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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:サク編 02話

 一を無限大で割ると零になる。
 中学の数学の授業で趣味の悪いネクタイを首に巻いた先生が、何やらそんなことを言っていたのを思い出す。僕がその先生の事を思いだせるのは、そのネクタイとその言葉だけ。もう名字すら思い出せない。もう会うこともないんだろう。つまりその先生が僕の人生に影響を与えたのはその二点だけだった。ネクタイはしっかり選べ、ということと、一を無限大で割ると零になる。その二つ。
 一を二で割ると〇・五。四で割れば〇・二五。五で割れば〇・二。十で割れば〇・一。百で割れば〇・〇一。千で割れば〇・〇〇一。そして無限大で割ると限りなく零に近づく。だからそれはもう零として考えていいのだ、と言った。
 僕はそのことについて、今でも思い出すくらい納得がいかない。なぜならそれは零に近づくにせよ、零ではないからだ。その数字はまるで飛行機が着陸するように、限りなく零に近づく。だけど決して着地は出来ないのだ。その数字と零は、決して触れ合って解け合って分け合うことはない。誰よりも近くにいるのに、誰よりも絶対的に遠い距離。手を伸ばそうとする。だけど、すぐそこなのに、もしかすると自分の手の長さより短いくらいなのに、どうしても絶対に届かない距離。
 それが、中学生の僕とみっこの隣同士の机の距離感だった。
 サクちゃん。
 まだみっこの声が耳に残っている。確実に尾を引いている自分に嫌気が差して、また布団の上に転がった。ちなみ現在時刻は十二時半過ぎで、午後一番の講義にはもう間に合いそうもない。流通科学の講義だった。僕は履修の関係でこの曜日のこの時間にしか取れなかったが、廊下をスタスタ歩きながら教室を見ている限り、他の曜日の他の時間にもあるようだった。その講義の先生である、紳士な教授を高い頻度で見かけるからだ。だが、僕には流通科学の講義が何も頭に入っていない。流通を科学する。それしか分からないが、それからして分からない。そもそもなぜ自分がその授業を取っているのかと言えば、まだ大学の特色すら分かっていないのだ。この大学の情報は諸説紛々で、所詮僕などでは到底その深奥を知ることが出来そうにない。たぶん、流通科学の講義しか知らない。あとノートン先生と会えるらしい。それぐらいだ。この大学の生徒がノートン先生をどうしてそんな身近な存在に感じられているのか、ちょっと僕には分からない。そもそもこの大学にはどんな学科があるのか、そして自分が何学科に属しているのかも分からなかった。思わず「大学辞めよう。もう胃が痛い」と弱気になってしまう。
 サクちゃん。
 みっこ。中学生の頃の同級生だったみっこ。元気で誰からも好かれオレンジ色の髪がトレードマークだった。弾けるような笑い、時折見せる悪戯っぽい笑み。神様が世界に綺麗なものを散りばめたとしたら、その一つにみっこの笑顔は数えられるだろう。日本の経済状況だって動かしかねないと僕は思う。
 だが、そのみっこはお世辞にも変わってないとは言えなかった。少なくとも外見は。
 やっぱり、話すべきではなかったのかもしれない。
 あの唐突な変化は何だろう。あの時の影響だろうか。いや、それはないだろうと思う。あの時のことを覚えているのは僕だけだろうから。みっこ自身、何も覚えていない。あの時のことを覚えているのは中学時代を一緒に過ごした僕だけだ。それがその時の僕の契約だった。そして僕だけの宝物だった。あの時のことを誰かに語ることもないだろう。
 それよりもあの変化は、たぶんみっこを取り巻く環境が影響しているのだろうと思う。みっこは昔から屈託ない性格で男にもてた。それが悪影響を及ぼしていなければいいのだけれど、僕にはどうすることも出来ない。昨日どう見ても二児以上の父親としか思えない老けた大学生が図書室に現れて、みっこのことを根掘り葉掘りしつこく聞いてきた。ストーカーなのかもしれない。いや、きっとそうだ。目がエロくて、存在からして既に思想犯罪の香りがする男だった。そう考えるとみっこの身が不安で仕方ない。だがこれ以上、僕はみっこに近づくわけにはいかない。そう思いながら、どうしてもみっこの声が耳を離れない。みっこの香りが鼻腔を離れない。みっこの思い出が脳に染み込んでいて、どうしても取れそうにない。どうしようもなく悲しかった。
「オイ、腹が減って敵わんぞ」
 そんな僕の気持ちなんておかまいなしに壁の方から声がする。もちろんお隣の声などではない。「うるさい、黙れ。僕だって腹減ってんだ。金ないんだよ! 悪魔め!」うろんげにそちらの方を見ると、この鍵の掛かった部屋にどうやって入ってきたのか、三十ほどに見えるがっしりとした男が立っていた。黒いジャケットに白いワイシャツ、長い足にすらりとしたジーンズを器用に着こなしている。
「うははは、俺に金など必要はない。いつも通りお前の記憶をよこせ」
 悪魔と言ったのは比喩でも何でもない。あの時から僕に取り憑いている悪魔以外の何者でもない。それは普通の人間にしか見えないが、普通の人間からは見えない。僕にしか見えない。僕はこいつに呪われているのだ。
「お前、そのジャケットどうしたんだ。いつも見る度服違うけど、金あるのかよ」
「馬鹿かお前は。悪魔に金など必要なものか。これはお前の記憶の中の男が着ていた服を模した」
「誰の」
「知らん。大学内で擦れ違っただけのようだからな」
「僕は知らない」
「当たり前だ。その記憶を俺が頂いたのだから、お前に残っていようはずがない」
 あ、そ、とだけ僕は言って再び布団に突っ伏した。中学生の時に僕は悪魔に取り憑かれ、時折記憶を食べられている。記憶の悪魔だ。そういう契約だから仕方がないとは言え、基本的に引きこもりで人と関わりたくない性分なので、一人の時を狙って現れるこの悪魔がうざったくて仕方ない。「おい、この老け顔の大学生の記憶なら、食っていいだろう」悪魔がこちらを見て言う。
「勝手に人の中を覗くな!」僕が叫んでみたが、これ以上そのことについて考えたくもなかった。もうその記憶を手放してしまったほうが楽なのかもしれないと考え直す。「ああ……いいよ、その男の記憶は本当全然まるでいらないから、食べてもいい。その代わり、それ使って僕にも食べ物を出してくれ」
「こんな不味そうな記憶じゃ、ミミズのハンバーガーくらいしか出せんぞ」
「……じゃあいらない。貯めといて。それも大したモンにならないだろうけど」
 そうだな、大したモンじゃない、といい終わるか終わらないかで悪魔が静かになった。大方無言で僕の記憶を食べているに違いない。もう慣れたものなので、放っておく。悪魔が口元をモゴモゴと動かしている。もう何の記憶を上げたのか思い出せなかった。おそらくはどうでもいい記憶だったに違いない。しかし空腹時だと差し出していない記憶にまで手を付けようとするから油断できない。僕が忘れっぽい理由の一つはこの悪魔にある。
「ほう、あの女と話したな? 運命の再会ではないか」
 面白そうに悪魔が言った。
「他の記憶を見るな。お前……、彼女の変化について、何か知ってるんじゃないだろうな?」
「知らん。なぜ俺が知らなくてはならんのだ。お前こそ、あの尻軽女のどこがいい」
 瞬間的に、僕の中の何かが沸騰した。
 バネ人形のように立ち上がり、僕より背の高い悪魔を見上げて睨む。
「お前なんかに! みっこを語られたくないんだよ!」
「この前は、他の男と歩いていたぞ」
「知るか!」
「健気な男だな。そして情けない。遠目で見ていれば満足か。図書室であれだけ叫んでおきながら」
 サクちゃん。
 変わっていくっていけないことだったのかな?
 未だに記憶の中で呼ぶ声がある。僕は言葉を失って立ち尽くした。満足なわけがない。忘れてしまいたいなら、すぐにこの憎き男にみっこの記憶を食べて貰っている。忘れたくなんてない。だが、だからと言って今更近づくのも違う。全ては変わっていく。そして機会は流れていってしまうのだ。変わっていくことはいけないことだったのか? そんなこと僕が聞きたい。それなら変わっていってしまうものに、すがりつくことはいけないことなのか? 僕が世界に向かって問いかけたい。
 あの頃のみっこはもうどこにもいない。
 もうどこにもいないのか?
 僕がこのまま続けても?
 悪魔が窓に足をかけた。
「また来るぞ」悪魔は言った。
「もう来るな」僕は答えた。
「お前の記憶は辛気臭くて敵わん。過去に縛られすぎなのだ。契約を思い出せ。お前は俺に必要量の記憶を差し出し、俺はお前に必要な記憶を渡す。それ以上でもそれ以下でもない。必要以上にしみったれて、久しぶりに話した好きな女一人にも、まともに近づけんとはな」
「うるさい、詐欺師が。お前に、人間が変わっていくことの怖さが分かるのかよ」
「やれやれ。そこまで遠目で見たいのならば、『ふろーら・しょうだ』に行け。大通りから外れた、静かな裏通りにある」
「はぁ? 何で、どこだ、それ」
「知らん。具体的な情報が見つからないのだ」
「……出てけ」
「女の変化は、何かを伝えたいんじゃないのか」
「出てけ!」
「イエス、言われずとも」
 どんなに不味い記憶でも、多少腹が膨れてご機嫌になったのだろう。鼻歌なんかを歌いながら窓から出て行った。三階からジャンプして見事着地したはいいが、それから先は置いてあった自転車に乗って去っていった。変なヤツだ。
 お節介な悪魔め。
『ふろーら・しょうだ』
 おそらくはあの花屋のことだろう。よく通る大通りの隠れた道を入らなければならない。知らなかったし行った事もないが、コラボなんだし、この程度のことは僕が知っていることにしてもいい気がする。だいたい僕は参加したはいいが、他の人と絡むストーリーが全く思いつかない。脳髄からして引きこもりなのだ。小説の中で引きこもってどうする。誰か僕を解放してくれ。みっこ。正直な話、みっこは今どこにいるんだ? みっこが僕らの中心なのに、みっこ、どこかへ置き忘れられてないか?
 例えば、僕の記憶の中に。
 ――サクちゃん。
 声が聞こえる。これは図書室で聞いたあの声ではないのかもしれない。もっと前の思い出なのかもしれない。あの時の記憶なのかもしれない。みっこ。お前は進み続けているのか? 留まり続けようとする僕が愚かなのだろうか。みっこ。お前は、音楽が得意だった。ギターを貰ったんだって、馬鹿みたいに喜んでいた。僕はそれをいつか聞ける気がして、それでまだこんなことを続けている。みっこ。僕は昔へ帰りたい。絶対的な近さと遠さを感じるあの頃に戻りたい。やっぱり昔の方が良かったよ。僕はこれからも、思い出にすがると思う。今は良くても、いずれ笑われることだろう。
 みっこ、何かを伝えようとしているのか?
 過去に届かなかったものは、未来でもやっぱり届かないままなのだろうか。
 それを少しだけ確かめたい。

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