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三日目:蜜編 発生 02話

ある冬の日、僕達の施設内は、穏やかな祝福に満ちていた。
研究所の責任者、ジュルジュ・ド・ジュアン・ジョッバーナと、桐子の妹、霧島琴乃が結婚したのだ。結婚式ではない。あくまでも、結婚。結婚と言ってもジョルジュには複雑な事情があるらしく、それは施設内の数人だけによって祝われる、本当にささやかな結婚だった。

ジョルジュと琴乃が何時の間に親密になったのか、僕は知らない。桐子は知っていたかもしれないが、わざわざ妹の恋愛を僕に話そうとはしなかった。ジュルジュは日本への帰化を希望したが、それも複雑な事情があって難しく、彼は自分の名前に「霧島」の苗字を加える事で納得した。単純なイタリア人だ。僕等は広間に集まり、二人を囲んだ。冬の広間は寒く、暖房器具の音がシュンシュンと、湯気を上げながらコンクリートの壁に響いていた。

この日から、彼の「ジュルジュ・ド・ジュアン・ジョッバーナ」という長ったらしい名前の中には、「キリシマ」という一節が加えられる事となり、我々は「ジュルジュ・ド・ジュアン・キリシマ・ジョッバーナ」という、より長ったらしい名前で彼を記憶しなければならなくなった。ところが本人は、至って幸福そうな表情で「ドモアリガト、ドモアリガト」と言って回った。イタリア生まれのジョルジュの日本語は、もう随分と上達した。照れながら笑う琴乃を、桐子が眺めていた。

僕が施設に来てから、既に二年の月日が流れていた。


【M線上のアリア】 発生/02


「ジュルジュ、あんなに日本語、上手かったっけ?」

ベッドに寝そべり、点滴の針を刺されながら、僕は桐子に問うた。
桐子は「そりゃ日本人と結婚するくらいだもの」と言いながら、小さく笑った。
検体として過ごす日々は、まるで飼い犬のようだが、悪くは無い。三食寝床付きで、何不自由ない。不自由な事と言えば、好きな時間に部屋を出られない事くらいだ。他人と会話する機会も少ないが、多くの時間、僕の傍には桐子がいるから、別に寂しくも無い。

それが何時まで続くのかは解らないが、ずっと続いても悪くはないだろう。
日本は変わっていく。この先、急激に変わっていくだろう。全てが変わっていく世の中で、変わらないものがあっても別に良い。この毎日が繰り返される事に、何の不満も無い。金は欲しいが、今のところ必要ない。研究は何処まで進んでいるのだろう? 検体と呼ばれるものの、検体らしい事は特にしていない。採血と運動。それだけだ。

「琴乃、幸せね」
「ん?」
「結婚か……」

窓は無いが、今は恐らく夜だった。
時計も無いので、僕の毎日は全て桐子に管理されてると言っても良い。桐子が起こす時間に起き、桐子が食事を運ぶ時間に食事を摂る。桐子が外出しようと言えば付いて行き、桐子が電気を消せば、僕は眠る。「飼い犬のようだな」と自嘲気味に呟くが、不快ではない。

仲間達は、国家の飼い犬のように、戦場を這いずり回りながら死んだ。
僕は安穏と生き延び、今では女の言いなりになっている。
……不快ではない。不快ではないのだ。

「……ねぇ、何の為に生きてる?」
「何が?」
「光クン、何の為に戦争に行って、今は何の為に生きてる?」

さぁね、少なくとも今は。「毎日楽しいよ、僕は」
「こんな生活が?」桐子が大袈裟に、人形のような目を大きくする。
「ああ、こんな生活が。毎日、飯を食って、眠る。それで充分だ。退屈では無い」

何の為に戦争に行った?
餓鬼だった僕に、そんな事は聞かないで欲しい。
それが唯一絶対の正義だと信ずればこそ、それを守るべきだった。
ところが今では、その時の正義は裁かれ、その時の悪が、この国を作り直してる。
僕は守りたかった。だけれど、無理だった。これ以上、そこに触れて欲しくは無いんだ。

「……未来の子供達は、今の時代を知らなくなるのね」
「そりゃそうだ、未来だもの」
「だとしたら、今を今のままで止めてしまえたら……」
「え?」
「今を生きる人達だけが、ずっと生き続ける事が出来たら、少しは賢くなるかしら」

その夜の桐子は、少しだけ変だった。
妹が結婚した夜だから、感傷的な気分になるのは解る。
だけれど桐子が呟く言葉は、それとは異なる温度を保ちながら、とても鋭利で。
それ以上呟いてしまうと、自分自身を傷付けてしまうような、危うい言葉だった。

「……だとしたら、正しいのかしら。結婚するのは正しい事なのかしら。次世代を産み育てるのは正しい事なのかしら。もしかしたら、もしかしたら子供なんて産まずに、ずっと現世代だけが生き続ける事が出来るなら、何かを学んで、それを永遠に忘れずにいられるのなら、もしも人間が死なずにいられるのなら、その方がずっと、世界の為になるんじゃないのかしら」

「いや……」否定しかけて、僕は言葉を止めた。
言うべき言葉が見当たらなかったし、言ったとしても桐子は、きっと聞いていなかった。
それに僕自身、桐子の言葉に共感する部分もあった。
飼い犬のように這いずり回った戦争が終わり、親兄弟は全て死に、僕は一人だった。
何故、死ななければならなかった? 何故、生きなければならない?

そして、こんな感情さえも、数十年後には忘れてしまうだろう。
こんな感情を忘れた世代が、こんな感情を知らない世代を育てるだろう。次世代は、現在の我々の感情など知らずに育ち、意味の無い事で笑い、怒り、退屈を貪るだろう。この国は良くなるか? 解らない。知らない。アメリカ兵が乗り込んだ辺境の小さな研究施設。その中の単なる一室。そこで何を叫んでも、世界には響かない。桐子は長い時間、天井を眺めていた。

「生きたいわね……」

桐子がジェームス・ニコラ・ノートン博士と結婚したのは、その半年後の夏だった。

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