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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:蜜編 過去 11話

居酒屋のバイトを辞めた日から、早くも一ヶ月が過ぎた。
仕事を辞めて学んだ事は、何もせずに過ごす時間ほど、早く過ぎる時間は無いという事だ。時は金なりとはよく言ったもので、一ヶ月間、僕は時間を浪費し続けている。退屈だと時間が長く感じるなんて言うけれど、あれは嘘だ。濃密な時間の中に退屈な時間を放り込むから、それは緩慢に感じられるだけで、退屈な時間の中に放り込んだ退屈は、相応の速度で進む。辛味の中の甘味と、甘味の中の甘味は別物なのだ。もしかしたら相対性理論で説明出来るかもしれない。西瓜に塩を振る原理でも説明出来るかもしれないが。とにかく僕の日常は、恐らく他人から見れば緩慢に、本人から見れば早急に過ぎ去っていた。

家から出る機会も随分と減った。みく子が休みの日に、一緒に外出するくらいだ。入院患者が外出許可を待ち侘びる日のように、それは僕にとって、ほんの少しの楽しみを待ち侘びる日となった。小学生時代から一ヶ月前まで、僕は次の休日を待ち侘びて一週間を過ごすという方法で暮らしてきた訳だけれど、永遠とも思える休日を与えられると、人は何らかの用事が出来る事を待ち侘びるようになる。外へ出なければならない理由を待ち侘びるようになるのだ。僕にとって、みく子と外出する日が、それだった。

ところが本日は火曜日で、みく子と外出する日は、まだ遠かった。


【M線上のアリア】 過去/11


「ただいまぁ!」
玄関先から声が聞こえて、慌てるように靴を脱ぐ音が聞こえた。
「寒い! 寒い!」みく子が足をバタバタさせながら居間へ入ってくる。僕はベッドで漫画雑誌を読みながら、ページを止めると、目だけを動かして声を発した。「おかえり」
「寒いよ蜜クン! 雪降るんじゃないかなぁ!?」
「……まさかぁ」
「本当だって! 外すっごく寒いんだから! 何とか前線だよ!」
「……寒冷前線?」
「そう! それ! よく解んないけど多分それ! カンレイ前線だなぁ」

みく子は手に持っていた小さな花束をテーブルの上に置くと、スカジャンとジーパンを脱ぎ、部屋着のジャージを探した。何度か同じ場所を探す素振りを見せて、案の定、首を傾げる。「蜜クン、アタシのジャージは?」
「洗濯機の中」
「え、もう洗ったの?」
「ううん、まだ洗ってないの」
「ちょっともう! 本気で寒いんだけど!」

みく子はTシャツと下着姿のままで軽く駆け出すと、ベッドの中に潜り込んで来た。僕は漫画雑誌を手にしたまま、端に追いやられる。追いやった僕を暖房器具か何かのように抱き締めながら「温けぇなぁ」などと、呑み屋で親父が熱燗を飲んだ後のような感想を漏らす。
「体、冷たっ!」
「外は寒いのだよ、蜜クン」
「ジャージ、まだ洗ってないってば」
「洗う予定だったジャージなど履けるものか!」
「そりゃそうだ。あの花束、何? あそこに置いてある花束」
「あれはねぇ、余った花を貰って来たの、店長には内緒ですよ、内緒」

みく子はバイト先の花屋から、時折こうして花を持って帰ってくる。テーブルの上。小さな花束。多分、柊。また随分と渋いな。魔除けの花。何の為に魔除けかをするのかは知らないが。まぁ、単に季節柄、仕入れている花だろう。クリスマス。とは言えクリスマスには少しばかり早いから、売れ残っているのだろう。花言葉は「先見の明」だったか。真白な花。

暖房器具としての僕を堪能すると、みく子はベッドを出て、パソコンを起動させた。メッセンジャーを開くと、キーボードを叩き始める。顔も知らない誰かとの会話。相手が誰かは知らないけれど、何時もの男の子なのだろうな、という事は解る。みく子は相手の台詞を、声に出して読む癖があるからだ。キーボードを叩きながら、相手の台詞を音読し、楽しそうに笑う。

「"いやぁ?もう大変だったよ?"……うん、そりゃ大変だねぇ」
「……黒ちゃん?」
「ん? そうそう、黒ちゃん、大変だったんだって」

笑いながら言うので、まるで大変そうには聞こえない。
みく子は彼(みく子が"黒ちゃん"と呼ぶので、僕もそう呼んでいる)との会話を楽しんでいた。それを横で見ている僕は、当初は気分を悪くしていたものだが、もう馴れてしまった。何しろ会話が筒抜けであるし、健全な内容ばかりなので心配のしようが無い。みく子が好んで交わす会話は「金閣寺と銀閣寺の違いを述べよ」だとか「ミックス・ジュースは奇跡の味よね」など、深夜ラジオのDJが取り上げるような内容ばかりだったので、それを聴いて僕も笑った。

「黒ちゃん、何が大変だったの?」
「ナインボールで何回打っても、手玉しか落ちなかったんだって」
「へぇ、そりゃ大変だ」
「だからこれから新しいビリヤードのルールを考えようと思うんだ」
「そうか、じゃあ黒ちゃんとビリヤードの明るい未来の為に、頑張ってくれ」

僕は漫画雑誌に視線を戻すと、耳ではみく子の音読を追い、暫しの時間を過ごした。
窓ガラスが何度か風に強く叩かれていたので、外は寒いのだろうな、と思った。洗濯をするのは良いけれど、この時期は乾かすのが面倒だよな、と思った。みく子のジャージが洗濯機の中で、回転させられる時を待っている。だが洗濯は明日にしよう。みく子は寒くないのかな? Tシャツ一枚に下着姿で、みく子は笑っている。みく子の下着の趣味は子供っぽいよな。それも含めて、僕はみく子が好きだ、などと別にどうでも良い事を考える。みく子の笑い声。

結局、ビリヤードは「セブンス・レインボー・スプラッシュボール」というよく解らないルールが認定されたようだった。認定するのは良いが、一体誰がそのルールで遊ぶのかを知りたい。みく子は満足した口調で「これで手玉が落ちる心配は無い」と呟いた。どんなルールなんだ。

「……みく子、寒くないか、足?」
「あれ、よく気付いたね、蜜クン、気付くのが遅いくらい」
「……何だよ、寒いのかよ、早く言えよ、風邪ひいたらどうすんだよ」

僕はベッドから起き上がると、クローゼットを開け、自分のジャージを取り出した。みく子に放り投げる。「悪いね、蜜クン」みく子はモソモソと小動物のように動くと、ジャージを履きながら器用にキーボードを打った。様子を眺めながら、テーブルの上に置かれた小さな花束に目を移す。飾らなくて良いのか、この花は。柊。魔除けの花。花言葉は「先見の明」。真白な花。

「じゃあ、またね!」

音読と同時に会話を終えたみく子はパソコンを落とし、立て掛けてあるアコースティック・ギターを手に取った。僕は小さな花束を持ったまま、何となくそれを眺めた。細い指で一弦を弾くと、細い音が鳴ったので、もしかしたら本当に雪が降るかもしれないな、と思った。みく子の声は細く、爪で弾いたら切れてしまいそうなほど細く、そのくせ柔らかかった。もしもその声がみく子自身なら、僕は彼女を抱き締める自信が無かった。それほどみく子の声は細く、細くて、切れてしまいそうな程に細くて、それでも柔らかくて、温かかったから、僕は彼女自身を見失わずに済んでいるのだ、と思った。唄い終えると、みく子は小さく息を吐いた。

「……何て曲?」
「……今の曲? これはねぇ、まだ題名は無いよ」
「へぇ、新曲?」
「実は、何と、黒ちゃんをイメージして作ったのです」
「へぇ、そりゃ羨ましい」

みく子はギターを元の場所に戻すと、小さく欠伸をして、立ち上がった。それから腰に手を伸ばすと軽くずり落ちたジャージの位置を戻し、台所に向かい、お湯を沸かした。棚からカップを一つ取り出し、もう一つに手を伸ばしながら振り向いて、僕に問う。
「スープ飲む?」
「いや要らない、お腹空いてない」
「蜜クン、今度の日曜日、何処行こうか?」

何処でも良いな、みく子と一緒なら。お世辞では無く、本当に。みく子と一緒じゃなければ、僕は此処から出たくないんだ。何もするべき事は無いし、しなければならない事も、したい事も、何も無いんだ。何処にいたって、きっと僕はそうなんだ。だから彼女と過ごす時、それが僕の理由となる。僕が何かをする理由になる。その時間が、僕は好きだった。彼女が好きだった。

「……どうして歌を唄うようになったの?」
「ん? 歌? アタシ? ん、どうしてだったっけかなぁ……」

お湯が沸騰する音が聞こえて、みく子は火を止めた。
インスタントのスープに熱湯を注ぐと、カップを持ちながら歩いてくる。
オレンジ色のソファに腰をかけると、みく子はスープを飲み、何となく天井を眺めた。

「あんまり覚えてないのよね、正直。
 ギターを貰ったのよ、最初に、それで弾き始めたんだけど」

みく子は記憶を掘り返すように話したが、それは掘り返すというよりも、ゆっくり追いかけて捕まえているような話し方だった。猫科の動物が獲物を弄って遊んでいるような話し方だった。それとも獲物など存在していなくて、静かに一人遊びをしているような話し方だった。

「誰かに歌を聴かせたかったのよ、多分」
「誰に?」
「忘れちゃった!」

みく子は笑いながら、またインスタント・スープを飲んだ。
次の日曜日に、僕達が何処に遊びに行くのだとしても、場所は何処でも良かった。だけれど僕達が何処から来て、何処へ向かおうとしているのかという命題に関して、僕達は何時でも不明瞭で、不鮮明で、不確実だった。一ヶ月前に、みく子と交わした会話を、僕は思い出した。みく子が初めて恋をした相手が世界の何処かにいるのだとしたら、それはどんな相手なのだろう。みく子の初恋は、どんな初恋だったのだろう。僕の初恋を思う度、僕の胸は痛くなるけれど、みく子もそうなのだろうか。そうなのだとしたら、少しだけ嬉しくて、少しだけ悔しい。

【----"devil ate it" 404 NOT FOUND----】

僕達は何処で始まって、何処で終わるのかな、みく子。
それは確かめるだとか、思い出すだとか、忘れてしまうだとか、そういう類の感情とは少し違うようにも感じた。みく子は古いページを探すように数秒間、目を瞑り、再び目を開いた時に、「日曜日はカラオケに行こう」とだけ、呟いた。

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