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三日目:蜜編 現在 41話

「……此処だな」

先生が立ち止まった先に、ドアノブ式の扉があった。
何の変哲も無い「非常扉」と呼ぶに相応しい扉は、防火の役割も兼ねてか、分厚い鉄の一枚板のようにも見える。だが、それだけだ。何処にでもある普通の扉。それが暗闇の先に佇んでいる。この先に全ての謎を解く何かが隠されているのだとしても、気分は高揚しない。単なる扉だ。意匠を凝らした工夫が散りばめられている訳がない。先生がドアノブに手を伸ばした。鍵はかかっていないのか? 避難時にわざわざ鍵を開いてから脱出などしない。そもそも此処を利用するのは、恐らく爺さん一人(若しくは爺さんが心を許した者のみ)だけだろうから、鍵を用意する必要も考えられない。……セキュリティに厳しい人間なのに?

侵入者の可能性は考えないだろうか。実際にこうして扉の前まで来ている人間がいるのに。先生がドアノブを回転させると、扉は呆気なく開いた。実に呆気なかった。もしも天国だか地獄だかに扉があるのだとしたら、こんな風に呆気なく開くのではないか。研究室が見えた。


【M線上のアリア】 現在/41


「フン……」研究室を一瞥すると、先生は手前に引いた扉の隙間に、ポケットから取り出した厚みのある板の切れ端を挟めた。扉を開いたままの状態にして、僕の背中を軽く押す。
「此処がニコラの研究室だ、本人は呑気に外出中だがね」
無機質。窓は無い。冷房が効いている。少し前まで此処にいたという事か。部屋の奥に古臭い茶色の机がある。その横に水槽。魚は泳いでいない。……否、よく見ると小さな魚が一匹泳いでいる。泡。モーター音。左右の壁に扉が二つ。交互に眺める。
「右側は学生の研究室に繋がる扉だ」
「……学生、ですか?」
「今もいるだろうな、そのまま寝泊りする者もいる」
「気付かれませんか?」
「気付かれる訳がない。その為のセキュリティ・システムだろう?」
成程。今、ジェームス・ニコラ・ノートン教授の研究室に何者かが潜入しているなど、誰が思うだろうか。その為の厳重なセキュリティ・システム。滑稽な矛盾。笑ってしまう。

「問題は左側の扉だ」
先生は首から下げた鍵束を、再び握り締める。
「みく子が明日、此処に来るのだとしたら、この奥の部屋に用があるはずだ。ニコラは何処まで準備を終えているのかね。よもや完成させている訳はないと思うが、もしかしたら……」
先生は独白的な言葉を発しながら、左側の扉に近付いた。歩く度に鍵束の音が響く。本当に静かな場所だ。防音処理でもしているのだろうか。モーター音しか聴こえない。水槽。

僕は水槽に近付いた。横幅が悠に五メートルはあろうかという巨大な水槽。この場所に置くにしては巨大すぎる。その中を一匹の魚が泳いでいる。黒色の魚。優雅な尾びれ。……金魚?
一匹の真黒な金魚が、巨大な水槽を泳いでいる。
「先生、この金魚は……?」

左側の扉の前に屈み込み、鍵束を眺めている先生の背中に、僕は問うた。先生は首だけで振り向くと、眉間にシワを寄せた。「随分と早くに気付いたな」
「気付いた……?」
「全てを話しても良い。だが蜜、お前に全てを受け入れる覚悟はあるか?」
覚悟? 金魚の素性を聞く事に覚悟など必要あるのか? そして何と言った? 覚悟の前に、先生は何と言った? 先生は「受け入れる覚悟」と言った。目は笑っていなかった。

「……受け入れる?」
「お前が全てを思い出さないままなら、私はそれでも良いと思うがね」
「……気になります。僕が爺さんと出逢ったのは、僕が小学二年生の頃だったはずだ。先生と出逢ったのは、その後。エリカの家で先生は、僕達に夏休みの宿題を教えてくれた。だけど先生の言葉を聞いていると、とてもそうは思えない。……どうして僕が霧島や、笠原や、斉藤や、志野山という名前を知っていると? 先生は何時から、僕を知っていたんです? 全てが解るとは、一体どういう意味です? 受け入れる必要があるなら、受け入れますよ」

その瞬間、僕は冗舌だったし、感情的でもあった。その感情論が正しかったのかは解らない。とにかく僕は先生の思わせぶりな言い回しに苛々していたし、不安だったのだ。受け入れる覚悟など出来てはいなかったが、どうせ受け入れるしかないのだろう、という気持ちもあった。

「同情はしない」
先生は立ち上がると、水槽の横にある机に近付いた。無作法な手付きで一番下段の引き出しを開ける。分厚いファイルを取り出す。真白なファイル。「質問には順に答えようか」
ファイルを捲りながら、ゆっくりと僕に近付く。

「まず、ニコラとお前が最初に出逢ったのは、お前が小学二年生の頃では無い。但し、それは"正確な意味においては"だ。お前自身がニコラと出逢った日を小学二年生の頃と記憶しているのは、主観的な意味において、それも正しい。次に私とお前の出逢いの件だが、それも同様だ。私とお前が最初に出逢った頃、お前はニコラの家に入り浸っていたな。だが、私自身はお前の名を、その数十年前から知っていたよ。私が霧島や笠原の名を知っていたように。その名はお前も知っていたはずだ。最後に"全てが解るとは一体どういう意味か"だが……」

論文を読み上げるような口調で、先生は話した。
僕の脳味噌が、その言葉の全てを理解していたとは、残念ながら言い難い。
先生の言葉は正直、疑問を深めるだけのように感じたし、まるで現実的では無かった。
だけれど、その次の言葉は、僕にも理解する事が出来た。
その言葉は、それまでの言葉以上に現実的では無かったが、理解する事が出来たのだ。
残念な事に。
先生はファイルを捲った手を止め、そのページを僕に見せながら言った。

「蜜、これがお前だ」

写真。
金魚の写真だった。
目の前を泳ぐのと同じ、真黒な金魚だった。

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