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三日目:蜜編 発生 04話

桐子が施設を去って一年が過ぎた頃から、次第に僕の周囲は慌しくなった。
点滴と採血と運動だけだった僕の日常には、新たに何項目かの行動が追加され、それはすなわち徹底的に制限された食事、睡眠、内科(細かく分類して消化器・呼吸器・循環器・神経・心療・血液・免疫・その他)、外科、皮膚科、眼科、歯科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、大腸肛門科、精神神経科、ありとあらゆる診療科に出向く羽目になり、要するに、今後の実験に相応しい検体になるべく、検体らしい検体としての日常を過ごす事になったのだ。

桐子の代わりに僕の身辺を世話するようになったのは、若い男だった。
僕より年下の彼は、桐子が施設を去った次の日に、まるで普段通りの行動と言わんばかりの表情で「光さん、点滴の時間です」と言ってのけた。普通、初対面ならば自己紹介の一つくらいあっても良さそうなものを、この白衣の上からでも判る小柄ながらもよく引き締まった筋肉質なラインを持った若者は、色白の小難しそうな表情を定着させたまま、直線的且つ硬質的な声で「腕を出してください」とも言ってのけた。「なぁ、名前くらい教えてくれよ?」
手際よく針を刺そうとする彼に、枕元から僕は問うた。

「名前、ですか?」
「そうだ、君の名前だ。君は今日から僕の世話役になるんだろ?」
「……そうですね、互いの意思疎通に、必ずしも名称が必要とは限りませんが、一般的交流において相手の名前を知らないのは、確かに不便かもしれません。申し遅れました、昨日より当施設に配属になりました、高木です。よろしくお願いします」
「……随分、長い名前だな」


【M線上のアリア】 発生/04


厭味のような一言を添えながら、この平坦で抑揚の無い喋り方をする若者が、意外と冗舌で聡明である事に、僕は小さな興味を抱いた。「へぇ、昨日からね」……昨日、配属になった? という事は以前から施設にいたけれど僕が知らなかったという訳では無く、本当に桐子と入れ替わりに配置された人材という事になる。外見的には非常に若く(まぁ、桐子も若かったが)、まだ未成年のような印象さえ受ける。

「高木君ね、下の名前は? 何歳?」
「大成です。高木大成。今年の秋に十九歳になります」

十九歳。という事は、戦後の学制改革における高等学校教育を、今年終了したばかりのはず。大学に進学せずに、研究施設に配属されている、という事は。――天才。それを表している。高木はカルテを手に取ると、懐中時計を確認し、器用に時刻を書き込んだ。

「十九歳か。そりゃすごい。僕が十九歳の時は戦場にいたよ。と言っても一年もいなかったがね。すぐに戦争が終わったから。帰ってきたら親兄弟は全員死んでいたから、今はこうして気軽な身の上だがね。こんな施設で暮らしても、心配する奴なんかいないんだから。ところで君の故郷は何処かね? 何処で生まれ育ったのかね?」

ほんの瞬間、高木は中空を睨むような表情を浮かべたが、それが僕に対してであるのか、何に対してであるのかは解らなかった。只、次の瞬間には先刻通りの平坦で抑揚の無い口調で「田所村です」とだけ言った。

「田所村?」
「島根県です、今は存在しませんが」
「存在しない? 島根が? そんな事ないだろう」
「田所村が、です。今年の春に合併して、出羽村になりましたので」
「へぇ、そうか、君は島根の出身なのか。それが何故また、こんな施設へ赴く事に?」

高木は僕のベッドの足下に移動すると、液体が落下する管を眺めて「点滴は十一時までです。それが終わったら十一時十五分より内科病棟へ移動します。私が呼びに来ますので、それまで自由に過ごしてください」と、ここで数年間も生活している先輩としては解りきっている事を、改めて説明した。「……ああ、まぁ、よろしく頼むよ」

――この時期から、職員・研究員達の噂話を、よく耳にするようになった。
遂に人体実験が始まる。しかしノートン博士とジョルジュ主任の間で、意見が分かれている。
近々、研究チームは二派に分かれる。現在、検体は一人(言うまでもなく僕の事であろう)であるが、新たな検体が必要になる。新たに必要になるのは「ノートン派」の実験用の検体である。(要するに僕は「ジュルジュ派」の実験用の検体だった、という事になる。)

それはすなわち「ジョルジュ派」の研究こそが本道であった事を意味する。
この段階に来て今更、ノートン博士が何を思い付いたのかは知らない。
僕は只、桐子を考えた。桐子の声を思い出そうとした。
桐子の、あの声を、思い出そうとした。

それは暫くの間、僕の脳内を豊潤に満たしてはいたが、一ヶ月、二ヶ月と月日が流れる毎に、声は遠く、薄くなり、やがて館内放送が桐子の出産を伝える頃には、僕は彼女の声どころか、歩き方さえも鮮明に思い出せなくなっていた。噂の人体実験は、中々始まらなかった。

高木が僕の世話役になり、一年が過ぎた。
その朝、高木は部屋の扉を開けるなり、その台詞を発した。
それは高木にしては抑揚に満ちた、ハッキリとした輪郭のある声だった。

「人体実験の開始と、日程が決定しました」

何を告げられたのか、瞬間的には理解し難かった。
赤紙を受け取った瞬間に似ていたような気がするが、恐らくは違う。
それは僕が自分で望んだ事だったし、望んだ事が手に入るのが遅かっただけだった。
「ようやくだな。一体、何年、待たされた?」
意図的な憎まれ口を叩こうとした僕に、高木が告げたのは、更に意外な宣告。

「検体のコードネームは"MIX"。日本人女性です」
「……女性? どういう事だ?」
「霧島桐子です」

空中戦。
ゼロ戦が素早く旋回して、背後からの射撃。
爆発。落下。炎上。
どうして生き残ってしまったのだろう?

嗚呼、どうして生き残ってしまったのだろう?

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