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三日目:サク編 05話

 僕が大切に守り続けているもの。
 内的、外的問わず、忘れることのないように守り続けているもの。そして決して忘れられないもの。みっことの出会い。みっこと同じクラス。修学旅行。みっこの涙。悪魔の哄笑。燃え盛る紅蓮の劫火。空間が壊れゆく爆音。そして生命が囁く無音。僕が記憶するものは全て、忘れてもいいものと忘れてはいけないものに分類される。そうしなければ大切なものまで忘れてしまうからだ。内的、外的問わず、忘れていくからだ。人は忘れていく生き物だ。それでもいい。自然に忘れていくことは幸福ですらある。でも僕はそれすら怖い。人の忘却は変化を伴う。僕は忘れていくことによって、僕が今の僕ではなくなることが怖い。僕は一歩進むごとに僕は自分のパーツを一つ落としていく。一歩進むと血の音がして、僕の指が落ちている。次に歩を進めると、腕が落ちる。ああ、足首が。ああ、耳が。口が、腿が、腸が、目が皮が骨が脳が!
 ああ、守らなければ。
 守り続けねば。
 忘れてはいけない。
 僕がなぜ進んでいるのか忘れてしまう。
 この引きずるような倦怠感に襲われ続けていくのだとしても。
 僕は守らなければ。
 僕は変わらぬ心を守り続けなければ。
 でも。
 僕は間違っているのではないか。
 それが一番恐ろしい。
 今さら引き返すことが出来ない。
「みっこ……」
 僕は助けを請うように小さく呟いた。
 始まりはみっこだった。みっこのオレンジ色の髪が好きだった。みっこはそれを地毛だと言った。髪のことを指摘されると、謙遜しながらも実はみっこは密かに喜んでいる。僕はそれに気付いた時、まるで世界に僕だけ一人、宝箱の奥にもう一つ宝箱を発見した気分になった。みっこの髪色はとても綺麗だ。それが僕の座ってるすぐ左側にある。でもそちらを向くと気付いてしまう。別に気付かれたっていいのだけれど、それだと「共有」ということになってしまって「独占」ではない気がする。でも「共有」もいい。そこが難しいところだった。だから意識して視界を広げて、左側の机に座っているみっこを捕える。視界の隅でも、みっこの髪はよく目立つ。今僕はみっこを「独占」している。でもいつでも気づかれてもいい。「共有」したい。そう、言ってしまえば独占を共有したいんだ。僕はみっこを。みっこが僕を独占してくれればいいんだ。
「みっこ……」
 僕はもう一度呟く。
 ぴくん、とオレンジ色の髪が震えた。
 あ、と思う。
 そんな馬鹿な、とも思う。
 みっこがゆっくりとこちらを向く。
 優しさと親しさと活力に満ちた目だった。
 その大きな目に映されるだけで、僕の心は一杯になる。
「なぁに、サクちゃん?」
 みっこが囁くように応えた。
「え!?」
 そんなわけはない。オレンジ色のみっこはもうどこにもいないはずなのだから。何でみっこが? 僕は怖れにも似たものを感じて、痙攣のように立ち上がる。「ちょ、ちょっと、サクちゃん!」瞬間、今まで僕が腰掛けていた椅子が後ろの席の男子の机にぶつかって横に転げた。木製ながら酷く大きい音が、しんとしていた教室に響く。その音で驚いた女子の何人かがビクリと体を震わせて、こちらを瞬時に見た。
「サクちゃん……何してるの……」
 一層声を潜めたみっこがこちらを諌めるように見た。「みっこ……!?」僕は目の前のみっこをまじまじと見つめた。「何、どうしたの」みっこが目を逸らした。みっこは何度見てもみっこだ。オレンジ色の髪をして、笑顔の似合う利発そうな誰からも好かれる顔。僕は周りを見渡した。学生服とセーラー服に囲まれている。自分の胸から下を見てみると、もちろん自分も同じ格好をしていた。右を見て、左を見て、どこから見ても中学の教室だということを確かめてから前方を見てみると、黒板に円の図形を書いていた先生がこちらを睨んでいる。そうだ、あいつは理科の先生だ。フリーハンドで真円を描けるとか言って、自分の右手をゴッドハンドとか言い放つハゲだ。一度の授業で必ず一度は円を描く。その日のバイオリズムを計るのだという。馬鹿だと思う。
 そう、今は中学の理科の授業だった。
「サク、よく寝れたか」
「え? いや、あの、違う、えっと?」
「寝ぼけるな、馬鹿!」
 ハゲは激怒した。
 おかげでその日の理科は、クラスメイトの嘲笑を一身に背中に受け、十回は指名されることになった。内九回は答えられなかった。残りの1回は、みっこの囁き声に救われた。だが、それはしっかりとハゲの耳にも届いていて、みっこ共々怒られた。そして周りからはからかわれた。生活習慣の注意に始まり、性格の素直さ、好きな漫画の有害さなど、まるで関係のないことまで滔々と諭され、だからお前が悪いんだと断罪された。自分が悪いことくらい分かっている。でも「何で悪いか分かっているか」と聞かれても「はい」と答えれば「分かっていない」と決め付けられ、「いいえ」と答えれば「何で分からん」と叱られる。分からず屋はお前だと心の中で舌を出しながら話半分で聞いていた。きっと人に対して怒る人間というのは、自分に酔ってしまうんだ。ここまで感情を発散できる自分に酔ってしまうのだ。目の前のハゲも同じ。もう散々だった。
「何で一時間目から寝てるの、もう」
 休み時間になると、みっこがわざわざ僕の机の前まで来てくれた。多少ふくれっ面だ。それはそうだろう。答えを教えたばかりに自分まで怒られたのだから。その割に優しい笑顔をすぐに作って、僕の話を聞いてくれる態勢を整えてくれる。みっこのそういうところがいい。「いや、寝てたっていうか……夢を見てたっていうか」僕はしどろもどろになりながら答えた。
「それって寝てたってことじゃない」
「でも怖い夢だった」
「サクちゃん、人の話聞いてる?」
「聞いてる。みっこは聞かない? 怖い夢の話」
「知ってる? 人の話で一番つまらないのは、その日見た夢の話だって」
 みっこはそう言いながら、バッグから体操服を取り出す。それを顔が全部黒色のネズミのキャラクターが描かれたビニールの袋に詰めた。お世辞にも可愛いといえない。ただみっこはそのキャラクターを昔から愛していた。よく見ると、そのビニール袋には油性のマジックで「ネズミーらぶ」と手書きで書かれている。ハートマーク付きだ。わざわざ自分で書いたのだろう。そういうことをみっこはマメにする。僕にはその感性は分からない。ただ、その字が可愛かった。その字を切り取って自分の部屋の机の中に入れておきたい。そういうことは本人には言えない。僕はずっと言えないんじゃないか、と思う。「え、どこ行くの?」周りを見渡すと、他のクラスメイトもめいめい動き始めていた。主に女子が。「馬鹿ね、次、体育よ」
「え、僕も?」
「当然」
「うそ、男子ってどこで着替えるの?」
 それを聞いたみっこが心から不思議そうな、あるいは心配そうな顔をして再び近づいてきた。「サクちゃん、大丈夫? 今日何だかおかしいよ」あんまりにみっこの心配そうな顔が近づいてきて、僕はいたたまれなくなって首を大きく振って左を見る。「熱でもある?」みっこが僕の顔を追いかけて覗きこんでくる。「だ、大丈夫! ほらさ、まだ寝ぼけてんのかな僕」
「もう。男子はいつもここで着替えてるでしょ」みっこが首を振りながら答える。
 周りを見ると多くの男子が自分のワイシャツに手を掛けていた。そしてみっこを見ている。これから着替えるっていうところで多感な男子学生の中に一人女子が混ざってるのだから当たり前だ。「笠原、着替えていい?」そんな男子の声を受けてみっこは軽く笑いながらそそくさと出て行こうとする。何てことはない。今みっこに話しかけた男子もみこっこのことが好きなのだ。僕は確実な噂でそれを知っている。みっこに話しかける機会を待っているのだ。その点、僕は話しかける機会などわざわざ見つけなくていい。もしかしたらあいつは嫉妬してたりするんじゃないだろうか。それが言い知れぬ優越感だった。
 僕はふと、思い出すようにみっこに向かって尋ねた。
「みっこ、悪魔って信じる?」
「もう行かなくちゃ。なぁに突然。それが怖い夢の正体?」
「まぁね」
 みっこがくすくす笑う。僕はその口から洩れる息を閉じ込めて自分の部屋に充満させたくなる。でも僕にはそれが出来ない。みっこはもてる。変に気取った所もなく、明るくて面白くて優しい。頭だっていい。だからもてる。でも、その程度のことしか知らなくてみっこを好きになる男はまだまだだ何もみっこを知らないと思う。そんな表面の性格じゃない。みっこにはもっと人を惹きつけるものがある。それが何なのか、僕も言葉で説明するのは難しい。自分にないもの、だと思う。みっこは僕にないものを、これかな、これかな、と言いながら優しく試してくれる。そのふわふわの布団に自分が納まる感触が、とても温かい。もっと近づきたいと思う。そして僕が何よりも嬉しいのは、みっこが一番近づいてくれるだろう男子は僕だということだった。
 それでも僕とみっこの距離は遠い。自分は貪欲だと思う。もっと、みっこに近づきたい。もっと独占したい。もっと共有したい。
 でも駄目だ。
 一を無限で割ると零になる。
 僕はみっこに誰よりも近く、そしてみっこから誰よりも遠い。
「小学生みたい」
 笠原、と再び男子が呼びかける。
「もう行くね」
「うん」
 みっこがネズミーのバッグを持って後ろを向いて歩き出した。ふわりとオレンジ色の髪が泳いだ。本当にネズミーは可愛くないなぁと思った。あれは異次元の生物だと思う。でも、「ネズミーらぶ」と一緒に眺めると不思議と可愛く思えてくるから不思議だ。
 途中の教室のドアでみっこが振り返った。
 僕がずっと見ていたのを気付かれた気がして、少し決まりが悪くて視線を逸らす。
「でもね、サクちゃん。悪魔って、結構いい人だと思うな」
「え?」
 いい人? まず人じゃないけど、と僕は思う。
 みっこらしい考え方と言えばみっこらしかった。
 僕は引き続きだらしなくみっこのオレンジ色の髪がドアの向こう側に消えるまで見続けた。
 その後自分のバッグを確かめて、体操服を忘れたことに遅まきながら気がついた。

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