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一日目:プロローグ 00話

Hello?
聴こえていますか。
君が最初に聴いた歌と、君が最後に聴いた歌。

Hello?
聴こえていますか。
零れ落ちそうなリズム。一回。二回。三回。四回。

聴こえているなら手を伸ばしてね。きっと間に合うはずだから。
何も無い世界に、一体どうやって、色を付けようか。
……ねぇ、君は何の為に生きてる?


【M線上のアリア】プロローグ


――何となく訪れ始めた秋に向かって、私は一人で息を吐いた。
普段通りの花屋のバイトの帰り道、見慣れた公園は紅葉に染まり始めている。
店長がくれた、売れ残りの小さな赤い花束を抱えて、私は急ぐでも無く、止まるでも無く。
只、何となく歩いているのは、只、何となく別に意味と目的なんて無いからだし、只、何となく気侭に歩いていた方がラクだからに過ぎない。少し古びたアパートの鉄階段を昇って、鍵を回して、わざと勢い良く、扉を開ける。テレビから流れる笑い音が聴こえた。「ただいまぁ!」

「……おかえり、早かったね」
テレビを観たまま、此方を振り向きもせずに、恋人が形式通りの返事をする。
「蜜クン、見てよコレ、店長に貰っちゃった!」
「……また売れ残りの花でしょ?」
やっぱり振り向きもせずに、恋人は言う。
「売れ残っても、お花は、お花! 大体さ、お花は自分が"売れ残った"なんて思って無いよ! 人間が勝手に売り買いしてるだけなんだから! 売れ残っても、お花は、お花!」
そこまで言うと、ようやく恋人は、身体は寝たまま、顔だけを此方に向けた。
「……へぇ、どんな花?」
「あのねぇ、コレはねぇ、ワレモコウっていうお花だよ」
「……へぇ」

私はパソコンを起動させ、Tシャツを脱ぐと、それを洗濯機の中に放り込んだ。
「あれ、洗濯まだ?」
「ああ、後でやるよ、テレビ観てから」
「あんまり夜中に洗濯すると、ご近所の迷惑になるんだよ」
蛇口を捻ると、まだ冷たい水が流れた。
浴槽にお湯を溜める、水道の音が響く。
「あれ、黒ちゃん、今日はまだ来てないなぁ……」
お気に入りのオレンジ色のソファに座り、パソコンのモニターを覗くと、私は独り言のように呟いた。まるで彼は反応せず、相変わらずテレビを眺めている。それほどテレビが好きなのかと訊ねたら、きっとそんな事はなく、只、何となく眺めているだけだろう。
「先にお風呂入っちゃうけど、蜜クンお腹すいたでしょ、何食べたい?」
「ナポリタン」
「また? 好きだなぁ、ナポリタン」

恋人と同棲を始めて、もうすぐ二年が経とうとしていた。一口に二年と言っても、それなりに紆余曲折があり、それなりに長い月日を重ねたような気がする。だけれど、やっぱり、私は急ぐでも無く、止まるでも無く。このまま毎日が続くと良いなぁと、只、何となく思っている。

「……ああ、そう言えば、みく子」
「何??」
「何か分厚い便箋みたいなの、届いてたけど」
「へぇ、誰から?」
「んと、何だコレ、えと……JNL?」

テレビの中から下品な笑い声。
「……へぇ、何処かの新しいショップの案内状か何かじゃない?」
下着を洗濯機の中に放り込み、浴室の扉を閉じた。

シャワー音。
難しい事は、あまり考えたくない。大抵の出来事は、水に流せば忘れてしまう。だけれど世の中には、どうしても忘れられない事もあって、それはどれだけ石鹸で擦っても落ちない汚れみたいに、私の中に住み着いて、決して逃そうとはしない。それが「……運命、か」
全てを忘れてしまえたらラクなのかな。あの頃みたいに。何を忘れたのかさえ思い出せないまま、気が付けば忘れてしまった。きっと色んな事。浴槽に浸かり、自分の指を眺める。

「……え」

瞬間、私は気付いてしまった。
私の中に住み着いて、遂に姿を現した、或る小さな変化に。
思わず鏡を覗く。自分の目を見る。それから肌。それから髪の毛。「……嘘でしょ」
心臓がドクンと一回、大きく波打つ。予感。不安。湯気が鏡を曇らせて、私の姿は、すぐに消えた。それはまだ、とても小さな変化で、私以外には気付かないはずだった。
だけれど、いずれ皆、必ず気付いてしまう。

トプン。
音を立てるように、私は息を止め、浴槽の中に潜った。
目を閉じて、膝を丸めて、温かい水中で、あまり何も考えずに、一人で泣いてみた。
誰にも気付かれてはいけない。だけれど必ず気付かれてしまう。私に訪れた小さな変化は、ゆっくりと蝕むように、私を音も無く壊してしまうだろう。だから、今は一人で泣いた。
水中に響いていたのは心音。
唯、私の心音――。

――二週間後、私はパーマをかけた。
お気に入りだった真っ直ぐ伸びた髪に、かなり派手なパーマをかけた。
最初に見たのは、恋人。

「……何それ?」
「何それって、別に、パーマだけど」

私は素っ気無く切り返すと、台所に立って湯を沸かした。

「……何で勝手にパーマかけたんだよ?」
「何でって、髪型変えるのに、わざわざ君に相談するルール、あったっけ?」
「……何だよ、その言い方」

恋人は怒っている、と思った。だけれど出来るだけ、何も考えないようにした。
痛い事も、辛い事も、あまり考えないように。出来るだけ、一切の感情を殺すように。
そうしなければ、これから訪れるであろう、もっと大きな変化に、きっと私は耐えられない。

「それに何で最近、いきなり肌が白くなってるんだよ、それも勝手に何かしたのかよ?」
「別に、何にもしてないよ」
「大体、君は何時も勝手なんだ。勝手に決めて、何処かに行って、勝手に帰ってくるんだろ」
「それは学校とか、バイトとか、路上の弾き語りじゃない。別に遊んで歩いてる訳じゃな……」

止めた。これ以上、何も言いたくなかった。喧嘩なんてしたくも無いし、言い争いもしたくない。何かを失いたくて、こんな真似をしている訳じゃない。只、私は、只――。
「ごめんね、心配かけて。……一緒にスープ飲む?」
私は恋人に、お湯を入れたばかりのインスタント・スープを手渡した。
静かに湯気が立っていた。
二人で並んで唇を付け、それ以上、私も彼も、もう何も言わなかった。

真夜中。
恋人が眠っている隣で、私は目を覚ました。
テーブルの上には、あの分厚い便箋が置かれたままだった。

(……JNL)

全ては変化している。一秒毎に。こうしている間にも、また一秒が進んだ。
そうして私は、0と1の狭間を、何度も、何度も、繰り返す。
何処かで止めなきゃ、私の狂った一秒を。
そろそろ元に戻さなきゃ。

そして私は、便箋に、触れた。
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一日目:蜜編 現在 01話

今、みく子は笑っている。

「何? 何がそんなに可笑しいの?」
「ううん、ちょっとね、あのね、思い出し笑い」

僕とみく子は並んで座り、テレビを眺めている。
テレビの中ではお笑い芸人が、最近流行の歌手と会話をしている。
それを眺めてみく子は笑ったのだ、と僕は思ったが、どうやら真相は違うらしい。
リモコンを手に取り呆気なくチャンネルを変えると、呑気なショッピング番組が流れた。
みく子は何かを思い出して笑った。


【M線上のアリア】 現在/01


みく子が突然色白になり、髪型をアバンギャルドなパーマに変えたのは数日前だった。それが原因で僕らは些細な喧嘩をした。とは言え、それは大袈裟な喧嘩になる訳でも無く、互いの言い分を主張する程度の、些細な言い争いのはずだった。みく子が何故、その明るい色の長い髪を、アバンギャルドなパーマに変えたのかは解らなかった。病的に見えるほど色白になってしまったのかも解らなかった。イメージ・チェンジと呼ぶには大胆すぎる変化だったが、その理由は解らなかった。

解らなかったから、僕は全てを受け入れる事にした。別に深淵な思慮があった訳では無い。単にそうする方が穏便に済むと思ったからだ。僕は論争が嫌いだし、喧騒が嫌いだし、面倒な事も嫌いだった。それ以上に、何かが変化する事が嫌いだった。些細な喧嘩でみく子の機嫌を損ねるよりも、穏便に済ませる事を望んだというだけの話だ。

そして、こう考えた。明るいオレンジ色の髪をして、屈託ない笑顔を見せる、元気で誰からも好かれるみく子も魅力的だけれど、今、僕の隣に座ってるみく子も、みく子だ。何ら変わらない。少し痩せたように見える、細い腕。寂しそうに笑っている。急激な変化。恐らく僕の知らない所でも、周囲の友人に色々と言われたのではないだろうか。

みく子、僕は過去に戻って欲しい訳じゃないんだ。
みく子、僕は変わらないで欲しいと願う。
大切なのは過去なんかじゃない。
維持する今なんだ。

「ね、あのね」
「何? どうしたの?」
「あのね、思い出したの、今日の昼間の出来事」

みく子は目を閉じて、何かを思い出していた。
それは数分前に読んだばかりのページを、静かにめくるような動作だった。

「大学の友達に会ったんだけど、すごく心配してくれたの」
「うん」
「謝らなくちゃダメね、心配させちゃった事」
「へぇ、男?」
「ん? さぁて、どうかしら」

みく子はテレビ画面を眺めながら、可笑しそうに笑った。
安穏と流れるショッピング番組に、別に笑えるような場面は無かった。
きっと、この笑いは、みく子が仕掛けようとしている悪戯の為の笑いだと思った。

「男なんだろ?」
「ん? なぁに? 心配?」

みく子は僕の顔を覗き込むと、まるで小悪魔のように、クスリと笑った。
以前のみく子も悪戯っぽい性格だったけれど、今、色白のみく子がそうすると、病的で豊潤な色気を含んでいるような気がして、瞬間、僕はゾクリとした。白い肌。それは剥いたばかりの林檎のような、肌だった。大きな瞳で、小さく二回、瞬きをしてから、みく子は言った。

「アタシ、その人と一緒に、ノートン教授に会いに行こうと思うの」

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一日目:蜜編 現在 02話

「アタシ、その人と一緒に、ノートン教授に会いに行こうと思うの」

そう言った瞬間のみく子の表情を、きっと僕は忘れないだろう。
それはあまりにも何気ない台詞に忍ばせてしまった病的なまでの覚悟に近く、例えばレンタル・ビデオを借りたい人間が「ビデオを借りに行こうと思うの」と言うような、能天気な発言とは程遠く、かと言って自殺志願者が「死のうと思うの」なんて言い出すような、絶望的で刹那的なヒロイズムすらも、漂ってはいなかった。

確定された未来。
もしくは、確定された未来に対する反抗。
みく子が卵白のように透き通った顔を近付けて、僕の唇を舐めた。
僕の唇を舐めた後で、その舌先をペロリと味わい、続けるように繰り返した。

「アタシ、ノートン教授に会いに行くの」


【M線上のアリア】 現在/02


「ちょっと待ってくれ、話が見えないな」

点けっ放しのテレ・ビジョンからは、呑気な音楽が流れている。
ワイドショーのショッピング番組。
新製品のアイロンを買うと、今ならもう一台、アイロンが貰えるらしい。
家庭にアイロンが二台ある必要は無く、それは心底どうでも良い情報のはずだった。
ところが、その瞬間、みく子は言った。

「アイロンが二台あるの、古いのと、新しいの。
 ……ううん、違うわね、変わらないモノと、変わりゆくモノ。
 ねぇ、蜜クン、どちらも同じモノよ、だけれどアタシ、どちらを選ぶべき?」

みく子は唇の端だけで小さく笑いながら、確かにそう言った。自嘲的と言える笑い方だった。それは「みく子らしい」笑い方では無かった。だけれど、そもそも、「みく子らしさ」とは何だ? そんなの一体、誰が決めた事なんだ?

「……話がよく解らない。
 何で、その大学の友達と、そのナントカ教授に会いに行きたいの?」

僕の問に対して、みく子の返答は普段通りのみく子の返答だった。
特に飾らず、特に焦らず、要点のみを正確に伝える為の、簡素な返答だった。

「教授なら、その答を知ってそうだからね」
「答?」
「どちらを選ぶべきか、よ」

みく子の目は笑っていなかった。
その瞬間のみく子の目を、僕は以前にも一度、何処かで見た事があった。
変わるべきか? 変わらざるべきか? そんなの僕には解らない。考える理由が解らない。

「……大学の友達って誰だい?」
「……それはね、」
「男だろ?」

言いかけた瞬間、ショッピング番組のテーマと、携帯の着信音が重なった。
みく子の携帯が、場に似合わない、軽快な音楽を鳴らしている。
それは「スーパーマリオの無敵状態のテーマ」だ。

みく子は立ち上がり携帯を手に取ると、着信の主を確認した。
通話ボタンを押して耳に当てながら「もしもし……」と言って台所に移動する。

小さな声。
うん、うん、うん。
相槌しか打たない時、大体相場は決まってる。
相手は男だ。

こんな大切な話をしている時に、男から電話がかかってくるのも如何なものか。
路上で歌っているみく子の周りには、確かに沢山の男友達がいるのは承知の上だ。
だが、今この瞬間に電話をかけてくる事は無いんじゃないかと考えると、少し苛立った。

「みく子」

背後から、わざとらしく声をかけてみる。
みく子は返事をしない。
返事をしない代わりに、みく子の目だけがコチラを向く。
僕としても返事を期待している訳ではなくて、僕の存在を知らせたいだけだ。
それが受話器の向こうの相手に伝わりさえすれば良い。
もう一度、今度は大きめに。

「みく子?」

みく子は慌てたように声を詰まらせると、無言で頷いて、電話を切った。
通話を終えた携帯画面と親指を眺めて、みく子は数秒、動かなかった。

「ほら、男だろ?」

からかうように、僕は言った。
決して嫉妬染みた言い方をした訳では無かった。
先程の会話の続きをするように、嘲笑染みた言い方をした、が正しい。
みく子が申し訳無さそうな顔をして振り向けば、それで満足だった。
ところが振り向いたみく子の反応は、まるで予想外だった。

「ねぇ、どうして? どうしてアタシの邪魔をするの?」

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一日目:蜜編 現在 03話

邪魔をする? 誰が? 僕が?
僕がみく子の邪魔をしている? 何の為に? いや、邪魔などしていない。
電話の相手は男だったんだろ? とからかっただけだ。嫉妬心は否定しないが、それだけだ。

「どうしてそんなに感情的になる必要がある?」

言った瞬間、僕は口を押さえた。
みく子の目に涙が浮かんでいたからだ。だが、一体どうして?
みく子が泣かなければならない理由なんて無かったはずで、僕が口を押さえる理由も無い。
何ひとつ無いはずだった。

「変わってしまうの、怖いの」

涙が溢れて零れ落ちるのと同時に、みく子は言った。
それはまるで謎だらけの台詞だったけれど、核心に触れた台詞だという事は解った。
何かを焦っている、みく子は。
でなければ外見的な性急すぎる変化も説明が付くはずがなかった。
そこに触れずに済むならば、それに越した事はなかったけれど、もう無理なんだろう。

「ねぇ、邪魔しないで……」

「邪魔なんてしてないよ、だけれど教えてくれ」

「変わってしまうの、怖いの、毎日そればっかり考えてるの。
 何とかしたいのよ、アタシ。だから考えたの。考えたのに、邪魔しないでよ。
 きっともうすぐ壊れてしまうの、アタシ……」


【M線上のアリア】 現在/03


水風船を破裂させたように、みく子は泣いた。
みく子の中に針を刺したように、しばらくの間、泣き喚いた。
それは確かに「みく子らしくない」行為ではあったけれど、もうどうでも良かった。

「スープ、飲む?」

僕は立ち上がると台所に向かい、インスタント・スープを手に取った。
棚から容器を一つ取り、ポットのお湯を確認すると、それを粉を入れた容器に注いだ。
ショッピング番組の呑気な笑い声が聞こえる。

「飲んで」

みく子は容器を受け取ると、真赤な目をして、それを口に運んだ。
涙でみく子の化粧が剥がれている。
病的な白。

「どういう事か、ちゃんと聞かせてくれないかな?」

言った瞬間、みく子の肩がビクリと動いた。怯えたウサギのようだった。
みく子は不器用な所作で容器を床に置くと、足下の一点を見詰めて、また止まった。
恐らく的確な言葉を探しているのに、まるで見付からないような表情だった。

「僕はさ、みく子……僕は何の邪魔をしたのかな?」

やはり小さく怯えた後で、みく子は静かに口を開いた。

「変わっていくの、アタシ。
 もう自分でも追い付けないくらいよ」

「……変わっていく?」

「特にここ数日は酷いの。
 体中の色素が漂白されていくみたい。
 目の前の色が、次第に何も無くなってしまうみたい」

「……色が無くなる?」

そこまで話すと、みく子は掌を広げた。
みく子は掌を見詰めると、また自嘲気味に笑ってみせた。

「白いのね、色が無くなると。
 汚れるのなんて厭だって思っていたけれど、汚れないのも怖いのね。
 ああ、それともこれは、戻っていくと表現した方が正しいのかもしれないわね」

「……みく子?」

「アタシ、ゆっくり壊れていくのよ、解る?
 体中が白く染まって、髪の毛も無くなって、目も見えなくなるわ。
 それから声も出せなくなって、もうじき歌も唄えなくなるわ。
 そうして最後は、私の体も無くなっちゃうのよ」

「……何それ?」

みく子は広げた掌を、僕の目の前にかざした。
そうして僕の目を塞ぐと、そのまま僕の顔を自分の胸に埋めて、抱き締めた。
数秒間、そうしていた。
閉じられた視界の中で、ショッピング番組の呑気な笑い声が聞こえた。
みく子の心音と、声も。

「……アルビノ、知ってる?」

みく子は細い糸を切った瞬間のような、小さな声で言った。
アルビノ? よく解らないが、遺伝情報が欠落して、生物の色が白くなる事、だったか。
昔、水族館で見た水棲生物が、確かそれだった気がする。
みく子の心臓が、大きく鳴るのを感じた。

「欠落した遺伝情報がアルビノなら……。
 欠落したアルビノは、一体何と呼ぶのかしらね」

みく子は言って、そのまま僕は、目を閉じた。

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一日目:蜜編 現在 04話

正直言って、もう逃げ出したい。
みく子が何を言ってるのかサッパリ解らないし、さっきからずっと胃が痛い。
世界が僕の知らないところで、勝手に動いている感覚だ。世界は僕の知らないところで勝手に冷蔵庫を開け、麦茶を飲み、玉子を二つ取り出してスクランブル・エッグを作っている。僕はと言えば傍観者にさえなれず、主人公にもなれず、成り行きを眺めながら虎視眈々と、生き延びる手段だけ見極めている。DNAを変質させながら、数多の生物が進化してきたように。


【M線上のアリア】 現在/04


一年前に『呑処 お松』のバイトを辞めてから、僕がほとんど引き篭もり同然に暮らしてきた事と同じように、世界が僕とみく子の二人だけで語られるような単純な構造なら良かったのに、と思った。ところが恐らく、きっと世界は僕の思い通りにはいかず、時計の秒針があと何回転かすれば、みく子はこの部屋を出ていくだろう。複雑に絡み合う世界に足を踏み込むだろう。この秒針と同じように、音も立てずに。

ああ、僕が今、此処でみく子を手放さない限り、みく子はこの部屋から出られない。複雑な世界に足を踏み込む必要も無く、僕が世界に取り残される事も無い。なのに、みく子は今、この部屋を出ようとしている。何の為に? 大学の友達と、ナントカ教授に会いに行く為に。変わってしまう事を恐れる、みく子自身の為に。僕には彼女を止める術など無く、言葉さえも無く、秒針だけが、ああ、もう、また一回転した。

「……欠落したアルビノ?」

みく子の胸に抱かれたまま、最初に出てきた台詞がコレなんて、あまりにも芸が無かった。だけれど真っ当な疑問であるし、このまま投げ出しておく訳にもいかなかった。みく子の胸に埋めたままの顔を上方にずらすと、僕はゆっくり彼女を見上げた。彼女は窓の外を見ていた。

「そうよ、アルビノ、欠落してしまった」

英文を直訳したような日本語で、彼女は言った。
僕は知識を掘り返した。遺伝情報が欠落し、先天的にメラニンが欠乏している遺伝子疾患。アルビノ。ところが彼女の言葉は「それさえも欠落している」という事実を表していた。欠落したアルビノ。それは既に、生物のそれでは無い。ワイドショーから呑気な笑い声が消え、イカガワシイ現役教師の性犯罪のニュースが流れている。僕は抱かれたままの体勢から、床の上に転がっているリモコンに手を伸ばし、指先だけでテレ・ビジョンの電源を消した。無音。

「……みく子、一体どういう事なのか、詳しく聞か、」
「あのね!もしもね、」

僕が意を決して発した言葉に被せるように、みく子が声を出した。僕の言葉を、わざと遮る為に発したような声だった。それとも形にならない言葉が、僕の発した声に押されて、思わず零れてしまったような性急な声だった。みく子が小さく震えているのが、よく解った。

「もしもね、もしも、もしもね……」
「……何?」
「もしもね、蜜クン、もしもアタシが人間じゃなかったら、どうする?」

冗談、では無い口調。それから今までの会話の流れにそぐわない発言。思い詰めたまま逃げ場の無くなった、彼女の表情。馬鹿にでも解る。それはそのまま、それを表している。何を表しているかは言いたくない。事実を受け入れるには、まだ早い。だって次の発言、僕はなんと言えば良い? 笑いながら「またまたぁ」とでも言えば良い?そんな訳は無い。

「みく子はみく子だ」

面白くない台詞が出てきてしまった。
みく子、僕は過去に戻って欲しい訳じゃないんだ。
みく子、僕は変わらないで欲しいって願う。
大切なのは過去なんかじゃない。
維持する今なんだ。

「アタシね、蜜クン、何者でも無いのよ」
「みく子はみく子だ」
「アタシね、蜜クン、失敗したバイオロイドなの」

嗚呼、全ては無音だ。
だけれど、みく子の心音だけは聞こえる。
彼女の中を、血管が通り抜け、血液が走り抜けている。
今だって温かな血が流れている、はずだ。

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一日目:蜜編 現在 05話

心音は風のようだ。
ある瞬間に気付く事はあるけれど、それ以外のほとんどの瞬間には気付かない。それは絶えず流れ続けて誰かのフとした仕草に(例えば彼女が前髪に触れる仕草に)反応するように、熱を持って波立つのだけれど、それ以外の時間には静かに、本当に静か過ぎるくらい静かに、只、流れる為だけに流れている。

そして流れる為だけに、流れている。


【M線上のアリア】 現在/05


みく子の鼓動は一分間に何回波打つだろう。僕は暫しの間、それだけを考えた。それ以外の事は何も考えたくなかった。考えようがない事柄を考えるのは苦痛と恐怖にしかなりえない。バイオロイド。SF的な響きだ。九割方、冗談のような単語。心音。何回目だ? 考えたくない。

部屋は静かすぎる。何か言ってくれ、みく子。いや、何も言わないでくれ。それは恐らく核心的な単語なんだろう。その単語以上に、もしも僕に真実を伝えてくれる単語があるのだとしたら、それは嘘だ。嘘だと言って欲しい。いや、それも嘘だ。心音。何回目だ? 考えたくない。

「……ビックリ、した?」

耳元に風を感じて、それがみく子の発した声だと解った。みく子は僕を抱いたまま、耳元に顔を近付けて、蝶でも捕まえる瞬間のように、柔らかな声で言った。本当はそんな声で話す余裕なんてないだろう、みく子。どうして労わる余裕があるんだ? 労わらなければならないのは僕の方だ。僕は胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。ビックリ、したからだ。

「アタシね、蜜クン、人間と同じなのよ。
ううん、ごめんね、人間よ。食べないとお腹は空くし、寝てないと眠たくなるし、選挙権だって持ってるし、毎週好きなドラマを見てるし、油断してたら風邪ひくし、走ったら苦しくなる」

みく子は細い糸の上を歩くように、両手でバランスを保っているように話した。僕はみく子の振動を感じながら、只、ひたすらに、その声と心音を重ねていた。みんなと同じはずのみく子。

「だからね、好きな人が困ってると、アタシも困っちゃうの」

そう言うと、みく子は小さく(本当に小さく)笑った。
笑いながら僕の髪の毛に触れて、何本かを摘まむと、その毛先で何度か円を描いた。
みく子が円を描く回数を数える。一回。二回。それから心音。三回。四回。変化する事はないのかな? 何処かで見た光景だ。横断歩道。青信号。点滅。五回。六回。七回。八回。

「赤信号になったら、どうなっちゃうんだろう」

「え?」

意味不明の台詞が、僕の口から零れた。みく子は回転する手を止めて、僕の髪を元の位置に戻した。それから数秒間、無言になった。再びみく子が口を開いた時、僕はみく子の心音を数えるのを止めていた。みく子は僕の両脇を手で抱え、僕の体を起こすと、僕の目を真っ直ぐに見て、教科書の文法を教え聞かせるように、こう言った。

「何度でも待つのよ、青信号を」

「赤信号になる度に青信号を?」

「そしてまた何度でも数えるの」

「何の為に……?」

僕が訊ねると、彼女は楽しそうに笑った。
まるで悪戯を思い付いた、小悪魔のような笑い方だった。
遠くに見えるビルの影がココまで伸びて、僕の影に覆い被さっていた。

「そうすれば、お腹が空くからよ」

みく子が自然と笑ったので、僕も笑った。笑っていると涙が零れてしまった。だけれどそれも、きっと自然な事だった。失敗したバイオロイド? よく解らないな。この部屋を出て欲しくないな、みく子。だけれどあと数回、彼女の心臓が脈を打った後、彼女は部屋を出ていくだろう。

よく解らないけれど、解った事がある。みく子は変わろうとしている。恐怖を覚える程に変わり往く自分を、覚悟を求める程に壊れ往く自分を、更に別の方向に変えようとしている。流れに逆らおうとしている。それは風だ。風を感じる瞬間だ。平坦な道に生まれた突起を殴る空気だ。欠落した血液を取り戻す行為だ。よく解らないが、そんな気がするんだ。

「蜜クン、アタシ人間? それとも機械?
アタシ、人間と同じよ、好きな人がいて、嫌いな人がいて、普通な人もいて、
好きな人に囲まれて生きていられたら良いな、なんて思って、安心して眠るの。
あのね、人間と機械を分ける、大きな違いが一つだけあるの、解る?」

その台詞を、みく子は、僕がよく知るみく子のように、快活な口調で話した。
僕は何も答えなかった。答えられなかった。首を動かす事もしなかった。みく子を見ていた。

「その、たった一つの大きな違いだけがね、アタシ、無いの」

言った瞬間、みく子は笑った。
何度も見た、あの笑い方で、わざと照れるように笑った。
わざと照れるように笑った後で、みく子の目から音も立てずに涙が零れた。

みく子は静かに泣いた。
それは数分前に、喚くように泣いたみく子の涙とは、まるで別の涙だった。
みく子が音も立てずに泣いたから、僕も音も立てずに泣いた。きっと、もうどうしようもない。
どうしようもない何かの代償として、僕等は唇付けをした。

情けないけれど、泣きながら唇付けをした。
僕らが今まで共に過ごした時間の中で、きっと、恐らく、多分、一番長い唇付けをした。
この唇を離したら、みく子は此処から居なくなるだろう。

「教授にね、会うの……どんな手段を使ってもよ。
 誰かを騙し、欺き、愛想笑いを垂れ流すとしてもよ……絶対に会うの」

唇を離した瞬間、みく子は小さく言った。
この部屋の扉を開けた瞬間から、みく子は世界に嘘を吐くだろう。
生き延びる為に演じ、生き延びる為に泣き、生き延びる為に笑い、世界に抱かれるだろう。

「じゃ、行くわね」

最期にそう言って、みく子は扉を開け、僕の部屋を出た。
僕は目を閉じて、今、この瞬間から、青信号を待ち続ける事にした。
扉が閉まる瞬間、本当に最期の瞬間、みく子の(白いコスモスのような)指先が見えた。

それが僕が見た、最期のみく子の色だった。

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一日目:ロシュ編 01話

十月に入り、長い夏休みが終わった。
キャンパスに戻ると、履修のとり方の情報や学園祭の話があちこちで飛び交っている。
オレは、九月末に世界的に有名なノートン教授と出会い、セキュリティーについての特講のため、しばらく離れていたので、キャンパスに来るのは、かなり久しぶりという気がした。

キャンパス内でミクに何週間かぶりに会った。
あの元気で、明るく、オレンジ色の似合う以前のミクとは違い真っ白で病的な印象になっていた。

「よぉ、ミク!久しぶり!」
「あ、ロシュ…」

「何か、カンジ変わったよな。どうした?」
「う、うん…ちょっとね。」
やはり、元気がない様子。

「何かあった?」
「実はね。自分でも分からないの。いつの間にか自然にこうなっちゃったんだ。最近やっと自分でも慣れてきたんだけど、やっぱ変?」

「変って言うか、びっくりしたって言うか…。で、彼氏はなんて言ってんの?」
「彼氏に見せたら、『僕はみく子が大好きだけど、勝手に変な風にしてくるところは嫌いだ。どうして一言、相談してくれなかったんだ。嫌いになった訳じゃなくて、そういうところがイライラする』って言われて、すごく不安。」

「そうか…彼氏が言ってる事も確かに言えてるかもね」
「ゴメンね。」

瞳に涙を浮かべ、うつむき加減の表情したミクが、ちょっと愛おしかった。

「いや、謝ることないんだけどさ。何か出来る事あったら言ってよ。」
「うん。ありがとう。」

ミクは、中途半端な笑みを浮かべた。

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一日目:ロシュ編 02話

今日の講義が終わり、三時ごろ家に着いた。

オレは、週に三回ほど家庭教師のバイトをしているのだが、今日はバイトもなく、これといって特別な予定がない。
やらなければならないことと言えば、十月末までにノートン教授に提出する特講のレポートを仕上げることぐらいか。
パソコンを開いて、ノートン教授からもらった資料を開き、書きかけの課題の続きに取り組もうかとしていた。


しかし…
どうしても、キャンパスで見たミクの中途半端な笑みが忘れられない。
オレに見せたミクの初めての複雑な表情だった。

ミクとは、大学1回生の夏休みに自動車学校で出会った。
隣同士の席なったことがきっかけで親しくなり、やがて付き合うようになった。

オレの免許に載っている取得日付はミクと同じだ。
オレが先に教習を終えたのだが、ミクが終わるのを待って一緒に免許を取りに行った。
免許が取れた日は、一緒にお祝いをした。

でも、それは過去の話。
その年の12月には、ちょっとしたトラブルがあり、結局別れてしまった。
(そもそもはオレの浮気がトラブルの元なのだが…)

恋人としては別れたのだが、友達としての連絡は時々取り合っていた。
傍から見ると、奇妙な関係かもしれない。

今、ミクは彼氏がいるらしいが、どこの誰なのかは知らない。
わざわざミクの口から、彼氏の名前なんて聞きたくなかったし、敢えてそんな事を言わせる必要もないと思っていたし。


ふと気がつくと、オレは、開きっぱなしのパソコンを前に、コーヒーカップを片手しながら、ミクの事ばかり考えていた。


ダメだ。
どうも集中できない。


コーヒーカップを携帯に持ち替え、ミクに電話してみる。

「プルル…プルル…プルル…プルル……」

出ないのか?


「もしもし…」
ミクが電話に出た。

「もしもし、ミク? いや、大した用事じゃないんだけどね」
オレは何気ない素振りで切り出した。

電話の向こうテレビの音が聞こえる。
テレビショッピングの無駄に陽気なテーマソングが流れている。
ワイドショーか何かを見ていたのか?

「うん…」
ミクが何かに気をとられているような声のトーンの返事だ。

直感的に何か電話をしてはいけない瞬間に電話をしてしまった気がした。
「あ!今、電話大丈夫?」

「う、うん…」
とミクが答えたが、電話口の向こう側から

「― みく子?」 
とミクを呼ぶ男の声が聞こえた気がした。
いや、正確には聞こえた。

「今、マズいみたいだね」
オレはそう言って電話を切った。
電話を切った後、さらにオレの頭の中はミクの事でいっぱいになった。

「プルルルルル…」
今度は、オレの電話が鳴った。
彼女のエリカからだ。

「ねぇーロシュ。今日バイト休みって言ってたよね。ドライブに連れてってよ。」
「ああ… んんっと… そうだな… 分かった、いいよ。行こうか」

どうせ家の中に一人で居ても考え事で息詰まるだけだし、明日、学校へ行けば、ミクと同じ履修もあるし、ミクとは明日会った時にゆっくり話せばいいか。


オレは、エリカとドライブに行くことにした。

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一日目:アリエス編 01話

僕は真面目に研究するタイプじゃない。
とりあえず卒業できればいいんじゃないかとも思ってる。
だから迷うこともなく談笑しているグループに交じることにした。

グループのメンツっていうのはだいたい傾向が似る。
つまり、ココにいるやつらは僕と同じように夏休みを満喫してきたタイプなのだ。
大学生活も残り半年だというのに。
いや、残り半年だからか。
働き始めたら遊べないじゃないか。
そんな考えがまず頭の中心を担っている。
内定が決まっているからいいものを卒業できなかったらなんて考えないのが素晴らしい。
(もちろん僕もだが)

「そういえばさぁ。
 あの一番奥に座ってる子誰?あんな子、ココにいたか?」
そう僕は尋ねた。
「あぁ、みく子ちゃんらしいよ。」
「らしい?」
「俺も最初は誰かと思ったんだよ。
 そんで始めましてって声かけたらみく子ちゃんでさ。」
「詳しいことは聞いてないけど、夏休み明けて別人って感じ。」
「まじめだったけど、前以上って感じだな。」
「たしかに。」
「そういえばさぁ、やっと箱買ったんだけど・・・。」
悠太が次のネタをふった。

結局のところ
奥に座ってる子がみく子ちゃんだということしかわからなかった。
ただ
夏休み明けだというのにあの白さはおかしいと思う。
個人的には軽く焼けてるくらいが健康的でいいと思うのだが。
彼氏とうまくいってないのかな。
いや、関係ないか・・・。

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一日目:サク編 01話

 秋に入り始めの寂しさは、単純な人恋しさとは違うと思う。
 そんな生々しいものではなくて、もっと乾いていると僕は思う。
 大切な人に会いたくなる、とかそういうことじゃない。言ってしまえば、誰かと一緒にいても寂しい。そういう季節だ。冷たくなった空気に脅かされて、周りの広さに気づく。そして足りないものを探してしまう時期。これは自分に足りない対象が見つからない寂しさなのだ。寂しさに汚染されると言えば、僕にはしっくりとくる。
 目の前に本を開きながら、何も集中出来ていない今の僕には。
 大学の図書室の窓はどこの馬鹿が空けたのか全開で、でも夏の残り香のする午後の風が割合暖かくてあえて誰も閉めないままで、机の上に本を載せて授業で必要なものを調べてる僕には、ペラペラ舞おうとする小難しい本のページが邪魔だった。
 僕は気づいていた。
 長方形の大きな板をそのまま浮かせただけのような大きな机には、六つの椅子が行儀よく並んでいて、僕の対角線上に嫌に肌の白い女の子が座っていた。
その女の子は白く華奢な手と全く似合わない、人を殺せるような黒い分厚い本のページを重そうにめくっている。
 僕は気づいていた。
 彼女のせいで、全く自分の本に集中出来ていないことに。
 風が吹いた。
 彼女の何だかなぜか癖が残っている髪を横に流す。
 そして僕は信じられない気持ちで、小さく呟いてしまう。
「みっこ……?」
 彼女がこちらを見た。
 目をまんまるに見開く。
 その雰囲気は全然違うけど、まだ面影が残っている。
 間違いなくみっこだった。
「サクちゃん……?」
 みっこは中学生の時の同級生で、クラスが同じだった。
 同じ班になって、その班で修学旅行に行った。
 仲が良かった。
 僕は彼女を忘れていないくらい仲が良かった。だけど、ただ仲が良かっただけだった。そして彼女は別の高校に行った。僕より頭のいい高校だった。僕には到底行けないような高校だった。だからそこで僕と彼女は別れてしまった。でも、僕は忘れていなかった。風の噂で彼女が同じ大学に入ったと聞いた。時折構内ですれ違うことはある。でも僕はただ見ているだけ。何を今更、という感情が僕の中に渦巻くのだ。僕は確かにみっこを忘れてなんていない。でも、何を今更、だ。みっこは僕をきっと、忘れているのだ。だから今まで声をかけたことがなかった。
 しかし今ここで声をかけてしまったのは、もっと単純に驚いてしまったのだ。みっこは昔から、中学の頃から、微かにオレンジがかかった髪が似合う、優しくて笑顔の似合う女の子だった。でも、今のみっこには以前の血色が良さそうで利発そうな雰囲気なんて欠片もなくて、逆に、肌が薄ら白くて病人のような雰囲気を湛えている。それがまた窓からの秋の陽を浴びて、きらきらと光っているようだった。窓辺に置かれた繊細なガラス細工を思わせた。触れてしまえば折れてしまう気がするほどの。イメージチェンジだろうか。でも、その域を超えてしまっているように思う。
 この前大学内で見かけた時は、以前のままのみっこだったのに。
 この短期間で何があったのだろう。僕には分からない。僕とみっこの間には、今は遠い距離があるから。みっこがイメージチェンジをする理由なんて知りえるはずがない。僕が知っているみっこは、中学までなのだから。この言葉を交わさなかった間に、みっこに何があったのか、僕は知ることが出来ない。
 僕は思わず立ち上がって、みっこの側まで歩いていった。
「久しぶり」僕はとりあえず、それを言った。
「久しぶり」みっこもにっこりと笑ってくれる。
「みっこ……だよね?」
「ふふ、うん、そうよ。やっぱり雰囲気違う? みんなに言われるの」
「そんな、声まで変わって……」
「やーね、それは気のせいよ。何年ぶり?」
 そこまで言って、僕らはお互いに「あ」と気まずそうに俯いた。
 気づいてしまったのだ。
「……大学で会うのは初めてね」
「やっぱり知ってたんだ。同じ大学だって」
「あ……、うん、ごめんね」
 みっこには今、彼氏がいる。
 僕はその事実を知っていた。
「いや、何で謝るの。本当、久しぶりだね。雰囲気も凄い変わった、大人っぽくなったよ。それに、昔は本なんて読んだっけ? 何読んでるの?」
 僕が覗き込むと、みっこは軽く笑いながら静かに本を閉じた。閉じる前に、ページの中で見えた小さな見出しの言葉は「アルビノ」。閉じた本の表紙には「一般動物に見られる遺伝的病症」と書かれていた。
「……難しいの、読むようになったんだね」
「ん、ううん、大学の論文のためなのよ」
 どこかぎこちなく、みっこは言った。
 その顔があまりにも遠くて、僕は言葉を失う。
 しばらく、みっこも話さなかった。
 みっこの肌を風が通う。
 白い肌の上に粒子が踊ってるような気がした。
 腕が細くて、白く、冷たそうだった。
「あのね、サクちゃん。アルビノって……知ってる?」
「アルビノ?」
 どこかで聞いたことある。先ほどの本に書かれていた言葉。一般動物に見られる遺伝的病症。僕の貧困な脳はなぜか動物園や水族館を思い浮かべて、そしてそれは運よく正解を気づかせてくれた。「一般動物に見られる遺伝的病症」アルビノ。遺伝的な性質だ。
「ああ、あの、生まれつき白い動物のことでしょ?」
「そう、遺伝がどこか違って、メラニンを作れないんだって」
「へぇ、美白ってことなんだ」
 僕は笑った方がいいと思って笑った。
 みっこの顔が妙に悲しげだったから。
「そうね」と言いながら、みっこはなぜか儚く微笑む。
 その笑顔にハッとした。
 僕はもっと早くみっこに再会すべきだった気がした。もっと早く、もっと早く出会っていれば。あの頃の明るく元気なみっこと別れなければ。こんな笑顔を見ないで済んだだろうか。僕は何かを留めることが出来ただろうか。あるいは、取り戻せたというのだろうか。僕はどうしたと言うのだろう。何もかもが変わっていくのだ。
 僕らの間には、今、遠い距離がある。
 嘆いても叫んでも、埋められないほどの距離。
 僕が知っているみっこは、どこかへ行ってしまった。
 みっこは、変わっていくことを望んだのか?
 漂白されたような白い横顔。
「みっこ……、そのアルビノって、どんなの? 僕、水族館でしか見たことなくて」
「うん、色々大変みたい。視力が弱いとか、紫外線に弱いとか」
「生まれつき?」
「うん、そうみたい」
「……そう」
 みっこがふいっと横を向いて、時計を見た。
 そしてこちらを振り返ることなく立ち上がった。
「ごめんね、もう行かなきゃ。また……」
「うん……。あ、その本、重いだろ。僕、片付けとくよ」
「本当に? ありがとう」
 みっこはずっとこちらを見ない。
 僕はその背中を、ずっと見ていた。
 ずっと見れなかった、背中。
 触れたいと幾度となく願った小さな背中。
 その背中が震えてる。
 彼女が歩いていく。
「サクちゃん、あのね」
「何?」
「いけないことだったのかな。変わってくっていけないことだったのかな? 私、怖いの。何だか怖くて、そんなの見てた。遺伝って、変わらないイメージあるじゃない? ずっと大切に伝わってく。そんなイメージ。でもアルビノって見つけて……。ああ、いきなり変わっちゃうんだなぁって。何だか白すぎるってよく言われて、そんなの見てた。私、自分がどうなっていくのか、怖いの」
 そう言って、みっこは背中を震わす。
「何か、あったの?」
「ううん、別に何もないわ。ただ、急に不安になっちゃって。サクちゃん見たら、何だか、色々思い出しちゃって。高校と今までの大学で私、変わっちゃったでしょ? もしサクちゃんと一緒の高校に行ってたら、結局同じ大学に来たかもしれないけど、変わらずいられたのかなぁって」
 みっこはポケットからハンカチを出して、顔に持っていった。
 表情は見えない。ずっと振り返らないままだった。
 まるでもう僕を見たくないかのように。
 そのままみっこが歩いて廊下に出たのを、ただ僕は眺めていた。
「みっこ……」
「お願い、来ないで。お願い……。お化粧、剥がれちゃってるの」
 瞬間――
 僕は図書室の扉に向かって走った。
 ドアをつかむ。
 なぜか、そこから先は走れなかった。
 例えそこから走っても、みっこには決して追いついてはいけない気がした。
「みっこ! それでも僕はまたみっこと会えて、嬉しかった!」
 みっこは廊下を駆け出した。
 ハンカチがモルタルの床へ花びらのように落ちた。

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一日目:蓮火編 01話

彼女と出会ったのは三年前。
バイトで疲れ果て、酒を呑んで酔っ払って歩いている時の事だった。

正確に言えば、こちらが一方的に見ていただけだから、「出会った」という表現は適切でないのかも知れない。

寂れた飲み屋通りの路地で、アコースティックギターを持って座っていた彼女。
印象的だったのはそのオレンジ色の髪の毛だった。

あれは見惚れるという感覚なのだろうか。
酔いでふらついた足を止め、彼女を見た。

目が合った瞬間、彼女の唇が動き、それはやがて声になった。

歌いだした彼女の声は、髪の色と同じように明るく、周りを優しく包み込むように響いていた。
通行人の何人かと俺は、そこで足を止め、数曲の歌を聴いていたのを憶えている。
彼女の観客になること自体が当然であるかの如く。

歌が終わり、観客となった数人と彼女は話をしていた。
聞き耳を立てたわけではないけれど、会話の中で名前が「みく子」である事を知った。

とにかく、みく子と俺の出会いはそんな感じだった。

それから、何度かそこに足を運んだ。
いつもいるわけでは無かったし、時間もバラバラだった。
それこそ昼下がりだったり、深夜だったり。

ただ、その歌声だけは変わらないままであったのが嬉しかった。

バイトが忙しくなり、足を運ぶ回数が減ったのは一年前。
それから、季節は何回か移り変わり、今年も十月になった。
いきなり寒くなったから、またあの歌声を聴きたいと思った。
不思議と元気が沸いてくる、あの声を。

家を出て、みく子が唄う路地へ足を運んだ。
運良く、彼女は其処に居た。
だけど、そこには変わり果てたみく子が居た。

肌は人の目には眩しすぎる程白い。
その肌の色と同じように、歌声は攻撃性を伴っている。
そして何故かアバンギャルドなパーマをかけていたのだ。
通行人の何人かが足を止めてはいたが、すぐに立ち去っている。

歌が終わり、みく子は小さく「ありがとう」と言って、ギターをケースにしまった。

俺もショックを隠せない。
直接話す事は無かったが、三年もみく子を見てきたんだから。
立ち去ろうとするみく子の肩に思わず手を伸ばした。

「あの!」
「…何でしょうか。」

問いたい事は決まっていたはずだが、言葉にするのに時間がかかった。
言葉が出なかったのは、振り向いた顔が眩しかったからなのか。
思わず自分の手を見つめながら、言葉を捜す。

「ええ…と、みく子さんですよね。俺は蓮火といいます。」
「蓮火っていう名前だったんですか。」
「え?」

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一日目:蓮火編 02話

「何度も、歌を聴きに来てくれてたでしょ?
 なのに話しかけて来なかったから、こう考えてたの。
 きっと、この人はシャイなのかキモいのかどっちかだなって。
 あぁ、恐らく後者だなぁって。
 だから、なんとなく憶えてたんですよ。」

なんて失礼な!だけどその失礼っぷりのお陰で、吹っ切れたように言葉が出た。

「今日、久しぶりに見に来ました。
 でも、正直びっくりしてしまって…。
 率直に尋ねていいですか?
 イメージ、いきなり変わりましたよね?」

長い沈黙の後、みく子の肩から手を離す。
彼女の頬に、涙が伝っていたからだ。

不得意な、女の子の涙。
逃げ出すわけにもいかず、俺は声のトーンを落とした。

「座って話そうか。」

涙の理由を、みく子は少しずつ語り始める。

「蓮火さんは」

「あー…呼び捨てでいいよ。」

「蓮火は、最近来てなかったから知らないよね。
 今みたいにする事をね、ちゃんと前もって言ってたんだよ?
 だけどね、それに耳を貸さなかった人もやっぱりいたわ。」

「ごめん、知らなかった。」

「でね、それでも思い切ってやってみたの。
 それで蜜クン、あ、彼氏なんだけどね。
 蜜クンに最初に見せたら怒っちゃったの。
 なんで相談も無しに、勝手に行動しちゃうんだって言われた。」

そりゃ、そのパーマを見れば、至極当たり前の反応だ。

最初に頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
だけれど、今の俺の目的は何だ?
ここで座り込んで、みく子と話をしている理由は何だ?

それは、前と同じように、周りを包むような声を響かせていたみく子の歌声を聞きたかったからじゃないだろうか。
オレンジ色の髪を揺らしながら、明るく唄うみく子を見たかったからじゃないだろうか。
ならば、彼氏に同情する気持ちは今はしまっておくべきだ。

「似合ってないとは言わない。
 だけど、前のイメージとはかけ離れすぎてるよね。
 ここまで変わってしまった理由はあるの?」

「刺激が欲しかったの。
 最近蜜クンかまってくれなかったから。
 だから私が変わろうと思ったの。」

あの歌声を発するみく子の中身は、こんなにも少女だったとは。
だけど、きっとこの原因の根は深いのだろう。
俺は、次の言葉を捜す。

「それで、その、蜜クンと喧嘩してしまったんだ。」

「あ、蜜クンとは一度仲直りしたんだよ?」

「じゃあ、もう攻撃的になる理由は無いじゃない。
 そもそも歌を唄いだしたのは何の為?」

「そうねぇ。最初は中学生の時だったわ。
 その後高校、大学ってずっと唄って。」

「どこの大学?」

「ここからすぐの国立。解るかなぁ?」

「…あぁ。ノートン教授の特講受けてる人がいるとか業界で騒がれてるあの大学か。」

「ノートン教授すごい興味があるんだけど!」

バイトで小耳に挟んだ、俺にとってはどうでも良かった情報が、まさかみく子を微笑ませるとは思わなかった。
笑った顔に少し心が揺れた。

歌いだした理由はもうどうでもよくなって、そのまま少し話は逸れていった。
だけど、それじゃダメな事は解っている。
残酷なほど時間が足りないのも事実。

「あのさ、明日もう一度会わない?」

「それじゃそろそろ」と彼女が言いそうな気配を察知して、慌てて出た言葉がそれだった。
しまったと思いながら、思わず目を逸らす。
そんな俺を見て、みく子は微笑みを返してきた。

明日、やっぱり聞いてみなきゃ。
みく子があの歌声を取り戻すのには、何が必要なのか。

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一日目:蓮火編 03話

「こんばんは♪」

今日はみく子が俺の肩を掴んだ。
昨日雑談のお陰で、最初の固さはもう無い。
これなら、本音を聞けるかも知れない。

「なんで明日も会おうって思ったの?」

みく子は小悪魔的な笑みを浮かべてそう言った。
しかし、その笑みとは裏腹に、病的な白さの顔が俺をゾクリとさせた。
一瞬言葉につまって、それでも俺は言葉を放った。
ただ、前と同じ歌声を聴きたいが為に。

「いや、俺はただ、昨日の質問の続きが出来なかっただけなんだ。
 彼氏と仲直りしたところまでしか聞いてなかったじゃん?
 その先。それでも元気が無いのは何故なのか。
 多分、歌声が変わったのもその所為なのかなって思ってさ。」

「…」

「昨日初めて話したような俺でよければ、
 理由、聞かせてくれないかな。」

昨日泣き出した時と同じように、しばらく沈黙があった。
弱々しい声で語り始めたみく子は、何かにすがるような目をしていた。

「最初に蜜クンと喧嘩した後、今日ね、元彼に会ったの。
 今の彼氏が怒る理由も解るって言われちゃった。
 それから、私の心の中でね、揺れてる想いがあるの。」

「元…彼?」

「うん。」

「揺れて…る?」

「うん。」

「その想いって?」

「それはヒミツ。」

そう言うと、みく子はまたあの小悪魔的な笑みを浮かべた。
明らかに、危ういとしか言いようが無い。
これが本当に、あの歌声を発していた本人なのだろうか。

「姿が変わっても、同じ歌声を出せると思ってたわ。
 だけど、前もって言っても殆どの人は聞いてくれなかったじゃない?
 思い切って変えてみたら、やっぱり歌を聴いてくれてた人の反応は悪いし。
 蜜クンや元彼でも接し方が違うんだもんね。
 だから当たり前なのかも知れないけど、私は不安になるじゃない?
 そしたら…。」

「…そしたら?」

「前と同じ様に歌えなくなってた。」

みく子の目から涙が零れる。
恐らく、変わる前兆はいくらでもあった。
あるいは、少しずつ内面は変わっていたのかも知れない。
それに誰もが気付かずにいた事実が、彼女の歌声の変化に関係あるのかも知れない。

「変わる事は、悪い事なのかな?」

俺に対しての、みく子からの初めての質問。
憶測でしか答えられない。
だけど、みく子がそれで進めるのなら、それでいいと思った。

「変わらないものはないよ。
 だけど、みく子の中で…その、さっきヒミツって言ってた想いがあるんでしょ?
 どちらに対する愛も本物で、変わった自分を受け入れてもらいたい。
 なら、どちらにも本音を伝えるべきなんじゃないかな。
 始まりはきっとそこだよ。」

ヒミツの中身を、俺は勝手に恋愛関係と解釈した。確信は無い。
力強く発した声と裏腹に、顔に迷いが出ているのでは無いかと思う。
静かに涙を流す彼女は、そんな俺の顔を見て少しだけ微笑んだ。

「そうすれば、また同じように歌えるかなぁ。」

「それは解らないけどさ。
 だけど、それだけ勇気出した後のみく子の歌声は聴いてみたいかな。」

しばらく地面を見つめた後、みく子はゆっくり立ち上がる。

「ありがとう。じゃあ、行くね。
 今度唄う時、蓮火も聴きに来てね。」

みく子の頬に流れる涙を、完全には止められなかった。
だけど、きっとみく子は動き出す。
もし歌声が変わっても、オレンジ色の髪を揺らす事が無くなっても。
その歌声が、周りを優しく包み込むような歌声であればいいな。

みく子の後姿を、そう思いながら見送る。
やはりまだ力無く歩くみく子の背中に、俺は最後の言葉を大声で叫んだ。

「とりあえず、そのパーマだけは直せよ!」

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一日目:ロシュ編 03話

グォーーン!グォーーン!
キュルルルル…

エリカを車に乗せて、山道のワインディングを猛スピードで走らせる。

「ね?、ロシュ、怖いよ?。飛ばし過ぎだよ?」
「…」

頭から離れないミクを振り払うように飛ばしたい気分だ。

「ねぇ?」
「…」

やがて、小高い山の展望台に着いた。
駐車場に車を停め、エリカの方を見るとエリカがシートで小さくなって、上目遣いでこっちを見ている。

「ねぇ?ロシュ?。さっきから全然喋ってくんないじゃん」
「…あ、そうだっけか…ワリい。ちょっとさ、運転に集中してたからさ」

「ロシュって、時々そういう自分の世界に入ってるトコあるよね」
ぷっとふくれっ面してエリカはこっちを見つめてる。

「ゴメンな」
膨れたホッペにチュっとキスをした。

「もー、でも………。許す!!」
その瞬間、エリカの顔がぱあっと笑顔になる。

この笑顔にオレはやられたんだ。
だから、ミクと別れてエリカと付き合うようになったんだ。


すっかり日は落ちて、フロントグラス一面に広がる街の夜景が
ゆらゆらと…
キラキラと…
揺らめいている。

うっとり見つめるエリカの瞳を見ていたら、キスがしたくなった。
そして、キスをしようとした瞬間、ダッシュボードに置いていた携帯が鳴った。

「ううん。今は出ないで。」
エリカはそう言いながら、鳴り続けているオレの携帯を後部座席に投げた。


そのまま熱いキスを交わし、その夜はエリカと過ごした。

彼女のエリカとゆっくり一緒に過ごすことで、今日のミクの事をすっかり振り切ることが出来たようだ。



翌朝、後部座席に投げられたオレの携帯を見つけた。

その電話はミクからで、留守電が入っていた。
「蜜クンが…  彼が…  怒っちゃたの… 私…  もう…  やだ…」

泣き声混じりでよく聞き取れないのだが、ミクに何か大事件が起こったことは明らかだ。

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一日目:蜜編 現在 06話

部屋の電気を消す。
みく子がいなくなった部屋は静かだ。そして広い。
リモコンを手に取り、テレ・ビジョンの電源を点すと、下品な笑い声。

何が真実なのかなんて知りたくもないし、知る事さえ出来ないんだと思う。
みく子がいなくなった部屋で最初に考えたのは、これから何をするべきかという宛の無い感傷だった。みく子はいない。恐らくもう帰って来ない。部屋の隅に、みく子が好んで座っていた、オレンジ色の小さなソファがある。みく子が買ったソファだ。そこはみく子の特等席だった。僕はそこを見ないようにした。みく子がいない事を改めて確認させられるようで厭だったから。

ベッドに寝転んで、天井を見上げてみる。僕は何をしている? みく子がいなくなったのに。何にもしていない。みく子がいなくなった事実に対して、「みく子がいなくなったな」と、感傷的なナルシズムに耽っているだけだ。まだ一日も経っていない。何から数えて? 解らない。

寝返りを打とうとすると、オレンジ色のソファが目に映った。僕は顔を背ける。すると壁に貼られたポスターが見えた。外国のバンドのボーカリストが座っている、何の変哲も無いポスターだ、みく子が貼ったポスターで無ければ。僕は目を閉じた。すると何処からか、みく子の香りがした。香水ではない。石鹸の香りか。薄目を開けると、視点の定まらない枕元に、一本の糸。長い糸。窓辺の月明かりを浴びて金色に見える。たった一本。みく子の髪の毛だった。

まだオレンジ色の長髪だった頃の、みく子の髪の毛。
僕はそれを摘み上げると、唇に当てた。何だ、この部屋は、みく子だらけじゃないか。
そう思うと、また泣けてきた。
テレ・ビジョンの中で、名も知らぬタレント達が、また下品に笑った。


【M線上のアリア】 現在/06


僕に何が出来るかなんて解らない。きっと何も出来ない。
特に一年前にアルバイト先の居酒屋を辞めてからの僕は、まるで駄目だ。
この部屋から出る事も億劫だ。それでもみく子と一緒にいれば、週に何度か外に出て行く事もあったのだけれど、これから先の自分を想像すると、自分を嘲笑したい気分になる。一生、この部屋から出ようともせず、死んでしまうのではなかろうか。みく子を助ける事も出来ず、世界に影響を与える事も出来ず、餓死か? 餓死くらいが相応なのではなかろうか、そのうち僕は死ぬんだろうな。この虚無的な感傷に浸ったまま。何で此処にいるんだ?

何で此処にいるんだろう。良いのか、みく子を追わなくて。先程から台所の蛇口がポタポタと水滴を漏らしているのがウルサイ。止めるのも億劫だ。とにかく僕は動きたくないのだよ。誰とも関わりたくない。誰かと関わる事で、面倒な事情に巻き込まれたくない。傷付きたくない。

蛇口の水滴を止めにいく時に、もしかしたら水道管が破裂して怪我をするかもしれない。ならばこのままの方が良い。馬鹿らしい。数秒前まで、このまま餓死する事を夢想していた自分が、水道管の破裂に怯えているなんてな。馬鹿らしい。なぁ、みく子、何処へ行ったんだ?

変えたいな、みく子、世界を変えてしまえば、君は笑えるだろうか。
何にも出来なかったな。情けない。一緒に泣いただけだ。いや、僕が先に泣いた。
何にも出来なかったな。何にも出来ないのかな。本当に何にも出来ないのか、僕は?
くだらない命だ、僕の命なんて。誰の為にもなりはしない。ああ、変えたいんだ、世界を。


「相変わらず、虫の良い話だな」


突然、声が聞こえた。
僕は慌てて部屋を見渡す。男の声だ。誰だ?
みく子が部屋を出て行ってから、誰かが入ってきた記憶は無い。

「自分じゃ何も出来ないくせに、世界を変えたがっているんだろ」

暗闇の中で、男は笑って、そう言った。
僕は体を起こすと、異常に高鳴る心音を抑えるように「誰だ!」と叫んだ。
男は低い声で六四分音符を刻むように笑い、僕の叫びを吸い込むように「慌てるな」と言った。

「俺は、お前のような人間の元に現れる。
誰とも関係を築こうとせず、己の殻を破る事もせず、何の手段も持たず、
そのくせ世界を変えたいと思っているような、お前のような傲慢な人間の元にな」

暗闇の中で、男が何処にいるのかを、僕は見た。
部屋の隅。みく子の場所。彼女の特等席。そこに男はいた。
男はオレンジ色のソファに腰掛け、手と足を組んで、僕を眺めていた。

「こんばんは、羊。俺は悪魔だよ。お前を食いに来た」

蛇口の水滴が、またポタリと落ちた。
だけれどその小さな音は、僕の耳には届かなかった。

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一日目:蜜編 現在 07話

悪魔は含むように笑っていた。
悪魔はオレンジ色のソファに座りながら、中指でサングラスの位置を直した。暗闇でサングラスをかける意味も解らないが、立派なレザー・ジャケットを着ている意味も解らない。悪魔? どう考えても単なる不法侵入者ではないだろうか。あとは変質者か何か。そうでなければ立派なレザージャケットを着ている癖に、下半身は全裸でいる意味が解らない。

目の前に座る人間を悪魔だと認識する為に必要な手段は、世の中に何個あると思う?実は一個も無い。それが悪魔だと実証する術など一個もない。でなければ中世ヨーロッパでの魔女裁判など、幾分かマシな結末になっていたはずだ。悪魔と人間を見分ける方法など無い。

「……悪魔?」
「イエス、お前達が求める限り、俺はその名で呼ばれるのさ」
「……悪魔、お前が本当に悪魔なら、ズボンくらいは履いたらどうだ」
「おっと、これは失敬、このジャケットに相応しいズボンの記憶が無かったのものでね」

悪魔は確信犯のように小刻みに笑うと、一瞬目を閉じて(と言ってもサングラスの下の目は暗闇では見えなかったが)、指を鳴らすと何事も無かったかのように立ち上がった。恐らく、僕が瞬きをした、ほんの半瞬。悪魔の下半身には、三本ラインのジャージが身に付けられていた。ドンキホーテで五百円くらいで売っているような、ピンクのジャージだ。

「これで不満は無いかね?」


【M線上のアリア】 現在/07


「いや……うん……まぁ」

不満が無いとか、そういう問題ではなくて、CG映画か手品でも見ているような気分だったし、そもそも目の前の男が何を目的にしているのか、解らない。いきなり悪魔ですと名乗られて「はい、そうですか」と思える訳が無い。だけれど目の前で一瞬にして三本線のジャージを出されたら、もしかしたら悪魔なのかもしれないなぁとも思えるし、もしかしたら腕の立つ変質者のマジシャンなのかもしれないなぁとも思える。どちらにせよ胡散臭い存在には変わり無い。

「僕を食いに来た、と言ったな」
「イエス、正確に言うと、お前の記憶を食いに来た」
「記憶を食う? どういう意味だ? アンタは僕を殺しに来たのか?」
「とんでもない。 真っ先に家畜を殺す馬鹿が何処にいる。 飼育しに来たのさ」

飼育? 見下すような言葉に一瞬、腹が立ったが、非常に悪魔らしい発言だ。悪魔的に正しい発言だと言える。もしかしたら本物なのかもしれない。悪魔が実在する、しない、という論点は、今は問題では無い。重要なのは、今、悪魔と思わしき人物が目の前にいて、僕に何かをしようとしている点であるし、それに対して僕はどう対処すべきか、という点である。
悪魔は立ち上がったまま、腕組みをして、僕を見下ろしている。

「……襲い掛るような真似はしないんだな」

悪魔は声を出さずに呼吸だけで笑い「悪魔はそんな真似はしない」と言った。数歩、歩み寄ると、僕の顔面に手を伸ばす。人間の手とまるで同じだ。爪が少しだけ伸びているような気はするが、特異な部分はない。悪魔は人差し指を立て、それを僕の額に当てると、こう言った。

「契約を結ぶんだよ。それで始めて、俺はお前の記憶を食える」
「……契約?」
「悪魔は紳士だ。俺達は記憶を食う代わりに、お前達に報酬を与える」
「……報酬?」
「記憶の味に応じて、お前の望みを何でも叶えてやるよ」

なるほど。
フランス料理にはフランス料理としての価格が、マックス・ドックスにはマックス・ドックスとしての価格があるように、悪魔にとっては、記憶にもそれ相応の価格がある、という意味か。記憶を食う?
「一気に食う訳ではないのか」と僕は言った。

「一気に食う訳が無いだろう。お前が死んでしまう。先程も言ったが、これは飼育だ。
お前は生き続けて、新たな記憶を増やし、俺に記憶を提供し続けて貰わなければ困る。
それが契約だ。解るかね、羊?」

「よく解ったよ」と言う寸前に、僕は笑った。
なるほど、紳士ぶってはいるが、何と都合の良い契約だ。この男は間違いなく悪魔だ。
生かさず、殺さず、飼い続け、最後には残さず食ってしまうんだろう、悪魔よ。それもいい。
僕は改めて笑い始めると「よく解った、記憶を食ってくれ」と言った。

「随分、物分りが良いな」

人差し指を額に当てたまま、悪魔が言った。
そうだな、このまま餓死していくのも良いけれど、記憶を食われて生き延びるのも良い。
世界を変えたいのだよ、みく子。君が笑える世界はどんな世界だ? 世界を変えてやる。

「まずは何を望む? 俺はそれに相応しい記憶を食ってやる」

どんなにグルメ家ぶってる貴婦人だって、肉を食う瞬間は、醜い欲を満たそうとしている。下品な欲を剥き出しにした表情をしている。悪魔だって同じだ。悪魔は、(まるで頭部をメスで切開したように)人差し指を動かすと、僕の脳みそを掻き分けた。そしてまた小刻みに笑った。

「ククククク……お前もか」

お前もか?
どういう意味か解らないが、悪魔は食料を探している。
そして我慢するように「早く望みを言え、もう待ちきれん」と呟いた。

「そうだな、まず……」

悪魔が記憶を食う瞬間を、僕は見なかった。
見てしまったら、これから先、記憶を食われる度に、思い出してしまいそうだったから。

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一日目:しのめん編 01話

光が羨ましかったんだ。

物心付いた頃に、自分以外の人には
『色』という認識がある事を知った。

誰もが自分と同じように
濃淡のみで構成された世界を見ていると思っていた。

折り紙、クレヨン、絵の具、運動会の何組。
全てが同じ色だった。違うのは薄いか濃いかだけ。
色が解らないだけで、いじめを受けるようになった。

次第にいじめられるのにも慣れて
いじめる側はいじめる事に飽きて無視をされるようになった。
その影響で、高校を卒業するまでに友達と呼べる人は一人もいなかった。

地元から離れた大学に入ったけれど
大学での生活も今までと特に変わらない。
講堂の隅に座って黙々とノートを取る。
ただそれだけの日々。

ただ、特別これといって誰も話しかけてこないから
中学や高校に比べると随分楽だった。



そんなある日、いきなり話しかけられた。
最初は自分では無いだろうと思っていたけれど
トントンと肩を叩かれて、驚いて振り向いた。


「ねぇ、ノート写させてくれない?」


そこには綺麗なストレートの髪を揺らしながら
細身の女の子が悪戯っぽく笑っていた。


「黒一色だから見辛いよ?」


そう言いながら僕はノートを彼女に渡した。

彼女はみく子と名乗った。
それから何度か彼女にノートを貸したり
時には簡単な会話までするようになっていた。

気が付くと、彼女を介して別の人とも会話するようになり
その人達を介して、また別の人を知っていく事になった。

それが三年前の話だ。

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一日目:蜜編 過去 01話

その日、僕はまだ十九歳だった。

空はオレンジ色に染まり始めていた。僕はアルバイト先の居酒屋『呑み処 お松』の買出しの為に、次第に人が増え始めた夕暮れ時の街を、一人で歩いていた。玉子、片栗粉、納豆、小麦粉、醤油、メリケン粉……。「粉ばっかりだな」。メモ帳の内容を確認しながら、一人でブツブツ呟いていると、不意に赤信号に出くわした。街の中心部にしては割と小さな車道で、僕の近くに赤信号を待っている人はいなかった。

相対した向こう側には、女の子が一人。
オレンジ色の髪をした細身の女の子が一人、立っている。
少しだけ上を見上げて(恐らくは歩道信号を見ているのだろう)立っている。
両手で大きな何かを抱えている。それがギター・ケースだという事は、すぐに解った。


【M線上のアリア】過去/01


車道の信号が青色から黄色に変わって、すぐに赤色に変わった。
それに呼応するように、教師の設問に答える生徒のように、歩道信号は青色に変わった。
僕はメモ帳をポケットに入れると、歩道を渡り始めた。

ところが対面に立っていた女の子は、その場を動かない。
先程までと同じ姿勢のまま、少しだけ上を見るように、歩道信号を眺めている。
僕が彼女の横を通り過ぎる瞬間も、彼女の視点は、そこから動かないままだった。
まぁ、それほど不思議な光景でもない。
よく見かける光景とは言わないが、少し変わった人間など、世の中には沢山いる。

チカ、チカ、チカ。
青信号が何度か点滅して、それは赤信号に変化した。

彼女を少し変わった人間ではなく、だいぶ変わった人間だと思ったのは、その二十分後だ。
買出しを終え巨大なダンボールを抱えて歩く僕は、二十分前と同じ場所で、彼女を発見した。
彼女はやはり二十分前と同じように、対面の歩道信号を眺めたまま、微塵も動かなかった。
どうでもいいがダンボールが重い。中にはビニール袋にして五枚分の荷物が入っている。
そのほとんどが、粉だ。だから重い。

歩道が赤になったので、僕と彼女は、並んで立つ事になった。
ダンボールが重いので、僕は思わず、それを路上のアスファルトの上に置いた。
ふぅ……と息を吐き出し、両手首をブルブルと振り、一人マッサージ染みた事をしながら、
隣に立っている彼女の事を考えていると、何となく言葉が出てしまった。

「……あの、さっきから何してるんですか?」

「え?」と、まるで不意に撫でられたペルシャ猫のような声を出して、
彼女は首を動かすと、僕を見た。何だ、普通に人間らしい反応も出来るんじゃないか。

「あ、いや、さっきココを通った時にも、ココに立ってたから」

「ああ、そういう意味かぁ」と言って小さく笑った声は、
撫でられた手を舐めるペルシャ猫のようで、そもそもペルシャ猫がどんな声か知らないが、
まぁ、大体、彼女の声がそんな感じのペルシャ猫的な声だった、という事が伝わればいい。
とにかくそこから先の彼女は、冗舌だった。

「お腹すいちゃってさ」
「は? お腹?」
「昨日から何にも食べてないの」
「え? 何で?」

彼女は空腹に酸素を詰め込むように、大きく息を吸い込むと言った。

「財布、落としたから!
 もう考えられないと思わない? いくら入ってたと思ってるのか!
 とにかくアタシ、これから歌わないといけないの、でも元気が出なくってさぁ……」

彼女はギター・ケースを見せながら「歌えるかなぁ」と笑った。

「歌? 何処で?」
「路上で。お金ないからね、少し稼ごうかと思って」
「へぇ、なるほど、そりゃあスゴイ、君は歌を唄ってる人なのか」

彼女は「へへっ」と漫画的に、照れるように笑った。
彼女の切り揃えられたオレンジ色の前髪が、夕陽を浴びている。
小さな風に揺れたそれは、まるで小麦畑のように、金色に輝いていた。

「だけどね、でもね。
 お腹が空いてたというのはよく解ったんだけど、
 キミがずっとココに立っていた理由が、イマイチ解らないんだけど」

すると彼女はギター・ケースから片方の手を離し、それで何かを指差した。
歩道信号だった。その時、歩道信号は丁度、青色だった。
だけれど僕は、まだ渡りたくなかった。

「信号?」
「そう、信号」
「何でずっと信号を?」

チカ、チカ、チカ。
青信号が何度か点滅して、それは赤信号に変化した。

「青信号が点滅するのは何回なのか、ずっと数えてたの」
「うん」
「何回数えても、ずっと同じ回数なんだよ、ずっと変わらないの」
「うん」
「もしかしたら一回くらい、どこかで変わるんじゃないかなって思って、見てたの」
「何の為に……?」

僕が訊ねると、彼女は楽しそうに笑った。
まるで悪戯を思い付いた、小悪魔のような笑い方だった。
遠くに見えるビルの影がココまで伸びて、僕の影に覆い被さっていた。

「お腹が空いていたからよ」

彼女はそう言って、僕の目を見たんだ。

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一日目:蜜編 過去 02話

お腹を空かせた彼女を、僕はバイト先に連れて行く事にした。
安く食べさせてあげられると思ったからだけれど、考えてみるに彼女は無一文で、
仕方が無いから、奢ってあげる事にした。
僕は腹を空かせたペルシャ猫を放っておける性分ではないんだ。

「奢ってあげる、その代わり条件が二つある」
「なぁに?」
「名前を教えて。それから、歌を聴かせてよ」

「そうねぇ……」と考え込む仕草をして、彼女は笑った。
答は出ているのにわざと悩んだ仕草をしている、といった仕草だった。
赤信号が青色に代わり、僕らは並んで歩き始めた。
横断歩道の途中で、彼女は言った。

「みく子よ。それから歌は、お安い御用」


【M線上のアリア】過去/02


その時のみく子の食欲と言ったら。
もう目も当てられない。その日の稼ぎが全部飛んでいくかと思った。
いや、飛んでいった。お前どんだけ食うねん、と関西弁でツッコみたくなった。

ジャッキー・チェンの初期の映画に出てくる食堂でのジャッキーのように、みく子は食べた。
しかもその全ての皿を、美味そうに完食する。奢り甲斐があるというものだ。
まぁ、居酒屋の料理だから一品の量は(盛り皿でない限り)意外と少なかったりするし、
油モノは食べずに、あっさりとした料理を選んでいたから、食べ切れないという事はない。

それにしたって女の子にしては、食べすぎだ。
あの細い体の一体何処に、あれだけの量のもずくが吸収されているのだろう。
そして、あれは一体何杯目のもずくなのだろう。
僕は厨房の隅から、みく子が座る席を眺め、一人で感心していた。

「コラ、何ぼぅっと突っ立ってんの!」

突然、背後からの声と同時に、後頭部に鈍痛。
思わず「痛っ」と声を出すと、続けて笑い声が聞こえた。

「まだ忙しい時間帯じゃないから良いけど、何やってんの?」
「何だ、エリカか」
「何だ、エリカか、じゃないよ」

エリカは手に持っていたトレイをくるりと一回転させると、頬を膨らませた。
エリカは僕の幼馴染で、あろう事か今は同じ居酒屋でバイトをしている。
最近、好きな男が出来たとかで、割とテンション高めの日常を送っている。
まぁ、エリカの場合、常に恋多き女だけれど、今回はどうなる事か。

「別に、何もしてないよ」

横断歩道で見付けた女の子を連れてきて飯を食わせている、などと言ったら、
また面倒な詮索をされるのがオチなので、話を適当にごまかして、僕はフロアに出た。
周りの連中はエリカを可愛いなんて言ってるけれど、僕からしたら単なるお節介な女だ。

「飯、食った?」

僕はみく子の席に近付くと、皿を下げるフリをして、さりげなく聞いた。
みく子は満面の笑みで「食った!二日ぶり!満腹!」と言った。

「声が大きい!」
「あ、ごめん、満腹だったもので」
「じゃあ、二つ目の条件、歌を聴かせてよ」
「いいわよ、じゃあ仕事が終わったら、一緒に行きましょ」

みく子が当然のように言うので、僕は言葉を重ねた。

「何処に」
「路上に」

路上に行く、という表現も変だけれど、それは確かに正論で、
僕の仕事が終わるまで、みく子は席に座り続け、仕事が終わる十分前に店を出た。
もちろん、お金は先に、僕が払っておいた。

「蜜、今日A番? もう帰っちゃう?」

タイムカードを押して着替えようとしている僕に、エリカが声をかけた。
エリカと時間が合う時は、一緒に帰るようにしている。まぁ、家が近いから。
だけれどこの時の僕は、これから路上に歌を聴きにいかなければならない僕だったので、
当たり前のように「うん、今日はもう帰っちゃう」と答えた。

「エリカ、B番?」
「うん、まだ四時間も残ってる」
「まぁ、今日はあまり忙しくないし、頑張れよ」

この時、エリカは何かを悩んでいたのだろうけれど、何を悩んでいたのかは解らない。
エリカの事だから大半の悩みは恋に関する事で、好きな男の事で悩んでいたのだろう。
それとも、もっと深刻な……? いいや、それは無い。

店を出ると、息を吐き出した。
息を吐き出すと、それはわずかに白く煙っていた。
少しだけ寒気を伴った空気は、セロファン性の夜空を演出している。

「星、見えないね」

不意に、隣から声がした。
みく子だった。
みく子は星の無い星空を見上げながら、
……ああ、そうか。
まるで信号機を見上げるように星空を見上げながら、
僕の袖を掴んで、こう言ったんだ。

「じゃ、唄いにいこうか?」

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一日目:蜜編 過去 03話

詩人が口を動かして声を発すれば、詩が生まれ、
お笑い芸人が口を動かして声を発すれば、漫才が生まれるように、
歌を唄うべき人が口を動かして声を発すれば、そこには音楽が生まれるんだ。

世の中、そんなに単純なモノじゃないかもしれないけれど、
事実、実際、みく子の歌は、そういう歌だった。
それは彼女の髪の色と同じように明るく、周りを優しく包み込むように、響いていた。


【M線上のアリア】過去/03


寂れた飲み屋通りの路地が、みく子の場所だった。
誰もが「どうしてこんな場所で?」と思うような場所かもしれない。
何せアスファルトは汚れて、何でか知らんけど常に濡れてるような状態だし、
同じく何だか知らんけど、何故か常に週刊プレイボーイが捨てられているような場所だった。

「そういう場所にこそ、歌って必要だと思わない?」

これは唄い終えた後に、マックス・ドックスでみく子が言った台詞。
窓際の席からはM字型のブサイクなダックスフントが描かれた看板照明が見える。
みく子はフィッシュ・バーガーを(もちろん僕の奢りで)三個食べ、
ポテトとシェイクを(もちろん僕の奢りで)胃の中に入れると、満足そうに言った。

「だから歌って素敵なのよねぇ」

「まぁ、確かに素敵だった」と、僕は言った。
みく子の歌は確かに素敵で、しかも一定のファンがいるようだった。
寂れた飲み屋通りの路地のくせに、そこには十数人が集まり、みく子と共に唄っていた。
オッサンから若い子まで、みく子を囲んで一緒に歌っていた。

「何時も同じ場所?」
「そうよ、何時も同じ場所、じゃないと困るじゃん」
「誰が?」
「歌を楽しみに待っていてくれる人が、困るじゃん」

みく子は、多分、今夜、数千円を稼いだ。
ギター・ケースの中に千円札が数枚見えたから、間違いない。
確かにみく子は、あの横断歩道で「お金ないからね、少し稼ごうかと思って」と言った。

ところがみく子が、そのお金を何に使ったのかと言うと、
コンビニで食べ物を色々買い込んで、それを全て野良猫に与えたんだ。
一匹や二匹じゃない、もっと沢山の野良猫が集まる場所があって、そこに餌を置いた。

「財布落としちゃってから二日間、餌あげてなかったからね」

みく子は笑って、野良猫の中の一匹を撫でた。
なるほど確かにみく子は「少し稼ぐ」とは言ったけど、何に使うか言わなかった。
二日間、腹を空かせて考えていた事が「野良猫の為に金を稼ぐ」だなんて馬鹿げてる。
馬鹿げてはいるけれど。

「みく子、マックス行こうか」

……という経緯で、話は戻る。
それで僕達はマックス・ドックスにいる、という訳だ。
金を稼いだみく子が、僕の奢りでフィッシュ・バーガーを三個も食ったのも、
そのような理由による。

みく子は三個目のフィッシュ・バーガーを美味そうに平らげ、
シェイクをゾゾゾと音を立てながら吸い込むと、満足そうに息を吐き出して、
要するに、こう言ったんだ。

「そういう場所にこそ、歌って必要だと思わない?」

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一日目:黒編 01話

そう、あれはニ年前の夏の暑い日だった。

友達からあるサイトを紹介してもらった。

そして、初めて仲良くなったのが みく子 だった。

今でもみく子とは仲良くやっている。

僕らは、ネットワーク上でよく会話をした。

その会話ででてきたのが『蜜クン、花、歌』のキーワードだった。


『蜜クン』とは、彼氏の事らしい。

どうやら最近その『蜜クン』とケンカしたらしい

原因は髪型らしいんだが。。。

写真を送ってもらい確認したが。

(うわぁ・・・・)

と声が出てしまわんばかりのパーマだった。

何がすごいってもう、すごいとしかいいようがなく。

これが、ネットワーク上の会話でよかったと

心から思った。

次に印象深かったのが、色だった。

髪の色が見事なオレンジ色をしていたのだ。

肌は溶けていきそうな白だった。

僕は、みく子をなだめながら

話題を変えようと

みく子の好きな歌について聞いた。

彼女は唄を唄ってるらしく

僕はどんな声で唄うのか興味深々で

『音声チャットせぇへん? 唄めっちゃききたいんやけど!』



みく子に訪ねてみた。


みく子は少し戸惑いながらも

二つ返事で返してくれた。

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一日目:黒編 02話

僕はこのニ年間、彼女を人としてみていなかった。

実際に逢ったこともないし

声を聴いたわけでもない。

本当のとこ、男か女かすら解らない。

なんせ今まで逢ったり、声を聴いたりをしたことがないからだ。


普段、音声なんかで話さないもんだから

『なんか照れるなぁ(笑)』

『そだねー!(笑)』

などと初めは、お互いにちょっと照れた感じで
若干テンション高めに、くだらない会話をしながら
お互いの緊張をほぐした。

しばらくして

『なにがいい?』

唐突に、みく子からの問いに

『んぁ?』っと

間抜けな応答を返してしまった。


『唄…。 聴きたいんでしょ?』と

みく子は、小悪魔的な微笑を浮かべてそうな声で言った。


『みく子の唄いやすい唄でいいよ。』

と何気ない応答にみく子は

『じゃぁねぇ・・・ちょっと待っててね!』

と言い放ち

ガサゴソと一旦席を離れた。


僕は、いったい何をするんだろう?とワクワクしていた。

『お待たせ・・・じゃぁ・・・』と

呼吸を整え

少し間を置いて。

『一番、みく子! 唄います!(笑)』と

みく子は、照れながら言うと

ギターを掻き鳴らし唄った。

(うおっ、生演奏かっ!
  っていうか一番って俺も続かないといけないのかっ)

と思いながら

聞こえてきたモノは

ガラスのように繊細で透きとおるような声で

僕の耳を駆け抜けていき

僕は、みく子に魅了されていった。

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一日目:奏湖編 01話

「うわ、すごい色だな。」

キャンパスで見かけた、綺麗なオレンジ色のサラサラロングストレート。
大学ってあんな髪色でもいいんだなぁ、なんて、つい先日まで高校生の私には衝撃的だった。

大学の入学式も終わり、少しずつ新しい生活に慣れ始めていた頃。
ノートを貸し借りするくらいの友達は出来たが、まだ一人で居ることが多かった。

その日、講義のために教室で教授を待っていた。
定刻になってもなかなか教授は現れない。
まぁ、大学の教授なんて大方そんなものなので、特に気にしていない。
しかし、三十分教授が来なければ休講決定だ。
二十分を過ぎたあたりで教室は騒がしくなり、あちらこちらから「今日休みかなー?」「ラッキー☆」と聞こえてくる。

そわそわする教室の雰囲気に、私も文庫本を読みつつ、落ち着かなくなってくる。
と、トントン、と肩を(恐らく人差し指で)つつかれた。
「ねぇ、今日講義ないのかなぁ?」

・・・誰?
ゆっくりと振り返る。

しばらく返事が出来なかった。
そう、入学式の日に見かけた、あのオレンジ色の髪の人だった。


「・・・・・・あ、あぁ、そうですね、多分。」
あんまりジロジロ見たら失礼だな。私。

「んん???、どうしよっかなぁ。まだ次の次の時間もあるから帰れないし。
ってか先生、前の講義の時に言いなさいよね?!」

なんとなく話しやすい人だな?と思っているうちに休講が決定した。

「ね、時間あるならお茶でもしない?」
お、女の人にナンパされた(笑)
まぁそれは冗談にしても、私もこの後の講義までは間が開くので、ご一緒することにした。

大学近くのカフェで席に着き、私はショートケーキのセットを注文した。
オレンジ色の彼女は「紅茶だけでいいや」と言った。

話をしていくうちにわかったのは、彼女の名前が“みく子”だということ。
ひとつ上の学年で、学科は違うということ。
そして、彼女は時たま路上で歌を歌っている、ということ。
「ぜひ聴きに来てね!大サービスしちゃうから」と、笑い混じりにそう言ってくれた。
あぁ、きっとこんなふうに微笑まれたら男の人はコロッといっちゃうんじゃないかなぁ、って感じの、小悪魔的な微笑みだった。

窓際に座った私たちに、午後の陽が差し込んでくる。
彼女のオレンジの髪がキレイに透けて輝いていた。

きっとこの人は、この髪の色のような歌声をしてるんだろうな。
ふとそう思った。

どこで歌っているのか場所を聞くと、最近始めたバイト先のすぐ近くだった。
「聴きに行きますよ、差し入れ持って。私も大サービスしますから。」

私の次の講義のため、みく子さんとは一時間くらいで別れた。
「じゃあね、奏湖。路上で待ってる(笑)」
「はい。楽しみにしてますよ。」

明日のバイト上がったら、早速差し入れを持って彼女の歌を聴きに行こう。

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一日目:奏湖編 02話

今日は二十二時あがりだ。

バイトとはいえ仕事中なのに、時計が気になって仕方ない。いつもとは違う理由で。


昨日知り合ったみく子さんの歌を、聴きに行く約束をしているのだ。
今日一日、ずっとそのことを考えて過ごしていた。
高校の時から路上で歌っているってことは、常連のファンなどいるのだろうか。

今は夕食時のピークを過ぎたので混んではいない。
時計が二十二時を指すかどうかというところで、退勤して急いで私服に着替える。
「なぁに?デートでもあるのぉ?」
バイト先の先輩からそう冷やかされつつ、急いで飲み屋通りへ向かう。
そういえば今日、バイト先の数人で飲み会があるらしい。
まぁまた今度顔を出せば問題ないだろう。

昨日教えられた場所に着くと、ギターの音と女の人の歌声。そして人だかり。


遠巻きに確認すると、やはりみく子さんだった。
寂れた飲み屋通りで、みく子さんの歌声は際立っていた。




やっぱり、思ったとおりの、思った以上の歌声だなぁ。



みく子さんを取り囲んでいる人達はきっと、この声に、この歌に逢いたくて此処に来るのだろう。
曲が終わって、周囲の人達とみく子さんが話している。
私はすっかり聴き惚れて、ぼうっとその光景を見ていた。

すると、みく子さんと急に目が合い「あ???!!ホントに来てくれたんだ!」と
大声で言ったもんだから、そこにいる全員が一斉に私を見る。

きゃぁあ?!恥ずかしくて死にそう(汗)
「・・・・・・ぁ、はぃ・・・・・・。」

みく子さんはお構いなしに「こっちおいで?!」と、手を招いている。
私の前に、みく子さんとの道が出来た。
しょうがないので前に進み出る。
「昨日ねぇ、大学でナンパしたの、この子。」
と笑って周りの人達に私を紹介した。
「もぅ?みく子っぽいなぁ(笑)」「へぇ?じゃあ同じ大学だわぁ」とか、色んな声が漏れる。
「んじゃあそろそろ曲いくよ?。もうちょっと聴いてくれるかなぁ??」
みく子さんが言った。


その日は雑談もあわせて一時間くらい。
たっぷりの期待は充分満たされた。
ギターをケースにしまいながら「今日はありがとね。来てくれて嬉しかったよ。」とみく子さんが言った。
「いやいや、こちらこそ。きれいな声で、歌も上手くて、感動しちゃった。」
えへへ、とみく子さんが笑った。
「時間とかもあんまり決めずにやってるからさ、暇ならまたおいでよ。」




それから私は、定期的にこの路地に足を運んでいる。
みく子さんの歌を聴きに来ている人たちとも顔見知りになり、大学内で声をかけられたりするようになった。
みく子さんのおかげで私の交友関係も広がっていて、なんだか面白い。

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一日目:奏湖編 03話

「お疲れ様でした?♪」
バイトを二十二時に終え、私服に着替える。

「ん?、じゃあいつもので!」先輩に向かって元気にオーダーする私。
はぁーっと小さく(私には大きく聞こえたけど)ため息をついて答える先輩。
「はいはい。フィッシュ・バーガーとバニラ・シェイクのコンボね。
まったく、飽きないねぇアンタも。」

んー、食べるのは私じゃないんだけどね。「コレがいい!!」って譲らないんだもん、みく子さん。

作りたてのフィッシュ・バーガーとバニラ・シェイクを持って、私はいつもの路地へ向かう。
まぁしょっちゅうってワケにはいかないんだけど、夜番になる時は大体差し入れ付きでみく子さんの歌を聞きに行く。


やっぱりイイ声してるなぁ。それにキレイだし。


今日はまだ始めたばかりらしく、人もそんなに集まってはいなかった。
「ハイ、どーぞ!」と、紙袋を渡すと、瞳をキラキラさせて「ありがとぉうう!」となんとも嬉しそうな答えが返ってきた。
「じゃあまぁ、休憩ってことで。(笑)」と言って、みく子さんはすばやくフィッシュ・バーガーを取り出す。
みく子さんが食べている間、(でもお喋りは参加してるんだけど)声をかけられた。
「ねぇ、今度ここに集まってる人たちで飲み会するんだけど、来ない?」
あ、確かこの人、みく子さんの友達で、同じ大学の志津さん。

「行ってもいいんですか?」恐る恐る訊くと「駄目だったら誘わないから(苦笑)」と突っ込まれた。
「そっか(笑)じゃあ行かせてもらいます」
そこで連絡先を交換して「詳しいこと決まったらまた連絡する」と言って、志津さんは他の人と話し出した。

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一日目:蜜編 過去 04話

「好きな人がいるのよね」

ほら来た、と僕は思った。
エリカからの悩み相談なんて、九割がこの台詞から始まる。
まるでスター・ウォーズの冒頭、あの壮大なオープニング・テーマに乗せて、
英文が画面奥に向かってスクロールするように、エリカの台詞はスクロールされていった。

「好きな人がいるのよね。
 でもどんな人かまだよく解んないの、でも素敵なのよねぇ。
 大学のキャンパスで見かけたんだけどさ、もうホントすっごいカッコイイんだもん。
 あの人、彼女いるのかなぁ……ちょっとアンタ、話聞いてる?」

今回が何番目のエピソードかは知らないが、
今回でエリカの恋が終わる訳ではない事だけは、今からよく解っていた。


【M線上のアリア】過去/04


休憩中は休憩中らしく、しっかり休憩するべきなんだ。
それを何でか、エリカは自分の恋の話を、やたらと聞かせたがる。
聞かせたところで有益な進展がある訳ではなく、とりあえず話す事で満足している。

僕はといえば早くバイトを終えて、みく子の歌を聴きに行きたかった。
あの日から、ほとんど毎日、彼女の歌を聴きに行っている。
彼女の周りには十数人が集まり、同じように彼女の歌に耳を傾けている。

もしかしたらみく子にとって、僕は大勢の中の一人に過ぎないかもしれなかった。
単に「飯を奢ってもらった事がある人」に過ぎないかもしれなかった。
たまたまペルシャ猫の前を通り過ぎた、名も無き人みたいに。

「ねぇねぇ、どう思う? 彼女いると思う?」
「知らないよ、本人に聞いてみたら?」
「それが出来ないから訊いてんの」

エリカは毎度の如く頬を膨らませると「使えない男だ」と言い放った。
使えない男とは何事だ。失敬な。意外と結構、使えるわ。

「アホ、意外と結構、使えるわ」
「じゃあ蜜、本人に直接、訊いてみてよ」
「顔も名前も知らないのに、どうやって訊くんだよ」

エリカは暫し静止して考え込むと、正解はこれしか無いというように、
椅子から身を乗り出して、人差し指を突き出しながら言った。

「顔はカッコイイ」
「いや、そんな事言われても」
「名前はロシュクン」
「は? 何て?」
「名前はロシュクン」

何だそのパソコンで一発変換できないような名前は、と思ったが、
何かこう、何者かによる巨大な圧力を感じたので、それ以上深く詮索するのは止めた。
色々、大人の事情なのだ。

「へぇ、変わった名前だね」
「帰国子女なの!」
「あ、そう」

どうして女は、美男子と帰国子女に弱いのか。
美男子な上に英語を喋る事が出来るというコンボに惹かれるのか。
それは例えば「昇竜拳を出しながらの竜巻旋風脚」みたいなモノなのだろうか。

「そもそも何処で、その帰国子女を好きになったの?」
「ああ、元々、お爺ちゃんの教え子なの」
「ああ、お前の爺ちゃんか……」

そうなると、美男子で、帰国子女な上に、天才という事だ。
昇竜拳を出しながらの竜巻旋風脚のコンボに、サマーソルトキックのオマケ付き。
そりゃ最強のストリートファイターだ。

「でもね、お爺ちゃんをダシに使いたくないのよね」
「へぇ、変なトコで一途なんだな」
「内緒にしたいの」

まぁ、まだ話した事もない恋の相手に、内緒も何も無いだろうけれど。
エリカは恋の中で恋をして、それを愛と錯覚しながら、恋を育んでいるのか知らんけど、
とりあえず休憩時間はそろそろ終わりだし、僕だって、みく子の事を考える時間が欲しい。

恋に恋して恋を育んでいるのは、お前だけではないのだ。

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一日目:蜜編 過去 05話

みく子には恋人がいた。
僕がそれを知ったのは、みく子の言葉からではなくて、みく子の歌からだった。
それはみく子の歌の節々から感じられる程度の存在感に過ぎなかったけれど、
僕にとっては大きすぎる存在感で、次第にみく子の歌を聴くのが辛くなった。

それでも彼女が屈託のない笑顔で歌うもんだから、僕は寂れた飲み屋通りの路地まで、
ほとんど毎日、彼女の歌を聴きに行くのを欠かさなかった。
曲と曲の合間に、みく子はよく会話をはさんだ。みく子を囲む十数人と、みく子は会話した。
もちろん全員が声を発する訳ではなくて、黙って話を聞いている者もいれば、
話の途中で立ち去ってしまう人もいるし、みく子と友達同然に話し込んでる者もいる。
僕は只、みく子の話を黙って聞いている一人に過ぎなかった。

「今度ねぇ、花屋でバイトしようと思ってんの」

みく子はカラカラと笑いながら、そう宣言した。
周りの男連中が「へぇ、何処で?」などと、食い付くように質問した。
花屋か。
みく子に似合っているような気がしない事もないが、
みく子は花を売るというよりも、みく子自身が花みたいな子だからな、と僕は思った。
みく子の恋人は、どんな男なんだろう? 花に水を与えられるような男なんだろうか?
もしも僕がみく子の恋人ならば、燦々と浴びせる太陽みたいになれたら良いのに、と思った。

雨が降ってきた。


【M線上のアリア】 過去/05


「きゃあ、雨だ雨だ、今日はもうおしまい!」

慌ててギターをケースにしまうと、みく子は突然の解散宣言をした。
十数人は一斉に立ち上がり、短く声を掛け合うと、一斉にその場から散った。
何となく立ち上がるタイミングを逃した僕は、突然の雨の下に一人だけ取り残された。

「通り雨だろ……」独り言のように呟くと、僕はゆっくりと立ち上がった。
雨に濡れようが、今更関係ないんだなぁ。あとは自分の家に帰るだけなんだから。
溜息混じりに歩き始めようとした瞬間、見慣れた何かが、視界の端に引っかかった。
小さな酒屋の隅(それは先程までみく子が座っていた場所の近く)に、カバンが置いてある。
それはみく子が普段、たすき掛けにしている大きなカバンだった。

酒屋の屋根のおかげで、辛うじて雨を逃れてはいるが、
持ち主に忘れ去られたカバンはほとんど捨て猫のように、ほとんど濡れてるように見えた。
僕はカバンに近付くと、それを拾い上げようとして、だけれどすぐに躊躇した。
みく子のカバンだ、と意識した瞬間、手が動かなくなった。

ザーザーザー。

ゴロゴロゴロ。

カランコロン。

次第に強さを増す雨の中で、みく子のカバンは、みく子自身だった。
雨足は次第に近くなり、遠くでは雷まで鳴り始めた。
風に倒された空缶が転がっている。

バシャバシャバシャ。
いや、近くなっているのは雨足だけでは無い。
路地の向こうから、水たまりを蹴るように走ってくる、誰かの足音。

「ひゃあ! 忘れ物! 忘れ物!」

曲がり角から現れたのは、ズブ濡れのみく子だった。
みく子はギター・ケースを抱えたまま立ち止まると、僕の存在に気付き、呼吸を整えた。

「あれ? 蜜クン、まだいたの?
 ああ、そうそう、コレ、このカバン忘れちゃったの!
 途中で気付いて走ってきたからさ、疲れちゃ……ゲホンゲホン」

台詞を言い切るまであと少し、というところで、みく子は咳き込んだ。
風邪をひいてるからではなくて、単に走って来たからだろう。
咳き込みながら、みく子は恥ずかしそうに笑った。

「それより蜜クン、ズブ濡れだよ? どうしたの?」
「……自分だって」

「アタシはいいの、カバンを取りに来たんだから」と言いながら、みく子は笑った。
酒屋の隅に置き忘れたカバンを大切そうに抱え上げ、手を当て「ごめんね」と呟いた。
瞬間、僕の中の血液が心臓に溜まって、そのまま止まりそうになった。

「……カバンをさ、見てたんだよ」
「ん?」
「カバンをさ、見てたんだ、君のカバンだよ」
「うん」

みく子は濡れたまま、僕の話を聞いていた。
僕は何故だか、どうしても何故だか、泣きたい気分になった。
僕はカバンを見ていただけなのに、そのような気分になっている僕を、奇妙に感じた。

「……そうしたら、何処にも動けなくなってしまった。
 雨が降っていてもあんまり関係なくてね、あとは家に帰るだけだし。
 だけどそれでも、それなのに、僕はココから動けなくなってしまったんだよ」

ザーザーザー。
これは夏の終わりの雨か? それとも秋の始まりの雨だっけ?
どちらだったのかよく解らないけれど、とにかく雨はしばらく止みそうになかった。

「この近くなんだ」

みく子はカバンを肩からかけると、最初にそう言った。

「え?」
「この近くなんだ、ワタシん家」
「うん」
「あのね蜜クン、ズブ濡れだよ」

それからカバンをたすき掛けにすると、彼女は僕を見て言った。

「家、来る?」

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一日目:蜜編 過去 06話

鍵を差し込んで、扉を開いた。
みく子の部屋は、小さなアパートの二階の隅だった。
家具は少なく、雑誌の一冊も散らばってなく、ほとんど生活感が漂っていなかった。
きっと普段は恋人の家に入り浸っているのだろう、なんて勝手な妄想を、僕は働かせた。


【M線上のアリア】 過去/06


「シャワー、先に浴びちゃって、タオル出しておくから」

そう言うと、みく子は浴室の明かりを点けた。
薄暗い部屋に、浴室から洩れるオレンジ色の光が、伸びている。
僕は言われるままで浴室に向かい、水で重たくなったジーパンを脱ぎ、靴下を脱いだ。

置いた瞬間ベチャリと音がして、床の上には水が流れた。
零れた雨水だ。雨水は室内に入った今も雨水で、何処にも向かう事は無かった。
キュッキュッキュ。

シャワーの蛇口をひねると、温かい湯が流れ始める。
この瞬間、僕が何処に向かって流されているのかはよく解らないけれど、
温かい湯は温かく、それまでの疑問を全て、理由も無く洗い流してくれるような気はした。

「はい、スープ、飲んで」

浴室から出ると、バスタオルに身を包んだ僕に、みく子はスープを出した。
インスタントのスープは湯気を立て、緩やかに波を立てていた。
「じゃあね」と言い残し、みく子は浴室の扉を閉めた。

「じゃあね」も何も、ここはみく子の家だし、僕はバスタオル一枚だ。
よく考えるに(よく考えなくとも)バスタオル一枚という姿も、この場合いかがなものか。
まぁ、僕が着ていた服は、まさに今、全自動洗濯機の中で回転しているはずなのだけれど。

何となく座るのも申し訳ない気がして、僕は立ったままスープに口を付けた。
温かいな、これはコンソメ・スープだろうか。
あんまり考えた事は無かったけど、そういやコンソメって変な言葉の響きだよな。

静かだ。
窓の外から雨音が聞こえる。
雷は止んだようだ。
電気を付けていないので、部屋は暗いままだ。
キュッキュッキュ。

みく子が蛇口をひねった音。
が、聞こえる。

ザーザーザー。
これは雨音か? それともシャワーの音か?
ほんの扉一枚向こう側で、みく子はシャワーを浴びている。
液体が上から下に流れるように、僕が飲み込んだスープが喉を経て胃に落ちるように、
みく子の上から降り注がれる温かい液体は、オレンジ色の髪の毛を経て、細い首筋を通り、
鎖骨で一度止まり、そこから分散し、一方は美しく伸びる腕から、指先の先の先の先へと、
もう一方は穏やかに膨らむ乳房を登り、その中心を経て、深いくぼみへと落ちていくだろう。
それでもまだ落ちきらず、ひたすらに落下点を探している。

僕はスープに口を付けた。
幸運な事に、それはまだまだ温かかった。
みく子がシャワーを止める音が聞こえて、僕はその残りを飲み込んだ。

「体、冷えてない?」

みく子の声が聞こえて、僕は振り返った。
浴室の扉を開けて出てきたみく子は、下着姿にTシャツ一枚だった。
全自動洗濯機が回転する音だけが、部屋中に響いている。
ゴゥンゴゥンゴゥン。

雨音は、もうあまり気にならなかった。

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一日目:蜜編 過去 07話

どうして自分が、今、みく子の部屋のベッドにいるのかは解らないけれど、
どうして自分が、今、みく子と一緒に、裸で抱き合っているのかは、よく解っている。

声がカワイイ女の子だとか、歌が上手な女の子に会った時に、
「この子が喘いだら、一体どんな声になるのかな?」なんて下品な事を考えるんだ。
それで今、僕はこう考えている。

ああ、こんな声だったのか。


【M線上のアリア】 過去/07


緩やかな曲線を描く乳房を舐めると、みく子は息を吐いた。
淫猥な何かをしたかった訳ではなくて、僕はみく子をもっと知りたかった。
例えば指に触れた時、彼女はどんな風にして、指を絡ませてくるのだろう、だとか。
柔らかな太股を爪先で静かになぞった時、彼女はどんな表情を見せるのだろう、だとか。

あんなにも快活で元気の良い彼女が、その瞬間に甘える時、僕は興奮した。
もしかしたらこれ以上、彼女は僕無しでは生きられなくなるのではないか、と思った。
どうしてそんな期待をしてしまうのかは解らない。彼女の卑猥な声が、きっとそうさせるんだ。

「恋人がいるんだと思ってたよ、ずっと」

ベッドに倒れ込んだまま、天井を見上げて僕は言った。
みく子は笑い声とも泣き声とも付かない声で、やはり笑っていた。

「どうして、そう思ったの?」
「そう思わざるを得ない歌を、唄っていると思ったから」
「へぇ、そりゃ中々もっともな指摘ね、意外とスルドイのね、蜜クン」
「いるの、恋人?」

「スープ、飲む?」と言って、みく子は立ち上がった。
カーテンを閉めない部屋には、月明かりと街路の明かりだけが差し込んでいた。
それを浴びた彼女の肢体は、やはり驚くほどに綺麗で、まるで写真の中の人みたいだった。
オレンジ色の髪だけが、暗闇を否定するように明るく、揺れている。

「いないよ恋人は、別れたから」
「何時頃?」
「そうね、最近ね、すごく最近」

「ふぅん」と僕が言ったと同時に、みく子はコンロに火をかけた。
別にスープは飲みたくなかったし、そんな事より話を進めたかったのだけれど。
僕は彼女の後姿を眺める事に満足して、それ以上の詮索はしなかった。

インスタント・スープは便利だな。
容器に粉を入れて、熱湯を注ぐだけで完成してしまうんだから。
僕等の気持ちも、それに伴う行動も、それと同じなのだとしたら、きっと僕は悲しい。
何で僕とみく子は、さっきまで抱き合っていたんだろう?

雨はほとんど止んでいた。
パラパラと屋根を伝って、滴が落ちる音は聞こえる。
それからコンロが、火を点している音。
沸騰。

「浮気されたんだ」

みく子がスープに口を付けて、最初に言った台詞。
その頃には、みく子は普段通りのみく子で、あの調子で冗舌に話した。

「浮気されたの、酷いと思わない?
 それを隠してるつもりだったのか知らないけどね、知ってたからね。
 相手の女の子はどんな子なのか、アタシ全然知らないけどね、まったく呆れちゃう!」

みく子が明るい口調で言うので、僕は思わず笑った。
それから人生初にして本日二回目の「全裸でスープを飲む行為」を試みた。
今回はベッドに座っているので、幾分か気持ちはラクだった。
みく子に(少なくとも現時点で)恋人がいないという事実も、随分と気持ちをラクにした。

みく子は笑っていた。
ほとんど普段通りに、笑って話していた。
だけれど次の一言を言った瞬間だけ、みく子の顔は笑っていなかった。

「変わってしまうモノなんて、全部嘘」

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一日目:ちこ編 01話

私がみく子と出会ったのはニ年ほど前になるだろうか。
彼女から少し離れた路上で、たまに歌っていた頃だ。

離れていても良く通る声で 彼女も歌っていたんだ。


コンビニへの近道になっている彼女の前をいつもゆっくり歩く事にしていた。
オレンジ色の髪にきれいな顔立ち。透き通るような歌声に人垣が出来ている。
時々立ち止まってみると、人懐っこい笑顔も見えた。

ちょっとした挨拶をするようになり、時々ジュースの差し入れなんかして
みく子と少しずついろんな話をするようになった。


「ミックスジュースは奇跡の味よね」

などと真面目な顔で突然言ったりするのがちょっと面白い。

ある時、みく子にたずねてみたことがある。
どうして歌を歌うようになったの?と。
みく子は少し考えるそぶりをしてから真っ直ぐ私の目をみて言った。

「もし私がつなげた声で、誰かが少しだけ笑顔になってくれたら
  それはとっても幸せな事だとおもうのよ。」

その声は、少しの迷いもない芯のあるきれいな声だった。


きっとその思いが浮かび上がっているからこそ、みく子の周りには人が集まってくるのだろう。


日常はとても緩やかに また確実に変化してしまうもので、
バイトや生活に追われることも多くなり、
歌うためだけにこの場所にくることも少なくなっていった。

けれど みく子はいつもここで歌っていて、自分が歌わない日でもみく子の姿をのぞきに来る事も多かった。

ニ週間ほど前だっただろうか、久しぶりに歌い、片付けをしているとめずらしくみく子から話しかけてきた。

「ねぇ、ちこ?」

「ん??」 片付けの手を休めずに声だけで答える

「うぅん、また今度にするわ。バイト遅れそうなんでしょ?」

「うんもぅヤバイのよ。ごめん!次、再来週・・火曜に来るからその時でいい?」

「火曜日ね。わかった、たぶん居ると思うから。ほら!いってらっしゃーい!」


その時は まったく気づかなかったんだ。
次にあうのがこんな風になるなんて。

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