スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

三日目:蜜編 現在 30話

蛙は随分と長い間、浴槽を悠然と泳いでいた。
それは内側に金魚を含有した蛙(若しくは単に金魚を捕食した蛙)であり、暫し灯油に浸された浴槽での天下を気取る蛙であった。蛙である彼と僕との間に厳密な差異など無く、どちらも此処に火が点けば一瞬にして燃え尽きるような、貧弱な存在だった。只、僕が彼を見下ろす立場である事に比べると、彼は僕に見下ろされている事に気付かずに、只管に泳ぎ続けるだけの立場であった。この浴槽には金魚以外に餌など無く、このまま泳ぎ続ければ、彼はやがて衰弱して死んでいくだろうと、僕は考えた。そして次に、このような思考が浮かんだ。

僕が、彼を食べるべきではないか。
そう考えた時、僕は自分が歯を摺り合わせ音を鳴らし、唾液に塗れた存在である事に気が付いた。僕の目は充血し、鼻の穴を開閉させ、息を吸ったり吐いたりしていた。僕は蛙を握り潰して口に運ぼうとしている僕に気が付いた。瞬間、口から零れた煙草の先端に火が点いた。そうして浴槽は燃えた。燃え上がる浴槽の中で蛙の肉を粗食しながら、僕は浴槽に飾られた鏡を眺めた。そして知った。我が身が真っ黒な毛で覆われている事に。僕は鼠だった。

僕の姿は真っ黒な毛で覆われた、鼠だった。


【M線上のアリア】 現在/30


再び図書室で目を覚ました時、頭痛は止んでいた。
それが夢か現かを判断する数秒間も必要無く「また気を失ったのだな」と自己分析する余裕さえあった。二日間でこう何度も失神を繰り返すと、次第に馴れてくるものだ。失神になど馴れたくはないが、悪魔と契約を続ける限り、避けて通れないのではないだろうか。そもそも失神の原因が記憶の捕食によるものなのか、それとも空腹によるものなのか判別が付かない。二日間、記憶を食われ続けた事も、二日間、食事を摂り続けなかった事も、初めての経験だったからだ。よくぞ空腹のままで二日間も行動を続けているものだと我が身を振り返り、フとその行動の異常さを感じた。何故、これほど空腹のままで動いていられる?

図書室には誰もいなかった。
失神する前の記憶を辿る。改めて記憶を整理する。
僕が失神する直前、此処に誰かがいた。姿の見えぬ誰か。それから、悪魔。悪魔と契約している誰かが此処にいた。悪魔はヴィンセントでは無い。別の悪魔。その時、壁時計は午後一時五分を指していた。改めて現在、壁時計を見る。午後一時四八分。四十分近く失神していた事になる。男は言った。「みっこ」。それがみく子を表しているのか定かではない。だけれど僕が仮定していた第三者。悪魔と契約し、みく子の記憶を取り戻そうとしている誰かが実在するならば、男が呼んだ「みっこ」がみく子を表していると考えた方が筋に合う。

第三者の男。仮に三男と呼ぶ。三男はみく子を深く知っていると仮定する。
みく子を「みっこ」と呼ぶ友人は、現在は周囲に存在しない。みく子をその名で呼ぶとしたら、中学生時代の友人まで。何故、僕がそんな事を知っているのかと問われたら、みく子が自分でそう言っていたからだと答える。まだ付き合い始めの頃の話ではあるが。

三年前。さてこれからお付き合いを始めましょうとなった時に、僕が最初に切り出したのは、「今後、互いをどのような名前で呼ぶか?」という議題だった。その中で挙げた何個かの候補の中に「みっこ」という名前も入っていた。まず「ミク」という名を挙げた時に、前の恋人と同じ呼び方なので厭だと言われ、次に「ミッキー」という名を挙げた時は、彼女は好反応だったものの、提案した僕の方が照れる呼び名なので却下した。そして「みっこ」という名を候補に挙げた時、彼女は暫し考え込んだ。数秒間、唇に指を当てたまま動かなかった。何かを思い出そうとしている素振りにも似ていたが、何かを探している素振りにも似ていた。そして言った。

「今、その名前で呼ぶ人、誰もいないから」

誰もいないなら僕が使っても良い気がしたが、彼女曰く、それは中学時代によく呼ばれた名前で、高校以降は現在に至るまで、大学の友人も花屋の仲間も弾き語りを聴きに来る人達も、今では誰も呼ばない名前という事だった。その名前で呼ばれるのは厭な気分ではないけれど、その名前で呼ばれると子供扱いされているようで気恥ずかしいというのが、彼女の言い分だった。その後も提案した呼び名は全て却下され続け、結局、最終的に、僕は「みく子」という当たり障りの無い名前で彼女を呼ぶ事となった。だから、よく覚えている。

三年前。あれから現在までに、みく子を「みっこ」と呼ぶ大学の友人が出来た可能性は?
皆無だ。
恋人に向かって却下した呼び名を、他の男相手に平気で呼ばせるような女か、みく子は?
それであれば、中学時代以前からの友人が大学にいると考えた方が、よほど自然だ。
だが、それでも疑問は残る。

「今、その名前で呼ぶ人、誰もいないから」

あの日、みく子は確かに、そう言った。誰もいない、と言った。
大学に中学時代以前の同級生がいる事を知っていれば、まずそうは言わなかった。
恐らく三年前の時点では同じ大学に中学時代の同級生がいる事を知らなかった。若しくは気付かなかった。それから三年間、その同級生の存在を知る機会はあったか? 少なくとも僕は、そんな話は聞かなかった。みく子の性格であれば、昔の友人が同じ大学に通っている事を知ったなら、みく子は間違いなくそれを僕に話したと思う。だが実際には話さなかった。「笠原」では無く「みっこ」と呼ぶ男。それなりに親しい関係だったはずの男。三男はみく子の存在に気付いている。何故、三男に大学で再会したのだとして、みく子は何も言わなかった?

僕は仮定する。
同じ大学に中学時代の同級生がいる事を知らなかった。
若しくは気付かなかった。そうだとして、本当にそれだけの理由だろうか。
みく子が「三男に繋がる部分の記憶を食われていて解らなかった」可能性は無いか?

僕は仮定する。
そして現在、姿も知らぬ男が悪魔と契約している。
男の願いは何だと思う? 小さな疑問が核心に迫っているのでは無いか?
みく子の肌が病的に白くなった原因は何だと思う? それは突然現れたのか?
僕の知らない過去から、ずっと過去から、本当はずっとそうだったのでは無いか?

午後二時。
窓の外の雨は束の間、弱まってはいるが、台風が止んだ訳では無い。
僕は静かに立ち上がると、爺さんの研究室に向かうべく、図書室の扉を開いた。

空腹だ。
何も満たされないままだ。
目の前には膨大な疑問が蓄積されている。
だけれど僕は未だ、動く事も、考える事も出来る。
もしも僕が鼠なら飢えて死んでしまうかもしれないが、生きている。
そして探す。解決の糸口を探す。空腹を満たす為の希望を探す。今も探している。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

≪三日目:しのめん編 20話 | TOP | 三日目:サク編 03話≫


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。