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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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三日目:蜜編 現在 42話

真黒な金魚は、巨大な水槽の中を悠然と泳いでいた。
一匹の金魚の為に用意された巨大な水槽は、彼(若しくは彼女)が知り得る世界の全てであった。それは尾びれを動かし、何処に辿り着く訳でも無く泳ぎ続けた。「金魚……僕が?」
「そうとも言えるし、既に違うとも言える」
おおよそ理解の範疇を越えた台詞を呟いた後で、先生は中指を擦るようにして、次のページを捲った。「これもお前だ」写真を見せる。そこに写っていたのは蛙。やはり真黒な蛙。
「金魚……蛙?」
意味が解らない。頭痛。鈍痛。頭上から背骨を貫通していくような痛みを感じながら、考える。考える? 考える事に意味は無い。解っている。僕は知っているのだ、次に何が見えるか。
「そしてお前は、既に蛙ではないとも言える……次に」
「……次に見せる写真は、鼠ですね」
「……やはり思い出していたのか?」
「いや……」

思い出した訳では無い。只、夢を見た。図書室で見た夢だ。
灯油を敷き詰めた浴槽を金魚が泳ぎ、それを蛙が食う。その蛙もやはり鼠の腹に飲み込まれる。そういう夢を見た。あれは夢か? 多分、恐らく、数時間前に僕が図書室で失神する直前、ヴィンセントは僕の記憶を食った。大量の記憶を食ったのだと思う。記憶に巨大な穴が生まれたのではないか。過去と現在が大きく陥没するような穴だ。もしも陥没した部分に、それまで隠れていた記憶が一気に流れ落ちてきたのだとしたら? それは思い出した訳ではない。

「落ちてきたんです」
「落ちてきた?」
「いや……今、先生が言った事を予測出来るような気がした、という意味です。夢を見たんです。だけれど意味はまったく解りません。僕が金魚だったと言われても理解は出来ません」
「……続きはあるよ、鼠の写真の後にもね、見るかね?」
「いえ……」

腹が減らない。何故だ。金魚。蛙。鼠。その続き。真黒。理解不能。倦怠感。焦燥感。疑問。この期に及んで怒りも悲しみも感じる事は無く、涙すら出て来ない。何故だ。受け入れる? 何だそれは。僕の問題はみく子じゃなかったのか? みく子を救う為に大学に来たのでは無かったのか。この状況は何だ。「……意味が解らないんです、先生、教えてください」

その場に座り込んでしまいたかったが、僕の体は座ろうとしなかった。先生はファイルを閉じ、それを机の上に乗せると、その表紙に手を置いた。やはり水槽のモーター音だけが響いた。

「ニコラの研究は、引き継がれてきた命と、その行方を知る為のモノだ」


【M線上のアリア】 現在/42


そこから始まった先生の言葉は、演説のようでもあったし、独白のようでもあった。大学の講義を受けているようでもあったし、長年に渡って秘め続けた告白を聞いているようでもあった。僕はその一字一句も聞き逃したくは無かった。先生は水槽を眺めながら話し始めた。

「ニコラの研究……元々は百年以上前に、日本で始まったものだ。勿論、そこにニコラはいなかった。霧島も笠原も斉藤も、生まれてさえいなかった。当然、私もいなかった。それは何の為の研究だったか。戦争の為の研究だった。百年前の日本が何をしていたか? 明治三七年。一九〇四年。日露戦争。日本は世界を相手に戦争をするようになっていた。此処で重要なのは日露戦争の背景では無い。日本軍が"兵力"というモノに着目した点だ。百年前の戦争がどんなモノか想像できるかね? ライト兄弟がキティホークで飛行機を飛ばしたのが一九〇三年だ。飛行機を戦争に使えるか? それすら不透明だった時代だ。だから現代であれば幼稚とも思えるような構想も、充分まかり通ったのだよ」

「……幼稚?」

「動物を人間の思い通りに操れないかと考えたのだ。稚拙な発想だろう? だが理に適っている。一人の歩兵より一頭の猛獣の方が強いと考えるのは自然だし、鳥を操作して敵の情報を上空からスパイしようと考えるのも自然だ。イギリス陸軍がMk.I戦車を開発するのは一九一四年から始まる第一次世界大戦だ。解るかね? 百年以上前の日本では、動物を兵士、または兵器として扱おうとする構想が、実際に進められていたのだよ。例えば馬や鳩が、実際に世界中の戦場を駆けていたように、より多くの動物を訓練し、戦場で使おうと考えていたのだ」

先生は小さく「フン」と嘲笑的な笑いを浮かべてから、椅子に腰掛けた。
背もたれに軽く体重を預け、足を組む間も、その視線は水槽に向けたままだった。

「馬鹿げた訓練だ。限界があるのだよ、動物を人間の思い通りに動かそうなど。ライオンが自動小銃を乱射させる姿を想像できるかね? イルカが魚雷を避わしながら潜水艦を攻撃する姿など? 馬鹿げた夢想だ。それは不自然な姿なのだ。人間は神ではない。おおよそ自然な姿とは、神が生み出した姿をそのまま保とうと努力する時に現れるのではないかね。それが不自然な姿に見えるのは、人間が神のように振る舞うからだ。ならば、それは嘘なのだ」

水槽の中で真黒な金魚が半回転し、再び泳ぎ始めた。
金魚は休む事をせず、おおよそ永遠とも思える遊泳を繰り返していた。

「実際に構想は頓挫した。訓練された動物達は、戦場で使えるような代物では無かったのだ。そこで次に、人間は何を考えたか。動物を訓練するのでは無く、機械化しようと考えたのだ。統一した任務を完遂する為に、人間の都合の良いようにね。バイオテクノロジーなどという発想も知識も無い時代だ。それは純然たる機械化だった。動物を人間に近付けようとしたのだ。肉体の特長はそのままにな。だが、その計画も失敗する。そうすると次第に計画の中身は本来の意味から離れ、歪になっていった。今度は人間の肉体を動物に近付けようと考えた」

「……人間を?」

「狂っているが、事実だ。最初は肉体の機械化。次に肉体構造そのものを変化させる事に着目した。遺伝子操作だ。もっとも、その時代に遺伝子工学の概念など無いがね。未知の領域であるが故に、多くの人体実験が行われた。中でも志野山麺吉の実験に、軍部は一定の価値を見出した。そこで得られた回答は、遺伝による進化の可能性。遺伝子を操作した場合、突然変異に過ぎなかった第一世代の遺伝子が、その数世代後には進化として組み込まれるのではないかと仮定したのだ。それらの実験は表向きには健全な研究結果として世に公開された。後にニコラがまとめる事になる"各種オプシン遺伝子"も、その時代の研究結果だ」

それから……と言葉を繋げて、先生は一度小さく咳き込んだ。

「この段階から"戦争の手段"だった研究が"進化の可能性"を意味するようになった。やがて日中戦争が始まり、第二次世界大戦が勃発しても、研究は秘密裏に進められた。だが、この研究が戦争に使えない事は実証済みだったのでね、戦時中は至極穏やかに進められていたようだ。一九四二年、ミッドウェー海戦後の日本の経済状況は惨憺たるモノだった。当然、研究は中止されるかと思われた。だが思わぬ国から脚光を浴びる。ドイツだ。彼等は日本と並ぶ枢軸国だった。遺伝子操作の実験を耳にしたドイツは、日本からその情報と知識を仕入れた。何の為に? 無論、戦争に使う為に。この期に及んで人間は、まだこの研究を戦争に使えると信じていたのだ。ドイツに続いてイタリアも、この研究に着手する。だが一九四三年九月八日、日本より一足早くイタリアが、一九四五年五月七日にはドイツも敗戦する。研究はそのまま闇に葬られるかと思われた。……では一体、それを掘り返したのは誰か?」

「……霧島」
思わず口から零れた言葉は、僕が意識した名前では無かった。
それは勝手に、脳味噌から押し出されるように零れた、馴染み無いはずの名前だった。
先生は特に驚いた様子も無く、首を縦に小さく動かしながら「その通り、霧島だ」と呟いた。

「霧島……ジュルジュ・ド・ジュアン・キリシマ・ジョッバーナはイタリアの軍人だった。軍人でありながら優秀な科学者でもあった。ある日、彼は膨大な軍の研究資料の中から、奇妙な書類を見付ける。そこにはイタリア語で一言、こう書き添えられていたそうだ」

呼吸音。
止まぬモーター音。
首から下げた重そうな鍵束。

「Accetti di un'anima」

流暢な発音。
奇妙な言葉の意味。
再度、発する為の呼吸音。

「……魂を、受け入れよ」

それから、心音。

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