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四日目:ロシュ編 17話

「こんばんは。いらっしゃいませ」
斉藤氏宅には、あいにくの雨にも関わらず、ぞくぞくと車がやって来る。
黒さんは、ひとりひとり玄関の扉のところで「いらっしゃいませ」と声を掛け、扉を開け、お客様をホールへと導き入れる。

「こんばんは。ご機嫌いかが?ゆっくりなさってね」
斉藤氏と夫人も来賓と挨拶を交わす。


一組の女性ニ人の来賓が玄関の扉から入ってくる。
一人は、黒のドレスに大きなゴールド色のストールを羽織ったシックでセクシーなドレスを纏い、もう一人は、ブラックにブラウンの大きな縁取りのあるドレスに、大きな羽飾りのついた帽子を被っている。
スカビオサ姉妹だ。

ニ人を見つけた夫人は、ささっと駆け寄り
「いらっしゃい。よくいらしたわね。今日は妹様とご一緒?」
と挨拶をする。
「こんばんは。今日は妹がちょうど公演で日本に来ておりましたので、妹と参りました」
スカビオサさんは奥様に挨拶をする。

「どちらの方かな」
斉藤氏は夫人に尋ねると
「スカビオサさんよ。お話したでしょ。私がよく伺っているスパ・リゾートの社長様のお嬢様よ。こちらは、妹様。オペラ歌手でいらっしゃるの。日本公演の合間を縫って来て頂けたのよ」
夫人は嬉しそうに斉藤氏に言う。

「おお、よくいらっしゃいましたね。どうぞごゆっくり」
斉藤氏も笑顔だ。


丁寧に黒さんが扉を開けると、また一組の来賓が入ってくる。
一人は、薄紫色で肩紐がなく、胸のところにドレープの入ったロングドレス、もう一人は、シルクのマロン色の細い肩紐の付いたキャミソールタイプのロングドレス
どちらも深く胸元が開き、腰の辺りまでスリットが入って、スタイルの良さに加え、色っぽさ満点だ。

「おお、あめ湯さん、よく来たね」
斉藤氏は顔の表情を緩めて挨拶をした。
「お招きありがとう」
薄紫のロングドレスのあめ湯さんは、クールに挨拶をした。

「まりモさんもよく来たね」
そう言った斉藤氏の厭らしそうな目はどこを見ていいのかと視点が定まっていない。
「こんばんは、今夜はメンズ達もたくさんお集まりなのね」
マロン色のドレスのまりモさんは周りを見回しながら挨拶をした。

ニ人と会話する笑顔の斉藤氏の鼻の下は伸びっぱなしである。
夫人は見てみぬふりをしている。


再び扉が開き、また一組入ってくる。
レースのカチューシャをして、大きなリボンのついたパフスリーブのクリーム色のドレスを着たモデルのみささんと、蝶の刺繍の入った深いブラウン地の着物を黒のスリムなスラックスパンツと合わせてうまく洋風に着こなしているカヨリさんだ。

夫人が駆け寄り
「こんばんは。いつもかわいいわね」
みささんに挨拶をする。
「こんばんは。お招きありがとりんこ。」
と、みささんはいつもの挨拶をする。

「こんばんは。来年のコレクションも楽しみだわ。あなたのお店のデザインの服、とても気に入ってるの」
夫人はデザイナーショップのファッションアドバイザーのカヨリさんに挨拶をする。
「こんばんは。もうすぐ春夏コレクションの受注会を致しますから、近々ご案内しますわ。来年の春夏コレクションも楽しみにして下さい」
カヨリさんは夫人に挨拶して、そう言った。


その頃、玄関口の車停めに大きなリムジンが止まり、黄色と緑のカマーベルトをし、黄色に緑の蝶ネクタイをした黒のモーニング姿でステッキを持った老紳士と淡いピンクと白の繊細な刺繍が入ったアシンメトリーなキャミソールタイプの上品なドレスを着た令嬢が車を降りていた。
ニ人が中に入ると、斉藤氏と夫人が駆け寄った。

「ようこそ。ノートン教授」
斉藤氏と夫人は挨拶をした。
「こんばんは。斉藤夫妻。今日は雨じゃったんじゃの。いつも研究室にいるからの、外の様子がいつもわからんわい。ほっほっほっ」
いつも鋭い目のノートン教授だが、今日ばかりは表情が緩んでいる。

「こんばんは。エリカちゃん。今日はお爺ちゃんがご一緒なのね」
夫人はエリカに挨拶をする。
「こんばんは、奥様。そうなの… 今日はお爺ちゃんが一緒なの…」
エリカはぎこちない笑顔を作って挨拶をしたが、大きな瞳が潤んでキラキラしている。胸元のスパンコールもキラキラしている。
「そうなのね。後でゆっくりお話を聞きましょうね」
夫人はやさしくエリカに言った。

玄関の扉が開き、黒のワンピースに黒のボレロ、ピンクのコサージュとピンクの靴を履いた女の人が入ってくる。
水彩画家のほのかさんだ。

夫人が駆け寄り
「こんばんは。遠いところ、よくいらっしゃたわね。ありがとう」
と挨拶をし
「こんばんは。お招き頂き、こちらこそありがとうございます」
ほのかさんは、にっこり笑顔で答えた。

「ほのかさん。あなたの絵でこのホールが明るくなったよ」
斉藤氏はホールのニつの階段の間を指差して言った。

ほのかさんは指差した方向を見たが、絵には、まだ幕が掛かっている。

えっという顔をしたほのかさんを見て
「おっと、これから除幕式なんだよ」
と斉藤氏は付け加えた。


そして、その絵を背中に斉藤氏が立ち、夫人が寄り添い
「お集まりの皆さん、お越しありがとうございます。足元の悪いところお越し頂いて、大変恐縮です。
特に、ノートン教授、エリカ嬢、お忙しい中、お越し頂き、まことにありがとうございます。

さて、今夜は、後ろにございますこの絵のお披露目会ならびにダンス、フラワーアレンジメントが楽しめる催しです。
また、この絵はこちらにいらっしゃるほのか嬢にお描き頂きました。

お料理もお飲み物もご用意しておりますので、ごゆっくりとご歓談下さい。
さあ、パーティーのスタートです!」
と斉藤氏が言うと

絵を覆っていた幕がぱあっと下ろされると
淡いやさしい色調で光溢れる湖のほとりの風景を描いた美しい絵が現れた。

みんなが「わあー!」と声を上げた。

軽やかな音楽が流れ、シャンパンの栓がポン。ポン。と快い音と共に抜かれた。
乾杯のグラスのカチーンという音があちらこちらで鳴り響く。
ホールは花の甘い香りとシャンパンの爽やかな香りで溢れた。

パーティーが始まった。

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四日目:ロシュ編 16話

「フラワーアレンジメントとダンス、それからこの絵の完成披露パーティーだったんですの。お天気は悪かったんですけど、たくさんの人がお見えになったんですよ。
描いてくださった方もお見えになってね。あなたもエリカちゃんとパーティーにいらしたらよかったのに…」
斉藤夫人は、玄関ホールの絵をにこやかに見上げながら言った。

そういえば、月曜の夜、エリカとドライブに行った時、エリカが「招待状あるから一緒に行こうね」って誘ったのは、ここでのパーティーの事だったのか。
でも、パーティーのその日は、エリカとは連絡すら取れないし、気持ちもかなり滅入ってしまっていたから、オレは家の外に出ることさえしなかったんだった。

「はぁ。」
と、オレは生返事をした。

夫人は、パーティーの様子を思い出していた…



大きな玄関ホールの両側からからニ階に伸びるニ本の白い階段は、それぞれ花で彩られ、ニつ階段の間に大きな絵が設置され、白い幕が掛けられていた。

さらに、「ふろーら・しょうだ」の花が追加され、大きなホールは一層華々しく鮮やかになり、花々のほのかで柔らかないい香りがホール中を包んだ。
中心に大きなテーブルが置かれ、レモンリーフで器を飾ったテーブルフラワーと料理が並べられた。

黒さんが、ドアマンとして、金色の飾りの付いた肩章にブランデンブルグ型の胸章の付いたゴージャスな紺色のロングコート着て、帽子を被り、白い手袋をして表のドアの前に立ち、ドアマンとしてスタンバイした。
ウエイトレスのフリフリのエプロンを付けミニスカートを履いた桃ニャさんは、先ほどから中央のテーブルでせっせとテーブルの仕度をしている。
ヨシノリさんは、黒のタイトなスーツを着て、バーテンダーとしてカウンターに入り、先程からテキーラのボトルをジャグリングのようにクルクル回している。

夫人は、紫色のベルベットのドレスを着て、斉藤氏に寄り添い、落ち着かない様子だ。
斉藤氏はパイプでタバコをふかしている。

やがて、「お客様がお着きになられました!」
黒さんの張りのある声が響いた。

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四日目:しのめん編 33話

学務課のある棟はその他の棟と違って学生の騒がしい声が聞こえない。
なんと言うかいつでもピリピリとした緊張感が漂っている気がする。
学務課のドアをノックしてから入る。


「失礼しまーす」


さらにピリピリが強くなった。
まぁ、この緊張感を漂わせているのは田所教授に他ならない。
今は背中を見せているけれど、それだけでもすごいプレッシャーだ。
事務机の椅子がキィと音をあげた。


「お?なんだ、志野山じゃないか。どうした?」

「いえ、ちょっと用紙を頂こうと思いまして」

「そうかそうか、てっきりまた大河かそこらが何か仕出かして、ワシのところに謝罪に来たのかと思ったわ。はっはっは。で、何の用紙が必要なんだ?また実家の手伝いで欠席届か?」

「いえ、退学願の用紙を頂きたいんです」

「!!!」


その後「退学願」を貰うまでにニ時間ほどかかった。
田所教授は「単位はほぼ取得済みだし、後半年で卒業じゃないか。」とか「お前の卒論を楽しみにしてた」だとか「そもそも理由はなんだ?」といった、ごく一般的なことからそうでも無いようなことまで聞いてきた。


「大学を辞めてどうするんだ?」

「実家に帰ろうと思ってます」

「半年後じゃダメなのか?」

「今から始めたいことがあるんです」

「そうか。お前ほど真面目に大学生をしてた奴が、くだらない理由で大学を去る訳は無いだろうしな。これ以上、理由を聞くのも無粋か」


最後にはそう言っていたけれど、結局ニ時間聞かれたんだから、無粋も何もあったもんじゃない。
それでも、最終的に「退学願」は貰ったし、その場で記入と捺印もして、田所教授の承認印も貰った。手続きは完了だ。

ぐったりしながら学務課を出た。
これで僕は来月からここの学生では無くなる。


「ノートン教授に目の事話せなくなっちゃうな」


そう言いながら秋の夕焼けに染まる空を見上げていた。

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四日目:ロシュ編 15話

研究棟から出て、大学の駐車場へ向かう。
研究棟から大学の駐車場はすぐだ。

オレは何か納得できない気持ちをぶつけるように、ドアを開けると、後ろのシートにカバンを投げ入れ、どかっと車のシートに座る。
仲間はずれにされたような気分だ。

「何なんだ…いったい…」

ノートン教授とミクの会話
…あの会話の意味するものは何なのだろう。

見ることが出来なかったMOディスクの中身
…ミクの秘密はそこにあるのか?

ノートン教授とミクの関係
…隠してはいたようだが、ノートン教授は以前からミクを知っていたのか?

そして時間をみて斉藤氏宅へオレに行かせた理由
…きっと何かあるとみて間違いない。

しかし、情報が少なすぎる。


「まずは、斉藤氏だ」

車を出し、大通りの近くの斉藤氏の家へ向かう。



大通りに出てしばらく走ると、小高い丘が見え、風見鶏の付いた屋根の大きな屋敷が見えた。

「ああ、あれだ」
オレは独り言を言いながら、大通りから小道に入り、屋根の風見鶏を目印にしながら丘を登っていく。

やがて、大きなアーチ型の鉄柵の門の前に着いた。
斉藤氏宅は、大通りから遠目で何度も外観は見ていたのだが、実際に来るのは初めてだ。
かなり大きな家だ。家というより屋敷で、ちょっとした宮殿のようだ。
エンジンをかけたまま車を門の前に停め、一旦車から降りて、門の横のインターフォンのボタンを押した。

しばらくすると
「どちらさまですかぁ??」
という若い女の人の声が聞こえた。

「ええっと、ノートン教授の使いの者でキリシマ・ロシュと申します。ノートン教授のご用で伺いました。斉藤様のお宅ですか?」
とオレが言うと

「はぃ。斉藤ですょぉ。 ノートン教授のぉ… ぁ、はぃ。 先日のご用件わ承ってぉりますぅ? 本日わぁ、お車ですかぁ??」
「ええ、車で参りました」

「でわぁ?、門をお開け致しますのでぇ?、お車のままお越し下さいっ」
「は、は… い…」

インターフォンに出た女の人は、何か変な口調だ。
しかし、間違いなく斉藤宅であるらしい。

車に再び乗り、しばらくすると自動で重そうな鉄柵の門が開いた。車を進め、ゆっくり入った。
やや緊張しながら、噴水のある庭を横切り、屋敷の玄関に車でゆっくり向かう。

「すごいな」
大きいとは分かってはいたが、ここまでの屋敷とは知らなかった。

屋敷の前は大きな屋根が付いた車停めがあり、大きな玄関の扉が見える。
車を側らに停め、その大きな扉の玄関に向かった。


コツコツ。
厚い大きな扉に付いたライオンのレリーフから伸びる円形のノッカーでドアをノックする。

やがて
「はぁ?ぃ」
と、インターフォンで聞いた明るい若い女の変わった口調の声が聞こえ、ドアが開く。

「こんにちは。ノートン教授の使いのロシュです」
と挨拶すると

「ぃらっしゃいませぇ?。こんにちわぁ?!ご機嫌ぃかがですぅ??
どうぞぉ入り下さぃませぇ?」

濃紺色の服にミニスカート、フリフリのエプロン姿、まさにこれぞ噂のメイド服という格好をした女の子が視界に飛び込んでくる。
胸には「桃ニャ」と書いてある大きなピンクの丸い名札がついている。

オレの緊張は一気に解ける。
「ははは。 ここは斉藤様のお宅ですよね?間違いないですよね?」
その完璧なメイドぶりに思わず苦笑しながら改めて聞いた。

お宅とヲタクを間違えたのか?と思ってしまったし。

「ぇぇ?、そぅですょぉ? わたしぃ、昨日からメイドとして斉藤様にぉ仕えしてぉりますぅ 桃ニャと申しますぅ?
昨日のパーティーでぇ、私の事ぉ奥様がぉ気に入って下さってぇ? そのままぉ仕えすることになったんですぅ?
ひやぁ? どうぞぉ?ぉ入りくださぃっ」

このキャラを気に入った夫人とは?と考えると、何か違う変な意味で不安になってきた。
不安になりながらも大きな厚い扉から中に入ると、吹き抜けの玄関ホールになっていた。

玄関ホールから両側にニつ緩く半円形を描く白い階段があり、それは見事な造形美で二階につながっており
ニつ階段の間には印象派の淡いタッチの大きな絵が飾られ、花がオーバル型にきれいにアレンジされ、ゴシック柄のレリーフの大きな花瓶に入っていた。

「ただぃま奥様をぉ呼びしますねぇ? 奥様ぁ? ぉ客様ですょぉ?」
メイドの桃ニャさんは、相変わらずの不思議な口調とテンションだ。

「あら、いらっしゃったのね」
ニ階の奥から女の人の声が聞こえる。

やがて、ちょっとふっくらしているけれどきれいな女の人が階段からゆっくり降りてくる。
エンジとオリーブ色の大きなサークル柄をあしらった七十年代風のレトロモダンなワンピースを着ている。
きっと彼女が斉藤氏の夫人なんだろう。

「こんにちは。私が斉藤の妻よ。」
夫人は微笑みながら言った。
「はじめまして。キリシマ・ロシュと申します」
オレも夫人に挨拶をした。

「ノートン教授からのご用はお聞きしてるわ。もちろん、あなたの事もよ」
夫人は上品に微笑みながら話を続けた。

「ごめんなさいね。散らかってるしこんな格好で。お茶でもいかがかしら?」
夫人はオレに尋ねた。

立派で広い部屋の中は、ホコリひとつほどないぐらいきれいだし、部屋着にしては、そのワンピースはオシャレだし。

「いえ、せっかくのお誘いなんですが… 私は教授にご用を頼まれただけですので…」
「そうお?お話は尽きないのよ。昨日、教授とお孫様のエリカちゃんがパーティーにお見えになってねえ…」
夫人はおしゃべりのようだ。しばらく奥様のおしゃべりが続く。

「あら、やだ。また私、長話。いつもそうなのよね。教授の承りものを急がないとね」
夫人はそう言った。

「桃ニャー!桃ニャー!教授の承りものを!」
夫人が言うと

「は?ぃっ。今、ぉもちしま?す?」
と奥から声が聞こえ、メイドの桃ニャさんが何かを持ってくる様子だ。

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四日目:ロシュ編 14話

木製のアンティークチェアーの背もたれにもたれながら
ノートン教授の目は、しばらく天を仰いでいた。

思い出したかのように、ノートン教授は懐中時計を内ポケットから取り出し、時間を見た。
そして
「ロシュ。ちょっと頼まれてくれんか」
思い出したようにノートン教授が言った。

「なんでしょう?」
「今から、大通り近くの斉藤氏のところへ行って欲しいじゃが」

「今からですか?」
「うむ。そうじゃ。今からじゃ」

「はあ… でも…教授、斉藤氏の家は知らないんですが…」
オレは、すまなさそうにノートン教授に言う

「すぐ分かるはずじゃよ。大通りから見える小高い丘にある風見鶏の付いた屋根の大きな家じゃよ。目立つ建物じゃから何度か目にしておろう」

ああ、あの家か。結婚式場か何の建物かと思っていたんだが、人が住んでいたのか。
「あ、はい。分かります」

「頼まれてくれるな?」
ノートン教授は、鋭い眼差しで念を押した。

「はい…」
反射的にオレは答えた。


ミクがオレを見て、ノートン教授に向きかえって
「あの…私は…」
と、頼りなさそうにノートン教授に尋ねた。

「君はもう少し残って欲しい。話も聞かせてくれるかの?」
と言ったノートン教授のミクを見る目は、普段とは少し違うように思える。

「はい… 私も教授にお話しなければならない事が…」
ミクは答えた。


オレはミクに
「じゃ、後で電話して」
と伝えると、ミクはコクっと頷いた。

部屋を出る時もやはり入る時の同じように、ドアに付いた暗証キーを押しロックを解除し
「失礼しました。では、また。」
とノートン教授に挨拶してドアノブに手を掛けた。

「ではな。ロシュ。また追って連絡する。斉藤氏のところへは、車で行った方が良いじゃろうな」
とノートン教授はデスクに座ったまま、少し微笑みながら言った。


ミクは唇を噛みしめ、思いつめたような顔をして教授の傍に立っていた。
この無機質な部屋の中では、ミクのオレンジ色の髪と真っ白な肌は余計に鮮やかだった。

網膜に焼き付く程、鮮明な色だった。

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四日目:ロシュ編 13話

「こんにちは。教授。
外は台風一過のいいお天気ですよ。空気がカラッとしていて本当に気持ちいいです」
オレはいつも通り、挨拶のあとに外の天気の話をする。

「そうかロシュ。ここにいると外の様子が分からんからの」
ノートン教授は、眉を上げて口元で少し微笑んだ。

「そして、そちらがみく子君か。君の話はロシュから聞いておる」
ノートン教授はいつもの厳しい表情に戻り、キッとした鋭い眼差しでミクを見る。

「はい。こんにちは。はじめまして。」
ミクはペコリと頭を下げ、挨拶をした。

「ふむ。 お会いするのは初めて …じゃったかの? ふむ…。まあ、良いか」
ノートン教授は真っ白な顎ひげに手をやりながら呟いた。


「教授、例のレポートです。」
オレは、カバンからフラッシュメモリーを出して、教授に渡す。

「ふむ。」
ノートン教授はフラッシュメモリーを受け取り、ソケットに挿し、モニターを見ながらマウスを操り、ファイルを開く。


「まだ、作成段階ですので、不完全な部分はあるのですが…」
仕上げの出来ていないレポートだったので、オレはそう付け加えた。

「うむ。」
老眼鏡をかけ直し、ノートン教授は超人的なスピードでファイルを開き、次々に内容を見ていく。

「なるほど… 作成段階にしては今回もなかなか良く出来とる。大きな修正点はなさそうじゃの。このまま続けたまえ」
ノートン教授はそう言って、オレの方を相変わらずの鋭い眼差しで見た。
「何か質問はあるかの?」

「はい。あの… ちょっと判断に迷っているところがありまして…
この八個目のファイルの”内部変更に対しての自己回復と修復機能”は、この方向性で進めてよろしいのでしょうか?」
ノートン教授にマウスを借り、ファイルを開き、該当箇所をポインターで指す。

「うむ。そうじゃの。それは受け手側次第になるじゃろうが、自己変化と進化という視点も必要かもな。自らを変わることも大事かもしれんのじゃよ」
ノートン教授は、話に参加していないミクを横目でちらりと見ながら言った。

「分かりました。その視点からも検証してみます」
なるほど、さすがは教授だ。一手先を読んでいる。

再び、ノートン教授はマウスとキーボードを使い、恐ろしい早さで修正点を打込み、ファイルを閉じ、フラッシュメモリーをオレに渡した。

「前回の学会でのロシュのプレゼンは良かったぞ。あのビル君も触発されたのか、先日新しいブラウザーを発表したようじゃの。今回も期待しとるぞ」
ノートン教授に肩をポンポンと軽く叩かれた。
老眼鏡の奥に光る鋭い目が、少し優しい目になったように見えた。

「ありがとうございます。任せてください。きっとご期待にお答えできると思います」
オレは自信満々に答えた。


「さて、みく子君…」
オレとの話が終わったところで、ノートン教授は鋭い眼差しでみく子を見ながら言った。

「はい。実は、私、教授にお願いがあって来ました」
「うむ。」

「教授、もう頼りにできるのは教授だけですから…
これを見てください」
みく子はMOディスクを取り出し、ノートン教授に渡した。

「MOディスクか…」
ノートン教授は、ドライブにMOディスクを入れた。

ファイル名が表示されたところで、ノートン教授はクルっとモニターの向きを変え、オレから見えない方向にした。
「これは… そうか… みく子君、やはりそうか」
いつも鋭いノートン教授の目が、少し潤んでいるような気がした。

「はい。そうです」
みく子はノートン教授を大きな目で見ながら言った。

ノートン教授は、ふうーっと大きな息を吐き出した。
ノートン教授の顔は、喜びと悲しみ、そして希望と落胆の交じり合ったような今まで見た事のない複雑な表情だった。

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四日目:しのめん編 32話

しばらく考えてから、僕はある事を決心した。
携帯電話を取り出すと、普段であれば絶対に連絡しないメモリを表示させ発信ボタンを押す。
しばらく呼び出し音の後で声が聞こえる。


「僕だけど。明後日の夜に帰るよ」


とだけ言ってすぐに電話を切った。
大きく息を吐き出してから、僕は自習室を出た。


そう言えばみく子さんは夕方に大学で誰かと待ち合わせをしてるんだっけ。
もしかして、ミックンだろうか?くそう、許せん。
それかロシュかも知れないな。
エリカ様がいると言うのに!くそう、許せん。

思い出したようにニ人の男に腹を立てながら歩いていると、廊下の先にみく子さんを発見した。
隣にいるのは…ロシュ!いや、この際だからチョイブ男でいいや。いやいや、どっちでもいい。
僕はニ人に見付からないように廊下の角に隠れてニ人を見守る。


「チョイブ男め、許せん!」


と何度も呟いていた。
しばらく見守っていると不意にみく子さんが手を振った。
「しまった!見付かってしまった!」と思ったけれど、別になにも「しまった!」と思う事も無かったなと思いなおした。

もう一度、ニ人の方を覗き込もうと、廊下の角から顔を出した瞬間だった。
バタバタバタと駆ける足音が聞こえたと思ったらドーン!という衝撃と共に誰かがぶつかって来た。


「そうか、これが、昨日練習した…」


と思ったけれど、不意を付かれたので僕は思いのほか吹っ飛ばされた。
なぜかそれが恥ずかしくて隠れるようにしながら、僕はその場から逃げ去った。
なぜだか解らないけど大学生かどうかを疑われた気がする。
いや、ないか。


僕は自分のやるべき事を思い出して学務課へと向かった。

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四日目:ロシュ編 12話

研究棟に着くと、キャンパスとは違った雰囲気だ。
キャンパスの明るい感じとは違い、その名の通り、研究しているところという雰囲気。

ここには、いろんな人がいる。ときどき不思議な人もいる。
廊下の陰で、無心にジーっとこっちを見ている人もいるし。
ミクは誰か友達にあったのか、手を振った。

そして、一階の廊下の一番奥の”ジェームス・ノートン(AI・電子セキュリティ)”と書かれた札のあるドアの前に来る。
ここの研究室は特別にセキュリティが掛かっている。
教授から配布されたカードをスキャンさせ、暗証番号を打ち込む。

ガチャっとロックが解除され、カギが開く。

ドアを開いて中に入ると、いつものように数人の研究生がパソコンを前に座っていた。
ここの研究室の国際色が豊かだ。
日本人はもちろんだが、中国人、インド人、アメリカ人、カナダ人の研究生や留学生がいる。
この研究室は、みんな割りと無口で、それぞれが自分の課題に没頭している。

ただ一人を除いては。

一番手前のデスクいるバスターだ。
かなり太ってて、大きな口は虫歯だらけで、異様に伸びたロンゲで、オタクと呼ばれる風貌以上のオタク的な雰囲気を醸し出している。
しかも、いつもイスからお尻が落ちそうな姿勢でポテチを食べながらブツブツ独り言を言っている。

そして、たまにこの研究室にやってくるオレや生徒、教授や大学職員までもを気色の悪い言葉で冷やかす。
さすがにオレは慣れたが、初めて声を掛けられた人のほとんどが、彼独特のその異様さに負け、出直すといって帰っていく。
ある意味、彼は、この研究室でのセキュリティの一つの役割をしている。

「いよぉ、特待生!今日はオレンジ色の可愛い助手が一緒か?いひっひっ…」
と、オレとミクを見るなり言った。

案の定、ミクもびっくりしてオレの背中に隠れてしがみ付いている。

「やあ、バスター、今日はノートン教授にレポートを提出に来たんだよ」
オレはさらっと流して、そのまま、ぐっと背中にしがみ付いたミクと一緒に通り過ぎる。

後ろではバスターが
「ロシュは話題を作るには事欠かないなぁ。いひっひっ…
そのうち、パパラッチに狙われるぞ。いひっひっ…」
とまだ言っている。

さらにオレの背中にぐっとしがみ付いた無言のままのミクと一緒に、向こうのドアの教授のいる部屋に向かう。

よく機密事項を扱ったりするので、この研究室はニ重のセキュリティになっている。
かなり重要な作業は、教授のいる部屋は奥の部屋を使う。

インターフォンのスイッチを押して
「教授、ロシュです。話していたミクも一緒です」
と言うと、赤い光が顔に当たり、網膜をスキャンした。

「ロシュか。待ってたよ。入りたまえ。」
ドアに付いた暗証キーに番号を打ち込むと、ガチャっとロックが解除された。
重いドアを開け、ミクと一緒に入る。


窓がなく、かなり冷房の効いた無機質な部屋の奥に茶色いアンティークのデスクあり
紺色でピンストライプの入った上等のスーツを着て、淡い黄色のシャツに濃い緑のネクタイをした白髪の老紳士が、デスクに備え付けられたモニターを見ている。

そして、緑色に光っているモニターから視線をはずし、老眼鏡を外して、眼光鋭くこっちを見る。

ノートン教授だ。

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四日目:アリエス編 04話

よく眠れた。
朝から大学にいたらから普段とリズムがズレる。
空腹に襲われた僕は学食に向かった。

ニ時にもなれば学食にいる学生はまばらになる。
時々女の子の笑い声(結構にぎやか)が聴こえるくらいで
他は勉強してたりゲームしてたりゲームしてたり。
僕はがっつり食べたかった。
食券売機のカツカレー丼のボタンを押し携帯をかざした。
久しく大学で現金を使ってないような気がした。

学食のおばちゃんに食券を渡す。
大量の学生をさばくだけのことはあって一分も経たないうちにカツカレー丼が出てきた。
僕は好きだからかまわないが
なんでカツカレーを丼にしたのか
その意図がよくわからない。

ゆっくりっ食事に没頭する。
没頭・集中することは周囲を意識から排除することだ。
そう聞いたことがある。
そういう風に意識したことはないけど
とりあえず笑い声は全く気にならなかった。

食後の休憩兼思考のアイドリングも済ませた。
さて
研究室に戻ろう。

途中、ハーフライクな顔立ちの男子学生とアヴァンギャルドな髪型をした色白の女子学生と出会った。
初めは面白いカップルがいるもんだなぁ。
と思った。
すると女の子のほうが手を振ってきた。
よく見るとみく子ちゃんじゃないか。
あわてて手を振り返す。

僕はなんだか恥ずかしくなってプチダッシュでその場を立ち去った。
自分の研究室に向かうために角を曲がるときに人にぶつかった。
やけに変なポジションに居たと思う。
きちんと見たわけじゃないがニ児のパパっぽい顔立ちだった。
本当に学生か?

それにしてもさっきみく子ちゃんの隣に居たのが彼氏なんだろうか。
うまくいってないような噂を耳にしていたが
どうやらうまくいっているようだ。
そんなことを考えてるとあの二人がいいカップルな気がしてきた。
そして今さら気づく。
僕デジャってるんじゃね?
(注:デジャってる(動)デジャヴを体感している)

研究室に戻ると扉に付箋が貼られていた。
決して大きくない十cm四方程度のやつだ。
そこには可愛い丸文字で
『連絡があるから自分のデスクを確認してね』
と書かれていた。
よく見るともう一枚下に付箋が貼ってある。
めくると
『他の子たちにも知らせなきゃいけないから付箋ははがさないでね♪』
・・・・・・・・・・・・。
遅いだろ。。。

連絡ってなんだ。
付箋をそれらしく元に戻し急いで自分でデスクに戻る。
するとさっきと同じように付箋がドンと貼られていた。
『後期になったから中間発表してね♪明日の三番目だから』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
二回目も確認もしないまま破り捨ててしまった。
悪い冗談だろうか。
新手の嫌がらせだろうか。
最近流行りの無茶振りってやつだろうか。
これで今日やらなきゃいけないことが決まってしまった。
明日の三番目。
いつだよ。
とりあえず今日中に作れって事なんだろう。
いいさいいさ。
中間発表の準備くらい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
暴動起そうかな。

ちなみにうちの教授は男性だ。
グーでいいかな。。。

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四日目:志津編 09話

元気なのは元気らしいみく子が学食を出て、ロシュと仲良く歩いていくのを見送りながら、なんとなく違和感を感じていた。

なんやろ、あの仲良さげな感じ?

いや、そんなことはどっちでも良いから、ネタを考えないと。
学祭までにネタ合わせをしておかないと、舞台上で凝固する羽目に陥る。
『キャッツ・ポゥ』なんて可愛いコンビ名を付けているけれど、実態は『暴走特急』だ。(主に私が)

レポート用紙に横書きでネタを書きかけて、我ながらどんならんなと苦笑する。

『日本語は縦書き!』

お祖母ちゃんの声が聞こえてきそうだ。
ましてや、漫才のネタを。。。

えーっと、あれはなんという字やったかいな?

ふと、思考が彷徨ったところに携帯の着信音が鳴った。
ドラクエならメール。
何方でそ?

『件名:ネタはでけましたか?』

るどんちゃん。。。

愛してるよ。(涙目になりながら)

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