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二日目:ゆん編 03話

今から?それもラーメンのために?
戸惑うのも無理はない。
だって今日は台風が来ている。
外はひどい雨と風で、出て行きたいとは思えない。

「今から会いたいの」

返答に困ったあたしにみく子はそう追い討ちをかけた。
この小悪魔め。

「分かったよぉー。
 急いで行くから、先に中で雨宿りしてて」

「わーい。ありがと、ゆんちゃん」

ハートマークでも付いていそうな口調。
いつだってみんな彼女の奔放な愛らしさに
見事にノックアウトされてしまう。
悔しいことにあたしもその一人。
正直に言えば羨ましいのだけれど。


そんなことを考えつつ、嵐の中を飛び出した。
待ってろよ、小悪魔。

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二日目:ゆん編 02話

酷い女なんだ。
普段はメールのひとつも返って来ない。
実際その言葉は互いに言えることで
数ヶ月に一回、気が向いたら連絡する程度。
相手が生きてるって分かれば満足。
そんな友達のみく子とあたし。


初めて会ったのは二年前。
学食で新入生のあたしの隣に座って
カレーとライスを全部混ぜながら話し掛けてきた。
「大学楽しい?」と聞かれて
「みんなキラキラしててそこが嫌いです」と答えた。
「変な子なんだねー」とみく子はふふふと笑った。
いやあなたも十分変な人ですと思った。
みく子はキラキラしててそこに惹かれた。


大学にはあまり行きたくなかった。
素直で生き生きとした雰囲気がどうしても息苦しかった。
大学でみく子に会うことはあったが、
ちょっとした有名人みたいな彼女と話すのは
どうしても引け目を感じてしまった。
しばらくしてみく子とは会わなくなって、
今ではメールだけの関係になっている。


あたしはいつも彼女に多くを語らない。
それでもみく子は多くを聞き出そうとはしない。
聞かなくても分かってくれているんだろう。
そんな彼女だからこそ、今でも繋がっていられる。


明日の学食お誘いメールを送ると、
みく子から間髪入れずに電話が掛かってきた。



「ラーメンが食べたいの」

「…え?
 あ、学食じゃなくてってこと?良いよ、明日ね」

「今、ラーメン屋さんの前にいるんだー。
 一緒に食べたいなぁ」

…これからってことですか?

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二日目:ゆん編 01話

From:みく子
To:ゆん
Cc:
件名:No title
内容:
ゆんちゃん久しぶりー。
元気にしてる?


どれくらい振りだろう。
みく子からメールが届いた。
珍しい。

「元気だよ。どうしたの、何があった?」

すかさずそう返信をした。
彼女からメールはいつだって
弱気になってるときに送られるから。
でもそんなあたしの心配をよそに

「ううん別に。それよりさ、ケンコバかっこよくない?」

いきなりケンドーコバヤシ?
携帯の液晶越しに話しかけてくるのは
きんきんオレンジカラーのはつらつとしたみく子。
いつまで経っても変わらないイメージ。


なんだ、元気なのかな。
それともメールだけじゃ君に気付いてあげられないのかな。
だから送ってみる。

「明日学食で、一緒にお昼しよう。
 あとケンコバは譲らないからね」

って。
明日オレンジ色の君に会えるね。

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二日目:蜜編 現在 19話

「みく子は何で、お爺ちゃんに会いたいんだろう?」
壁時計の針が十二時を過ぎた頃に、エリカは不意に言った。眠そうな表情。大して疑問に感じている訳でもないが、何となく思い付いたので言ってみましたという表情。事情を知らないエリカにしてみれば、どうして自分の彼氏を連れてまで、みく子が爺さんに会いに行く必要があるのかなんて解らないだろう。「課題に追われてるのかな?」非常に大学生らしい正しい予想だ。

実際は違う。と思う。
僕だって本当の理由を知っている訳ではない。みく子が爺さんに会う事によって何が起こるのかは解らないが、みく子は変わろうとしているのだと、最初に僕は思った。爺さんが何の研究をしているのか詳しくは知らないが、みく子の体にとって、何らかの良い影響がある研究のはずなんだ。だから、みく子は爺さんに会いたがった。そう思った。だけれど今、僕は少し別の不安を抱えている。みく子は、もしかしたら消えようとしているのではないか?


【M線上のアリア】 現在/19


「課題に追われている……そうかもね」
適当に返事をして訳ではない。当たらずとも遠からずな予想のような気がした。課題を抱えたまま大人になってしまった彼女の身(それは"失敗したバイオロイド"という語列に含まれるのだろうか)に、何らかの期限が迫って、それを彼女は解決しようとしている。変えるのか。消えるのか。解らない。とにかく決着を付けようとしている。「爺さんに会うとしたら何時だろう?」

「そうね、早くても明後日になると思う。
明日はお爺ちゃん、昼間は誰とも会わずに大学の研究室にこもってるはずだし。そういう時に研究室に勝手に入ったら、エリカでさえ怒られるんだから。それに普通の人には入れないし。それから夜はパーティーがあるからね。エリカも行くけど。会えるのは早くても明後日だよ」
「明後日ね」

みく子が爺さんに会う前に、何とか先に爺さんと連絡が取れないだろうか。エリカにはみく子の事情を話してない手前、僕が爺さんに会いたがるのは不自然だ。非常に不自然だ。大体、僕は昔から爺さんが苦手だ。変わり者で、気難しくて、人を舐めるように見る視線が苦手だ。だから不自然だ。不自然なのだ。不自然なのだが、背に腹は変えられぬ。

「ああ、僕も久々に爺さんに会いたいなぁ」
「あら珍しい、どしたの急に?」
「いや、別に会えなくてもいいや、何か爺さんと携帯で話したいなぁ」
「お爺ちゃん、携帯持ってないよ」
「嘘ぉ……!?」

何かの研究で世界的な権威でご多忙極まる爺さんが、携帯を持ってない? 思わずエリカを二度見してしまった。持とうよ。持とうぜ。爺さん携帯持ちましょうよ。時代は二十一世紀ですよ。

「お爺ちゃん、何時もパソコンばっかりいじってるじゃん。だからネットがあれば充分だって。それにお爺ちゃん、ほら、人と話すの嫌いだしさ、電話も嫌いなんだよ」
「ああ……」

ネットで事足りるとは言え、まさか爺さんがHotmailを使っているとも思えないし、チャットで楽しくお喋りしている姿も想像出来ない。電話が嫌いならskypeを使う事もないだろうし、まさか個人ホームページを持っていたらどうしよう。いや無いとは言えない。一応、有名人だし。

「お前の爺さん、まさかホームページに手を出したりとかは……」
「何言ってんの?」
「いや、うん、爺さんのメールアドレスとか知らないの?」
「知らないよ、お爺ちゃんに急用がある時なんて、そんなに無いし」
「あ、そう」

残念だ。エリカがもっとお爺ちゃん子なら良かったのに。自分のお爺ちゃんが今、何処で何をしているのか、道に迷ってはいないか、泡を吹いて倒れてはいないか、一分一秒気になってしまうような、可愛らしい孫なら良かったのに。今時の若い娘は駄目だ。

「エリカのメアドなら教えてあげるよ? 知りたい?」
「……いや知ってるし」
「あれから何回か変わったんだよ! あ、番号も変わっちゃった!」

ああ、一年振りに会った訳だから、有り得る話ではあるな。だけど今、僕が知りたいのは爺さんの連絡先であって、お前の連絡先ではないのだが、「あ、繋がった!」
「え?」
「蜜、まだ番号変えて無かったんだねぇ!」
「いや、そんな感動的に言われても……だって携帯変えて無いもん」
「すごいね! 今時の若者じゃないみたい!」
「褒めてんのか、それ……」

ポケットの中で携帯が揺れている。同時に着信音。「スーパーマリオの無敵状態のテーマ」。

「変な着信音」
「みく子の趣味だ……」
「へぇ! 変わってんだね、みく子!」
「いや、そんな事より、爺さんの連絡先をだな……」
「うわ! 蜜の携帯、古っ! 直接メアド教えなきゃ駄目じゃん!」

爺さんと連絡を取る方法を知りたいだけなのに、先程から何か散々言われている気がする。恐るべし、エリカの間。エリカは楽しげにメモ帳とカラフルなペンを取り出すと、何かを書き始めた。どうせメアドだろうけど。爺さんと連絡を取るには、やはり直接会うしかないのか。一体どうやって? 大学の研究室に行くのは難しい気がする。……パーティー?

「明日の夜、パーティー行くんだっけ?」
「うん、行くよ」
「爺さんと一緒に?」
「え、何? そんなにお爺ちゃんに会いたいの?」
「会いたい、会いたい、血の涙が出るくらい、お前の爺さんに会いたい」
「何それ。でも無理ね。明日は招待制のパーティーだもん。蜜、招待状持ってないじゃん」

軽口を叩くように言うと、エリカは小さな紙を摘まみ上げ、ひらひらと舞わせた。噂の招待状。僕は奪うようにそれを手に取ると、その内容を確認する。斉藤氏。誰? この界隈では有名な金持ちか何かだろうか。庶民は聞いた事も無い名前だ。
特別ゲスト:ジェームス・ノートン教授、エリカ・ノートン嬢。

「……特別ゲストぉ!?」
「そうよ、特別ゲスト、お嬢様ですから」
「フン、呼ばれても行くもんか、そんなパーティー」
「何よその言い方! ちょっともう返してよ! 蜜のバカ! バ?カ!」
「二回目のバカが長い!」

パーティー会場に忍び込むなんて手は無理だな。エリカも一緒に来てるんじゃ尚更。やはり明日中に直接、大学の研究室に会いに行くしか手段が無い気がする。みく子より先に爺さんに会って、僕は何がしたい? みく子が何をする為に爺さんに会いに来るのか、僕は知りたい。みく子は変わりたいのか。消えたいのか。

「そろそろ帰ろうかな」

僕は立ち上がった。
結局、何の為にエリカの家に来たのか、僕には意味が解っていなかった。だけれど悪魔……ヴィンセントの意図は、きっと何処かに隠れていて、僕に出来る事は、目の前に現れる出来事を、一個ずつ片付けていく事しかないんだと思う。それしか選べる道は無いんだと思う。

「え、もう帰るの?」
「帰るよ、もうすぐ一時になるんだぜ?」
「ちぇ、つまんないの、泊まっていけば良いのに」
「あのね……」言いかけて、それはエリカらしい発言だと思い、僕は言うのを止めた。
その代わり、別の言葉を繋げた。

「もしも恋人……ロッシェくんが謝ってきたら、すぐに許してあげなよ。
それはエリカにとって、きっと大切な人なんだ。何より欲しくてたまらない人なんだろ?
沢山、甘えると良いと思うよ。お前は昔から、自分の好きな人だけには、甘えん坊だからな」

「うるっさいなぁ……」エリカは下を向いたまま立ち上がると、生意気な口調で言った。
玄関で靴を履こうとすると、エリカが後から付いてくる。
「あ、玄関まででいいよ?」
「は!? 蜜なんて見送んないよ! 別に!」
「あ、そう」
「それにロッシェじゃなくて、ロシュ! アンタ絶対、わざと間違えてるでしょ!」
「あ、ばれた?」

僕は笑いながら靴の踵を直すと、扉を開ける。

「あ、ちょっと待って!」
「……何?」

エリカは手に持っていたメモ用紙に唇を付けると、
勢い良く振りかぶり、それを僕の唇に向かって投げ付けた。

「……痛、ちょっと、何だよ」
「幼馴染のキスよ! 早く帰れば! バイバイ!」
「ははっ」

床に落ちたメモ用紙を拾うと、エリカを目で追った。
怒ってますよ、という仕草で腰に手を当て歩いていく、エリカの後姿が見える。
それを見て、やっぱり僕は笑った。
扉を閉めた。

エレベーターに向かうと、先程と同じ黒人男性が立っていた。
実際、誰も似たような容姿なので、同一人物かどうかは解らないが。
エレベーターの到着を待っている数秒間に、僕は彼に、こう話しかけた。

「あれが生粋のツンデレという生き物だよ……なぁ?」

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二日目:蜜編 現在 18話

みく子は誰かに抱かれるか?
例えば声がカワイイ女の子だとか、歌が上手な女の子に会った時に、僕はこう考える。
「この子が喘いだら、一体どんな声になるのかな?」
僕はそんな下品な事ばかり考える。みく子を初めて抱いた日に、その解答を得た時の感動といったら、ガガーリンが地球の青さに気付いた瞬間に匹敵するのではないかと思う。

みく子の肌は白く、そして冷たく、それは雨の日で、部屋が寒かったせいもあるのだけれど、もしかしたら、僕らが温め合う為に、みく子はわざと冷たかったんじゃないのかな? なんて、僕は思っている。体温。人間。何ら変わらぬ生命。性交。バイオロイド。失敗した? 何が?

もしも今頃、エリカの恋人と、みく子が抱き合っているのだとしたら、どうする?
些細な問題だ。笑ってしまうほどの。何かを覚悟する為の手段なのだとしたら。
そもそも、そんな仮定を思い浮かべる事自体、やはり僕は下品だ。みく子は浮気はしない。

(浮気されたの、酷いと思わない?
 それを隠してるつもりだったのか知らないけどね、知ってたからね。
 相手の女の子はどんな子なのか、アタシ全然知らないけどね、まったく呆れちゃう!)

相手の女の子がどんな子なのか、僕も全然知らないが、みく子が浮気自体を嫌っていた事は、よく解る。浮気? 否、みく子が嫌っていたのは、恋愛沙汰の浮気云々ではなくて、もっと複雑で、もっと単純な、たった一つの感情。一秒後にも壊れてしまうような、悲しすぎる感情。

(変わってしまうモノなんて、全部嘘)


【M線上のアリア】 現在/18


「馬鹿、だから大丈夫だって」
エリカが少女漫画のように大きな瞳に涙を浮かべたので、僕は笑った。笑いながらテーブルの上の高価なティー・カップを手に取り、安価なリプトン紅茶を口に運ぶと、予想通りエリカが泣き出したので爆笑した。「何で笑うのよぉ」と鼻声で泣きながらエリカは訴えたが、この場合のエリカは不安に耐え切れずに泣いているというよりも、僕の前で泣く事によって安心を得ようとしているだけなので、まったく心配ない。

本当に追い詰められた重要な局面では、エリカは一人では決して泣かない。信頼出来ない相手の前でも決して泣かない。心を許した誰かが自分の傍にいる時に、エリカは初めて泣ける。泣いているのはエリカなりの、安心の合図なのだ。

「お前、信じてないのかよ? 恋人、誰だっけ、ロッシェ?」
「ロシュ」
「ロシュくんの事、ほんの少しでも信じてないのかよ、お前」
「信じてるから不安なの!」

禅問答みたいだな。
僕はリラクゼーション・チェアに背中を預けると、息を吐きながら窓の外を見た。月。それから僕らの町の全てが見渡せるような夜景。夜景と呼べるほど大層なモンではないかもしれないけれど、此処からは僕の団地も、エリカの豪邸も、商店街も、大学も、全てが見渡せるような気がする。僕は勢い良くリラクゼーション・チェアを立ち上がると、窓辺に立った。

「相変わらず、この部屋スゴイな、夜景」
「うるさい」エリカは泣いているくせに、一応反応はする。
「此処からだとさ、全てが手に入れられる気分になるんじゃないか?」
「うるさい」
「今日からこの町は全てお前のものだ、わはははは」

僕は首だけで振り返り、わざとらしく両手を大きく広げると、息を吸った。
改めて少年漫画的に「どうだエリカよ、今日からこの町は全てお前のものだ!」と言った。

「馬鹿じゃないの」
「知ってるよ、大学、落ちたし」
「……本当に馬鹿なんじゃないの、あのね、この町の全てがエリカのモノになったとしてもね、たった一個の、本当に欲しいモノが手に入らないんだったら、やっぱり悲しい事なんだよ」
「へぇ、それは何?」
「ロシュ」

「はっは!」と大袈裟に笑って見せた。少年漫画的な台詞を、ここまで少女漫画的な台詞で返されると、笑いしか出て来ないものだな。立派な解答だ。「浮気の心配なんてすんなよ」
「心配はするよ」
「お前、どうしてロッシェくんの事、好きになったの?」
「ロシュ」
「ロシュくんが帰国子女でカッコイイから、もう何年も付き合ってるの?」
「違うよ」

エリカは何かを探すように辺りをキョロキョロ見回すと、ティッシュを発見し、手をパタパタと小動物のように動かすと、それを一枚抜き取り、正しく小動物が木の実でも食べるかのように、それで顔を隠すと、豪快に鼻をかんだ。鼻かむのかよ。あんまり可愛くないな。

「ロシュは愛で溢れてるの」鼻を真赤にさせながら、エリカが言う。
「はい?」
「ロシュは誰かを幸せにしたり、笑わせたりするのが大好きな人なの。エリカはすぐに誰かの愛を求めちゃうからさ。駄目なのよね。だけどロシュの愛は枯れないの。いっぱい注いでくれるの。優しいし、頭いいし、カッコイイのも好きだけど、自分より誰かを幸せにしたいと思える、その強さが、私は好きなの」
「……そして今、お前自身は鼻水で溢れていると」

「うるさいな!」エリカは鼻をかんだティッシュを僕に投げ付けながら叫んだ。お腹一杯になるくらいノロケられたんだから、これくらいの軽口は許して欲しい。エリカの恋人。よく知らないし、別に会いたくもないけれど、それがエリカに相応しい男ならば、やはり一緒に喜ばなければならないのかな、と僕は思った。一緒に喜ぶべきなのだ、と思った。月が見える。

「ま、他の女の子にも優しすぎるのはどうかと思うけどね」

付け足すようにエリカは言って、また鼻をかんだ。
月が見える。それは届かない。しかし毎夜、それは現れ、沈み、また現れる。
月を手に入れられぬ事を嘆く必要はあるか? 恐らくきっと、生まれてから死ぬまで、それはそこに浮かび続けているのに? 僕が守ろうとしていたものは何だ? その感情は一体何だ?

「……初恋だよ」

「へ?」とエリカは首を傾げる。
「いや、何でもない」僕は笑いながら、リラクゼーション・チェアに座り直す。
守り続けようとしていたもの。変化を拒もうとしていたもの。初めて好きになった誰か。それなのに別の誰かを好きになってしまう自分を、心の何処かで、僕はずっと否定したかった。
「じゃあ、あの感情は嘘だったのか?」と。

エリカが好きだった。それが幼い感情だとしても、僕はそうだった。
初恋? 初恋。小学校二年生の初恋。初恋とも呼べないかもしれないような、淡すぎる初恋。
生意気な女。すぐに誰かを好きになるお嬢様。何時も誰かに愛されなくては生きていられない弱虫。泣虫。褒められて伸びる子だと、自分で言ってしまうような自信家。エリカ。

月は地球の引力を振り切るか?
知らない。地球に暮らしながら、わざわざそんな心配をするなんて馬鹿だ。
史上初の人工衛星『スプートニク』に乗せられた、一匹のライカ犬の名前を知っているか? 僕は知らない。残念だ。もし名前を知っていたら、その名を呼んで星空に呼びかけるのにな。僕らの進化は、引力を振り切った、その先にある?
否、引力の有無に関わらず、僕らが過ごした現実の、そのずっと先にある。

「蜜は、どうしてみく子の事、好きになったの?」

エリカが呑気な顔をして、僕に訊ねた。
僕は、笑った。
言葉にすると随分と、安っぽい台詞になってしまいそうだったから。

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二日目:蜜編 現在 17話

エリカが話した事を、以下に記憶する。
エリカとみく子は同じ大学だが、そもそも互いに深い面識は無かった。突然みく子の肌が病的に白くなった事、アバンギャルドな髪型に変えた事は、ここ数日、学生達の間でも話題になっていたらしい。エリカの恋人(名前は確か"ロシュ"だった)と、みく子が講義を抜けて、一緒に何処かへ消えたらしい。それは今日の昼間の出来事だ。みく子は昨夜、僕の家を出た後、恐らく何処かに泊まり、そのまま大学に行ったらしい。何処に泊まったかは深い問題ではない。重要なのは「大学に顔を出した」という部分だ。何らかの意図があったはずだ。

「それにしても、何でお前の恋人と、みく子が?」
「……それが解んない」

エリカは「正にそれが悩みの種」と言わんばかりに深く溜息を吐いた。昨夜のみく子の告白が、実はエリカの恋人と浮気している事を隠す為の、単なる壮大な嘘だったとしたら、随分と気がラクだな、と思った。だけれど多分、その線は薄い。みく子の肌は実際に病的な速度で白くなったし、昨夜のみく子の告白からは壮絶な覚悟を感じた。そもそも、みく子が僕にそんな馬鹿げた嘘を吐くはずが無い。そう思わなければ、僕は何も出来ない。みく子がエリカの恋人を誘ったのには、必ず何らかの意図がある。みく子は何か言わなかったか?

(大学の友達に会ったんだけど、すごく心配してくれたの)

(うん)

(謝らなくちゃダメね、心配させちゃった事)

(へぇ、男?)

(ん? さぁて、どうかしら)

断片的な記憶の洞窟を探る。
そこでは無い。恐らく、その直後、みく子は何と言った?
それはあまりにも何気ない台詞に忍ばせてしまった病的なまでの覚悟に近く、例えばレンタル・ビデオを借りたい人間が「ビデオを借りに行こうと思うの」と言うような、能天気な発言とは程遠く、かと言って自殺志願者が「死のうと思うの」なんて言い出すような、絶望的で刹那的なヒロイズムすらも、漂ってはいなかった。

確定された未来。
もしくは、確定された未来に対する反抗。
みく子は卵白のように透き通った顔を近付けて、僕の唇を舐めた。
僕の唇を舐めた後で、その舌先をペロリと味わい、確かこんな事を言ったんだ。

(アタシ、その人と一緒に、ノートン教授に会いに行こうと思うの)

「……エリカ、お前の恋人、アメリカに留学してたよな。何やってる人?」


【M線上のアリア】 現在/17


「え?」
エリカは思考の中から不意に背中を押されたような表情をして、顔を上げる。恐らく僕が悩んでいるのと同じくらい、エリカも恋人の行方を気にしている。皮肉なモンだ。幼馴染のそれぞれの恋人が、大学の講義中に一緒に手を取り合って、何処かへ行ったのだとしたら。不安にならない方がおかしい。浮気をしているのではないか? という短絡思考に身を委ねる事も容易いだろう。だけれど現実は、もう少しだけ複雑なはずだ。

「みく子は誰かと一緒に、爺さんに会いに行くと言ってたんだ」
「……爺さん?」
「お前の爺さんだよ、あの変な研究ばっかりやってる、爺さん」
「ちょっと! お爺ちゃんの事、悪く言わないで」
「言ってない、変な研究ばっかりやってるのは事実だから。いや、そんな事はどうでもいい。重要なのは、みく子が"誰かと一緒に会いに行く"と言った部分だよ。お前の爺さん、忙しいし、有名人だし、誰かのコネでも無いと、中々会えないだろ」

おまけに変わり者だし、という部分は口に出さず、僕は言った。それから、こう付け加える。「お前の恋人は、爺さんの教え子か何かか?」予想通り、エリカは頷く。
確かにエリカが毎日のように、居酒屋の休憩室で恋人の話をしていた時に、そんな話題も出ていたような気がする。爺さん繋がりで知り合ったとか何とか言っていた気がするが、僕は興味の無い振りをして、そのほとんどを聞き流していた。

(そもそも何処で、その帰国子女を好きになったの?)

(ああ、元々、お爺ちゃんの教え子なの)

(ああ、お前の爺ちゃんか……)

……確かに言っていたな、と思う。確かに言っていたけれど、あまり聞きたくなかった。実際に聞き流していた。僕は怖かったし、認めたくなかった。エリカが僕の引力を振り切って、何処かへ行ってしまう事を認めたくなかった。僕らは互いに保険をかけて、自由な恋愛を謳歌する真似事をしようとしていた。恐らく、少なくとも、あの頃は。そして現在。

「爺さんに会いに行く気だよ、みく子は」
「……ロシュと一緒に?」
「そう、お前の恋人と一緒に、爺さんに会いに行くはずだ」

それが今日の昼間の出来事なら、会いに行くのは明日か、明後日か。
どちらにせよ、そう遠くない内に。失敗したバイオロイド。みく子。爺さんの研究。子供の頃に見た、変な研究施設。……変な研究施設? 何処で見た。解らない。とにかく変な研究施設。なるほど、何をしようとしているのかは、何となく解る。だが、それは正しい事か? 解らない。予感だけが緩慢に、確信に変化していくのを感じる。

「本当に消えるつもりなのかもしれないな……」
「どういう意味……?」
「いや……」

みく子は変化する自分を恐れていた。ならば、望む事は何だ?
止めてしまう事だ。自分自身を。
変化を拒否し、停止を望むなら、みく子の行く先は見えている気がした。
爺さんの研究室なんかじゃなくて、それは……。

「ねぇ、浮気じゃない? ロシュとみく子、浮気してる訳じゃない?」
エリカは不安げな表情で、吐き出すように訊ねた。
見当違いな心配に見えるが、事情を知らなければ当然の不安だ。
「当たり前だ」と言いかけて、だけれど一瞬、そこで僕は言葉を止めてしまった。

(ノートン教授にね、会うの……どんな手段を使ってもよ。
 誰かを騙し、欺き、愛想笑いを垂れ流すとしてもよ……絶対に会うの)

抱き合うくらいはしているかもしれないな、と思い、そこで僕は考えるのを止めた。
代わりにエリカに向かって「馬鹿、そんな訳ないだろ」と言って、笑った。

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二日目:蜜編 現在 16話

小さな電子音が聞こえた。
単純に上昇しているだけのように感じるエレベーターだが、実際は八方に取り付けられた小型カメラによって映像は監視され、骨格や容姿は既にスキャニングされている。一度、エリカの熱狂的なファンがフロント前を通る事までには成功したが、このエレベーターで捕まった事がある。清掃員か何かに変装していたのだが、骨格スキャンで別人という事が発覚した瞬間に、エレベーターが止まったのだ。「怖いよね」とエリカは言っていたが、あまり怖がっているようには見えなかった。その台詞の最中に、ハーゲンダッツを食べていたからだと思う。緊張感が無かった。機械に不審者を判別する事は可能か? どうだろうな。今の僕だって、不審者と大して変わらないと思う。理由も解らぬままに、何かに導かれるままに、エリカに会いに来てるんだから。エレベーターが最上階で、静かに停止する。

「お待ちしてました、エリカ様は奥の部屋です」

あれ、さっき一階で会わなかったっけ? と言いたくなるような容姿の黒人男性が、流暢な日本語で語りかける。当然ながら別人だけれど、驚く程に同じ顔だ。今に始まった事ではないけれど。大体、このマンションで働いている従業員兼警備員は、何処かしら似たよう容姿だ。

僕は奥の部屋の扉の前に立つ。最上階は全てがエリカの家だ。それぞれがエリカの部屋に過ぎないのに、それぞれにインターフォンが付いている。当然と言えば当然だが、部屋の概念がよく解らなくなる。静かに息を吸い込んで、中指でインターフォンを押す。鈴の音。
慌てるような雑音が聞こえて、部屋の扉が開いた。


【M線上のアリア】 現在/16


「蜜……」
扉を開けた瞬間、エリカの顔を見た。エリカの髪は濡れていて、まるで宇宙人か何かを見るような目をしていた。「ああ、エリカはこんな顔だったっけ」と僕は思った。Tシャツを通した素肌から湯気を感じる。石鹸の香り。「風呂あがり?」と、僕は訊いた。

「あ、ううん、シャワー浴びて寝ようとしてたトコ……」
否定の意味が解らないが、風呂あがりとシャワーあがりは別物なのか。そもそも一年振りの(しかも事情が事情である)再会の第一声が「風呂あがりかどうか?」というのも、我ながらどうかと思ったが、そこを議論しても仕方が無いので、無難に「寝る前だったのか、ごめんな」と僕は言った。エリカは僕を招くように、扉を開く角度を大きくした。「いいよ、入って」

会話。会話らしい会話というものが何も思い付かない。思い付かなくともエリカとならば苦痛では無かったのに、今は苦痛だ。僕は何をする為に、此処に来てしまったのか。エリカは紅茶を淹れている。無言。音楽さえ流れていない。最上階では窓の外から自動車の音が聞こえてくる事もない。一人用のリラクゼーション・チェアに座り、テーブルの上を見ると、飲みかけのティー・カップが二つ置いてあった。少し前まで誰か来ていたのかな? 恋人か、と思うと少し厭な気分になったが、僕はそれを押さえ込むように、窓を眺めた。黒背景の中央に、月。

「お待たせ……」
真新しいカップに紅茶を注いで、エリカが歩いて来た。
「さっきまで誰か来てた?」解っているくせに、わざと僕は訊いた。
「あ、うん、執事……」執事? まさか恋人を執事と呼んでいる訳じゃないだろうな。
紅茶を受け取ると、口に運ぶ。リプトンか。相変わらずリプトンが好きな女だな。こんなに立派なティー・カップを使ってるくせに、エリカは何時もリプトンだ。子供の頃から。しかも未だに。考えていると妙に可笑しくなってきて、紅茶を飲みながら、僕は笑った。「……え、何?」
不安そうな顔をして、エリカが僕を見る。

「いや、相変わらずリプトン好きだなと思ってさ」
「……あ、うん」
「こんな立派な家に住んで、こんな立派なカップ使って、紅茶はリプトンなのな」
「……仕方ないじゃん、蜜ン家行ったら、何時もリプトンしか無かったんだから」
「え、何、我が家のせいかよ」
「……あのね、味覚っていうのは子供の頃が大事なの! 食育って知ってる? 何時も蜜ン家でね、リプトンばっかり飲んでたらね、子供はね、リプトンが一番美味しい紅茶なんだって信じちゃうモンなの! 大人になってもそういうモンなの! リプトンが一番美味しいの!」

突然、痰を切ったように、大きな声でエリカが言った。僕らの時間は一瞬、止まった。お互い、顔を見合わせる。数秒後。爆笑。僕は笑いながら言う。「何だよ、その理由」
「蜜がリプトンばっかり飲ませるから悪いんじゃない!」
「別に飲ませてた訳じゃない。僕は麦茶が飲みたいのに、お前が"午後は紅茶よ"とか言い出すから、わざわざリプトン買ってたんじゃないか。ガキのくせにお嬢様ぶってさぁ……」
「ぶってんじゃない! お嬢様なの!」
「自分で言うな!」

エリカは笑った。
僕は笑いながら、それを眺めていた。
そしてこう思った。
エリカはこんな風に笑うんだったな。
それは思い出すのとは違う。やはり思い出す事は出来なかった。
それでもエリカの笑顔は目の前に存在して、僕はそれを取り戻すように確認した。
エリカはこんな風に笑うんだったな。

「それで、何? どうして急に、会いに来たの?」
エリカが収まらぬ笑いを堪えるように、人差し指で目の端の涙を拭き取りながら言った。
「いや、うん」と、僕は曖昧な返事をした。エリカに会いに来た理由を、僕は自分でもイマイチ理解していない。気が付いたらお前のマンションの前にいた、と言うのも違う気がする。

「……大体解るよ、みく子の事でしょ?」
「え、何で?」
「言ったでしょ、さっきまで執事が来てたの、それで色々知っちゃった」

呼吸を整えるように息を吐き出すと、エリカは、その余韻を振り払うように、目を細くした。
眩しそうな視線のまま、テーブルの上を眺める。「ごめんね、蜜」

「……何が?」
「ん、あの日、酷い事言っちゃって」
「いや……」

頭痛。食われた部分が疼くような感覚。

「怖かったんだ、ずるいでしょ?」
「怖かった……?」
「……ま、この話は、もういっか!」

言いながら、誤魔化すように笑う。

「でもライバル多そうだね」
「へ?」

話がまったく見えないが、エリカは納得したように頷く。
それから「さ、何でも話してごらん」と言わんばかりに、僕の目を真っ直ぐに見ると、予想通りに「さ、幼馴染のエリカ様に、何でも話してごらん」と、エリカは言った。
「エリカ様だと?」僕は笑う。

そうだな、何の為に此処に来たのかはイマイチ解らないけれど、話したい事なら山ほどある。疑問。何個かの疑問。解決しないままの疑問。僕もエリカの目を真っ直ぐに見る。言う。

「頼むよ、幼馴染」

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二日目:蜜編 現在 15話

マンションの入口に立つと、簡単に自動ドアが開いた。一歩、踏み出す。随分セキュリティーの甘いマンションだと思う人がいるかもしれないが、とんでも無い。このマンションほどセキュリティーの厳重なマンションも、そうそう世の中に無いのではないかと僕は思っている。

二歩、踏み込むと「こんばんは」の声。女性の声。高級ホテルのロビーようなエントランス。否、高級ホテルのロビーだ、と言って差し支えない。フロントには従業員らしき女性が立っているが、もちろん従業員ではない。彼女達が警備員を兼ねている事を、僕は知っている。それにしても容姿端麗なメイドのような警備員が、よくぞ存在したものだ。一体どんな募集広告を見て応募し、どんな面接を経て採用されたのかを知りたい。僕はフロントに向かう。

「エリカに会いたい。蜜が来たと伝えてくれ」


【M線上のアリア】 現在/15


従業員兼警備員である彼女は、笑顔で僕の発言を聞くと、一瞬、目を大きくして僕を見たまま固まった。それから慌てるように「気付かずに失礼しました。暫しお待ちを」と言ったが、僕に気付かないと何が失礼なのか解らない。女性は内線らしき受話器を耳に当てると、何度か「ですから蜜様が……」と繰り返した。それにしても相変わらず豪華なマンションだ。このロビーだけで僕とみく子の部屋が何個入るか計算しようとしたが、落ち込むだけなので止めた。

「……蜜様。エリカ様の了解が取れました。エレベーターでお上がりください」

何故か固唾を飲み込むように言う。まるで大事件の幕開けのようだ。確かに一年振りではあるけれど、エリカの家でエリカと会う前には大抵、このような儀式を通過しなければならなかったので、その点では馴れている。だが、この緊張感は異質だ。そもそも、いきなり会いに来る時間でもない。「どうもありがとう」フロントの女性に言い残すと、彼女は深々と頭を下げた。

エレベータに近付くと、屈強な黒人男性が一人、現れる。馴れたものだ。
男は僕を見ると、流暢な日本語で「お久し振りです」と頭を下げる。名前は何と言ったかな。「すみません、決まりなので」と言うと、簡単なボディー・チェックを受ける。ジーパンのポケットに触れた時に、手が止まる。「あ、ごめん、ハーモニカ」僕は笑いながらポケットに手を入れると、ヴィンセントから受け取った銀色のハーモニカを取り出した。「お預かりしても……?」

「……いや、これは持っていたいな、お守りみたいなモンだから」
「……OK」

男は苦笑混じりに頷くと、エレベーターのボタンを押した。数秒後、高速エレベーターが降りてくる。間抜けな音を立て、扉が開く。「ごめんね、急に押しかけちゃって」僕は男を見上げながら言う。男は口元で微笑みながら「No problem」と言ったが、問題が山積みだから此処に来た訳で、残念ながらノー・プロブレムでは無い。だけれど、僕も笑った。

エレベーターの扉が閉まる。最上階のボタンを押す。上昇。
音も無い。自分が上方へと移動している感覚も無いままに、僕は上方へと移動している。
ヴィンセント、僕が行くべき場所は、本当に此処だったのか? 何らかの記憶の代償として。

気になっている事がある。
僕はエリカとの思い出を、鮮明に思い出す事が出来る。
断片的に。

だけれどエリカの顔が思い出せない。
エリカの笑い声は思い出せるけれど、その瞬間、エリカがどんな顔で笑っていたのか。
僕は今、まったく思い出す事が出来ないんだ。

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二日目:蜜編 現在 14話

浅い眠りに揺られる気分。
波を立てるレム睡眠の表面を掌で掬って、夢から覚める気分。夢の中で僕は何を考えていたかな? 恐らく、昔を思い出していた。僕が思い出せる範囲の昔を思い出していた。そこにはオレンジ色のソファがあって、みく子が座っていた。居酒屋を辞めた日の風景かな、あれは。
断片的な記憶だ。みく子は何と言ったっけ。「幼馴染だったよ」

頭痛。目が覚める。
「……何処だ此処は?」
夢の中のみく子の声に誘われるように、僕は意識を取り戻した。取り戻した? 別に失神していた訳ではない。僕は歩いていた。きっと夢遊病者のように。何処を歩いているのか、一瞬、解らない。周囲を見渡す。夜空。電線。住宅街。どうして僕は此処にいる?

(悪魔よ、僕が何処に行くべきかを教えろ、それが次の願いだ)

頭痛。なるほど。
それで僕は此処を歩いているという訳か。背後を見る。誰もいない。悪魔……ヴィンセントの姿は何処にも無く、僕は一人で細い路地を歩いている。目の前をタクシーが通り過ぎる。小雨。再び雨が降り始めている。台風前夜。路地を曲がると、閑静な住宅街には似合わない、巨大な建物が見えた。とはいえ上品な佇まい。高級マンション。「ああ、此処か……」

僕は大きく息を吸い込んで、もう一言。

「……ヴィンセント、僕にエリカに会えって言うんだな」


【M線上のアリア】 現在/14


エリカのマンション。
大学二年の春に、エリカは実家を出た。出たというのは少し違うと思う。何不自由ない暮らしをしてきた娘に、社会勉強の為、エリカの両親がマンションを用意したと言う方が正しい。とは言え実際には一人暮らしと呼べるほど質素で立派な社会勉強になる訳でもなく、高級ホテルのような豪華なマンションの最上階、そのワンフロアが全てエリカの為に買い与えられ、そこには数人のメイドが用意され、エリカが「ただいま」と言えば「おかえりなさいませ」と返って来るような、それまでとほとんど大差ない生活を、ほんの少しだけ場所を変えて行っているだけの、それは単なる過保護な金持ちの道楽のような有様だった。

団地育ちの僕は、そんなエリカを見て笑った。
エリカが実家を出る前日。

「贅沢すぎるんだよ、お前は」
「仕方ないじゃん、社会勉強なんだから」
「社会勉強と言ったってお前、それはホテル暮らしみたいなもんだよ」
「うるさいなぁ、アンタなんか未だに実家暮らしのくせに」
「金が貯まれば出て行くよ、そうだな来年にでも」

この頃の僕はまだ、みく子と一緒に生活していなかった。結構な時間、みく子の住むアパートに入り浸ってはいたけれど、バイトの日はエリカを家まで送り、そのまま団地に帰っていた。エリカと過ごす唯一の時間が、居酒屋でのバイト中だったし、バイト終わりの帰り道だった。僕とエリカだけの時間だった。

とは言え、エリカの恋人が迎えに来る日は、僕は一人で帰る。エリカの恋人に会った事は一度も無い。見た事も無い。別に見たくも無かった。大学二年生の春、その頃、エリカは不安そうな顔をする事が多かった。この日もそうだった。それはきっと、実家を出るからでは無くて。それはきっと、恋人がアメリカに留学する事が決まったからだった。

「何でそんな大変な時期に、一人暮らし始めるんだよ?」
「別に、社会勉強だって。だから、居酒屋でバイトするのと同じ」
「彼氏、十月まで帰って来ないんだろ?」
「別に、寂しく無いよ。寂しくなったら、エリカには蜜がいるしね」

本心ではない。……否、本心か。
幼馴染の僕らはきっと、お互いの逃げ道を、お互いに求めていた。もしも誰かに恋をして、もしもその恋に破れても、最後には、僕にはエリカがいるし、エリカには僕がいると、心の何処かで、きっと信じていた。約束ではない。それでもそれは、稚拙な信頼だった。

歩いていると、エリカの実家が見えた。その少し遠くに、僕の住む団地。相変わらずの見事なコントラスト。笑ってしまうくらいの貧富の差。何でエリカは、僕なんかと一緒に過ごしてきたのかな。もっと優秀で、立派で、金持ちの同級生なんて、他にいただろうに。

「ほら、最後の我が家だよ」
「ん、そだね」
「帰り道にお前を此処まで送るの、今日が最後かな? 小学生からずっと歩いてきた道だから、今日で最後なんて、何か寂しいよな。明日からマンション暮らしだよ、お嬢様。立派なもんだ。でも意外とすぐに実家に帰ってきたりしてな? お前に一人暮らしなんて無理だよ。いや、だけどあれは一人暮らしとは呼べないしなぁ……」

気が付くと僕は、髄分と冗舌に話していた。
エリカは見慣れた我が家を見上げて、特に何も言わなかった。
小学二年生の日に、エリカは初めて日本に来た。その年の半年間を日本で過ごし、すぐにアメリカに帰り、その一年後に改めて日本に住んだ。僕の住む団地の近所に、厭味なくらい巨大な豪邸を立て、移住して来た。それが、この家だ。

「ね、蜜、本当は不安なんだ、私」
「……何が?」
「此処にいるとね、きっとエリカね、すぐに蜜に頼っちゃうよ。
ロシュが留学して、好きな人が遠くに離れちゃったら、きっとエリカは、蜜に頼っちゃう。それともまた、すぐに別の男を好きになるんだろ、と思う? ううん、きっとロシュ以外の人は好きにならないと思う。だからね、エリカが今、離れなきゃいけないのは、きっとね、蜜からなんだ」

僕は何も言わなかった。
エリカは巨大な豪邸を見上げながら、静かに言葉を重ねた。
「……いや、それでもきっと、頼っちゃうな」
照れるように笑いながら、言った。

「ね、蜜。ロシュが帰ってくるまでは、私をマンションに送り届けてよね」
「勝手だな」
「夜道は危ないんだよ、女の子にはさ」

エリカは笑いながら、僕の傍を離れた。
大きな門に向かって歩いていく間も、ずっと巨大な豪邸を見上げていた。
長い髪が揺れている。細いな。エリカはこんなに細かったっけ? と僕は思った。
門を開け、家の中に入る瞬間、エリカは振り向いた。

「頼むよ、幼馴染」

僕は静かに右手を上げて、口元だけで不細工な笑顔を見せた。
それは心底、呆れるくらい、本当に不細工な笑顔で、少しだけ後悔した。
エリカが家に入った後、僕はエリカが今日まで暮らした、その巨大な豪邸を見上げた。
屋根に被さるように、月が見えていた。


月。


―その翌日から十月まで、バイト終わりの帰り道、僕はエリカをマンションまで送り届けた。エリカは相変わらず屈託の無い表情で笑い、どうでも良いバラエティ番組の話題を好み、それより更に多くの時間、アメリカで暮らす恋人の話題を好んだ。昨日のメールの内容がどうだの、それは熱いラブレターだったの、誕生日に大きな花束が届いただの。アメリカから花束を贈るとは、随分とキザな男だなと思ったが、毎度の事なので別に何も言わなかった。

十月になると恋人が帰国して、バイト終わりのエリカを迎えに来るようになった。それで僕がエリカをマンションまで送り届ける事は、ほとんど無くなった。その年の十一月、僕は小さなアパートを借りて、みく子と暮らす事になった。それまでみく子が住んでいたアパートと比べても大差ないオンボロのアパートだったけれど、家賃が安かった。

みく子は大笑いして「大差ないね、蜜クン」と、何故か喜んでいた。
みく子がオレンジ色のソファを買ったのは、その翌月、クリスマス・イブだった。
こうして僕とエリカが共に過ごした巨大な豪邸と団地から、僕とエリカはいなくなった。

そして現在。

僕はエリカの住むマンションの前に、立っている。

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二日目:しのめん編 18話

雨は嫌いじゃないけれど、あの独特の臭いが嗅覚に、雨音が聴覚、湿度が触覚にまとわり付く。

季節外れの台風が連れてきたらしい雨をマンションのエントランスから眺めていた。

しばらくするとエントランス前の停車スペースに一台のタクシーが入ってきた。
出していた大学ノートを鞄に入れ、僕はタクシーに乗り込んだ。


「お客さん、どちらまで?」


僕が行き先を告げると「はーい」という返事が返ってきた。
もう深夜になるし運転手さんも大変だな。と思った。

外は雨が次第に強まっている。
フロントガラスの雨粒が信号やネオンで輝いている。
まだまだ強まりそうな雨は続いている。
思いのほか疲れていたのでAre You Ok?と自問自答してみた。

二十四時間営業のマックス・ドックスは台風でも営業するみたいだ。
コンビニ、信号、対向車線のヘッドライト、色は解らないけどキラキラと流れていく。


「お客さん、着きましたよ」

「あ、ありがとう。いくらですか?」

「千六百八十円になります」

「あ…細かいの無くて、一万円でも良いですか?」

「えーっと、お釣りが…」

「あ、八千三百二十円なんですけど、お釣り良いです。ありがとう」


半ば強引にタクシーを降りて賃貸マンションの入り口まで走った。
雨に触れる時間をなるべく短くしたかった。

エリカの家と比べると鼻で笑ってしまうぐらいのロビー。
管理人室の電気は消えている。
ポストから大量のチラシを取り出して、風俗関連のチラシだけはじっくり眺めてから捨てる。
その他にガス代の請求用紙以外は特に目立つものは無かった。

エレベータに乗り七階で降りる。
角部屋の扉のカギを開けて中に入る。
生活感の無い1DKの部屋だ。

シャワーを浴びてベッドに倒れこむ。
鞄から大学ノートを取り出して眺めた。


「今日は長かったな。三日ぐらいあったんじゃないか?」


声に出たが、人間の感覚なんておかしなものだから実際どうか解らない。
また明日もいろいろあるのだろう。明日はまだ木曜日だ。
なぜか胃がキリリと痛む気がした。


晩御飯を食べて無いからだと思うけど。

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