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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:サク編 07話

 晴ればかりが続くと、逆に不安になる。
 僕は思うのだ。人が雨というものを初めて知ったのはいつのことだろう。ヒトがヒト以前の時から雨は確実にあった。それに神話だの科学だのの理由をつけたとしても、人はヒトになる前から雨を確実に知っていた。進化を逆に辿って、類人猿になって、ネズミみたいな哺乳類の祖先になって、その先、いや後ろか。その後ろにはたぶん、生命の根源みたいなものがあった。でもその頃から、いや生命が陸に上がる以前からきっと雨はあった。だから僕は思うのだ。人が雨を初めて知ったのはいつだろう。人が生まれて初めて見るのはいつだろう。たぶん、赤ん坊の頃だ。赤ん坊は雨が降って驚くだろうか。驚かないように思う。赤ん坊の頃から雨を見ないまま大人になって初めて雨を見たら、驚くだろうか。驚かない気がする。驚くかもしれないけど、少なくとも僕は雨を知らない人を知らない。たぶん、日食とかなら人は驚く。でも雨は驚かないと思う。雨というものは、生まれながらに記憶にインプットされているような、そんなありふれた記憶だと思う。だから人は雨が必ず止むとどこかで思っているし、晴れが続いても雨がどこかで降ってしまうんじゃないかと不安に思っている。
 修学旅行の一週間前のみっこが、そうだった。
「日本って梅雨があって、嫌ね」
「まぁね。何で?」
「もう、空の上は不安定になってきてるかも」
「まだ梅雨入りは、一ヶ月くらい先だと思うけど……」
「でも油断は出来ないわ。いっそ今降っちゃった方がいいかも」
「今降り出して雨、一週間続いたりしてね」
「それも困る」
 みっこが首を横に降った。長いオレンジ色の髪が風に泳ぐようになびく。今日はもう月曜日。来週の水曜日には修学旅行で京都に旅立つ。計画表はまだ出来ていない。実は一度作成完了したのだが、今は白紙に戻った。一度目は主にみっこが作った。班員は「あそこに行きたい」「ここが綺麗」などと言うだけ言って計画の方はみっこに全部放った。当然授業一時間で出来るわけもなく、計画表をみっこが家に持ち帰って一人で一度作ってきた。まぁそのくらいなら他の班も似たようなものだったのだけど、みっこが次の日作ってきた計画表の出来栄えは一際見事で、おそらくガイドブックを隅々まで読破してきたのだろう。勇敢に班員の夢を詰め込んだ結果、例えば三十三間堂の持ち時間は十分だった。たぶん三十三間を全力疾走しなければ実現は難しいです、と竹島に真顔で指摘され、一同反省のもと、今日学校の帰りに近くの公民館で再び作成することになったのだ。
「この公民館、少しだけ本があるのね。初めて知った」
 みっこが少し弾む声で言った。
「来たことないの?」
「サクちゃん、あるの?」
「まぁね。そこら辺にある諺とか漢字の四コマ漫画面白いよ。あ、たぶんその裏の本棚にある『たかしよいち』の歴史漫画はおススメかな」
「凄いわね。最近来たの?」
「小学校の頃までちょくちょく来てたかも」
「でも両方漫画なのね」
「まぁね……」
 ふふ、と笑いながらみっこがガイドブックと白紙に戻った計画表を円テーブルの上に出した。椅子はちょうど六つあったけれど、班員の集まりが悪くて四人しか来ていない。あまった二つの椅子に僕らはバックを置く。
「そう言えばさ、ここなら京都の本、もっとあるんじゃない?」
 みっこが今世紀最高の発見のように、キラキラ輝いた目で僕らを見つめた。
「でもさ、このガイドブックでまとめらんないんだよ。他の本なんて見たってさ」
 僕がガイドブックを指差しながら言ったけど、みっこは「見るだけ」と本棚の奥の方へ行ってしまう。「かさはらー、俺部活行かなきゃだからさ」とライバルが言った。みっこのことが好きなら部活なんて諦めればいいんだ。その程度の気持ちなら帰ればいいのに、と僕は何だか勝ち誇った気分で、彼を見て思い出した。彼はスパルタで有名な野球部だ。確かに野球部なら行かなければならないだろう。中学生に対して顧問の先生の権限は強すぎる。逆にあの顧問ありて、遅刻を覚悟で公民館まで足を運んだ彼を褒め称えるべきなのかもしれない。でも、まぁ、それは野球部を選んだ自分が悪いわけだし、タイミングというものも悪かったと思う。「いいよ、僕らやるから」と僕は別に悪意もなく彼に伝えた。彼は言葉に詰まって僕を見た。感謝こそされても、そんな複雑な表情で見られるいわれはない。いや、少しあるのに僕は気付いているが、現実的にそうしなければならないだろう。彼にとって部活の優先度は修学旅行よりも高いだろうから。聞いた話じゃ、野球部連中は修学旅行の朝も早起きして筋トレを行うらしい。
「じゃあ俺行くよ。よろしくな」
 彼が鞄を持って出て行く。もう一人の班員は女子だ。彼女はちょっと暗い。あまり話したことがない。長い前髪が目にかぶって、視点が読めない。今はその前髪を邪魔そうに払いながら、ガイドブックを見ていた。京都は呪術の街でもあるらしいので、結構興味があるのかもしれない、と考えてみたがそれは考えすぎだ。彼女は話してみれば結構穏やかで優しいタイプであることを僕は知っている。
「みっこ」
 僕は誰にともなく呟いた。あーあ、僕が止めなきゃというポーズ。本棚の後ろに行ってしまったみっこを追うためのポーズ。
 窓から夕日が差している。赤い。風ではためく白いカーテンに火がつきそうなほど。驚くほど赤い。本棚に詰まった本が燃えそうなほど。そして少しでも影になっているところは、すっぱりと黒だった。その赤と黒の潔いコントラストが綺麗で、原色の空気からは少しだけ夏を連想させた。本棚の数は大して多くない割に、手狭だったので迷路のようで、その奥へ奥へ僕は向かう。「みっこ」再び僕は呼びかけた。何だか、この奥に行ったとしてもみっこはいないんじゃないかという遠さを感じる。
 本棚の迷路の一番奥。
 みっこは赤く立っていた。
 はっとして立ち止まる。僕は絵なんて破滅的だけど、世界中の画家達に「絵を描きたい」と思わせるのは、こういうシーンなんじゃないかと思った。こういうシーンが、写真なんかじゃなくて、自分の目で、自分の記憶で感じたものを、どうにかしてそのまま、絶対にそのまま、狂おしいほどにそのまま残したい、そう感じさせるんじゃないかと思った。僕は絵なんて破滅的だけど、時間を止めてしまいたい、と思った。
 みっこはすらりとしたフォルムで一冊の本を手にとってペラペラとめくっている。髪は夕日を浴びて光に溶けるように赤色だった。そして浴びた光を滴らせるような、さらさらの長髪。形の良い目と鼻のシルエットが真剣さを物語っていた。
「サクちゃん」
 唐突に呼ばれて、体が震える。気付いていたのか。
「なに?」
「ここって図書館だから借りれるのよね?」
「そりゃあね。たぶんカードもあるよ僕。何読んでるの?」
 僕はそこでみっこに近づいた。触れられないものに触れられるような高揚感を持ちながら。もちろん、近づいたってその髪一本にさえ触れることは出来ないということは知っているのだけど。
 僕はみっこが見てた本を見て、少し驚く。
「ギター?」
 みっこが握っていた本は、ギターの入門書だった。しかも結構古い。
「みっこ、ギターなんて始めたの?」
「うん。最近ね。お兄ちゃんがくれたの」
「へぇ」
「だから、これ、借りたいなって」
「ふーん、いいんじゃない。僕が借りてあげるよ」
「ありがとうサクちゃん」
 みっこが嬉しそうに僕の目を見る。僕はそれだけで心が溢れた気がした。このままみっこの方に倒れてしまって抱きしめてしまったら死んでしまってもいいと思った。もし、そうしたら? 周りに誰もいない図書館の奥で、少しロマンチックだ。みっこは、どういう反応をするんだろう。でも、そんな勇気はない。僕は無理矢理心を妄想から引き剥がして、自分でも分かるほどふやけた顔で笑った。
「みっこがギターなんて意外だな」
「そう? でも歌、好きよ。ギターだって筋がいいってお兄ちゃんが」
「それは”あばたもえくぼ”って言うんだ」
「それ、諺の四コマ漫画から? でも使い方、少し違わない?」
「あの漫画、展開が強引なんだよ」
 くすくすとみっこが笑った。まぁ、いいかと僕は思う。このままこんな時間が続くなら別に何らかの進展なんていらないのかもしれない。僕とみっこはこの距離感のまま、くすぐったいような気持ちを抱えて毎日を過ごす。それもいいのかもしれない。終わりなんてないだろうと僕は思った。「行こう。早く決めちゃわないと。みっこが一番遊んでるんだから」
「ごめんね」とみっこが悪魔的に笑う。僕はそれで世界に絶えない戦争まで許した。
 僕は本棚の迷路を歩き出す。
「サクちゃん」
「なに?」振り返った。
 みっこがまだ笑っている。
「いつか、歌、聞かせてあげるね」
「本当に? 約束だよ」
「うん! 約束!」
 みっこが強くおどけるように言った。
 ああ、手をつないでしまいたい。そしてここから歩きたい。でも、そんな勇気はない。僕は無理矢理心を妄想から引き剥がして、自分ではかっこよく笑ったつもりで歩き出した。
 いつか、みっこの歌が聞ける。
 それ自体よりも、みっことの約束が嬉しかった。
 みっこからそれを約束してくれたのが嬉しかった。
 机に戻ると、班員で一人残ってガイドブックとにらめっこしてた彼女がペンをいつの間にか出していた。そして計画書の欄が一つ埋まってる。
「晴明神社」と綺麗な字で書かれた横に二重丸が付いていた。静かな自己主張をチリチリと感じた。あ、そう、そこ僕ら行くんだと冷めて思った。そのセレクトは彼女によく似合っている。
 それから今度こそガイドブックを使い慣れたみっこの監督に加え、僕らの実現可能な妥協をまとめる。金閣寺と銀閣寺、行くならばどっちかという話になって、二対一で金閣寺が負けた。つまり僕が負けた。みっこは銀閣寺を選んだのだ。みっこなら絶対金閣寺を選ぶと思ったのに。「金閣寺は放っておいてもいいような気がして……」とみっこは良い訳っぽく言った。「そうかな……。別にどっちでもいいんだけどさ」
 それらの案を盛り込んで現実的にまとめる。行きたい場所を点として幾つか上げて、バスで線を結んだら自然とまとまった形になった。それでも結構時間がかかった。もう部活も終わる時間だろう。これを昨日はみっこ一人でまとめ上げたのだ。しかも、あんな難攻不落の行程を。余程頭を使ったに違いなくて、僕は申し訳なく思った。
 それを次の日竹島先生に提出した。ギリギリです、と冷静に言われた。本当はもうギリギリも何もない、締め切りは過ぎているに違いない。
 修学旅行が一週間先に迫っている。日に日に増える修学旅行のレクリエーションと、話題が生徒に留まらず先生までも浮き足立たせて、授業どころではない。長いような、短いような、何とも言えない時間感覚で授業が、そして日付が進む。その一週間はずっと晴れていた、ということだけしか記憶に残っていない。幾度となくみっこが教えてくれた天気予報だと、修学旅行の日も晴れなのだという。だけどここまで晴れが続くと、それを疑いたくなる。晴れは必ず続かない。サイコロを振るようなものだ。一が出れば雨。他だと晴れ。この一週間はたまたま一以外が出てくれた。でも一が出る確率は零になったわけではないから、六回振れば確率上一が一度は出る。一以外が長く出続ければ、一は自己顕示欲が強くなったように必ず次に出たそうな迫力を持ってくる。大事なところで一を出してやるぞ、という。気がつくと僕は修学旅行の支度をまとめて、ベッドに入っていた。電気を消す。暗い。溶けていきそうだ。サイコロ。立方体。赤目。一つ。下は六。六。床。茶色の床。赤と茶。間を取ってオレンジ。溶ける。同じ体温。同じ肌。触れる。溶ける。なくなる。全く違う。オレンジ。
 みっこ。触れる。溶ける。なくなる。
 みっこ。
 触れられない。
 届かない。
 白は結果の色。
 まっさら、何もないという色。
 元に戻せない。
 元に戻せない。
 戻す、っていうのは?
 ああ――
 ああああああああああ!
 呻く。
 目を開いた。
 空が見えた。灰色だ。視点がぐっと近くなる。枝が見えた。茶色だ。桜の枝だ。腕を持ち上げてみる。空を握ってみる。問題はない。
 掌を見てみると、泥が付いていた。多少湿気を帯びていて黒い。だから僕はその泥を避けるように手首で右目を抑えた。左目で自分の腕を見ている。その腕に透明な液体が流れた。その液体の筋は肘に達して、水滴になるまで待つと、ぽとりと落ちた。黒い土に落ちた瞬間に消え去る。うっ、としゃくり上げる。情けない。いつの話を思い出しているんだ僕は。でも、まだ思い出せてよかった。まだ僕の理由があってよかった。体が震えた。少し寒い。ただ歯の隙間だけから、熱い吐息が洩れる。噛みしめてないと嗚咽を漏らしてしまいそうだ。これが熱を外に出してしまっているのだ。だから寒い。帰ろう。でもしばらく足が立たなかった。人の気配を感じる。それはそうだろう。ここは大学だ。
 僕は泣いた。さらさらと泣いた。
 随分と長い間、そうしていた。
 やってくれたな。
 一度に多くの記憶を食われると、記憶と精神の統合性が取れず虚脱状態になることがある。というか僕は特に初期、それを山ほど経験した。だからどの程度の質の記憶をどの程度悪魔に渡せばそうならないか、微妙なバランスを知っている。この程度ならまだ軽い。僕は自転車をそこに置いたまま、桜の木に腰掛けていた。食われている、と僕は知った。なぜ大学の正面入口、こんな場所で悪魔に記憶を食われているか皆目検討がつかないが、僕は食われているようだ。おそらくは人前に悪魔が出て、そして僕の記憶を食ったのだ。人前に出てくるなと言ってあるのに。だけど確かなことは承諾がなければ悪魔は僕の記憶を食わない。多少欲張ることはあっても、僕の承諾とは全く無関係の記憶は食わない。そこは律儀に守るやつだ。だから今のこの状態は自分で望んでこうなったのだと思う。
 そして記憶が軽く錯乱した。
 悔しくて悲しい。
 まだ症状は軽い。大して記憶も食われていないだろう。恐らく立ちくらみを起こした程度で、時間のロスもそれほどないだろう。ここまであの悪魔の食事について実体験で研究したのは僕だけだろうな、と自嘲気味に笑う。一体何を食われたのだろうか。こんな場所で。分からなかった。悪魔に記憶を奪われた後、その記憶を思い出せたことは一度もない。
「あぁあ……」
 手と尻と靴に泥が付いている。それを軽く払いのける。何でこんな場所に座っているんだ。そもそもそれが分からなかった。記憶を食われる以前に、なぜ僕はここまで来たのだろう。涙はもう止んでいた。発作のようなものだ。過去という病魔だ。今の僕の理由になった時期の記憶。寂しくて虚しい。近くにぽつりと立ち尽くしている自転車に歩いてスタンドを外した。
 自転車をカラカラと引きながら、大学の入り口に向かう。
 サクちゃん。
 僕を呼ぶ声がする。でもそんなものは幻だ。今、僕は独りなのだから。
 大学の入り口にはガラスケース入りの掲示板があって、いつもつまらない貼り紙がくっ付いている。例えば将棋サークルの地域大会、管弦楽のコンサート、飲酒運転のスローガン、そして大学のニュースなど。どれもこれもがあまり関係なく、白か黒か茶かの色をしていて、大学のニュースすらわざわざ生徒に関係ないものから選んで貼っているのではないかという無関係ぶりだった。見ず知らずのどこかの棟で何かしらの研究をしている教授がどこかの賞を獲ったなどという話は、はっきり言って僕にとっては桃太郎が鬼退治をしたということよりも遠い話で現実味がない。本当はそんな教授なんていなくて、大学が自分の株を持ち上げるために内々に放った自己催眠の一種なんじゃないかと思ってしまう。
 そこに一枚、場違いにも思えるポスターが貼られていた。動きのある色使いの中に静寂があって、活力の中に寂しさがある。飛び回る蛍のような、そんなポスター。僕はそれに見入った。たぶん、生徒の誰かのライブなのだろう。右隅には場所が書かれている。きっと中央に描かれている女性のライブなのだ。かなりぼかされている。でも、僕は気付いた。僕が気付かないはずがないのだ。もし僕が気付かないのなら、これは世界中の誰も気付けはしない。その自負がある。ポスターには触れられない。僕はガラスケースを指でなぞった。ポスターまでは遠い。しかも女性をなぞるのに気が引けて、ギターの方をなぞった。何度も何度も何度も。弾くようにして、音を連想した。
 何度も連想した音が、頭の中で響く。
 それは音楽を成さない。当たり前だ。僕は聞いたことがないのだから。結局聴かず仕舞いだったのだから。今となっては、なぜか聴くのも怖い。今の情けない姿が僕にはお似合いだと僕は分かっているのだ。必死に伸ばしてきた未練が、その音楽を聴くことによってぷっつりととどめをさされそうな気がする。「約束!」そうだ。僕は終わらせるのが怖い、ただの臆病者だ。昔約束したことを、果たせばそこで終わってしまう気がする。臆病者だ。臆病者なのだ。どうしようもないんだ。
 ――行こう。
 変化を見届けるために。

「STREET LIVE」
「Goodbye, orange-girl」

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