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■三日目




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三日目:蜜編 現在 62話

真暗闇。暗闇。
ノートン邸の玄関に立っても、おばさん……セシルは追ってこなかった。追えないのだろう。真実を求めたのは僕だ。扉を開けると、台風一過の星空が見えた。今更、僕は何処へ行けば良い? 何をするべきだった? みく子を救う? 救われたいのは僕自身だろ。逃げたい。逃げる場所が無い。何処だ此処は。目的も無く歩き続ける。徘徊。泥濘から這い出るような徘徊。

爺さんはキリコを救いたかった? 手段も選ばずに。僕は何だ? キリコの息子。誰が?
ポケットの中で携帯電話が鳴る。……みく子? 否、着信画面に表示された文字は。
――エリカ。


【M線上のアリア】 現在/62


「もしもし?」
通話口の向こう側から、透き通るような馴染みの声が聴こえた。
「……蜜? あれ、聴こえてる? エリカだよ」
「ああ、聴こえてるよ」
「今ね、パーティー終わったトコなんだ。蜜、何してた?」

何してた? 別に、何もしていない。只、少し、真実を知りすぎた。――"E_Reincarnation"。少し前まで、エリカが生きていれば良いと、僕は思っていたんだ。だけれど、まさか幼馴染と血が繋がっていたとはな。笑うしかない。笑えない。「……あれ、蜜、泣いてる?」
「泣いてないよ」
「……あのね、エリカね、明日ね、ロシュと仲直りする事にしたよ」
「ロシュ? ……"キリシマ"か?」

高木先生とセシル、二人の話を思い出せ。
キリシマの息子は"アクセプト"の完成に必要な頭脳。
エリカは"アクセプト"の実行に必要な存在だと言っていなかったか?

過去、爺さんが約束していたように。
もしも斉藤夫人の魂を、みく子に移動する場合。
推測できるのは――エリカはアクセプト時に、両者の触媒となる?

爺さんの本当の目的は、斉藤夫人の魂を移動する事では無い。
本当に実行する可能性は低い。だが……。

「斉藤夫人がね、今夜、言ってくれたの」
「……何て?」
「本当に好きな人なら、仲直りしなくちゃねって」
「……斉藤夫人が?」

みく子は明日、爺さんに会いに行く。斉藤夫人はエリカとキリシマを再接近させる。僕は何をすれば? 何をすれば平気な面を下げて生きていて良いんだ? もう解らない。とにかく……「仲直りするなよ」
「へ? 何で?」
「お前、利用されるだけだよ」
「……誰が? エリカが? 誰に? 何でそんな事言うの?」
「だってお前……」エリカは自分の中に"C"が組み込まれている事を知っているのか?

「いや、何でもない、とにかく仲直りするなよ」
「何言ってんのか解んない! 何それ? ヤキモチ? 馬鹿じゃないの!?」
「……ッ! ……僕はなぁッ!」何を言う気だ。止めろ。言う必要の無い事だ。止めてくれ。
「……何よ」
「……もういい、エリカ、もう僕には近付くな」

耳元から携帯電話を離す。
親指で通話を切ろうとした、寸前。大きな声。
「ちょっと何言ってんのアンタ! 勝手に話まとめないでよ!」
信号機が点滅している。足を止める。

「言ったでしょ!本当に好きな人なら、仲直りしなくちゃって! だからエリカ、蜜に電話したんだよ! 昨日、会った時に謝れなかったから! ちゃんと謝って、仲直りしようと思ったんだよ! なのに何、勝手に話まとめようとしてるの! ちゃんと言ってくれなきゃ解んないよ!」

「謝るって……何を?」
「一年前に、エリカと蜜がケンカした原因……」

頭痛。【----"devil ate it" 404 NOT FOUND----】

「あの時ね、エリカね、蜜に酷い事を言っちゃった。覚えてるよね? 本当は、そんな意味で言ったんじゃないんだ。だけど蜜に初めて会った時にね、帰り道で、お爺ちゃんが言ったの」

原因。【----"devil ate it" 404 NOT FOUND----】

「エリカね、アメリカに住んでた時にね、ペットを飼ってたの。ペットって言っても、お爺ちゃんの羊なんだけどね。真黒な羊でね、すごく仲が良かったの。だけどね、日本に来る少し前にね、死んじゃったの。だからね、お爺ちゃん、エリカを元気付ける為に言ったんだと思うの」

結果。【----"devil ate it" 404 NOT FOUND----】

「初めて蜜に会った後に "エリカの羊だよ" "エリカの新しいペットだよ" って。……だから、蜜とケンカした時にね、あんな風に言っちゃった。だってね、蜜に彼女がいるの知らなかったなんてね、悔しかったからさ。……ごめんね、蜜」

欠落。【----"devil ate it" 404 NOT FOUND----】

「……"蜜はエリカのペットなのに"と、あの時、お前は言ったのか?」
「え?」
「……エリカ、もう僕には近付くな。もしも何処かで僕を見かけても、知らんフリしろよ」
「何で? 何言ってるの? まだ怒ってるの?」
「……怒ってないよ、只――」

複雑だ。何を説明するにも。初めから何も起こらなければ良かった。
何も考えたくない。全てを忘れたい。これ以上、面倒な事柄に、僕を巻き込まないでくれ。
忘れてしまえば良い。何もかも。簡単な事だ。「……エリカ、切るよ」会話の断裂。
そのまま携帯の電源を落とす。

「ヴィンセント、いるか?」
「……イエス」
「お前に僕の記憶を全て食わせてやるよ」
「……どういう意味だ?」

真暗闇。暗闇。
救いたい人を救う? 世界を変える? 誰が?
全て壊れてしまう。全て。全てを壊してしまえるんだ。
僕の命が邪魔なんだ。僕が。僕の命だけが邪魔なんだ。
僕の中に在る"D"が!

「僕の記憶を食え、ヴィンセント」
「……死ぬぞ、お前は契約者だ、それは出来ない」
「ならば、死なない程度に。ならば、みく子に繋がる記憶を、全て食え」
「……お前は世界を変えるのでは無かったのか?」

真暗闇。暗闇。
誰が? 世界を変える? 救いたい人を救う?
無理だ。これ以上、もう何も考えたくないんだ。忘れたいんだ。
悪魔よ、食ってくれ、僕の大切なモノを全て。僕の失いたくないモノを全て。
初めから何も存在しなかったかのように!

「クククククククク……」

悪魔は低く、低く、低く笑う。

「イエス、ならば全て食おう、覚悟は出来ているか、羊!」

羊。僕は羊だった。真黒な羊。
それさえも忘れてしまえるならば、随分とラクだ。
悪魔が額に手を当て、脳髄を切開し、巨大な口を広げるのを、僕は見た。

途端に訪れる、闇。

真暗闇。

暗闇。

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三日目:蜜編 現在 61話

天井から吊り下げられた、豪華なシャンデリアの光。
全てを語り終えた時、おばさんの全身の震えは止まらず、それを誤魔化すように僕を見ると、唇の両端だけを持ち上げるようにして、無理に笑ってみせた。それは笑顔と呼ぶには程遠く、ほとんど悲しげな笑顔の面を貼り付けた道化師のようだった。ティー・カップに手を伸ばそうとして、掴み損ねる。液体が大きく揺れて、テーブルに零れる。「……ごめんね」。

何に対して? 問おうとするけれど、言葉は出て来ない。
今更、受け入れられない現実など存在しない気がした。していた。なのに。
「蜜ちゃん……」瞬間、僕を見たおばさんの瞳は、異質な悲しみを漂わせていた。

異質――要するに、それは。


【M線上のアリア】 現在/61


「今の話、全部本当……?」

おばさんは首だけを、小さく、縦に動かした。
意味の無い質問だ。何を今更。解っていたはずだ。もう全てが普通じゃ無い事くらい。
悪魔を見る。何も言わない。初めから全て知っていたのか? 悪魔に問うても意味は無い。
僕は誰だ?――それを僕は知りたかった。己を知り、みく子を救いたかった。なのに、嗚呼。

「僕は、キリコの息子なんだな」

言葉にしてしまった。瞬間。ドクン。
言い知れぬ深い波のような感情の揺れが、僕を襲った。
怒り? ……否、悲しみ。

「おばさんとは兄妹になるのか」

ドクン。ドクン。言葉が自分のモノとは思えない速度で。
血液が逆流して、再び回転するように、重く、痛く、何も言いたくはないのに。
壊れてしまう。これ以上、言ってはいけない。僕は、その現実を受け入れる自信が無い。

「僕は、エリカの伯父なんだな」

ドクンドクンドクンドクンドクン。もう考えない方が良い。
僕は何者なのか……答など知らない方が良い。止めろ。これ以上、もう考えるな。
爺さんは何をしようとしている? 研究室で会った"B"は、僕を殺そうとした。要するに……。

「僕の中の"D"を、爺さんは欲しがっている」

そうなんだな、爺さん。
あの金魚の中に閉じ込めたキリコの魂を、みく子に移そうとしている。
だけれど彼女は不完全なままで生まれてしまったから、僕の中にある"D"が必要なんだ。

……しかし何故、みく子は突然、白化した? みく子は生まれた時から白かった。そして現在、再び白くなった。だけれど僕と出逢った頃、そして最近まで、彼女の肌や髪は、色素こそ他人に比べて薄かったものの、至って普通の状態だった。……図書室の男。みく子の過去を知る男。悪魔と契約している男。やはり、三男が絡んでいたのだと思う。だけれど、もう、嗚呼。

「……もう何も考えたくない」

僕はソファを立ち上がると、ほとんど夢遊病者のような歩き方で、玄関へと向かった。とにかく此処には居たくなかったし、といって他に行くべき場所など無かったが、これ以上、現実を受け入れる自信が無かった。悪魔。失敗したバイオロイド。血の繋がった幼馴染。それから――キリコの息子。誰が? 誰が? 誰が?

「……何処に行くの?」

おばさんの……セシル、妹の声が聞こえた。
否、クレイの記憶がある訳では無いのだから、おばさんはおばさんか。
僕の中にある"D"? 何だそれは。笑ってしまう。迷惑な話だ。
キリコ。セシル。エリカ。血の継承。(クレイは誰?)
ところで、みく子は今、何を必要としている?




"D"。




ははっ。

はははははははは。

はははははははははははははははは!

ああああああああ! ああ! ああ! 嗚呼……!

救いたい人を救う為に、邪魔なのが自分の命なんて!!!!



何も考えたくない。全てを忘れたい。

これ以上、面倒な事柄に、僕を巻き込まないでくれ。

「蜜ちゃん……」瞬間、僕を見たおばさんの瞳は、異質な悲しみを漂わせていた。

異質――要するに、それは。



失われた兄を見る、妹の、それだった。

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三日目:蜜編 現在 60話

クレイ・ノートンは世界を見た事が無かった。
産み落とされた直後に彼の肉体は冷凍され、そのまま暗い穴に閉じ込められた。暗い穴が何なのか、彼には解らなかった。彼には双子の妹がいたが、彼がそれを知る由は無かったし、妹も兄の存在に気付く事は無かった。どちらが前で、どちらが後なのかも解らない暗闇の中で、クレイ・ノートンは数年間を過ごした。

次に彼が暗闇の中から取り出されたのは、"D"と呼ばれる冷凍された新生児(クレイ自身も冷凍された新生児であったが)の細胞を移植された日であった。何の為に移植されたのかは解らない。意識とも呼べぬ意識の中で、クレイは産声を上げようとしたが、声は出なかった。

生まれる事すら許されず、死ぬ事さえも許されず。
只、延々と続く暗闇の中に、再び彼は戻された。
クレイ・ノートンは世界を見た事が無かった。


【M線上のアリア】 現在/60


"E"の蘇生後、ジェームス・ニコラ・ノートンは次の可能性を示唆する。
動物対人間の"SNAKE"。擬似的なアクセプト。ヒトの魂が動物を経由し、最終的にヒトに帰結する。問題は、動物から受け渡される魂は、人間に移動可能なのか。人間は動物の魂を受け入れるのか。実験対象は"MIX_2"。

この時点で"MIX_2"の魂は、黒い鼠の中に存在していた。ヒトの魂を最終的にヒトに帰結させる為には、充分な年月をかけて、下等生物から人間に近い動物――猿へと緩慢に魂を移動していく必要があった。金魚、蛙、鼠……と段階を経て、最終的に猿対人間で"SNAKE"する方法を取るのが、魂をヒトに帰結させる為の最も有効で現実的な発想だった。当時の研究施設の技術を結集し、"MIX_2"の魂が再びヒトに帰結するまで、必要と考えられていた予想年数は、二十年。ところがジェームス・ニコラ・ノートンは、十年以内に"MIX_2"の魂を半強制的に人間に"SNAKE"するという無謀な計画を発表する。

背景にあったのは、斉藤財閥からの圧力。
斉藤夫人――斉藤清子は、スクリプトによる細胞の不老化に期待していたが、最終的には、より若く、より美しい、別の肉体に自らの魂をアクセプトする事を希望していた。ノートン博士が斉藤清子に約束していたのは、無限分裂寿命細胞を組み込んだ肉体を用意する事。すなわちテロメラーゼを発現させた新生児の細胞を組み込んだ肉体を、彼女に捧げる事だった。

それが――"F"。
斉藤清子にとって"F"とは、己の魂を移動させる為の容器だった。
ところがノートン博士は"C"のテロメラーゼを"E"の蘇生に全利用する。残りのテロメラーゼは"D"――すなわち「クレイ・ノートンの体内に組み込まれたテロメラーゼ」しか存在しなかったのだ。テロメラーゼは人間の体内では22歳時に成長のピークを迎える。要するに22歳以降は、どれだけ年齢を重ねても不老化しない。コギトの干渉を受ける問題は解決していないが、斉藤清子がアクセプト(人間対人間の"SNAKE")するのは"F"が22歳になる頃が望ましい、という見通しは立っていた。二十二年間でアクセプトの技術を確立していけば良い。問題点は一つ。その時点で"F"の体内にテロメラーゼが組み込まれていない事だった。

完全なるテロメラーゼを発現させた四体の新生児の中で、残っているのは"D"のみ。
"D"のテロメラーゼを"F"に移動する。それは当時の技術では不可能だった。異性間でテロメラーゼを移動するとコギトの干渉を受け、以後のアクセプトを難しくするかもしれなかった。しかし資金提供元の斉藤財閥――斉藤清子を納得させるには、クレイ・ノートンの体内に組み込まれたテロメラーゼを、22歳まで成長させる必要があった。ノートン博士は動物対人間での"SNAKE"計画と並行して、クレイ・ノートン(="D")の再解凍・育成を開始する。

この頃、ノートン博士はアメリカに住居を構え、娘夫婦が"E"を連れてアメリカに移住する。
"MIX_2"の魂は、四年間に五種類の動物を経由した。同時期、解凍された新生児・クレイ・ノートンは、機械に管理された地下研究室の中で成長する。驚異的な事に、"D"――すなわち完全なテロメラーゼが組み込まれたクレイ・ノートンの肉体は成長効率が異常に高く、一週間以上に渡って食事を与えなくとも空腹を覚えず、適度な運動を怠った場合にも筋力の衰えは緩やかであり、負傷時の治癒能力も高く、全般的な学習能力、中でも記憶能力に優れていた。(同様の現象は"B"でも発現しており、ノートン博士は「補給を必要としない人体兵器」の可能性を見い出し、その実験体として"B"を利用する事となる)

ノートン博士は、動物対人間の"SNAKE"を強制実行する。この時点で"MIX_2"の魂は、真黒な羊の中に宿っていた。羊対人間での"SNAKE"の成功率は低く、結果は絶望的に見えた。誰もが霧島桐子の悲劇を思い浮かべた。しかし……この絶望的な"SNAKE"は成功する。

実験の成功に際して、研究施設内では不思議な現象が起こった。
所員の大半が、この無謀な実験における、数日間の記憶を失っていたのである。記憶を失くした所員達は、培養液の中で眠るクレイ・ノートンの柔らかな金髪が真黒に染まっているのを、奇妙な面持ちで眺めたという。彼が目を覚ました時、その青色だった瞳も、やはり黒色に変化していた。巨大な水槽から培養液が抜かれ、やがて彼は生み出された。彼――。

こうして"D"を組み込んだクレイ・ノートンの肉体には、新たに"MIX_2"の魂が取り込まれた。ならばクレイ・ノートンの魂は何処へ行ったのか? 生まれる事すら許されず、死ぬ事さえも許されず。結局、クレイ・ノートンは世界を見た事が無かった。"彼"は水槽から立ち上がる。

最後の瞬間、クレイ・ノートンが見たのは、光。
暗闇から抜けるような、鮮やかな光。
只、それだけであった。

新生児のような産声を上げた肉体は、"蜜"と呼ばれた。

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三日目:蜜編 現在 59話

"F"の肉体からは生まれながらにして、ソレが欠落していた。
生まれながらにして。人間の手によって故意に生み出されたのだ。生まれた、とは言い難い。未完成のまま、"F"はオレンジ色の培養液の中から取り出された。先天性色素欠乏症。組み込まれる予定だった"C"のテロメラーゼを"E"に全利用した為に、欠落した"F"の全身は生まれながらに白く透き通っており、頭髪さえも白かった。生物としての成長に支障がある訳ではなく、ノートン博士は"F"を一般的な幼児と同じように育てる為に、笠原を観察責任者とした。


【M線上のアリア】 現在/59


「一体、どういう事なのッ!?」

数ヶ月、遡る。"E"の蘇生の翌日、下膨れの婦人が医務室に乗り込んでくるのを、セシルは見た。婦人は派手な(決して趣味が良いとは評価し難い)紫色のドレスに身を包み、ヒステリックな声を上げながら医務室の扉を開いた。斉藤清子。斉藤財閥総帥・斉藤忠義の婦人、その人であった。斉藤婦人は叫んだ。「今すぐ、あの人を連れてきなさい!」

"F"を複製する際に、胚性幹細胞を提供したのは彼女だった。スクリプト――細胞の不老化に興味を持った婦人は、莫大な資金以外にも協力を惜しもうとはしなかった。否、理由はそれだけではあるまい。婦人と父、ジェームス・ニコラ・ノートンが昔から愛人関係にあるという噂は、セシルの耳にも入っていた。その頃にはセシルも「母親は実際に死んだ訳ではない」という真実を聞かされていたから、昔から父と下膨れの婦人が愛人関係にあるという噂を聞く度に、父に対する不信感は募った。「早く、あの人を呼びなさい!」……何故、斉藤婦人が父を"ノートン博士"ではなく、わざわざ人前で"あの人"と呼ぶのか。今ならば、よく解る。

独占欲。所有した気になっているのか。
残念ながら、父の心は一秒たりとも、斉藤夫人などに向けられてはいない。その事実を感じる瞬間、セシルの胸は痛む。父は、今も愛しているのだ、母を。信じるに値しない父。娘を犯し、犯した事さえ忘れる父。それでも父が母を愛しているのだと感じる瞬間、セシルは深く安心するのだ。そして、父を憎もうとする自分に、胸を痛める。早く、母がカエってくると良いのに。

「これはこれは、奥様、お待たせしましたね」

父は扉を開け、医務室に足を踏み入れると、片手を上げた。セシルはベッドの中で、何故か息を殺し、毛布で自分の口元を隠した。「まぁ、そちらのソファにおかけください」父の声。

「随分と呑気ね、貴方。"C"を失ったという事が、どういう意味か、理解なさって?」
「失った訳ではありません。"E"に組み込まれて、ちゃんと生きてますよ」
「そんな話をしたい訳では無いわ。何故、"E"を生かしたのかと聞いてるの。随分、約束が違うわね。"F"は私にくれるはずじゃなかったかしら? "E"を生かしても仕方がないわね、今すぐ駆除なさいな。それとも、まさか貴方、今でも霧島桐子を呼び戻す気じゃないでしょうね?」
「まさか……」言いかけて、父は小さく咳払いをした。

「"E"は、重要な実験体です。現段階で駆除する訳にはいきません。いずれ奥様の役にも立つでしょう。"F"の件であれば、ご心配なく。"C"と同種のテロメラーゼは"D"にも発現しております。時期が来れば、"F"に組み込む事も可能かと……」
「"D"? 初めて聞いたわね。じゃあ、それを今すぐ"F"に組み込みなさい」
「残念ながら現段階では不可能です。"D"と"F"では、性別が違うのですよ。異性間での移植は、まだ不確定要素が多いのです。以後のアクセプトさえも不可能になるかもしれませんし、コギトの干渉値も予想できません。だが、ご安心を。"C"は現在、クレイの中に存在します」
「クレイ? ……まさか、クレイ・ノートン?」

カーテンの向こう側にいる父は、その時、何も言わなかった。
セシルは、只、小さな疑問だけを抱いた。クレイ・ノートン? 初めて聞く名前。
次の瞬間、斉藤夫人の高笑いが、小さな疑問を吹き飛ばした。小さな疑問のままにしておけば、セシルはその後の二十二年間、それ以上の胸の痛みを感じなくて済んだかもしれない。

「自分の息子に"D"を組み込んで、そのまま冷凍しておくなんて!」

斉藤夫人は愉快そうに笑った。
その下品な笑い声が医務室に響いて、思わずセシルは吐き出しそうになった。
息子? 誰? 疑問は猜疑に変わり、そのまま確信に変わった。昔、一夜を共にした男(それは長年、此処に勤めている男だった)から聞いた、研究施設に流れる噂。キリコ・ノートンは男女の双子を出産した。だが男児は生後、間も無く死んだ。ところが実際、その事実を確認した者は、今も昔も存在しない。男児も、その死を確認した者も、何処にも存在しなかったのだ。「単なる噂さ。それに君が存在していれば、僕は満足さ」一夜を共にした男は笑った。

キリコが生んだ双子の噂。
片方はセシル。もう片方は……。「貴方は最高だわ!」婦人の笑い声。
セシルは寝たフリをした。懸命に。父は"E"を死産した自分に、もう興味が無いかもしれない。それでもセシルは存在していたから、秘密を知った事を、父に知られてはいけなかった。

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三日目:蜜編 現在 58話

悪魔は笑わない。
全てを知っている気がする。だが教えてはくれない。
アルファベットに隠されたはずのキーワード。ヒトに作られたヒト。
先程、遮られた台詞を、もう一度。

「おばさん、みく子を知っているでしょ?」

小さく頷く。

「みく子は作られたヒトなの? それとも……」

此方を見る。

「それを話すにはね、蜜ちゃん……」

悪魔は笑わない。

「貴方の過去まで話す必要があるのよ。もしも過去を、貴方自身が受け入れられるなら、その話をしてあげる。とても……残酷な過去よ。それでも聞くの、蜜ちゃん……」

全てを知っている気がする。だが教えてはくれない。


【M線上のアリア】 現在/58


二十二年前。"E"の計画が進められる中で、同時に進められていた何個かの計画。
スプリクト。それは完全なテロメラーゼを発現させた四体の新生児の細胞を研究する事で、不死の人間を創造する可能性を実現させようとしていた。斉藤財閥が資金提供を惜しまないのは、斉藤夫人がスクリプトの研究に興味を抱いているからに他ならない。細胞の若年化。

アクセプト。それはヒト対ヒトでの魂の移動を可能とさせる研究であるが、実際にヒトの魂をヒトに経由する際には"cogito"が邪魔をする。この"cogito"――すなわちコギトを干渉させずに魂を移動させる為に、現段階では近親動物を経て"SNAKE"する必要がある。既に三種類の動物を経て、検体"MIX_2"は、ゆっくりと人間に近付こうとしていた。

コギトを干渉させない手段として、ヒト対ヒトの"SNAKE"(=アクセプト)において、血縁者の肉体を経由させようとするのは、自然な考え方である。セシル・ノートンが"E"を身篭る必要があったのは、正にこの為であった。同時に"F"の計画が進められている。最終的に魂が終着する肉体。それは霧島桐子の細胞をクローニングし、新生児"C"のテロメラーゼを全移植する事により、不死の肉体を与えられる予定だった。"C"――"CALL"と名付けられた新生児は解凍後に解剖され、"F"の体内に組み込まれる予定だったのだ。しかし――。

セシルは"E"の出産に失敗する。
ノートン博士は急遽、"C"のテロメラーゼを、死産した"E"に全移植する事を決定する。この時点で既に"F"の培養は開始されていたが、"F"を活かすには"E"の存在が絶対条件だったのだ。結果、"E"は蘇生("E_Reincarnation")するが、"F"の見通しは立っていなかった。

"F"――"FUTURE"と名付けられた霧島桐子のクローンは、培養液の中で成長する。
"FUTURE"。"未来"。別称は"MIX_call"。すなわち……。

"キリコを呼ぶモノ"。

"未来を呼ぶ者"。

"ミクコ"。

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三日目:蜜編 現在 57話

「じゃあ……みく子は、もしかして……」
「あのね、」僕の言葉を遮るように、おばさんが声を重ねた。
「蜜ちゃん、ヒトの手によって生み出されたヒトは、幸せだと思う?」
答えに詰まる。どういう意味だ。
「あのね、例えばね……驚かないでね。エリカのマンションで働いてる子達、あの子達はね、全員、お父さんが作ったヒトなの。蜜ちゃん、それって幸せだと思う?」
「……え?」
エリカのマンションを思い出す。似たような容姿の黒人男性。国籍不明。流暢な日本語。容姿端麗なメイドのような警備員。男性的な手。いくら警備員を兼ねているとは言え、女性の手がこんなに骨格的になっているものかと、僕は心配した。変質した手。あれは男性の手だった。

「……作った? 全員を? 爺さんが?」
「ねぇ、幸せだと思う?」
「……解らないよ、幸せかどうかなんて、僕には」

みく子は作られたヒトなのか?
そして、やはり爺さんは、みく子の身体に、キリコの魂を……?
僕の思考を吹き飛ばしたのは、おばさんの声。それは意外なほど鮮明な、告白だった。

「じゃあ、エリカは、幸せかしら?」


【M線上のアリア】 現在/57


二十二年前、セシル・ノートンは命を身篭った。
愛する男性との子供、と呼ぶには程遠い。それは研究者である父からの命令だった。人体実験に使用する為の命。それは身篭る前から"E"という記号で呼ばれていた。父――ジェームス・ニコラ・ノートンは、自身の血縁(正確には、自身と妻との血縁)者の肉体を、実験体にしたいと考えていた。セシルは命を身篭りながら、己の肉体を呪った。流れる血を呪った。

母は自分が生まれた直後に死んだと聞かされていた。
母が残した唯一の形見がお前なのだ、と聞かされて、セシルは育った。

セシルは幼少時代を日本の研究施設で過ごした。周囲は大人ばかりで友達はいなかった。だからセシルは、大きな水槽を優雅に泳ぐ、黒い金魚を眺めている時間が好きだった。父は何時も研究室に入り浸り、セシルの相手をしようとしなかった。それでもセシルは父が好きだったし、会った事のない母さえも好きだった。セシルにとって、無機質にも思える研究施設が、世界の全てだったのだ。幼いセシルは、その世界を慈しんだ。

ところが日に日に、父の様子は変化した。
セシルの大好きな金魚が消えた日、父はセシルの目の前に、死んだ金魚を差し出した。
父の奇行は、セシルが成長するに連れてエスカレートしていった。娘との会話を忘れ、娘の名前を忘れ、娘を亡くした妻と勘違いし、肉体を求めるようになった。

セシルは父が怖かった。
ところが一方で、初めて自分を必要とされている安心を、心の何処かで感じていた。
そのアンバランスな感情は、思春期を迎えたばかりのセシルを不安にさせるに充分だった。
研究施設で生活する若い男性所員達が、セシルの話相手だった。彼等はセシルに好意的な感情を抱いており、それがどのような種類の感情なのか、セシル自身も知っていた。セシルは束の間の不安を忘れようと、何人かの男性所員と一夜を共にした。次の朝、父はセシルを激しく叱ったが、数時間後には忘れている。そしてまた彼女の肉体を、厭らしく求めるのだ。

奇妙な事に、セシルに好意を抱いていた男性所員も、彼女と一夜を共にした事を忘れていた。否、それだけではない。数日前に交わした会話さえ覚えていないのだ。男性不信。当時のセシルを表現するのに、それほど相応しい単語は存在しない。不信感を掻き毟るように、セシルは施設内の男性所員に次々と抱かれた。しかし、やはり誰も覚えていない。奇妙な噂が流れる事は無かったが、セシルは自分で自覚する。己の身は男性所員の性処理の為に存在していると。虚無。それ以外に生きている理由が見当たらない。緩やかに成熟し始めたばかりの彼女の青い肉体は、その実、既に男達の手垢に塗れていた。セシルは手を洗ったが、もう何一つ汚れは落ちない気がした。あまりにも虚しくて、セシルは泣いた。「どうしたの?」

声をかけたのは日本人研究員。男だった。
話した事も無い。日本人女性の血を引くセシルだったが、母に会った事は無く、父の影響から白人男性とばかり話していた。当然、一夜を共にしたのも白人男性ばかりだった。セシルは普段の習慣で、その日の内に日本人男性を寝室に招いた。ところが男は、セシルを拒絶した。激しく叱ったのだ。父のように、叱り終わった後に、抱き締めるような真似もしなかった。只、セシルの行動を叱ったのだ。直感的に、セシルは恋に落ちた。幼すぎる恋である。

だが、それはセシルにとっての初恋だった。
男の名前は安倉。その数年後、セシルと安倉は結婚する。結婚と同時に安倉は施設を辞め、一般企業に就職した。恐らく父の影響を受けたくなかったのだ。結婚生活はセシルにとって素晴らしいものだった。長年に渡る父の呪縛から解放された気がした。ところが――。

二十二年前、セシル・ノートンは命を身篭った。
再び、セシルは我が身を呪った。己の肉体を呪った。流れる血を呪った。
父がセシルの腹に手を当て、命を"E"と呼ぶ度に、寒気がした。過度のストレス。
セシルは命を殺した。故意に、では無い。それは死産だった。それ以上の意味は無い。
確かに"E"は死んだのだ。

「エリカは、幸せじゃないのか……?」

今頃、エリカはパーティーに出席している。
笑っているかな。笑っていると良い。恋人とは仲直り出来ただろうか。
その恋人は"キリシマ"の息子だ。だけれどエリカには、そんな事、きっと関係ない。

(幼馴染のキスよ! 早く帰れば! バイバイ!)

思い出すと、何故か笑ってしまう。深刻な話の最中なのに。
エリカは笑っている。懸命に。今を。恋に恋をしながら。真っ直ぐに愛を求めながら。
「おばさんは今、エリカが生きてて、幸せじゃないの?」
「……ううん、幸せよ」
「僕もだよ」

小さく、笑った。
終わり無く続けられる、深刻な話の最中に。
僕等の過去が何であろうと、おばさんはエリカの母親で、僕はエリカの幼馴染だ。
笑えよ、エリカ。

――死産した"E"は、ノートン博士の手によって蘇生する。
蘇生した実験体のコード・ネームは"E_Reincarnation"……すなわち"Eの輪廻"。
略称は――"エリカ"。

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三日目:蜜編 現在 56話

「……そこまでの話は先生……高木博士から聞いたよ」

終始、おばさんは小さく震えていた。もしかしたら聞いてはいけない事を聞いているのかもしれないし、話してはいけない事を話しているのかもしれない。だけれど疑問は深まる。僕はそれを解かねばならない。「僕は、金魚になった。だけれど今、僕は此処にいる。僕は誰だ?」
右隣でヴィンセントが目を閉じたまま、静かに笑った。

「キリコは停止した? じゃあ研究室にいた金魚は何だ? 高木博士は、あれがキリコだと言った。じゃあキリコの身体は何処に行った? 爺さんは何をしようとしている? どうやってキリコを取り戻そうと? みく子とキリコに、一体何の関係がある? アクセプトって何だよ!」

感情。振り下ろす先を見失っている。おばさんを責めても仕方がない。豪邸は静かだ。音が無い。僕は何処へ行けば良い? 何をするべきだ? 今更、誰一人、救われる事なんて望んでいない気がする。否、爺さんと僕だけが、それを失う事を畏れて、未だ這いずり回っている。

(……もう一度、あの日の悪魔に会いたい)

否、違う。
昨夜、雷雨の向こう側で、みく子は確かに言った。"悪魔に会いたい"。
悪魔"コルト"との契約に汚染された研究所。恐らく、みく子は知っている。その契約は何時、結ばれた? 解らない。だけれど、みく子の台詞の意味は、唯ヒトツ。「救われたいんだ」

霧島桐子が停止して、現在に至るまで。
その悲劇を誰かが救わなければ、何も終わりはしない。


【M線上のアリア】 現在/56


"MIX"の人体実験が失敗した後、ノートン博士は研究室に篭った。
その間に"MIX_2"の人体実験が始まった。すなわち人間の魂を一旦、下等な動物に移動し、順序を経て、最終的に人間に戻す事。肉体を変えながら、魂が生き続ける。"MIX_2"の最初の実験は成功し、次の段階に移ろうとしていた。金魚から、両生類へ。

魂を移動させた容器の表面は、黒く染まる。原因は不明。それが実験の進行に重大な欠陥が発生させる訳ではなく、研究者達は、その症状と魂の小刻みな進化を"黒い進化"、要するに彼等が信仰する神への冒涜の意味を込め、自嘲的に"SNAKE"と称した。

蛇――新たなる進化への、黒い一本道。
実際の実験に蛇が使用された訳では無い。金魚、蛙、鼠。"MIX_2"の魂は長い年月を経て、次第に人間の肉体へと近付いていく予定だった。ところが冷凍された四体の新生児の存在が、新たな展開を生む。ノートン博士が突然、スクリプトの理論を完成させたのだ。

スクリプト――すなわち細胞を操作し、肉体そのものを不死にする研究。
細胞は無限に分裂する事が出来ない。初代培養細胞は五十回程度の分裂を繰り返すと細胞周期が停止する。それがすなわち老化であり、死だ。その現象に深く関わるのが"Telomere"。
テロメアは染色体の末端に存在する構造であり、細胞分裂を繰り返すとテロメアは短縮していく。テロメアが短縮する事により、細胞は老化する。老化を遅延するには、単純にテロメアを延長すれば良いのだが、その方法を見付けるのが簡単では無かった。

ところが四体の新生児は、それぞれ完全なテロメラーゼを発現させていた。テロメアを延長する酵素。その完全なテロメラーゼが発現した肉体では、テロメアが短縮する事は無かった。無限分裂寿命細胞。細胞が死なないのだ。ノートン博士は"B"によって、それを発見した。

"B"――後に"BUSTER"と名付けられる新生児は、ノートン博士の手によって育てられる。同時期、"MIX_2"の魂は金魚から蛙へ移動され、アクセプトとスプリクトの両研究は並列して進められる事となった。数年後、ノートン博士は"C"・"D"の解凍に着手する。同時期に彼が実践した研究は、クローニング。完全なテロメアーゼを発現させた細胞の培養と、複製。ノートン博士の実験は全て成功し、研究施設には次第にスクリプト派の所員が増えていった。

――その頃から、ノートン博士の生活に、奇行が見受けられるようになる。
日常生活の些細な出来事を、何も覚えていないのだ。研究に関わる事は全て覚えているが、所員と交わした会話や、数分前に食べた昼食の記憶が無い。覚えていない事に対して理不尽に怒り、奇声を発する。所員達は、それを彼の研究に対する姿勢と集中力によるモノだと信じていたし、それ以外の理由など疑いたくは無かった。ところが実際、ノートン博士の記憶は蝕まれていた。何に?「……解らない」。おばさんは小さく呟いた。だが、僕は知っている。

"MIX_2"の魂が蛙から鼠に移動される事が決定した日、ノートン博士は意外な提案をする。停止した"MIX"の魂を、金魚に移動する。それはノートン博士が、今も霧島桐子に執着している事を意味していた。スクリプトの実験体を"SNAKE"する。反対意見は出なかった。

瞬間、誰もが予感したのだ。
ノートン博士は、停止した霧島桐子を蘇らせようとしている。
新たなる不死の肉体を創造し、そこに彼女の魂を呼び戻すつもりなのだと。

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三日目:蜜編 現在 55話

おばさんは動かなかった。動けなかったのだ。ティー・カップの中を緩慢に回転する、琥珀色の液体の表面を見詰めたまま、おばさんは動かなかった。思考が動作の邪魔をする。それは停止とは違う。「蜜ちゃんが……知っている?」。唇だけを小さく動かす。

爺さんが発表した幾つかの論文。
accept。意味は「受容」。"欠損状態を受け入れよ"。
その文脈の際に繰り返し使われる表現が「be accept」だったはずだ。
似たような文脈は「一般動物に見られる遺伝的病症」 にも「繊維細胞」にも「オプシン遺伝子」にも必ず登場する。大半が「欠損」に関連する文脈の際に使われている。

「爺さん……本当は何の研究をしているの? 今となっては、どれもこれも、キリコを取り戻す為の研究にしか思えない。おばさんは知っているんでしょ? アクセプトって何? みく子は何に利用されようとしているの? エリカは何か知っているの? 僕はどうすれば良いの?」

最後の一言は、余計だったかもしれない。
僕は自分の不安を、疑問に紛れて問いかけただけだ。おばさんが答を知っている訳が無い。
「……お母さんの話、しようか」おばさんは視点を動かし、少しだけ顔を上げた。
「蜜ちゃん……」瞬間、僕を見たおばさんの瞳は、異質な悲しみを漂わせていた。

異質――要するに、それは。


【M線上のアリア】 現在/55


「この辺には昔、国の研究施設があったの……」

おばさんの一言から、その長い悲劇は語られた。
現在のノートン邸から、共都大学の辺りまで、数十年前には日本軍の研究施設が存在した。とは言え、それは国の土地では無く、私有地だった。小高い丘があり、海を見る事も出来た。当時の地名は"志野山"。現在は地名も変わり、埋立地が増えた為、海を見る事も出来ない。

私有地に建築された、国の研究施設。そこでは戦争兵器の実験が行われていた。第二次世界大戦が終わると、この土地はアメリカ軍によって占拠される。その時、この研究施設の所長に就任したのがノートン博士。爺さんだった。ノートン博士が最初に着手したのは、此処で行われていた日本軍の研究を全て把握する事。それ以上の仕事は特に無かった。

何名かの優秀な日本人が、研究施設に残った。その中に霧島桐子が存在した。アメリカから日本に駐屯した科学者達は総じて若く、霧島桐子も若かった。研究施設は若い活気に満ち溢れていたが、特に希望があった訳では無い。アメリカ人にとっても日本人とっても、そこで行われる作業は敗戦処理以上のモノでは無かった。彼等は若さを持て余していた。

そこに一人のイタリア人が現れる。イタリア軍の重要書類を持ち出したまま逃亡した男が行き着いた先が、この研究施設だった。書類に書かれていたのは、戦前に日本軍で研究が進められていた人体兵器の実験内容。それから――死なない人間を作る可能性。

若い研究所員達にとって、それは興奮に値するニュースだった。彼等は、その特殊な知識と技能を、死なない人間を作る為だけに費やした。資金不足は常に深刻だったが、彼等の若いエネルギーは、それを諦める事をしなかった。戦争によって充分な楽しさを知らなかった彼等にとって、恐らくその時間が青春だったのだ。死なない人間を作るという、愚かな夢想に対する青春。それに疑問を抱く者はいなかった。只一人を除いて。疑問を抱いていたのは――。

霧島桐子。
彼女は一介の助手にしか過ぎなかった。研究施設で与えられていた彼女の役割は、実験体の介護。彼女自身が病弱だった為に、彼女は実験体に対しても献身的に接した。実験体は男性。彼女と実験体との間に、特別な男女の感情が芽生えていたかは解らない。とにかく。

「その実験体が……蜜ちゃん」

「あなたよ」と言いかけて、おばさんは小さく息を吐き、紅茶を口に含んだ。
死なない人間を作るという理念に対して、与えられた理論はフタツ。細胞の成長を止めてしまう事と、魂を他の生物に移動する事。魂の移動を繰り返す事で、人は永遠に生きられると考えたのだ。ところが研究過程で、人対人での魂の移動は難しい事が判明した。直接、人から人へ魂を移動させる事は不可能。一度、別の容器を経由しなければならない。下等な生物から順を経て、最終的に人間に辿り着く必要があった。最初に選ばれた生物は、金魚。

ノートン博士と、霧島桐子が結婚したのは、その頃。
突然の結婚だった。「当時、お母さんの体は、病魔に侵されていたの」
ノートン博士は霧島桐子に愛情を抱いていた。桐子の病気の進行を知った時、ノートン博士は彼女を救う手段を考える。彼は桐子を妻として迎え入れ、やがて彼女は実験体となった。

当時、施設内では人間の魂を金魚に移動する研究が優先的に進められていたが、ノートン博士は単独で、細胞停止の研究を再開させる。当然、施設内は二派に分裂し、激しく対立する。ノートン博士は斉藤財閥からの資金提供を確保すると、独自の研究を一気に推し進める。
"桐子の細胞の成長を止める"。それがノートン博士の選択だった。

霧島桐子が……彼女自身が永遠に生きる事を望んでいたかは解らない。彼女は研究に疑問を抱いていた。だが爺さんは、ノートン博士は、失いたくなかったのだ、彼女を。我が身を振り返る。現在、みく子を救おうとしている、我が身を。やはり僕は失いたくないのだ、みく子を。

しかし直前になり、ノートン博士の研究に対する斉藤財閥からの資金提供が、突然止まる。資金不足のまま研究は進められる。霧島桐子の病気の進行は進んでいた。あまりにも時間が無かったのだ。人体実験は失敗し、霧島桐子は停止した。

それは数十年に渡る、飽和した悲劇の始まりにしか過ぎなかった。

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三日目:蜜編 現在 54話

サイレンが遠ざかっていく。
先生を乗せた真白な救急車が先生を運び、僕は記憶の外で、その音を聞いた。
視界は黒。目を閉じているから。光が見えた気がしたのは一瞬。豪華なシャンデリア。

「……落ち着いた?」

テーブルの上に陶器を置く音が聞こえて、同時に声がした。エリカの母親。おばさん。
静かに目を開ける。微弱な頭痛。エリカの家の応接間に置かれたソファの上に、僕は横になっていた。「高木博士、大丈夫かしら」。先生に付き添ったのはティアラ。この豪邸のメイド。彼女は僕が中学生の頃から此処で働いているから、先生の事は少しだけ知っている。

「蜜ちゃん、大丈夫?」

おばさんは穏やかな声で問うと、向かい側のソファに座った。
病院に運ばれるのを拒んだのは僕だ。僕に休んでいる時間は無い。第一、頭痛は感じるが、疲労は感じないし、そもそも空腹すら感じない。数日間、何も食べていないのに。明らかに僕の体は変だ。おばさんはテーブルに置いたティー・カップを手に取ると、琥珀色のダージリン・ティーを口に含んだ。右隣のソファには、ヴィンセントが座っている。だが、おばさんには見えていない。悪魔は足を組んで、何も言わずに目を瞑っている。

地下に存在する研究室。否、研究施設と言った方が良い。エリカの家の地下に広がる、あの巨大な施設の存在を、僕は知らなかった。……知っていたのかもしれない。見覚えがあった。エリカの家の地下の研究施設と、大学にある爺さんの研究室は繋がっていた。地下の研究施設は、何年前から存在した? 救急車が到着する前、倒れた先生を応接間まで運んだ時、おばさんは研究施設の存在に少しも動揺しなかった。おばさんだけじゃなく、メイド達も動揺しなかった。この家に関わる人間は、地下の存在を知っていたのだ。「……ねぇ、おばさん」

おばさんは右手に持ったティー・カップを上品に皿に戻すと、長い睫毛の奥の瞳を、滑らかにスライドさせるようにして、僕を見た。「何、蜜ちゃん?」。エリカに似ているな。だけれど僕の口から零れた台詞は別の傾斜から、少し幼く見えるおばさんの大きな瞳に向けられていた。

「"キリコ"って何?」


【M線上のアリア】 現在/54


「蜜ちゃん……それ何処で知ったの?」

天井から吊り下げられた、豪華なシャンデリアが見える。何処で知った? 地下の施設から現れたくらいだから、爺さんの研究室で知ったのだ。「爺さんのトコで。色々、知ったよ」。僕はソファに横になったまま、おばさんが語るはずの、次の台詞を待った。「色々……? そう……」
おばさんは少しだけ、震えているように見えた。

「キリコは……私のお母さんよ」

僕を見ずに、手元のティー・カップに視線を落としたまま。

「だから、エリカの、お婆ちゃん」

僕は、出来るだけ、ゆっくりと、ゆっくりと、ソファから上半身を起こした。
「それが……キリコ・ノートン?」おばさんは、少し驚いたように、視線を上げる。
「それが……霧島桐子……"MIX"……爺さんの研究室の水槽を泳いでた金魚?」

数秒間、おばさんは何も言わなかった。
応接間に昔から飾られている壁時計が、時間を刻んでいる。
「……何処まで、思い出したの?」
それは先生が僕と再会した際に言ったのと、まるで同じ台詞だった。

「……思い出した? 思い出してなんかいない。だけれど僕は、僕の知らない昔、真黒な金魚だった。それから真黒な蛙だったし、真黒な鼠だった。きっと他にも、真黒な何かだったと思う。地下にある巨大な研究施設に見覚えがあるよ。多分、僕は昔、あそこにいたんだと思う。僕のコードネームは"MIX_2"だった。そして多分……、」

一拍、呼吸を整えて、言う。

「僕は、霧島桐子を、知っている」

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