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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:蜜編 現在 28話

灯油を敷き詰めた浴槽に浸かりながらタール88mgの煙草を吸っている。感覚。感覚的な問題。現実では無い。現実であるはずが無い。肺を埋め尽くしたいのだ、何かで。一匹の金魚が浮かんでいる。しかし既に死んでいる。エナメル質に濡れた輝く腹を天井に向けて浮かぶ。それの上に水滴が落ちる。硫酸性の水滴。溶ける。煙を吸い込むが、僕の肺は満たされない。火が点いていない事に気付く。僕はそれを懸命に吸い込むが、呼吸ばかりが苦しくて、何処にも辿り着けない。倦怠感。その名は倦怠感だと悟った瞬間、溶けた金魚が目を覚ます。泳ぐ。泳いでいるのでは無い。やはり浮かんでいる。金魚は死んだのだ、既に。それを僕は指で摘まみ、背びれと尾びれを動かし、灯油の上で泳がせる真似をしているだけだ。

金魚は死んだ。
僕はそれを認識するのが厭で、怖くて、さらに煙草を吸い込んだ。しかし火は点かず、肺は満たされず、僕は死んだ金魚が直前にそうしたように、口をパクパクと開閉させる。水滴。僕の腕に。溶ける。痛くない。何故、痛くない。理由を問う。解らない。悲しい。悲しくない。何かを失った気分だ。しかし何を失ったのか解らない。倦怠感。嫌悪感。浴槽に潜る。苦しくない。罪悪感。焦燥感。僕は何を殺した。それとも何に殺された。解らない。解る。穴。穴が空いたよ。硫酸。溶ける。痛くない。穴が空けられた。空けられたのだ。虚無。その名は虚無。金魚?

灯油の浴槽に浮かぶ金魚。
揺れて回転。
無音。

虚無。
これが虚無。
圧倒的なる、喪失。


【M線上のアリア】 現在/28


呼吸が止まる感覚で、目が覚めた。
図書室。
気が付くと僕は、机に顔を埋めて寝ている。
図書室?

何故、此処にいる?
頭痛。身を動かす事を躊躇う頭痛。
首を動かす。目の前に分厚い本が数冊、置いてある。

「一般動物に見られる遺伝的病症」
「錐体細胞の波長認識メカニズム」
「遺伝情報の欠損と振動が人体に与える影響」
「赤オプシン遺伝子」
「緑オプシン遺伝子」
「錐体細胞」

何故、こんなモノが?
全て爺さんが書いた論文だ。読んだ事がある。
内容は全て把握している。確か高校生の頃に読んだはずだ。
……高校生? 否、違う。頭痛。
……読んだ? 読んだ。何時かは忘れたが、確実に読んだ。
それを何故、今更、大学の図書室で積み上げる必要があったのか解らない。
悪魔……ヴィンセントの姿は見えない。壁時計を見る。午後十二時二四分。
寝ていたか。否、違う。……契約。僕は契約をした、多分。それまでと同じように。
何かを望んで、何かを食わせた。目を瞑る。嘔吐感。起き上がる。否、動かない。

……何だこれは? 不安。何かを忘れた気がする。否、忘れてはいない。
恐らく何も無い。忘れている事など何も無い。初めから何も無かったはずの場所に、何かが在ったはずだと叫んでいるような感覚。焦燥感。罪悪感。嫌悪感。倦怠感。何処へ行った。

ヴィンセントの姿が見えない。物音。扉の方角。本貸出システム。頭を動かす。
……誰かいる。作業着に身を包んだ若い男が眠っている。本貸出システムには何本かのケーブルが伸びており、細かく機械的な音を鳴らしている。メンテナンス? 恐らく外部の人間。僕の存在を怪しんだりする類の人間では無いようだ。僕は息を吸い込み立ち上がると、分厚い本を手に取って、それを全て棚に戻した。取り出した記憶が無いのに、戻す場所を知っている、と思った。頭痛。ジャケット。気が付くとジャケットを着ていない。何時の間にか脱いでいる。脱いだジャケットが椅子の背にかけられている。本を戻した後で席に戻り、ジャケットを羽織る。作業中の男に気付かれない内に、図書室を出るのが賢明だろう。入口を見る。大学の係員と思わしき女性が、座っている。何時の間に? 来た時はいなかったのに。

出ていくべきだろか。
今更ではある。だが、今、此処から出ていくべきだろうか。
とりあえず席を立ち、別に読む気も無い本を何冊か手に取って見せる。
僕は大学の学生ではないのだ。許可を取って構内を散策している訳でも無い。
突然、音。図書室に大きな音が響く。携帯。恐らくアラーム音。

何故か(本当に今更ではあるが)僕は慌てるように、棚の奥に、我が身を隠した。
「聞いてや?またてんちょ?が……」
廊下。女子学生の声。歩いている。通過。心音。
作業服を着た男が携帯を手に取ると、アラーム音が止んだ。
男は大きく欠伸をしながら、体を反らせると窓を見て「……停電しませんよね?」と問うた。

……誰に問うた? まさか僕ではあるまい。
係員と思わしき女性が「予備電源に切り替わるので、大丈夫です」と冷静な声で返した。
窓の外を見る。雨。台風と呼ぶべき雨ではあるが、昨晩ほどでは無い。
……何故、隠れてしまった? 僕は我が身を隠した事を悔いた。今更、出るに出られない。

壁時計。午後十二時三二分。
係員と思わしき女性が図書室を出ていく。図書室は僕と作業服の男、二人だけになった。
作業服の男は何やらキーボードを弾き、時折、独り言を呟いている。僕は床の上に座り込み、息を潜めて、目を閉じた。それなりに広い図書室だ。黙っていれば、気付かれはしまい。僕は何をする為に此処に来たのだ? 爺さんに会う為だ。午前中に会っておきたかったが、昼になってしまった。作業服の男が、早く図書室から出て行ってくれると良いのだが。疲労感。

……焦燥感。罪悪感。嫌悪感。倦怠感。
……何だこれ。よく解らない感覚が、胃の中で蠢いている気がする。
……腹が減った。何時から食ってない? みく子が出ていった夜からだ。信じられない。

疲れた。目を閉じる。暗闇。
何かが回転している。緩やかな速度で回転している。
それは僕の眠りを誘った。緩慢な眠りだ。束の間の。空腹を忘れる為の。
何かが回転している。緩やかな速度で回転している。
眠りの淵から両手を広げ、穏やかに墜ちる瞬間に、それが何なのかを、僕は知った。

それは腹を天井に向けた、金魚だった。

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