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三日目:蜜編 現在 37話

停滞し、沈殿し、汚濁した水面を歩いている。漂流する腐臭。何の事は無い、我々の生活の成れの果てだ。前方を高木先生が歩いている。田所教授……と呼ぶのには違和感がある。先生は下水道の構造を熟知したように歩いている。要するに此処は下水道である。その中でも、かなり広い構造の箇所であるらしい。そこを歩いている。何故、我々が下水道を歩いているのか問われたら、その答を説明する為に時間を前後しなければならない。時間は今から四十分ほど遡る。僕と先生は、学務課にいた。

「ニコラの嘘」とは先生が呟いた台詞だが、その意味まで訊ねる事は出来なかった。だが、僕がその台詞から推測した事実は一つである。ニコラ、すなわちジェームス・ニコラ・ノートンの研究には、何らかの嘘が含まれていた。しかし事実、現在、爺さんは世界的な科学者として認識されている。何故? 嘘が本当に変わったからだ。嘘を本当に変えたのは誰? その原因が「みく子」だ、と先生は言ったのだ。みく子は「失敗したバイオロイド」では無かったのか? その疑問に対する先生の答は「正解とも不正解とも言える」である。

先生は学務課のパソコンの前に座り、キーボードを弾いた。そして、その画面を僕に見せた。「学生ID:90395 笠原みく子」。画面の一番上に、そのように表示されている。生年月日、出身地、現住所。所属学部から取得資格まで、まるで履歴書のような個人情報が記載されているが、先生はデリートボタンを押すと「この情報は全て嘘だ」と言った。
「嘘?」
「みく子の出身校を知りたいと言ったな、蜜? だが此処にある彼女の情報は、残念ながら全て虚偽だ。何かと不都合があるのでな、私が書き換えてきたのだよ」
「……先生が? 何故?」
確かに画面に表示されていたみく子の現住所は、僕達の家では無かった。恐らく、その前にみく子が住んでいたアパートとも違うと思う。まるで関係のない住所だった。

「みく子の個人情報は定期的に変更してきた、あまり知られたくなかったのでな」
「……話が見えません、先生、誰に何を知られたくなかったのですか?」
「ニコラに、だよ。まさかこの大学に来るとは思わなかったのでな」


【M線上のアリア】 現在/37


ニコラ、すなわちジェームス・ニコラ・ノートン教授、要するに爺さんが娘夫婦を連れて初めて日本に来たのは、僕が小学二年生の日。その年の半年間を日本で過ごし、すぐにアメリカに帰り、その一年後に改めて日本に住んだ。娘夫婦は日本に定住したが、爺さんはアメリカと日本を定期的に往復していた。爺さんが日本を研究の拠点に移したのは、その更に数年後。「ジェームス・ノートン・研究所」を設立してからだ。爺さんは豪邸には住み着かなかったが、三日に一回は顔を出した。エリカに会う為だ。その頃、僕と高木先生も出逢った。

その当時、すでに爺さんは世界的な有名人だった。もしも「ニコラの嘘」が実在したのだとしたら、それよりずっと以前から、それは存在していたという事になる。嘘は、そのずっと以前に、本当に変わっていたのだ。嘘を本当に変えた原因は「みく子」。冷静に考えろ。もしも人間が何らかの嘘を吐いたとして、後からそれが本当に変わってしまったとしたら、次にその人間は何をする? 例えばアイスクリームを二個買って「一個しか買ってない」と嘘を吐いたとする。一個は自分で食べようとしていた、とでもしておこう。ところが冷凍庫の中のアイスクリームが、本当に一個無くなっていた。表向きには、一個は残っているのだから問題は無い。だが、実際は二個買っていたという証拠が残っていては問題が発生する。

その際、問題は二つ発生している。一つは「もう一個のアイスクリームの行方」である。誰かが勝手に持ち去ったのかもしれないし、食べてしまったのかもしれない。その「誰か」なり「何か」を探し出さなければならない。更に一つは「自分の嘘の処理」である。レシートが残っていてはいけないし、財布の中の金を合わせなければならない。辻褄を合わせる必要がある。

アイスクリームを「みく子」に置き換えたら?
正確な意味は解らないが、みく子は爺さんの嘘を本当に変えてしまった。それは事実だと思う。爺さんは嘘の原因を消そうとする。すなわち、みく子の存在を消そうとする。どうやって? 殺人? まさか。何故、爺さんは日本に研究所を設立する必要があった? そもそも何故、娘夫婦を日本に定住させる必要があった?それは娘夫婦の希望である、という事になっているが、本当にそうか? 本当は、みく子を探していたのでは無いか? そして爺さんは既に、みく子の居場所を突き止めていたのでは無いか? だから世界的権威でありながら、日本の大学の非常勤講師みたいな真似事をしているのではないか? そして一番重要な部分は、爺さんがみく子を消そうとしている事を、当然、恐らく、きっと、みく子は知っていたはずだ。
知っていながら、現在、爺さんに会いたがっている。それは何故だ?

「二日前の夜に、お前の家を出たと言ったな、蜜?」
「はい、二日前の夜です」
「同棲していたのだな……まぁ、それは良い。二日前の夜、みく子は私の研究室に来た。そこで一泊した。心配はするな。私達は定期的に会っているのでな。定期健診を兼ねている」
「……まさか。みく子の持ち物の中に、半年毎の身体データが入ったMOディスクが隠してありました。もしかして、それは先生が?」
「そこまで知っているなら話は早い。私はみく子がニコラの研究所を逃亡した日から今日まで、彼女が生体機能を維持する為の援助をして来た。私はニコラの研究組織をクビになっていたのでね、社会的には抹殺されたが、身軽な立場だった」
「先生が研究組織をクビになったのは"実験体が誤作動した"から……?」

僕の台詞に対し、先生は驚きの表情を隠さなかったが、返答はしなかった。
代わりに以下の台詞を続けた。

「私がこの大学にいる事を、ニコラは知らんよ。彼はそういう人間だ。大学にいる間は研究室から出て来ようともしないし、自分の研究に関係する以外の人間には興味が無いんだ。私が同じ大学をウロウロしていようが、ニコラは気付きもしないだろう。だが、みく子は別だ。ニコラが大学に来た理由は、恐らく最終的に、みく子を消す為だろう。彼女が再びアクセプト出来る時期を、ニコラは窺っているのさ」
「……アクセプト?」
「七年前。"実験体が誤作動した"事によって、実現出来なかった研究だ」
「……十五歳のみく子に、異変が起こった?」

部屋に隠されていたMOディスクに入っていた身体データは、十六歳以降のみく子の身体データだった。その一年前。十五歳のみく子に何らかの異変があった、という事か。爺さんは当時、何かをしようとしていた。アクセプト。だが、みく子の異変の為に実現しなかった。先生は研究組織を追い出され、その同時期に、みく子は研究室を脱出したのだ。十五歳のみく子に一体、何があった? ……中学時代? 三男。悪魔。ああ、恐らくその辺が関わっている。

「先生、ご存知ですか、みく子は明日、爺さんに会おうとしています」
「……何?」
「みく子の体が急激に白くなった原因は何ですか、先生、みく子は何をする気ですか?」

先生は親指の爪を噛んだ。
それから腕時計を見て、パソコンの電源を落とした。
パイプ椅子を立ち上がると、学務課に置かれたロッカーの扉を開けた。
見た事も無いような、大量の鍵の束。

「……忍び込むか、ニコラの研究室に」

ジェームス・ニコラ・ノートンが開発したセキュリティ・システムは完璧である。何故、人体に関わる研究を続けてきた人間がセキュリティ・システムの開発で第一人者にまで登り詰めたのかは解らない。それでも世界中から賞賛を浴びたセキュリティ・システムが蝿一匹さえも逃さないと言われているのは事実で、同様のシステムが研究室に適用されているのも事実だ。

「真正面から侵入可能な人間は存在しない」

高木先生は重そうな鍵の束を首からぶら下げると、ロッカーの中から長靴を取り出した。真正面から侵入不可能ならば、裏口からは侵入可能という意味か。外は台風が吹き荒れているから、長靴を取り出した事自体は、それほど不可解な行動ではない。少なくとも次の台詞を聞くまでは、不可解では無かった。「蜜、スーツ姿は運が悪かったな」短く笑う。
「どういう意味です?」
「ニコラは長い時、何日間も研究室から出て来ない。まぁ、最近は家に帰っているがね。彼も歳を取ったのだな。だが一度研究に没頭すると、酷い時は一週間も、机から離れなくなる」
「はい、何となく想像出来ます」
「それでは、こうは想像出来ないかね? その一週間、ニコラは風呂にも便所にも行かずに、そもそも呼吸もせずに、机の前で固まって座っているだけなのか、とね」
「……はぁ」
「そんな訳が無い。どれほど完璧なセキュリティ・システムに保護された場所にも必ず穴がある。その穴に繋がっている箇所がある。ニコラは死体では無いのだ。水を必要とし、空気を必要とする。水と空気を通す為の空間がある。蝿一匹も逃さない? それは真正面から忍び込もうとした場合に限る。裏側から侵入すれば、蝿どころか人間だって通り抜けられるのさ」
「裏側……ですか?」
「蜜、そのスーツは残念だったな、諦めたまえ」

先生は学務課を出ると、そのまま大学の廊下を歩き始めた。学生は少ない。階段を降りて一階に来ると、一直線の長い廊下が見えた。窓の外は相変わらずの雨で、少し離れた場所に背の高い建物が佇んでいる。「見えるか、あれが研究棟だ」首から下げた鍵束が、歩く度に音を鳴らしている。周囲の学生を気にしてか、それが「誰の」研究棟かを先生は言わなかったが、伝わっている。爺さんの研究室がある、研究棟だ。研究棟は学生が使っているのだろう。学生の数が増えてきた気がする。この状況から、どのようにして研究室に忍び込もうというのか。

「外に出るぞ」
突然、先生は廊下を曲がると、小さな扉を開けた。花壇。放置された青色のホース。剥き出しのコンクリート。雨水が流れている。その先。マンホール。滝壺のように音を立てながら落下する雨水。穴の大きさは大人一人分。まさかな。「ここから降りるぞ」……まさかな。

時間を戻そう。
停滞し、沈殿し、汚濁した水面を歩いている。
要するに現在、我々は下水道を通り、爺さんの研究室に向かっている。

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