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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:蜜編 現在 35話

白衣を着た男(それを後姿で男だと判断したのは、おおよそ白衣とは縁遠い、よく引き締まった筋肉質なラインを白衣越しに感じ取る事が出来たからだ)は、こちらを振り返りもせずに、直線的且つ硬質的な声で言った。「何だ?」
「あの……学祭の件で色々と調べたい事がありまして」
「学祭?」
「ウチに通ってる学生の出身校を調べたいんですけど」
「……それを調べてどうする?」
調べてどうすると言われても、別にどうする事もない。そもそも学祭の件で色々と調べたい訳でもない。サイコ師匠がそう言っておけば大丈夫だと言ったから、そう言ったまでだ。予想外の反応に戸惑う。すんなりと事が運ぶ予定では無かったのか。白衣の男は振り向かない。

「え?と……学祭の落語研究会の演目で、自分達のルーツを探るというネタを演ろうと考えてるんです。それでウチの学生達の出身校を調べて回ろうかなぁと考えまして。でも中々作業が進まないので、面倒だから学務課で調べてもらおうかなぁ……なんて」

咄嗟に思い付いたにしては上出来な嘘だ。落語研究会の名前を出したのは申し訳ないが、話がこじれてもサイコ師匠なら何とか上手く誤魔化してくれるような気がする。そもそも普通、学務課で学生の出身校を教えてくれるものなのか謎だが、今、頼れる場所は此処しかないので仕方が無い。白衣の男はギシリと金属的な音を立てながらパイプ椅子を立ち上がると、直立不動に近い姿勢でこちらを振り返った。

「面倒という理由には、あまり感心せんな」
「……いや、えっと、学祭まで、あまり時間がないので」
「まぁ良い。君の学生IDを言いたまえ。で、何を調べたい?」

白衣の男は起動したままのパソコンがある席に再び腰をかけると、やはりこちらを見ようともせずにキーボードに指を当てた。白髪混じりではあるが精悍な顔付きをした男は、四十代後半から五十代前半に見える。常に奥歯を噛み締めたような表情で話すので、唇がへの字に曲がっている。神経質そうではあるが、若い頃はテニスで汗を流していたと言われたら信じてしまいそうな、若々しい爽快感も滲んでいる。何とも言えぬ不思議な雰囲気だ。

「話を聞いていたか?」
「……あ、はい、すみません、何ですか?」
「君の学生IDを教えたまえ、と言っている。それから何を調べるのかもだ」

学生ID? 思わず笑いそうになった。何たる偶然。何たる幸運。数時間前。図書室。ヴィンセントが悪戯で何かを登録していた。あれは学生IDだったはずだ。削除させなくて良かった。何番だった。思い出せ。語呂が良いから削除させなかった。悔いる蜜。クイルミツ。それだ。

「学生IDは、91032です」

「ふむ……」白衣の男はキーボードを弾いた。細長い指。眉間に深い皺が重なっており、それが頑固そうな印象を与えるが、キーボードを弾く指使いは女性のようだ。……何処かで会った事があるよう気がする。否、そんな訳はない。初めて来る場所だ。だが、何故だか目の前の独特の存在感に会うのは、初めてでは無い気がする。

「……蜜?」

白衣の男がモニターから視線を外し、初めて僕の顔を見た。真正面から互いの目が合った。瞬間、僕の記憶は混濁の隙間を抜け、ある時代を思い出した。その何らかに共鳴するように白衣の男が発した台詞は、僕の予想を越えるものでは無かった。白衣の男は言った。

「どうしてお前が、こんな場所にいる?」


【M線上のアリア】 現在/35


白衣の男に、僕は会った事がある。
この顔では無い。白髪混じりでは無く、眉間に深い皺が刻まれていない頃の、この顔を若くした頃の、この男に会った事がある。何処で会った? 幼い頃。異様に広い場所。赤色の絨毯。応接間。革張りのソファ。男は、そこに座っていた。隣には爺さん。……エリカの家だ。

「蜜、どうしてお前がこんな場所にいるのかを、私は聞いている」
「……先生こそ、何で此処に?」
「お前は我が校の学生では無いはずだ。どうして学生IDを持っている?」

互いに疑問ばかりで、互いに回答が得られない。恐らく混乱している。僕も、先生も。
そう、僕は男を、先生と呼んでいた。何故、先生と呼び始めたのかは覚えていない。男の名は高木。高木先生と呼んでいた。エリカの家に遊びに行った際、週に三回は高木先生がいた。先生は奥の部屋で爺さんと話し、夕刻になると部屋から出てきて、僕とエリカの話し相手になった。大抵くだらない話をした。「大人同士の会話は疲れるんだ」が先生の口癖だった。

ああ、思い出した。
小学五年の夏休みの終わり頃に、算数の宿題を抱えてエリカの家に行った。案の定、何も手を付けぬまま夏休みが終わろうとしていたからだ。それはエリカも同じだった。高木先生が、応接間で教科書とノートを広げている僕達を見付けて笑った。「宿題、終わってないのか?」それで高木先生は、僕達と一緒に宿題を解いた。百分率の計算を丁寧に教えてくれたのだ。その日から僕達は、先生を「先生」と呼ぶようになった。

ある時期から、先生はエリカの家に姿を見せなくなった。僕達が中学三年生になった頃だ。その理由を僕もエリカも知らなかったが、その時期、爺さんが不意に漏らした不可解な台詞は、今でもよく覚えている。「実験体が誤作動した」のだ。

その責任を取らされて、高木先生は姿を消した。多分、そうだと思う。否、それは今だから思う事だ。当時は解らなかった。実験体。誤作動。未だに意味が解らない、不可解な台詞として、それは僕の記憶の奥底に眠っていたのだ。その本人が、今、僕の目の前にいる。
「高木先生……」
緊迫感とは不釣合いの感情を伴って、僕はその名を呼んだ。だが、先生は僕の目を見たまま表情を変えず、再会を喜ぼうとはしなかった。「蜜、その名で私を呼ぶな」。それは再会を喜ばない訳では無く、再会の先に存在する理由を一刻も早く知りたがる、研究者の顔だったのだ。高木先生は、まるで秘め事を告白でもするかのように指先を鼻の頭に当てると、その体躯に似つかわしくない小声で、長い沈黙を破るように、こう言った。

「田所教授と呼べ。それが此処での私の名だ」

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