくなるんだなぁ。
他の人はそんなことないのかなぁ??

あらかた地面がきちんとした所で掃除機登場?♪

ガーゴーガーゴー シャリシャリ・・・ ズゴゴゴゴゴ!!!

!?!?  何か吸い込んだ?

ノズルの先を見てみると変色した紙。 つまんで拾い上げると懐かしい文字。

ぁ、楽譜・・・・・・・・

その紙には簡単なコードと歌詞が書いてあった。 ずーっと前にみく子とふざけながら作った歌だ。

「また 歌えるといいな」

夕暮れが近づいていた。 今日こそはじゅごんに行かなくちゃ。

手早く掃除を終わらせてギターをもって部屋を出た。

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五日目:蜜編 現在 74話

「蜜クン、お風呂、入らないの?」
「……頭に包帯、巻いて?」
「あ、そっか……」
ミクコは呟くと、少しだけ無理をして笑い、背中を見せた。
「ごめんね」
「……バカ、そういう意味じゃない」
それは細く、小さく、白い背中だった。僕はそれを抱き締めてしまいたかったけれど、止めた。触れると壊れてしまいそうだったし、第一、呑気に抱き締めているべき時では無かった。ミクコは元気に振る舞っているけれど、実際、そんなに余裕は無いはずだ。
「ミクコ……カラコン外してみなよ」
「……え?」
「付けてるんだろ、カラー・コンタクト?」
彼女は一度、僕から視線を外し、泣きそうな目をした後で、また僕を見た。完全に白化した、透き通るような肌。色素の抜けたオレンジ色の髪。なのに真黒なままの左目。白い指を眼球に添えると、右目のコンタクト・レンズを、そっと外す。……もう、そこまで進行しているのか。

ミクコの右目は、真赤だった。


【M線上のアリア】 現在/74


「……その身体で明日、唄う気なのか?」
コンタクト・レンズを付け直し、ミクコは顔を上げる。「……どういう意味?」
「見たよ、商店街のチラシ。明日、唄うんだろ。だけど、そんな体力、今の君には無いと思う。本当は立っているのが、やっとだろ。どうして、そんな無理をしてまで唄いたい?」
ミクコは何も言わない。
「皆にお別れしたいって理由なら、僕は止めるよ」

ミクコの指から、水滴が落ちた。
僕はベッドから起き上がり、一枚のバスタオルを取り出すと、ミクコの頭に乗せる。落ちそうになったバスタオルを、彼女は片手で押さえた。「……聴かせたいから」。タオルの内から、声。
「……思い出しちゃったんだ、色んな事、一気に」
「一気に?」契約破棄の影響か。急速に進行する白化と、記憶の回復。

「どうして歌を唄うようになったのかって、ずっと前に蜜クン、訊いたけど」
「訊いたね」
「思い出せなかったの、どうして唄ってるのか、最初の理由が」
僕は軟らかなソファに座ると、小さく息を吐いた。
「ギターを貰ったから唄い始めたって、君は言ったよ」
「誰かに歌を聴かせたかったのよ、多分」
「誰に?」

ミクコはバスタオルの中から顔を出すと、僕を見た。
「幼馴染に」
成程――何故だか全ての糸が繋がった気がして、僕は天井を見上げた。
「……幼馴染に、君の歌は、聴かせられなかった?」
「うん……それが多分、始まり」
始まりで、多分、終わり。終わらせられなかったままの、終わり。
「……その幼馴染、君の大学にいるだろ?」
「……どうして?」
「何となく」

悪魔と契約している第三者。契約破棄の原因。多分、それが幼馴染。
終わらせられなかったままの終わり。ミクコは記憶を……理由を失くしたまま唄い続けた。
「フタツだけ、質問させてくれ」
「……何?」
「明日の路上ライブは、皆にお別れする為のライブじゃない?」
「……うん」
「もうヒトツ。もし君の契約が無効になった原因が幼馴染だったとして、彼を恨まない?」
「……もちろん」

「そっか」と息を吐き出してで、僕はまた天井を見上げた。
「解ったよ、唄えよ」
ミクコは裸のままバスタオルを乗せて、立ち尽くしていた。
「……彼、だって」。不意に、ミクコは笑った。
「何だよ?」
「……全部知ってるのね、蜜クン……幼馴染が、男の子だって事まで。アタシが悪魔と契約を結んでいた事まで。君はたった数日間で、随分変わったね。ずっと単なる無職だったのに」
「単なる無職って言うな」
ミクコは静かに、だけれど嬉しそうに笑った。
ソファに座り、僕の肩に頭を乗せる。(何故だか、それは、とても自然な行動に思えた。)
「高木博士から聞いたよ……君が悪魔と契約してる事」
「……高木は無事だったのか」
「君が助けに来るんだって思った。覚悟を決めたはずだったのにね」
「アクセプトを受ける、覚悟か」
「校舎前で君の顔を見た時、覚悟が揺れちゃいそうになってね。本当は君が助けに来るのを待ってた自分に気付いちゃって、アタシね……ずるいね……アタシね……」
「……ミクコ」
「やっぱりね……死にたくないんだ……全部消えちゃうの、怖いんだ……」

ミクコは静かに、解れた細い糸のように、小さく泣いた。
もしも僕等の人生が一篇の――映画や小説のような――物語だったとしたら、これは何かを終わらせる為の物語だ。例えば、初恋を終わらせる為の物語だ。蜜にとってエリカとの初恋の。ミクコにとって幼馴染との初恋の。そして光とニコラにとっての……キリコを巡る初恋の。

「死なせない。消えさせるかよ」

もしも人間が死なずにいられるのなら――?
何も終わらせる必要は無い。こんな風に思う必要すら無い。
何時か必ず終わってしまうから、まだ僕は終わらせたく無いんだ。
終わらせたく無いから、こんなに愛しいんだ。

「幼馴染は、明日、聴きに来るかな?」
「どうかな……」
「明日、君は何の為に唄う?」

僕等はソファに座ったまま、暫くの間、まるで動かなかった。
ほとんど時間が止まったみたいに動かなかった。
ミクコが唇を動かして優しく答えたので、再び時間は動いた。

「大切な人達に、伝える為」

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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五日目:蜜編 現在 73話

湯を溜める音と、心音が、混ざる。
両手を広げてベッドに横たわると、僕は目を閉じた。
疲れている訳では無いし、傷が痛む訳でも無い。腹も減らなければ、眠くも無い。取り戻した全ての記憶と、発動した"D"を備えた身体。それで今、何が出来るだろうか。何でも出来る気がするし、何にも出来ない気もする。僕の願いが叶うのは、36日後。偶然にしては滑稽なタイミングだな。これも運命か。(悪魔の前で、運命を口にするな)……ははっ。ヴィンセントめ。僕に訪れる全ては、計るべくして計られた、必然だと思え、か。そして計られた必然を――。

「……僕が変えるのか」


【M線上のアリア】 現在/73


テロメラーゼの成熟に必要だった22年。カバラの契約の熟成に必要だった22年。
時を同じくして滑稽なタイミングで僕の元に戻ってきた、記憶と身体。ミクコの限界まで、あと何日だろう。本当であれば今日、アクセプトが実行される予定だった? 否、それは無い。商店街に貼られている路上ライブの告知。……少なくとも明日まで、当初からミクコは生きる気でいた。路上ライブを大々的に実施するという事は「……皆とサヨナラする気なのか」

少なくとも一度、ミクコとニコラは接触している。最初からミクコは救いを求めに行った訳では無い。死に場所を求めに行ったのだ。アクセプトとはヒト対ヒトにおける"SNAKE"だった。
それは"ミクコ"の体に"キリコ"の魂を移動するという事。しかし、一方でニコラは斉藤清子の魂を"ミクコ"に移動する約束をしていた。それが斉藤財閥からの資金提供を受ける条件。

後者の約束を果たすには"D"が不足している。
ニコラが約束を果たす気があるのかどうかは知らないが、とにかく"D"は今、僕の中にある。そして僕の生活は、エリカと過ごした子供時代から、ずっと監視されていた。高木はミクコの存在を隠していたと言ったが、ニコラ自身はミクコの存在に、以前から気付いていたと思う。何年間も、僕と一緒にいたのだから。……しかし、だとしたら何故、取り戻しに来なかった?

彼女はキリコのクローンでは無いのか? キリコの魂を移動させる容器では無いのか?
その"霧島桐子"が"燈山光"の隣にいる事を知りながら何故、みすみす放っておいた?
(私からキリコを奪えるかね?)
……不愉快だ。不気味だ。ニコラは今、何を考えている?

どちらにせよ、ニコラは僕とミクコを必要としている。
僕の中の"D"が無ければ、どちらにせよミクコの身体は持たないのだから。
湯を溜める音と、心音が、混ざる。どちらも温かく流れ続ける、液体の音だ。

初めてミクコに触れた日。雨音とシャワー音。あとは全自動洗濯機の音。
其れ等の音に紛れて、僕は彼女を抱いた。(恋人がいるんだと思ってたよ、ずっと)――。
行為の後で、僕は言った。だとしたら今の僕等は、何なのか。例えば今、裸のミクコが現れたら、僕はどうするだろうか。何の為に性行為は存在するのか。(今を生きる人達だけが……)

今を生きる人達だけが、ずっと生き続ける事が出来たら、少しは賢くなるかしら。
そう、キリコは言った。
今を生きる人達だけが、ずっと生き続ける事が出来るなら、性交渉なんて必要なくなるな。
だけれど、それでも、愛しい人に触れたい気持ちは、やはり変わらないんじゃないだろうか。

もしかしたら子供なんて産まずに、ずっと現世代だけが生き続ける事が出来るなら。
何かを学んで、それを永遠に忘れずにいられるのなら。
もしも人間が死なずにいられるのなら。

(その方がずっと、世界の為になるんじゃないのかしら)

あの日、止まってしまったキリコ。
君は、自分の魂がミクコの中に移動される事を、望んでいるのか?
あの日、キリコを救いたいと願っていた僕は、季節を経た現在、ミクコを救おうとしている。
ならば嘘か? 変わってしまうモノは、全て嘘か? ミクコを救うという事は、キリコを救わないという事。誰かと、誰かを、同時には救えないという事。(私からキリコを奪えるかね?)
僕の願いが叶うのは、36日後。何でも出来る気がするし、何も出来ない気もする。

「蜜クン、お風呂、すごく気持ちいいよ!」

――突然、壁の向こう側から、ミクコが現れた。
全裸のまま、バスタオルも巻かずに、床一面に水を滴らせながら。
予想以上に白くなった肌。細いライン。骨格。其れ等が濡れて、輝いて見えた。
僕は、唯、思った。

嗚呼、彼女は生きているんだな。

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