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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:蜜編 現在 29話

やがて金魚の腹が膨れた。エナメル質に濡れたそれは次第に膨張し、破裂する寸前で止まると、内部から何者かがそれを突き破ろうとした。それは小さな指だった。小さな指は内部から穴を穿るように一点を突起させ、天を指すように外部への進入を試みている。内部から外部へ。金魚は痙攣しているように見える。しかし既に死んでいる。死んでいる金魚の腹が振動する度に水面が揺れた。金魚の腹が破かれる。何者かの手が見えた。それは蛙の手だった。

蛙は金魚の腹を突き破ると、這い出るように手足を動かし、やがて這い出ると、灯油が敷き詰められた水面を泳ぎ始めた。それから今しがた自分が出てきた金魚を発見すると、大きく口を広げ、それを飲み込んだ。蛙の腹が膨れ、やはりそれはエナメル質に濡れて輝いていた。天井からは硫酸性の水滴が落下していたが、暫くの間、それを器用に避けるように蛙は泳ぎ続けた。僕はそれを眺めていた。相変わらず煙草を吸う真似をしながら。

しかし火は点いておらず、やはり煙草を吸い込む事は出来なかった。


【M線上のアリア】 現在/29


頭痛を伴いながら、それが夢だと判断するまでに、八秒間が必要だった。
僕は図書室の奥で床に座り、本棚に凭れたまま、先程の夢の続きを見ているようだった。
空腹を感じるが、それ以上に、収まりようの無い焦燥感と、罪悪感と、嫌悪感と、倦怠感が、僕を縛り付けているように思えた。何故? 今までこんな事は無かった。恐らく僕は数時間前、此処でヴィンセントと三度目の契約を交わした。契約の内容は覚えていない。それも今までには無かった事だ。否、覚えているような気はする。それは失われたものではなく、与えられたものだ。しかし、何を与えられたのかを思い出すには、時間がかかりそうな気がした。

食われすぎたのだ、と思った。
この脱力感を自己説明するに、他に理由が思い当たらなかった。
僕はヴィンセントに何を望んだ? その対価に如何ほどの記憶を食われたのだろう。

図書室は静かだ。機械音も聞こえない。
先程の作業服を着た男は作業を終えて、既に此処を出て行ったようだった。
僕は上半身を動かすと、壁時計を見た。午後一時五分。早く爺さんに会いに行かなければ。

「オイ、腹が減って敵わんぞ」

突然、声が聞こえた。
本棚からは死角になっている壁際の席から、低い男の声。腹が減った?
……ヴィンセント? 否、似ているが違う。その声は、より粗暴で、より冷酷な声だった。
ヴィンセントでは無いのなら、本棚の向こうにいる男は一体、誰に話しかけている?

一般生徒の会話としては不自然だろう。「腹が減って敵わんぞ」。友人同士の会話であれば、こういう言い方はしない。「腹が減ったから何か食べに行こう」が正しい。腹が減って敵わんぞという言い回しでは、一方のせいで、もう一方が食事を制限されている状況になる。例えば、一方の課題に付き合っていて、それが終わるまで食事が出来ない。例えば、何らかの約束をして、一方からの許可を得なければ食事が出来ない。友人同士であれば不自然な状況。

「うるさい、黙れ。僕だって腹減ってんだ」

別の声が聞こえた。もう一方の声。僕と同年代の、若い男の声。
やはり友人同士の会話だったのか? と思ったのは束の間で、次に続いた台詞は僕の予感を確信に変えるに充分すぎるほど、衝撃的な台詞だった。

「金ないんだよ! 悪魔め!」

……悪魔!?
本棚の向こうにいる男は、確かに今「悪魔」と言った。
最初に声を発した男、すなわち「腹が減って敵わない男」を指して「悪魔」と言った。
此処に悪魔がいる。ヴィンセントでは無い。ヴィンセントは言った。悪魔は俺だけではない。

「うははは、俺に金など必要はない。いつも通りお前の記憶をよこせ」

悪魔と思わしき男の声が聞こえた。契約関係。
若い男は悪魔と契約している。だから悪魔は「腹が減って敵わない」と言ったのだ。
心臓が大きく波を打った。……悪魔との契約者? まさか。自分自身がヴィンセントと契約している癖に、僕はその状況を見るのが怖かった。信じられなかった。僕は動けなかった。

……否、以前から悪魔はそこら中に存在して、何食わぬ顔で今のような会話が行われていたのかもしれない。僕は気付かなかっただけだ。何故? 契約者じゃなかったから。悪魔の存在を知覚する事が出来なかったから。今は知覚する事が出来る。悪魔の声が聞こえる。だから壁の向こうで行われている会話を認識する事も出来る。多分、それだけの事だった。それは顕微鏡が発明される前のバクテリアのように、ずっと以前から存在していたのだ。

男と悪魔は、何やら些細な言い争いをしていた。
どの部分を食うかで、もめているようだった。その気持ちは解る。
男が契約している内容は知らないが、どの部分を食わせるかは、とても重要なのだ。
悪魔が声の湿度を変化させ、何やら面白そうに言った。

「ほう、あの女と話したな? 運命の再会ではないか」
「他の記憶を見るな。お前……、彼女の変化について、何か知ってるんじゃないだろうな?」
「知らん。なぜ俺が知らなくてはならんのだ。お前こそ、あの尻軽女のどこがいい」

瞬間、男が両手で机を叩き、乱暴に立ち上がる音が、図書室に響いた。
それから跳ね飛ばしたバネのような、硬質的な声。
男は確かに、このように叫んだ。

「お前なんかに! みっこを語られたくないんだよ!」

みっこ。
……みく子。血液の逆流。ああ、コイツだったのか、と僕は思った。仮定。第三者。
みく子をよく知っている誰か。悪魔と契約している誰か。彼女の変化。
みく子の幼い頃のアダナだったっけかな、と思った。

みっこ。
もしも、その名でみく子を呼ぶのだのとしたら、それは中学時代の同級生まで。
僕は仮定する。男の顔を見ておかなければ。それから悪魔の姿も。
ところが僕の心臓は必要以上に音を立て、それから先程以上の嘔吐感が訪れた。
動けなかった。僕は動けなかった。動きたいのに、動けなかった。

窓の外から、自転車を漕ぐ音が聞こえた。
不細工なベルの音。
その音に誘われるように、僕はまた気を失った。

墜ちる寸前の記憶の淵で、不細工な蛙が大きく口を開いている姿が見えた。

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