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六日目:蜜編 現在 84話

「もしもし、蜜クン!?」

普段より少しだけ温度の上がった声が、受話器から聴こえた。数分前まで唄っていた、透明な声。多少興奮気味ではあるけれど、緊急事態が発生したような声ではない。僕は小さく笑いながら、その声の主に応えた。「うん、お疲れ様、何処にいる?」
「何処にいる、じゃないよ! 勝手に途中でいなくなっちゃってさ!」
「ごめん、ごめん、ちゃんと歌は聴いてたよ」
階段から立ち上がる。多分、彼女は反対方向の裏路地を歩いているのだろう。受話器から商店街の雑音が聞こえる。追いかけるように歩き始める。「本当に? ちゃんと聴いてた?」
「聴いてたよ、だって何処にいたって聴こえたよ、君の歌」
「そう、だったら良かったけど」
怒ったような声で、だけれど彼女は呆れたように笑った。とても自然な笑い方だった。
円状の広場を周回するように歩くと、彼女が歩いているであろう裏路地が見えた。飲み屋通りが見える。受話器の向こう側で、彼女は歩き続けているようだった。心配しなくても行先ならば知っている。ヒトツしかない。「家に向かって歩いてる?」。僕が問うと、彼女は笑った。

「うん、家に向かって歩いてる」


【M線上のアリア】 現在/84


彼女の声は疲れてはいたけれど、想像していた様子とは違っていた。白化が完成し、限界が致死量を越えたのならば、これほど元気に歩ける筈が無い。裏路地の両脇では居酒屋の提灯が揺れている。何処かの店からは音痴なカラオケの歌声。一直線の小さな通り道。

「……もしかして、全てを思い出した?」
「うん、思い出したよ」

体調の異変はそのせいか? と問おうとして、僕は言葉を飲み込んだ。異変など無いかもしれない。単に我慢しているだけかもしれないし、もしかしたら次の瞬間、彼女は倒れてしまうかもしれない。ならば今、話すべき事は、そんな事ではなくて。気持ちを、感情を、心を。今、誰かに伝えようとせずに、何時ならば伝えられるんだろうな。「ミクコはさ……」

「ん、何?」
「君はさ、永遠に生きたいと思う?」

受話器の向こう側で数秒、彼女は黙っていた。そもそもの原点。彼女が部屋を出て行った理由。全てが消えてしまう不安だとか、全てを失くしてしまう不安。それでも僕等は何かを積み上げ、新たに取り戻し、それを何処かに繋げようとしている。何処に?

「未来に……」
「え?」
「未来にね、進みたいと願う気持ちってね、永遠を望むからよね」
「うん」
「だけれど、もしも永遠が手に入ったら、今度は過去を望んじゃうかもしれないね」

飲み屋通りを抜けると小さな車道に出た。コンビニエンス・ストアが見え、遠くにはファミリー・レストランの看板が見えた。他の店はシャッターを下している。雑音は小さくなり、耳元からは彼女の声だけが聴こえた。今、僕の耳元には、彼女の澄んだ声しか届かなかった。

「例えば、初恋のね、記憶を取り戻したとして……」
「うん」
「過去を大切に出来ない人が、現在を大切に出来る訳が無いと思わない?」
「うん」
「だとしたら現在を大切に出来ない人が、未来を大切に出来る訳も無いんだよね」

そこまで言うと、彼女は笑った。愉快そうに笑った。
吐き捨てるのではなく、受け入れるように、とても満足そうに笑った。
「だから永遠なんて望まない。過去や、現在や、未来の価値が無くなっちゃうから」
彼女が歩く度に、肩に担いだギター・ケースが重そうに揺れる音が聴こえてきた。多分、白化は完成して、彼女の記憶が戻ったのならば、契約破棄の原因になった三男との記憶も、既に戻っているはずだった。だけれど彼女は変わらず、全ての事象が驚く程に変わってしまった現在の上で、尚、変わらず、真白な髪と、真白な肌と、真赤な目のままで、笑っていた。

「ねぇ、蜜クン、君は何の為に生きてる?」

不意に、ミクコが、訊いた。
コンビニエンス・ストアを通り過ぎると交差点が見え、右に曲がると小さな背中が見えた。
ギター・ケースを担いだ後姿。受話器を耳に当てたまま、僕は小さく笑った。「そうだな、」
「何?」
「少なくとも今は、君に会う為に生きてる」

何も気付いていない彼女の背中を眺めながら、僕は言った。
彼女は少しの無言の後で、何も言わずにクスクスと笑いながら、夜空を眺めていた。
過去を受け入れる? 随分と難しい話だ。現在さえ不安定なのに、未来を信じる事も。

何かを失い、悔い、悩み、それでも乗り越えてきた何か。
乗り越えた事さえ忘れてしまった何か。ミクコは何を思い出したのだろう?
解らないけれど、解らなくても良い。呆れる事は沢山あるし、諦めてしまう事も沢山ある。
それでも生きる事に飽きてはいけない。そして最後には死んでいく。

「それは良い理由だね」

それを、僕は受け入れたい。受け止めて、次の世代に受け渡したい。
信号が赤になり、彼女は立ち止まった。僕は歩くのを止めず、彼女に近付いていく。
背中はドンドン近くなる。ゲター・ケースを担いだ小さな背中が、ゆっくりと目の前に近付く。
ゆっくりと目の前に。ゆっくりと目の前に。もうすぐそこに。もうすぐそこに。

「お待たせ」

手を繋ぐ。
驚いた表情で、彼女が僕を見上げる。
瞬間、笑う。

「意外と早かったね」
「意外とね」

過去から記憶を繋いで現在へ。
現在から記憶を繋いで未来へ。

今、ミクコは笑っている。

「何? 何がそんなに可笑しいの?」
「ううん、ちょっとね、あのね、思い出し笑い」

信号が青に変わった。
なので僕等は手を繋ぎ、再び歩き始めた。
道の途中で、とても腹が減っている事に、僕は気が付いた。

ああ、腹が減ったな。

家に着いたら、彼女と一緒にスープを作ろう。

手間隙かけた、世界が素晴らしく思えちゃうような、温かいスープだ。

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六日目:サク編 26話

 ゆらゆらと景色がたゆたう。
 薄闇に霧が混じったような白。それは僕の意識が曖昧なせいだからなのかもしれない。酒に酔ったような気持ちだ。どこかに横になっている。こんな状況なのに、とても気分がいい。船に乗っているように、景色がゆれていた。夢の中にいるかのようでもあった。白夜をまだ体験したことはないけれど、このような色なのかもしれない。景色が揺れて、いい匂いがした。首を横に傾けると、そこが大学であることを知った。首を絞められ死んではいないらしい。そのまま僕は倒れたのだろう。油断すると、またすぐに意識を失ってしまいそうだった。その白い靄の向こうに、花が見えた。何だろう、と思う。桜並木だが、もちろん桜ではない。桜並木の土を覆うように、びっしりとそれは咲き誇っていた。
「秋桜、綺麗ね。サクちゃん」
「あ……」
 声を聞いた。その白い薄闇の中で、何だかとても懐かしい声を聞いた。女の子だった。大学の正門を入った桜並木の中央で、僕はその女の子に膝枕をされているのだ。誰……? 側にギターケースがある。やっぱり僕はまだ夢の中にいるのだろうか。何だか泣きたいくらいホッとする声だった。ずっと、この距離で聞くのことを求めていたような声だった。「ああ――」顔が見えた。その瞬間、僕は涙が出た。なぜだろう。なぜ彼女がこんなところにいるんだろう。みっこだった。同じ大学にいるのは知っていた。何で彼女がここで、僕を膝枕してくれているのだろう。悪魔。最期の代償は何だったろう。思い出せない。悪魔に関する記憶自体が、なぜか薄い。もう、あいつを呼ぶこともないだろう。
 みっこ。
 中学の時の同級生。
 ただ、それだけの人で、高校で別れた。
 でも、彼女の姿を見て涙が止まらなかった。
 次から次へと、涙が横へ流れた。
 みっこの顔が白い靄と、涙で滲んだ。
 ――不完全。
 僕はなぜか、その言葉を思う。
 秋桜? 確かに僕は種を撒いたが、こんな数になるわけがない。
 一つの奇跡を見ているようだった。
 よく意味が分からないことばかりだが、あまり健全な状態とは言えない。僕はみっこから離れようと、体を動かしてみた。しかし、まるで神経が麻痺してしまったかのように上半身が起きない。足も動かせなかった。体が言うことを利かないのだ。「ご、ごめん」僕はなぜか謝りながら泣いた。何で涙が出てくるんだ。手で何度も涙を拭ったが、それは止まらない。そのうち嗚咽さえ、口からあふれ出してきた。意味が分からない。
「無理しないで。サクちゃん。そういうときって動けないから」
「……そういうとき?」
「うん。時間が経てば、動けるようになるよ」
「みっこ。何か久しぶりだけど……何でこんなところにいるの?」
「サクちゃん……」
「あれ? ごめん、何で泣くの?」
「サクちゃんもだよ……」
「うん、ごめん。何でだろう。僕にも分からないんだ」
「ごめんね……サクちゃん……ごめんなさい」
「何で謝るの? あれ? さっきまでライブが――」
「サクちゃん、今まで戦っていてくれたのね? そんなに、心をボロボロにして戦っていてくれたのね?」
「……え?」
「本当に、ありがとう。サクちゃん。良かった。思い出せて。こんな綺麗な気持ちを思い出せて良かった」
 良かった。
 その言葉が、僕の心の奥の何かを揺らした。その言葉に反応して、僕はなぜか全て救われたような気持ちになった。嗚咽は勢いを増し、みっこが僕の髪の中に手を差し入れてくれた。良かった。何なんだろう。何でこんなことになっているのだろう。意味が分からない。でも、良かったって思ってくれて、僕は良かったと思ってる。
 僕は何かを失っている。
 それが分からない。
 いつものことだった。
 でも、悲しみだけじゃない。
 なぜか酷く悲しむ一方で、僕は救われたと思ってる。
「みっこ――。ごめん……。何でだろ、涙が止まらない、ごめん」
「サクちゃん、今ね、私、好きなものが一杯出来たの」
「……うん」
「変化は悪いことなのかな?」
「ううん。違うよ。きっと……違ったんだ」
 僕は答えた。なぜかそれは実感を伴って答えることが出来た。今まで長い間受け入れることの出来なかったものを、小さな子供に言い聞かせるように言葉を選んだ。自分の言葉が自分に染み渡る。これを得るまでに、長い時間がかかったように思う。
「きっと違う。そういうことじゃないんだ。きっとさ、魂のような、変化とか不変とかを超えた、大切なものが奥に必ずあるんだ。変化が悪いなんていうのは、その魂が、その時たまたま着ている服を見て、難癖をつけているだけなんだよ」
 僕は言い終わって、うん、と自分で頷いたあとみっこの顔を見た。
 その顔は白く、病的で、髪型も変だ。でもとても生きる力に溢れていた。中学のとき見たみっこのままだった。それが僕にとって、なぜか凄く嬉しくて、無意識に手を伸ばして、みっこの頬に触れた。さらさらとした、柔らかい感触だった。近くに唇があった。いつか、こうして触れたことがある、と思った。でも、そんなことはありえない。でも、きっと、僕は今、魂に触れている。
「みっこ。僕は大丈夫。もう行くんでしょう?」
「うん、すぐ行かなきゃ」
 みっこが僕の頭を優しく下ろすと、立ち上がった。「本当に大丈夫?」心配そうな顔が僕を覗き込む。
「大丈夫だよ」と僕は幾分動くようになってきた体を、虫のように起こしながら言った。
 みっこは僕が起き上がる姿を見ると、少し安心したようにギターケースを持ち上げた。
 みっこは昔から優しかった。
 僕は座り込んで、みっこの顔を見上げた。
 行ってしまう。
 みっこが行ってしまう。
 心が締め付けられるような気持ちを感じた。
 何だろう。
 引き止めたいような気持ちに似ている。
 でも、なぜなのか僕には分からない。
「みっこ、どこに行くの?」
「家に帰るの」
 そう言って、例の悪魔的で、魅力的な笑顔を見せた。
 ああ――。
 何かを思い出せそうな気がした。
 いや、違う。
 新しい何かを、作れそうな気がした。
 記憶の中に。
 もう、失うことのないものを。
「みっこ」
 僕は呼びかけた。
 決定的な何かを告げるために。
 今まで大切にしていた何かに、決定的に終止符を打つために。
「さよなら」
 みっこは僕の顔をじっと見つめていた。
 それから悲しそうで、でも嬉しそうな複雑な表情をした。
「うん、さよなら」
 みっこは歩き始めた。僕はその後姿を見ていた。ずいぶんと長い間、その後姿を見ていた。脆く儚げで、でも、力強い。僕も歩き始めなければ。ふらふらと立ち上がると、僕は横に向かって歩き始めた。コスモスの方へ。でも、みっこから目を離さなかった。最後の最後まで、その姿を目に収めておきたいと、僕のどこかが願っていた。僕は、どこからきているのか分からないその感情を信じて、中学の同級生を見ていた。
 みっこが、振り返る。
 そして、手を振って笑った。
「またね!」
 僕も手を振って、それに応えた。
 やがて、その姿が薄い闇に消えた。
 僕は見えなくなった瞬間に、長い瞬きをした。
 心のどこかで、氷の割れるような音が響いた。
 目を開けて、もう少しだけ歩くと、そこにはやはりコスモスが咲き乱れていた。僕はそのコスモスを踏まないように震える足で慎重に歩くと、一本の桜の下に腰掛けた。うろんげに上を見る。枯れたような枝の向こうに、月が見えた。こんな景色を見た気がした。何が何だか、もう分からない。記憶が整理されていない。たぶん、もう一度寝れば、少しはマシになるだろう。
 目の前のコスモスを見た。
 白やピンクに彩られて、炎が燃えているようだった。それは、とても優しい炎だった。静かで綺麗な花。花言葉は、純潔、真心、調和。よくそんなことを考えたものだ。確かに、花それぞれが、小さくそんなことを呟いているかのように見える。「負けたサービスのつもりか?」僕は呟いた。そんなわけはない、と思いながら。かつて暴虐な劫火を見たことを思い出した。何かを失うことを思った。でも、失ったものはなんだったろう。まだ生きている。魂がここにある。きっとそれらが、どこからか希望を見出して、また進まなきゃならないんだ。ゆらりと景色が揺らいだ。ただ今は、少し疲れた。もう少し、ここで休んでいこう。
 涙の残滓を、僕は手で拭った。
 みっこの歌を思い出して、口ずさんだ。

「きっとどこかに種撒いたなら」
「いつか涙を降らせた心開き」
「桜の花が季節を外れて輝いて咲く」
「ちゃんと過ごしてきた日々が」
「痛いくらい優しく生き続けるよ」
「きっとどこかで笑ってる」
「君と同じ世界を生きていく」

 でも、やっぱりどこか寂しい。
 やっぱり、どうしても寂しさは感じてしまうよ。
 僕は膝を抱えて、もう一度空を見た。
 月が冷め冷めと僕を照らしていた。
 どこかで見た月だった。
 現実には、毎日見ている。
 目が覚めれば、少しはマシになるだろう。
 失った記憶も整理されることだろう。
 また生き続けるために。
 強かに紡ぎ続ける。
 僕の記憶の物語。

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六日目:サク編 25話

 記憶が、音を立てて変えられていく。
 その音がどこから来ているのか、初め僕は分からなかった。呻くような、すすり泣くような音だ。地震のように視界が揺れている。しばらくして、気づくことが出来た。視界が揺れているのではなく、僕の体が立っていられないほど揺れているのだ。この音は僕の喉から出ている。僕が泣いている音なのだ。この頬に感じる気持ち悪さは、涙を流しているからなのだ。僕が子供のように泣いている。声を出して泣いている。留めようがない。失っていくものと、失っていたものを同時に感じることが出来る。今までになく、膨大な記憶の消去と書き込みが同時に行われている。その過程で僕は、僕に起こった事実を知った。知ることが出来た、というのが正しい。まるで僕という人生の映画を見ているかのようだった。大きくフィルムの欠けている映画だ。所々の事実だけを映している。悪魔に渡したいくつかの記憶を見た。僕はそれがあったということすら忘れていた。何て凶悪な力なのだろう。何か失わせたという記憶さえ失わせるなんて。
 みっこ。
 みっこもこういうのを味わったんだ。
 僕が捧げたものは、みっこへの恋心。
 みっこが僕に捧げてくれたものは、僕への恋心。
 何でそんなすれ違ってしまったのだろう。
 結果的に、それをただトレードするだけになってしまった。
 二つあったものが一つになってしまった。
 でも、僕は生きている。
 みっこも生きている。
 僕らは、たまたま偶然、生きていくために膨大な代償が必要になってしまったのだ。それを失わざるを得ない状況に、たまたまなってしまった。人が生きていくために、自然と失っていくものよりも遥かに大きいものが必要だった。そうしなければ、二人とも死んでしまっていたから。少なくとも、みっこの願いはそう。生きていくために必要だった。なら僕の願いは? 正解はもう分からない。僕は間違っていたのだろうか。それはもう分からない。僕もあの時点で、ああしなければ生きていけないと思った。そうすることが、それから先の未来を生きていく方法だと思った。本質的に、みっこの願いと変わりはないと思う。
 取り戻したかった。
 ただ取り戻したかったんだ。
 みっこが大切に思ってくれた、僕への恋心。
 それを取り戻してあげたかった。自分のエゴだと言ってしまえばそうかもしれない。でも、みっこに見せ付けたかった。ほら、こんな綺麗なものが、みっこの中にはあったんだよって。こういう経験を僕らは共有したんだよって。それを一方的に失わされたから、僕は取り戻したかった。
 僕は泣いた。
 みっこへの恋心。
 それを片っ端から失っていくから。
 対照的に、悪魔は哄笑を続けていた。
 もう僕から手を離し、両手を広げ、空を仰いでいた。
「旨い! ここまで旨い記憶は久しいぞ!」
「……ばかやろう」
 僕は力なく、悪魔の胸倉を掴んだ。悪魔の方が背が高い。僕は黒いワイシャツをクシャと掴みながら、悪魔の目を見た。何も映さない目。全てを飲み込むだけの目。反射しない目。奪う目。憎しみを込めて胸倉を掴んだはずだったのに、立っているのも苦しくて、僕の体はゆらゆらと揺れた。
 でも、今、一つだけ、こいつに一矢報いることが出来る。
 それを思いついた。
 ここでやっと、こいつに敗北感というものを味あわせてやれる。
 それにきっと、何の意味もない。
 でも、敗北を心に刻んで、僕から去ればいい。
 みっこと僕を好き勝手に弄んだ、その最期に、一つだけ悪魔としての汚点を持っていけ。
「ほう、まだ意識があるか。人間の慣れとは怖ろしいな。意識を失っていた方が楽だというのに」
「お前の弱点は……」
「何のことだ」
「共有契約に、分割契約。重複契約。お前は人から奪う方法を知りすぎているんだ。でもそれが弱点だったんだ……。ちくしょう。こんなに僕の記憶を奪っていたなんて。未来をこんなに変えてきたなんて、全く……気づかなかった……」
「お前が望んだことだ」
「そう……、僕が望んだことだ。それに間違いはない。でも……僕の望みが叶っても、僕だけの望みが叶っても! そんなの大きな目で見れば、何も意味はなかった。お前はもう、知っているんだろう、こんなこと。どれだけ愚かな人々を見てきた? 人間は弱いから……。お前みたいのに頼りたくなる。どれだけの人間を廃人にしてきた? ちくしょう。そこまで分かっても、取り戻したかったって、僕はまだ思ってる。ちくしょう……」
「ククク。後悔しろ。懺悔は聞かない。廃人? ククククク。俺は欲望を渡り歩いてきたのだ。ほとんどが最期は廃人さ。救いなどない」
「本当の救いっていうのは……。きっと……。きっと、人と人の間にあるんだ。自分の中にはどこにもない。でも探せば、無数に……」
 ただ悪魔は笑い続けていた。
 酷く冷めた目で、僕を見ていた。
 そんなことはどうでもいいとばかりに。
「――コスモス」
「……何?」
 僕は悪魔を掴む右腕にありったけの力を込めた。これで最期だ。こいつとはこれで最期のやりとりになる。負けるな。今までずっと負けてきた。悪魔と自分に負けてきた。負けるな。これに、きっと何の意味もない。でも、僕には意味を持つ。こいつに、ただ一つ、勝つという意味を持つ。
「賭けに負けた悪魔はどうなるんだ? ふ、ふふふ。どうにもならないんだろうな。お前は自由だから。でも、僕は分かってしまった。思い出せたぞ」
「それは違う。お前は思い出したのではない。事実を知っただけだ」
「お前の認識なんて関係ない。僕の記憶に納まった事実だ」
「意味がない」
「意味ならある」
「どのような?」
「お前の、悪魔の記憶に刻まれる、ささくれみたいな汚点だ!」
「そんなものはない。意味はない」
「僕は、ここにコスモスの種を植えた!」
 瞬間、食べるとき以外は冷静な悪魔から、初めて見せる種類のものを感じた。どくん、と周囲の闇が脈打ったのを感じた。ガツッと僕の腕が振り払われた。その衝撃は凄まじく、もともと立つ力さえあまり残っていない僕は右によれて倒れようとした。もう意識を保つのも精一杯だった。しかし、その瞬間、長い腕が僕の首を折れんばかりに掴んだ。さらにその腕は万力のように、何も力を入れるふうでもなく、僕の体を持ち上げた。「それが何だというのだ……!」悪魔の初めて見せる感情。それは、怒りのようであり、憎しみのようであった。僕はなされるがまま、宙に浮いた。手も足も力が入らず、プラプラと情けなく揺れた。
「何を怒っている。悪魔が」
「食事を不味くしたな! それが何だというのだ!」
「何でもないさ。ただ、お前の食事を不味くした。それだけなんだろ」
「愚か者が……!」
「ぐうっ!」
 悪魔の力が強くなった。首が締め付けられる。今まで精神的なものしか受けなかったから、ここまで肉体的な行動に出るとは予想外だった。でも、僕はこの悪魔に一矢報いた。意識が遠のく。それが記憶を奪われたことによるものなのか、こうして首を締め付けられているからなのか判別がつかない。でもいいだろう。悪魔の顔を見るのは、きっとこれで最期だ。その顔は憤怒に彩られていた。食事を何よりも大事にする悪魔。願いを餌とし、人の記憶を奪い、人の間を渡り歩いてきた。どこから来たのだろう。自分から来たといった。人と人の間に存在する、これもまた一つの真実なのだ。どこに行くのだろう。それは知ろうとも思わない。
 僕はこれからも生きていく。色々なことを経験して、色々なものを得て、そしていくつかを失い、その度に、笑い、泣き、悲しみ、喜び、虚しさを感じ、悔しさを感じ、記憶を大切にしながら、記憶を失くしながら、でも生きていく。悪魔に頼るのはこれで最期だ。思えば長い付き合いだった。でも感傷のようなものは何もない。ただ、最期にやはり少しだけ感謝している僕がいる。生きている。僕もみっこも生きている。
 生きていく。
 二人が願ったその願いは、叶えてもらう。
「さよならだ。コルト」
 悪魔という存在は言った。
 それは肯定を表す言葉。
「イエス」

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六日目:サク編 24話

 白い花びらが、涙のように舞っている。
 そこにあったのは、季節を外れて満開の桜の木。
 それは怖ろしく白く、ぼんやりと月明かりを反射して、薄闇の中で冷め冷めと輝いていた。枝の半分くらいが、側を流れる川にせり出して、花びらをそちらにも落としている。それは川をずっと流れていくだろう。僕は肩の力を落とし、うろんげに上を見ていた。僕の背には桜の木の幹があり、膝にはみっこが寝ていた。もう、しばらく意識は戻らないのだろうと僕は確信していた。顔はただ寝ているだけのように、ただ静かだった。満開の花びらの向こうに、月の光が見えた。ああ、今日は晴れているんだ、と僕はそこで初めて思った。その割に星があまり見えない。月が明るすぎるせいだろうか。
 ここはどこだろう。僕は来たことがない。でも、ガイドブックで見たことがある気がする。明日来るはずだった場所。僕らが選んだ銀閣寺の近くだ。名前は、そう、哲学の道。あの火事で、屋上から闇に呑まれた、その次の瞬間には僕はこうしていた。もう驚けなかった。何だか考える力も失せたみたいだった。心が酷く穏やかだった。その穏やかさは、別に危機を乗り越えた幸福感から来ているわけではない。絶望的な虚無感によって形作られる穏やかさだ。虚無という心の巨大な穴から、ヒタヒタと何かが、黒い手を伸ばしている。いくつもいくつも手が穴から出ようとする。まるで這い出ようとするみたいに。僕は心の中でその景色を見ていた。その手は何だろう。何を意味しているのだろう。きっと元々、そこにあったものが、元の地位を取り戻そうとして悲しく形を変えてしまったものだ。もう戻れないことを表現している手なのだ。手が泣いている。僕はそれをじっと観察していた。
 花びらがなぜか異常なほどに次から次へ落ちてくる。僕の目の前を踊っている。花びらがやけに白いな、と思った。夜桜だからそう見えるだけだろうか。それにしても白いな、と僕は繰り返し思った。生命力の回帰。一度失われたものを、呼び出した結果。これがみっこが望んだ結果。みっこは僕と桜を見たがってくれたのだ。この桜の花びらが、真実を深々と僕に告げた。僕の怪我が治された事実よりも、白い花びらの方が心の奥を冷たく短い間隔で揺らした。あの悪魔の力は本物なのだということ。ならば、代償として捧げたものは本当に失われているのだろうということ。重い。生命力の回帰は重い。重いのだろう。何ていったって、悪魔の口からそんなことを言ったのだから。笑ってしまいたい。悪魔が生命の重さを説くなんて。きっとそれは本当に重いのだろう。僕が想像するよりもずっと、ずっと、ずっと。
 僕は生きている。
 みっこも生きている。
 僕は結局、みっこに救われたのだ。
「桜、綺麗だね。みっこ」
 僕は淡々と、静かに話した。みっこが起きてしまわないように。きっと起きてなんてくれないのだろうけれど。僕は顔を下に下げて、僕の膝枕で眠るみっこを見つめた。頬に桜の花びらが一片、落ちていた。みっこの顔色も良くなかった。これに危険はないのだろうか。どれほどの記憶を失ったのだろうか。記憶を失うとこんなことになるのだろうか。そもそも記憶とは何なんだろう。
 みっこが一番大切だと言ってくれた記憶。
 それは本当にもう失ってしまったのだろうか。
「夜桜なんて、久しぶりに見たな。みんなにも見せたかったよね」
「みっこだって、本当はみんなと見たかったんでしょ。僕とだけじゃなくてさ。みっこ優しいもん」
「その方がきっと、いい思い出になったよね」
「だって凄いぜ。これ一本だけ満開」
「こんな濃密な満開って見たことない」
「こんなこと出来るんだね」
「小牧とか、きっと目を丸くしてさ、あいつ、案外子供だから一番喜ぶんだぜ」
「見てた? あいつがカレー三杯食べたの。大盛を」
「馬鹿だよね」
「さっきさ、僕、小牧の好きな人聞いたよ」
「やっぱりね、って思った。それは、あいつのために秘密にしておくけど」
「そう言えば、ねぇ、ギターどうなった?」
「少しは上手くなった? 少しなんて言うと怒る?」
「あの約束、覚えてる?」
「まぁいいや。火事怖かったね」
「みっこを守れなかったよ。ごめん」
「でも、二人とも助かって良かった」
「みんな、僕らのこと死んじゃったと思ってるかもね」
「あー、ちょっと、明日、楽しみにしてたのにな」
「これじゃ修学旅行終了だよなぁ」
「みっこ、銀閣寺行きたがってたじゃん。何で?」
「この近くだけどさ」
「そう言えば、音羽の滝? あれってさ、三つ一気に飲んじゃ駄目なの?」
「少し、恋愛の水を多めに混ぜるつもりだった。はは」
「みっこは本当に健康だけ?」
「そういうこと、もっと前から、もっと強く聞いとけば良かったなぁ」
「もっと勇気、とか、あれば良かった」
「ねぇ、人を好きになるって、どういうことだと思う?」
「好きになってもさ、相手が自分を好きになってくれなかったり」
「お互いに好きだったのに、なぜか変わってしまったり」
「お互いが好きなままで、でも、なぜか駄目になってしまったり」
「単純な確率で言えばさ、上手くいくことの方が少ないよね」
「確率なんて関係ないかもしれないけど」
「上手くいくって何だろね」
「運命って信じる?」
「女の子ってそういうの、好きだよね」
「みっこって、女の子女の子してるから、好きでしょ? 違う?」
「だけど僕は信じてない」
「出会うべくして出会うなんて、そんなの、起こる確率百パーセントのことがただ起こっただけじゃん」
「それより、出会うはずもないのに出会ったって言った方が、僕は好きだな」
「人って、失ってからじゃないと大切なものに気づけないんだって」
「じゃあ、人ってさ、一生大切なものを手に入れられないってことかな」
「そんなの、嘘だよね」
「うん」
「みっこ、寒くない?」
「ちょっと汗が冷えてきた感じ」
「本当に、桜、綺麗だよねぇ」
「本当に」
「本当にさ」
「ねぇ、みっこ……」
「ねぇ……!」
 みっこは何も答えなかった。
 みっこの頬に、今度は僕の涙が落ちた。
 悔しい、と思った。切実に思った。何なんだろう。この悔しさは。みっこはただ、これが見たいだけだったんだ。この桜を。この桜を咲かすためだけに、自分の記憶を使って、そして火事から逃げ遅れた。これだけのために。こんな小さな幸せのためだけに。こんなこと、望んじゃいけないことだったのだろうか。そんなに致命的なことだったのだろうか。何でなんだ。何でみっこに、あんな男が憑いていたんだ。そうしなければ、そんな力がなければ、こんなこと望みようもなかったのに。でも、その力があった。みっこは望むことが出来た。ただ、この小さな幸せを、僕と共有したいって思ってくれたために。
「いるんだろう。悪魔」
 僕は後ろの薄闇に向かって呼びかけた。
 初めて、僕から呼んだ。いるという絶対の確信があった。
 闇がこちらを向いている実感があった。
「いる」
 桜の木の幹を挟んで反対側から、低くて、よく通る声が聞こえた。
「悪魔とは、あんまりだな。新たな契約者よ。あながち間違ってはいないが。名を呼べ。コルトだ。俺はサクと呼ぶ。それが信頼の証なのだ」
「お前は、みっこの記憶を、食ったのか……?」
「ああ、食った」
「何を?」
「聞こえていただろう。サクへの恋心、だ」
 恋心、と悪魔はもう一度繰り返すと、愉快そうに鼻で笑った。
「気安く名前を呼ぶな」
「呼ぶさ。俺の名を、お前もすぐに」
「みっこは、それを失ったのか?」
「そうだ。もう俺の腹の中にある。たいそう、旨かったぞ」
「お前……」
「そしてお前は助かった。感謝してもらおう」
「みっこは起きたら、どうなってる?」
「どうなってる? どうもなってはいない。お前のことも忘れてはいない。ククク。ただ、お前に対して抱いていた好意の記憶を失っている」
「好意の記憶?」
「今まで懸命に膨らませてきた感情の風船を、俺が食った。再びやり直し、と言いたいところだが、もうその風船は存在しない」
「もう僕を好きになることはない?」
「さぁな」
 冷たい風が吹いた。やはり少し寒い。みっこを見た。別に震えているわけでもなかったが、ただ、汗で服が濡れていた。僕よりもずっと汗をかいている。これは火事のせいだけじゃないのだろう。冷や汗みたいなものかもしれない。帰らなきゃ、と思った。風邪をひいてしまう。みんなだって心配している。桜の花びらが、風に吹かれて吹雪のように見えた。深々と降り積もっていく。時間の流れを表すように。その白さは、途轍もなく、怖ろしいほど綺麗だった。こんな心に迫るような桜を、僕は今まで見たことがない。現実味がない。まるで夢の中だ。夢だったら、どんなに楽だろう。でも悪夢の最期は、きっとこんなに綺麗な場所ではない。この花びらは、現実が僕に対して放り投げた撒き餌なのだ。現実に縛り付けるための。
 帰りたい。
 帰ろう。
 こんなことになる前に。
「悪魔。もう、みっこの前には現れるな」
「確かに先ほどの契約で共有契約のイニシアティブはお前に移った。みく子がその契約を思い出すことが出来ない以上、不整合が起こるからだ。だが、なぜそれを願う?」
「お前は、人の気持ちと、未来まで変えられるのか?」
「ククク。その答えは、イエスだ。何を考えている」
 悪魔は、もう全てが分かっているのだろう。嬉しそうに笑った。思えば、初めから、こいつは僕の考えをのぞいているかのように答えた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。ただ、みっこから僕へ乗り換えただけかのようだった。みっこがさっきのことを思い出せないなら、もうみっこの前に現させはしない。これからの僕の願いを考えれば、みっこの前に現させることは出来ない。こいつにとっては何でもいいのだ。人の記憶が効率的に奪えれば何でもいいのだ。それがどんなに大切な記憶だっていいのだ。その方がきっと旨いのだ。願いを叶えるなんて希望を見せておいて、結局のところ、叶えるのが目的ではない。食うのが目的なのだ。
 そういったものなのだ。
 ならば、僕もそのように扱おう。
 僕らは、相互利用の共犯者だ。
 悪魔がこちらに歩いてきた。
 僕の横に立って、僕を見下ろす。
「願うならば呼べ。俺の名はコルト。その名を決して忘れるな」
「"忘れてはいけないこと"……」
「クククク。俺を前にして、その区分はいいな。そそられる」
「――願いは二つある。叶えてもらう」
「全ては代償による。代償と等価の願いを叶えよう。そして俺の名を呼べ」
 みっこ。
 僕は間違ってはいないはずだ。こんな一方的に失わされて、納得できるわけがない。悔しかった。とても悔しくて、やり切れなかった。涙を噛み締めるくらい、悔しかった。
 ――彼の名前を決して呼ばないで。
 ごめん、でも、きっとみっこだって同じ気持ちだろう? みっこだって、同じことをするよね? きっとそうだ。取り戻したい。何かを失ってでも。何かを犠牲にしてでも。でも、今までの記憶は大切なものが多すぎる。これを代償にしたら、まるで意味がない。だから、これからの記憶を犠牲にするしかない。どれくらいの期間がかかるだろうか。何しろ、僕のあれほどの怪我を治すだけの記憶だった。僕への恋心。先が全く見えない。でも、全てが終わったとき、みっこも一緒に喜んでくれるだろうか。
 それを、せめてそれだけを、期待している。

「コルト」
「そう、それが俺の名だ」
「みっこの記憶を全て元に戻せ」
「全て」
「全て、だ」

 悪魔が、またしても愉快そうに口を歪めた。人を愚かだと思っている目だった。完全に馬鹿にした目だった。悔しい。こんな男がいたせいで、全てが狂ってしまった。それなのに、またこの男の力を借りなければ修正出来そうにない。僕は弱いから。願いを叶える存在があるなら、僕はそれを使わざるを得ないほど弱いから。どこまで修正出来るだろうか。すっかり元通りにはならないだろう。失って得られる力なのだから。でも、それでも、この時点で持っているものを取り戻せればいい。僕とみっこが今持っているものを取り戻せればいい。
「代償は、僕の未来の記憶」
「ククク。いじらしいな」
「それを少しずつ渡す。出来るか」
「いいだろう。烙印を刻ませてもらう」
 悪魔が左腕を振りかぶった。そして殴るような勢いのまま僕の頭へ振り下ろす。「うッ」視線を上に持っていくと、よく見えないが、どう控えめに見積もっても悪魔の左肘までが僕の頭にめり込んでいる。同化しているかのように。溶け込んでいる。先ほどの記憶を食べている動作とは全く違う。「何を……」僕は体の力が抜けていくのを感じた。それと同時に意識さえ朦朧としてきた。何かが強烈に奪われている。いや、犯されている。侵されている。冒されている。頭の中で大きなうねりがあった。そのたびに頭が右へ左へ引っ張られる。何かとても汚らわしいものが、僕の頭の中身を品定めしている。本来なら価値をつけられないものを、僕の今までの記憶を、片っ端から値踏みされているようだった。最悪の気分だった。
「烙印を刻んだ。俺とお前の契約の証だ」
 悪魔が僕の頭から勢いよく左手を抜いた。その瞬間、僕は一度悪魔の手が引き抜かれる方向へ頭が引っ張られたかと思うと、体中に力がいっぺんに抜けた。桜の幹にもたれて辛うじて姿勢を保つ。「気持ちの悪いやつめ……」まだ先ほどまでに比べると余裕がある。麻痺してしまっただけかもしれない。でも、その方が好都合だ。しばらく心が死んでいても構わない。もう何が起こっても、驚かない。もう何が辛くても、耐えてみせる。もう一度。この願いが叶うまで。もう一度。
 もう一つの願いが叶うまで。
「コルト。もう一つの願いは未来のことで僕には分からない。だから、お前に全部預けてやる。僕の未来を操作しろ。この契約の記憶さえ、食べればいい。その方が自然な形だと思うなら。忘れてはいけないこと以外の記憶なら自由にすればいい。僕は、これから先、みっこと別々の道を行くことになる。でも、みっこが記憶を戻す頃。顔を見るだけでもいいから。それまで辛い記憶で埋められてもいいから」
 もう一度。
 もう一度のために。
「愚か者め。隷従する気か」
 隷従。
 僕はその言葉の意味を知らない。
 従ったっていいさ。
 もう、何でもいい。
 どうにでもなれ。
 僕はみっこの顔を見た。
 その頬を撫でた。
 その頬に張り付いている、桜の花びらを摘んで取ってあげた。
 肌は血色が悪く、もう青白く見える。
 でもその寝顔は穏やかだった。
 目が覚めるとき、きっと多くのことを忘れている。
 今の眠りは、きっとその整理のために使われている。
 ねぇ、悲しくない?
 ねぇ、虚しくない?
 ねぇ、寂しくない?
 みっこ。
 約束は守られるよね。
 取り戻せないなんてないよね。
 きっとまた、笑い合えるよね。
 これで終わりじゃないよね。
 みっこ……!
 もう一度。
 取り戻してやる。
 絶対に取り戻してやる。
 帰ろう。
 きっと帰ろう。
 どんなことをしても。
 何を失ったとしても。
 それを桜に誓おう。
 そして、もう一度。
 せめて、もう一度だけ。
 この記憶が嘘じゃなかったと証明出来る日に。
「また、逢いたいんだ」

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六日目:サク編 23話

 僕は、そこでみっこの記憶を見た。
 その蛇の腹に飲み込まれ、その黒い激流の中で、みっこの記憶を見た。それは何気ない日常を映した記憶で、僕と一緒に笑っている記憶だった。みっこの視点から僕を見ていた。教室に入って、まず僕を探そうとするみっこ。授業中僕を見ているみっこ。体育で僕の姿を探すみっこ。バスで僕の隣の席になり密かに喜ぶみっこ。そして、帰り際、教室で僕の姿を目に収めてから帰ろうと僕を探すみっこ。それらの視点は、まるで僕のようだった。僕も同じことをしていた。その共有が嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、僕は泣いた。
「やめろ……。やめてくれ!」
 僕は蛇の中で叫んだ。分かってしまった。意味が分かってしまった。それらのみっこの記憶が、一つずつ、一つずつ、消えていく。この蛇の中へ消化されていくのだ。記憶を食う。その意味が分かってしまった。代償は、僕への恋心だと言っていた。それを失っていくのだ。そしてきっと願いを叶える。本当に叶うのだろうか。でも、そんな……、こんなの意味がない。みっこは僕を好きでいてくれた。そんな奇跡が、何とこの日常の中で存在した。僕が気づかなかっただけ。きっとみっこも気づかなかっただけ。みっこは僕と一緒にいることを、楽しみにしていてくれた。
 それが食われようとしている。
 きっと僕を生かすために。
 でも、みっこが僕を好きだった記憶を忘れてしまうのなら、僕は生きていく意味がない。
「やめろー!」
 僕は渾身の力で、黒い蛇の腹を殴った。それはツヤツヤと黒い液体で黒光りする柔らかそうな壁面だったが、殴ってみると石のように硬かった。それでも僕は泣きながら、何度も何度も殴った。みっこの記憶に手を伸ばして、それが消えていくのを阻止しようとした。どうしようもなかった。それは、留めることなく消えていく。殴って、殴って、僕の拳からは血が吹き出た。
 それから、僕は一つの奇跡を見た。
 いつの間にか、僕は黒い蛇の腹を抜け出していた。そして、それは起こっていた。それが起こったということが、何よりも、この男の力を証明していた。この男は本物なのだ。本物の力を持っている。「そんな……」今まで崩れた壁に埋まっていた僕の下半身が、何事もなかったかのように崩れた壁の外に出ていた。それは治療されたというよりも、初めからこの形だったかのように「修正された」という方がピッタリとくる。
 そして僕は必死になって、繰り返し床をぶん殴っていた。先ほどまで黒い蛇の腹の中にいて、腹を殴っているつもりだったのに。僕は無心に床を殴っていた。僕はそれに気づいて、床を殴るのを止めた。ペタンと手を付き、その硬さを確かめた。こんなことはありえない。ありえないことを起こすなんて。この男の力は本物だ。僕の怪我を治す。その願いを叶えてみせた。ならば、代償の方はどうなる。みっこの記憶はどうなるんだ。
 みっこを見た。
 目の前にある唇が、ゆっくりと傾いていく。
 バランスが崩れ、倒れようとしていた。
「みっこ……!」
 僕は床に座り込んで手を差し伸ばすと、みっこの体を支えた。
 その体は、酷く軽くて、脆く感じられた。
「みっこ! ねぇ!」
「サクちゃん……」
 みっこはそれだけ言うのが精一杯で、再び、意識を失おうとしているみたいだった。おそらく、さっきもこれと同じことをして、みっこは記憶を失っていたのだ。だから火事でも目が覚めなかった。
 記憶を失ったのだ。
 代償は、僕への恋心。
「そんな……!」
 僕は信じられない。
 信じたくない。
 でも、この体の怪我が治ったのは事実。
 僕が動けるようになったのは事実。
 みっこに助けられたのは事実!
「クク、ハハハハハハハ! いいぞ……。旨い! これほどまでに芳醇だとは! この記憶は、いい! いいぞ! クハハハハハハハハハ!」
「悪魔」は笑い続けていた。体全体を、その不気味な笑いに委ねていた。僕は憎しみに満ちた目で、その悪魔の方を睨んだ。「お前は何をした……!」僕は尋ねたが、悪魔は愉快そうに体を揺らし、その質問を無視した。僕の存在なんか目に入らないかのように。小さな家畜を扱うように。
 あくまで自分勝手に喋る。
「おいおい、その拳の怪我は契約外だな」
「お前! 言えよ! 何をした!」
「言う必要はない。お前は既に理解している。イエス。それが正解だ。そんなことより、ククク、逃げなくてもいいのか? カハッ、ハハハハハ! 契約を結んだばかりで死んでしまっては困るな」
 悪魔がニヤニヤと笑った。
 僕は、唐突に思い出したかのように周囲を見回した。そんなことより。そういうことか。みっこの願いはあくまで僕の怪我を治すこと。それ以上のことは叶えてくれない。僕のあの怪我を容易く治すことが出来ても、みっこはここの脱出を願っていないから、僕らは火事に閉じ込められたままなのだ。
 契約。
 悪魔との契約だ。
「ちくしょう……」
 僕はとっさにみっこを背負うと、ドアに向かって走った。悪魔のことは置き去りにした。炎から現れたのだ。死、というものがないに決まっている。もう周囲の壁は炎に囲まれている。崩れた壁を避けながら、ドアを開けた。正面に走れば、非常口がある。少なくとも、正面に向かえばいいはずだった。
 正面の廊下、五メートル先が、崩れた天井に埋まっていた。
 僕は瞬間、呆然とした。そんな。逃げ道が完全に失われている。他にどうすればいいのだろう。他に非常口なんて知らない。小牧なら知っていたのかもしれない。でも僕は知らない。このまま逃げ出せず、焼け死ぬだけだ。せっかくみっこに怪我を治して貰ったのに犬死にだ。僕だけ死ぬならまだいい。このままでは、みっこも確実に死ぬ。
 死ぬ。
 足が震えた。
 怖かった。
 さっきまでの方が、死に接していたのに、今になって絶大な恐怖がやってきた。周りを見渡せた今だからこそ。死にたくない。みっこを死なせたくない。みっこは僕のために、「一番大切な記憶」を差し出してくれた。それが、僕にとっても大切なものだとしても、僕を助けるために差し出してくれた。死なせるわけにはいかない。みっこだけ逃げろと言った僕の言葉は嘘じゃない。みっこだけでも助けなきゃならない。
「ちくしょう!」
 僕はあても持たずに、とにかく走り出した。廊下の一方は塞がれているのだから、走り出すにしても一方向にしか行けない。入口の方だ。エレベーターと階段がある。エレベーターなど望み薄だろうし、何より入口の方が火の勢いが強いに決まっている。たぶん火元は入口に程近い食堂なのだから。各階へと結ばれる階段だって火に包まれているに決まっている。
 決まっているけれど、そこしか望みはない。
 案の定、階段に近づくにつれ、周囲は酷い有様だった。壁は崩れ、鉄骨が露出し、酷い音が辺りを包み、各部屋のドアが吹き飛ばされていた。それでもまだ走れる。足をつくだけのスペースが残されていた。僕はそのスペースを、飛び石みたいに踏みながら階段まで走った。
 やがて、これまでにない熱気が僕を包んだ。
 それは階段から上がってくる、津波のような熱気だった。しかし階段は残されている。僕はまず下を見た。手すりが溶解しそうなほど熱い。「くそ!」三階は炎が踊っている。もう階段を駆け上がってきそうなほどだった。周囲のもの全てを飲み込んで、壊すのがさも愉快そうだった。僕はさっきの悪魔を思った。他に、ないか。他に逃げ道はないのだろうか。上に行ってどうする。時間稼ぎだけだ。でも、他に方法が思いつかない。僕の頭はまるで馬鹿だった。他に何も思いつかない。ただ追いやられるようにして、上に行くしかない。
 僕は一瞬の逡巡の後、上に向かって駆け出した。
 五階、六階と階段を上っているうち、今が何階なのか分からなくなった。それほど高い建物ではなかった。おそらく十階もいかないだろう。でも、僕はその道のりがやけに遠く感じられた。まるで、夢の中で感じた、走っても走っても辿りつけない場所のように。僕はみっこを見た。まるで高熱にうなされるように、しかめた顔を僕の肩に預けている。力は全くない。酷く軽い。「みっこ……!」僕は走った。階段には幸いに燃えるものがないのか、異常な熱気以外は炎が達していない。まだ崩れてもいない。僕はただ走った。やがて、目の前にドアがあった。それは非常口と同じ、ペラペラのドアだった。僕はそれを蹴破るようにして開け放つ。元々開いていたのだろう。それは壊れるようにして開くと、僕の眼前に外の世界が広がった。
「屋上……」
 そこがやけに涼しく感じた。強い風が吹いた。みっこの髪が僕の顔を撫でた。こんな状況でも、みっこからはいい匂いがした。屋上だ。この建物に屋上があったことなんて初めて知った。長方形の屋上。周りは緑色のフェンスに囲まれている。パネルのようなコンクリートの床が敷き詰められていて、それは白っぽく、頼りなかった。この下では今、炎が燃え盛っている。
 僕はヨタヨタと歩いて、屋上のほぼ中央に達した。そこにみっこを静かに寝かすと、緑色のフェンスに向かって走った。この方角に、消防車が来ていたはずだ。誰かが気づいてくれるかもしれない。下を見ると、野次馬が群がり、炎と消防車の赤い光でまるでお祭りのようだった。そこにいる人たちの顔は遠い。でも、やけにはっきりと見えた。みんな真剣そうな顔だったけど、少なくとも僕より深刻そうではなかった。みんなは死なないのだから。あの消防車の梯子はここまで届くだろうか。あるいはヘリコプターとか飛んでいないだろうか。やっと外を感じられたのに、このままでは僕は死んでしまう。みっこは死んでしまう。みんなの前で死んでしまうことが、隠れてひっそりと死んでしまうことより残酷で残念に思えた。目の前に助かるかもしれない、助けてくれるかもしれない人ごみがありながら、助からずに死にたくはない。ここと、あそこの違いによって死にたくはない。
「助けて……」
 僕はフェンスに向かってしがみついた。
「助けて! ここだよ! 助けて!」
 僕は残っている力をかき集めて、声を出した。いや、もう力なんて残っていないのだ。かなり大きな声が出たつもりで、それは周囲の喧騒や、強い風や、火事の出す爆音に呑まれて消えた。たぶん、下には届いていないだろう。ガシャンとフェンスを叩く。諦めるな。諦めれば、みっこが死んでしまうのだ。もう一度、叫ぼうと思って下を見ると、何人かが、僕を指差しているのが見えた。気づいてくれた。僕は涙が出そうなくらい嬉しくなって、馬鹿みたいに手を振った。それは野次馬だったが、きっと消防士も気づいてくれる。あの梯子は何階まで届くのか分からないけど、きっと助けてくれる。僕はみっこを振り返った。
 その瞬間、視界が震えるほどの振動と爆音。
 ガクンと、足場が不安定になった。
 床のパネルにヒビが入ったことが一瞬で分かった。
 それは長方形の屋上を真っ二つに入ったヒビだった。
 僕は冬山のクレバスを感じた。
 その中央に、みっこが寝ていた。
 瞬間、僕は走り出した。
 野球選手のように滑り込んで、みっこの体を抱きかかえる。
 ギシギシと、不気味な音が聞こえる。
 巨大な氷を割るような音だった。
 少しでも動けば、割れてしまいそうな。
「みっこ……!」
 僕はみっこの顔を見た。
 ここまで来て情けない。
 みっこの目が開く。
 夢を見るかのような、綺麗な目だった。
 その目が開くと同時に、もう一度大きな爆発音が僕の真下から振動となって響いた。
 屋上全体が軋む。
 そして中心の、僕らだけの重さも支えきれないと言わんばかりに、階下に引っ張られるようにして床が歪んだ。
 落ちる。
 地獄の入口が開くように。
 僕はみっこの体をきつく抱いた。
「みっこ!」
 床に走ったヒビが震える。
 僕らを飲み込むために、口を開く。
 一度、骨が折れるような音を聞いた。
 それが建物の限界の音だったのだろう。
 瞬間後、ふいに浮遊感が訪れた。
 僕は悲鳴も出なかった。
 僕らは死ぬ。
 足元に広がる巨大な闇に飲み込まれる。
 その最中に、みっこの口が動いた。

「コルト。飛んで。あの桜の場所へ」

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六日目:卵茶編 18話

既に何人かが帰ったのか少し人数は減っているものの、広場にはまだ随分な人数と熱気が残っていた。
俺は広場に戻って、アリエスを見つけ声をかける。少しの間雑談をし、「またな」と言って別れる。
みく子はギターを片付けながら、周りの人に話しかけられている。
ライブの途中で花籠を渡していた女の子が、みく子から髪に花を刺してもらっている。みく子の髪にも同じように花が。
華やかだ。

なかなか人が減らない。

まだ帰りづらいのだろう。
帰りたくないのだろう。
気持ちは分かる。
俺もそこに混じり、何をするでも無く佇み周りを眺める。
…なにやらよくよく見てみると、やけにセクシーなお姉さんたちが何人かまとまって話している。ど?ゆ?ことだ。



と、
「あっ!!」
みく子が急に声をあげる。
みんなの注目が集まる。

みんなの視線を浴びて、少し照れたように頭を掻きながら。
「あ、急にごめんね。思い付いたんだけど。」
植え込みに座ったまま、一人一人を見上げながら言うみく子。

「ねぇ、良かったら…初めましてのみんなの名前、一人ずつ聞きたいなぁ。」
疲れたような、でも弾けるような、明るい笑顔で。

「もう帰っちゃった人も居るかなぁ?…今日はね、私にとって記念日、みたいなもんだから。折角だから、ね?」
イタズラっぽい、小悪魔的なお得意の笑顔で。

「ある人が言ってたんだけど、変化ってものは終わりと始まりがセットなんだって。きっと今日が新しい始まりなの。」
目を閉じて、口元に笑みを浮かべて。

あぁ、みく子。

何が、終わるんだい?

「だから………じゃあ、はい!そこの子から!!」
指刺された女性は、まずビックリして、辺りをキョロキョロ見回して、うつ向いて、それから真っ赤になって照れながらみく子の前に立つ。

………
…メイド服!?

「初めましてですぅ。ももにゃと言いますぅ。お仕事の帰りでこんな格好なんですけど…。すっ………ごく感動しましたぁ!奥様にも聞かせたかったなぁ。またライブあったら来させてくださぁい☆」

セクシーなお姉さんたちを、順にみく子が指名していく。

「あめ湯といいます。綺麗な声ね!今日は大人数で押し掛けてしまったけれど…構わないわよね?ライブなんだから!」
「初めまして、まりモです。すっごく良かったわ。…ふふふ、あなたがメンズなら、放っておかないんだけれど。」
「scabiosaです。とても楽しませてもらったわ。今日は妹と一緒に来たの。」
「初めまして?、よろしくね。私も声の仕事しているんだけど…とても良い声だったわ。喉、大事にしてね?ケアはちゃんとすること、ね?」
「ミサです、初めまして!!感動しても?泣いちゃったよ?。そのパーマ、変だけどカワイイね!歌ってるときフワフワ揺れてて綺麗だったな?☆」
「kayoriと申します、とても素敵でしたよ。…もうこんな季節なんだから、コートくらい着なさいな。そうね、その髪なら、黒のシックなコートが良いんじゃ無いかしら?」
「初めまして、ほのかといいます。今日は来て良かったわ。今日は私たち、ある方にライブのこと教えて戴いて来たのよ。誰だか分かるかしら?」

そして、彼女たちが道を開けた後ろから、最後尾からゆっくりと歩み出てきたのは…
「初めまして…では無いがの。」
「…!!ノートン教授!!」
みく子が驚く。
「今日は…そう、君の言葉を借りれば“記念日”だからの。ワシも君の歌を色んな人に聴いてもらいたいと思ってな、パーティーで知り合った彼女たちに声をかけたんじゃ。」
その言葉で、みく子の瞳に涙が滲む。
うつ向いてしまうみく子の肩に手を置きながらノートン教授は言葉をかける。その瞳にも、ほんの少し、輝くものがあるように見える。
「さぁ、ワシなんかのことよりも、まだ話したい相手がおるじゃろ?」
みく子が顔を上げて涙を拭うと。

いつの間にか、何人かがみく子の前に集まっていて、順に自己紹介を始める。

そういえば、さっきの集団も含め何故か女性ばかりだ。
…男は見にきていても、恥ずかしくて出てこれないのかもしれない。

「まおです!私も泣いちゃいました?。すっごく素敵だったもの!…てゆ?か、う゛?。今のおじいさんとのやり取りでもらい泣きしちゃいそうだよ?。」
「ちぃたんって言います、初めまして。私も花屋さんで働いてるの。その髪に着けている、ガーベラかしら?それにソニアもとってもあなたに似合ってて素敵だわ!!次来るときには私も何か用意したいわね!」
「桜です。みく子さんのこと、色んなところで見かけてたんですよね。お話しするのは初めてですけど。ライブも、とってもかっこよかったですよ。」
「かなた ちゃこです。わたし路上ライブとか好きなんだ?。来れてラッキーだったよ!!…今度の学祭でやったりしないの?やるんだったら絶対聞きに行くのになぁ?。」

…その光景。
終わりが終わった後でなお続く、その光景。

肩を揺らし、髪を揺らし、笑うみく子。

受け入れられている、と。
単純にそう思った。

みく子のパーマ。
きっともう違和感が無くて。
…これまでも、これからも、変わらず多くの人がみく子の周りに集まるんだろう。

揺れるアバンギャルドを見て。
その笑顔に目を細めて。
これがみく子だと。

何が始まるのか

何が終わるのか

何が変わったのか

何が変わるのか

少なくとも

?
日常は続く。
?

さぁて、明日も仕事だ。

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六日目:ちこ編 17話

突然口からこぼれた言葉に、自分でさえびっくりした。

でも、言葉にしたら それが当たり前のような気がする。

「お前 大学は?歌は?」
 
「大学はもうとっくに辞めてるし、歌はいつでも歌えるよ」 

一瞬呆気にとられた顔をしたくせに、すぐに納得したような表情に変わる。

「やっぱ お前 バカだわぁー」
「おまえ、それって愛の告白みたいじゃん」

途中からチーフが面白がっているのが手に取るように見える。

大笑いの後、急に真面目な顔になって少し考えると、まっすぐあたしを見た。

「お前と店かぁ それもいいかもな。やっぱこの仕事好きだし、なぁ?ちこ?」

「はい?」

「俺と一緒に新しい店、やってくれるか?」

「それ、愛の告白?」

「ばぁか」


それからチーフと、新しい店についてやこれからの計画を遅くまで話した。




人も街も、いつかは変わってしまうかもしれない。 間違いも犯してしまうかもしれない。

それでも、一番大切なのは 前に進むことだって 思うんだ。

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六日目:ちこ編 16話

みく子の 澄んだ力強い声 最後の曲が響いている。 もぅ大丈夫。

「さてっとぉ!もう一人、大丈夫じゃない人のとこにでも行きますかー!」

勢いを付けて立ち上がると、あたしはみく子の歌声を背に 歩き出す。

飲み屋通りを抜ける手前で 大きな拍手が聞こえた。

後ろを振り返り、心の中で拍手を送ると、歩く速度を速める。




何時間か前と同じ動作で 鞄から鍵を取り出し、奥の部屋へ向かう。

暗くなった事務所の中で、これまた何時間か前と同じ姿勢のチーフ。

「チーフ? 電気付けますよー?」

ニ回程瞬いて、ぼんやりと蛍光灯が部屋を浮かび上がらせた。

「おぉーちこかぁ また忘れ物か?」

眩しさで目を細めるチーフ。明らかにおかしい。

「いや、何にも食べてないんじゃないかと思って、差し入れ。」

途中のコンビニで買ってきた袋を、目の前で揺らす。

「おぉ さんきゅ。何買ってきてくれたんだ?」

「おでん!冷めないうちに食べましょー♪」

お皿を用意して対面に座る。

『いただきまーす』

熱々の湯気がチーフのめがねを曇らせる。

「あぁあああ!! あたしのちくわぶっっ!!」

「ぇ?これおまえのだったの? てかこんなに大量に。。。」

「だって、食べたい物全部入れたらこーなっちゃったんですもの?」

「ですもの?じゃない。」 冷たくあしらわれた。。でも。

やっと体温が戻ってきたチーフにちょっと安心する。

「俺、 ここ辞めようと思って。」

突然 核心を突いて来た。

努めて落ち着いた口調でチーフは続ける。

「オーナーとも何度も話し合いを持ったんだけどな、。ここ、たたむことになった。」

そんな噂はちょっと耳にしていた。新店舗開店と同時にここはなくなちゃうんじゃないかって。

「みんなに迷惑かけちゃうな、ごめんなぁ・・・」

そう言うと ぬるくなったちくわぶの残りを口に入れた。

「だから、それあたしのちくわぶっ」

「おまえはっ 人の話を聞いてなかったのか? こんな大事な話をしてるっていうn・・」

「聞いてたよ? でもさ、一緒に落ち込んでもしかたないじゃん?」

呆れ顔のチーフ。 かまわず続ける。

「ならさ、チーフがオーナーになっちゃえば?」

「はぁ? やっぱお前バカだろ? 店一個持つのにどれだけかかるか知ってて言ってんのか?」

「バカかどうかは置いといて、チーフだって本当は続けたかったんでしょ?この仕事。」

「まぁ、、な。」 

あたしにはわかる。どれだけチーフがこのじゅごんを大事に思っていたかを。

それから自分がどれだけじゅごんを好きだったかも。

「だからさ、あたしも手伝うからさ、一緒に。」

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六日目:蜜編 現在 83話

それが最期の唄だと、誰もが知っているようだった。

広場に戻る最中も、彼女の唄は聴こえていた。裏路地は混雑しており、放射状の階段は人で溢れている。気が付けば今、此処に、こんな小さな場所に、百人以上が集まっている事実を、此処にいる人達は知っているのだろうか。きっと気付いていない、と僕は思った。全ての人達が彼女の歌声に耳を澄ませ、目を閉じていたんだから。


【M線上のアリア】 現在/83


彼女の指が、最期の一弦を弾く。
飽和した音声が歌声に変化し、どんな絶叫よりも柔らかく響いた瞬間に、その曲は終わりを告げた。息を吐き、頭を下げる。静寂――間を置いて、唸るような歓声と拍手。それを僕は、階段の上から眺めていた。既に人が溢れ、広場の中央に戻るのは難しかった。聴衆は立ち上がると、更に大きな拍手を重ねた。ミクコは照れ臭そうに頭を掻き、続けてその頭を静かに、深く下げた。夜空が見える。真暗な夜空だ。世界が暗闇に飲まれる中で、広場の中央、街灯に照らされ、彼女は間違いなくオレンジ色だった。真黒でも無く。真白でも無く。恐らく、初めから終わりまで、其処に彼女は存在していたのだ。気が付かなかったのは僕等の方だった。

「そういう場所にこそ、歌は必要だ」

全ての演奏が終わった後も暫くの間、聴衆は帰ろうとせずに、彼女を囲んでいた。僕は階段の上から、店先の壁に凭れて、広場の中央を眺めていた。ミクコが一人の女の子の髪に、一輪の花を挿しながら、楽しそうに笑う。続いて別の女の子と抱き合い、何故か泣き出した女の子の頭を撫でている。そしてまた優しく笑う。――異変。
瞬間、僕は小さな異変に気付いた。ミクコの表情が違う。それは微小な、変化とも呼べぬ変化だったが、まるで別人の(例えば僕が全ての記憶を取り戻した瞬間の)ような表情だった。
十四曲のライブの最中に、彼女の身に何かが起こった? もしかすると全ての記憶が戻ったのかもしれない。だとすると彼女の限界が致死状態に達した、という事。しかし彼女の表情や仕草からは、そのような悲壮感を感じない。否、むしろ――。

刹那、人影。数メートル離れた場所にバスターが立っている事を、僕は確認した。一般人に紛れて、黒服とメイド服。気が付くと包囲されている。広場の中央に目を向ける。ニコラ。人波を掻き分けて、彼女の元にニコラが近付いている。「……何をする気だ、ニコラ」
「うぇひっひっひ……久し振りだなぁ……お前"M2"なんだろ?」
バスターが話しかける。無視。数日前に研究室で遭遇した事を、バスターは覚えていない。
「俺達は今夜、"MIX_call"を連れて行かない。その代わり、お前が明日、必ず研究室に来るように……だとさ。ノートン博士からの伝言だ。お前達ハ幸せ者ダな。うぇひっひっひ……」
僕は広場の中央から目を離さなかった。ニコラとミクコが言葉を交わしている。何を話しているのかは解らない。彼女の表情から伝わってくる感情は、少なくとも恐怖、では無い。だからと言って安心、とも違う。……受容。(キリコは何故、ニコラを受け入れた?)

「うへひひひ……"M2"、お前は何がしたいんだ?」
ニコラが肩に置いていた手を離すと、ミクコの元を立ち去る姿が見えた。
「お前も俺みたいに死なないカラダを造ってもらえば良いのに……うぇへへへ」
僕は人が少なくなり始めた階段部分に腰をおろして、その全ての光景を眺めていた。

「液体に"SNAKE"して、ゼリーみたいな体で、記憶を食われながら、永遠に生きるのか?」
「うっひひひひ……それ何の話だ?」
「別に」

一人の男がバスターに近付き何かを耳打ちすると、広場にいる黒服とメイド服が立ち去り始める。「じゃあな"M2"、待ってるぞ」。バスターは下品に笑いながら姿を消した。ミクコは広場の中央でギター・ケースを広げ、もう片付けを始めている。聴衆は緩やかに減り始めていたが、まだ辺りは賑やかで、近くに座っている若者達がミクコの歌の感想を語り合っていた。
僕は息を吸い込み、夜空を見上げた。明日、ニコラの研究室で全ては終わるのだろうか?
今、ミクコに訪れているはずの小さな異変と、新しい可能性。僕等は手遅れか? それとも。

不意に、着信音。
携帯電話が鳴っている。スーパーマリオの無敵状態のテーマ。
広場の中央に目を向ける。しかし、そこにミクコの姿は、もう存在しなかった。

僕は通話ボタンを、押した。

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