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三日目:蜜編 発生 06話

検体"MIX"――霧島桐子を使用した人体実験の開始日は、八月十五日に決定した。
続けて翌日、検体"MIX_2"、即ち僕の人体実験の開始日が発表された。十一月十一日。
おおよそ三ヶ月の誤差が生じる理由は「ノートン派」と「ジョルジュ派」の確執に他ならない。
以下は高木から聞いた、研究所内の噂話。

長年に渡る人体実験計画は、現状で言う「ジョルジュ派」の研究が元になっていた。ジョルジュ主任の研究はイタリア軍の研究資料を発展させたものらしい。研究の詳しい内容を聞く事は出来なかったが、積年の間に、それは既に全く別の研究となっていた。高木はジョルジュ主任の研究を「アクセプト」という単語で呼んだ。意味は解らない。僕はその人体実験の為に待機し続けているらしい。

ところが一年前にノートン博士が提唱した論理は、時流に逆らうものだった。
再度、イタリア軍の研究資料(それは戦時中の研究資料である)に立ち返り、アクセプトとは別方向のアプロウチを試みる。それがノートン博士の言い分だった。ノートン博士が提唱した理論は「スクリプト」という単語で呼ばれた。それは細胞の成長を停止させる事を第一の目的としている、と高木は言った。何故、ノートン博士は今更、わざわざ戦時中の古い資料を持ち出したのか?

桐子が、病に冒されたからだ。
それ以外の理由は考えられない。ノートン博士は止める気なのだ。桐子の病の進行を。恐らく「アクセプト」では、それは叶わないのだろう。ノートン博士は古い論理の中にこそ活路を見出したのだ。桐子を失わない活路を。ところが、ここに来て問題が発生する。斉藤夫人がノートン派の人体実験に対する資金協力を取り下げたのだ。理由は容易に推測出来る。斉藤夫人が、桐子を失わんとするノートン博士の研究を、面白く思っている訳が無い。ジュルジュ派への資金協力は引き続き行われていたが、ノートン派の研究は人体実験を目の前に暗礁に乗り上げていた。しかし……

ノートン博士には時間が無いのだ。
否、桐子には。
検体"MIX"――霧島桐子を使用した人体実験の開始日は、八月十五日に決定した。


【M線上のアリア】 発生/06


再び、夏が訪れていた。
桐子が研究所を去った夏から、一年が経った。
ところが桐子は今、此処にいる。一年前とは、まるで違う立場で。

「光クンの実験日も決まったのね」

八月六日。
精神神経科へと続く病棟の廊下の途中で、桐子と出会った。既に身辺が慌ただしくなっている桐子とは、廊下で擦れ違うのも珍しくなった。それは偶然と呼ぶべきか、たまたま同じ時間にこの廊下を渡る事は、常時であれば考えにくい出来事だった。今となっては会話どころか、目を見る事さえ難しい。ああ、桐子はこんな声だったなと、どうでも良い事を僕は考えた。

「ああ、決まった。君の実験の、三ヶ月後だ」
「三ヶ月後か……自分がどんな状態になっているのか、お互い想像付かないわね」

何故か、桐子は愉快そうに笑った。
「想像付くさ、莫大な報酬を手に入れて、こんな場所とはオサラバしてるよ」
ところが冗談めかして言った僕の台詞に、桐子は特に反応しなかった。代わりに僕の目を一直線に見詰め「今の光クンを忘れないからね」と言った。
「どういう意味?」
「ううん、言葉通りの意味よ」
「そう言えば、子供が生まれたんだろ? 男と女の双子だったっけ」
桐子は「うん、そうね」と言って、それ以上は話題を続けようとしなかった。考えてみるに、子供の面倒は誰が見ているのだろう。ノートン博士も、妻である桐子も、毎日此処にいるのに。……野暮な詮索だ。いくら資金不足に悩んでいる研究所とは言え、所長の立場にいる人間だ。手伝いの人間を雇う金くらいはあるだろう。

「……ねぇ、光クン、覚えてる?」
「何を?」
「もしかしたら子供なんて産まずに、ずっと現世代だけが生き続ける事が出来るなら、何かを学んで、それを永遠に忘れずにいられるのなら、もしも人間が死なずにいられるのなら、その方がずっと、世界の為になるんじゃないのかしら、という話」

ああ、と声を漏らしそうになった。
それはジョルジュと琴乃が結婚した夜、不意に桐子が呟いた台詞。
あれから僕の中で、音も無く渦を巻き続けていた台詞。意味を訊きたかった。意図を知りたかった。あんな事を言いながら何故、桐子が結婚したのかも、子供を産んだのかも、ずっと僕には理解出来なかった。その答が、この瞬間、僕の目の前に立っていた。だけれど僕には、その答を求める事が、どうしても出来なかった。

「……ああ、覚えてる」
「だけど死にゆく人間が、死を否定しようとするのは、正しい事なのかしら」
「あ……」

何も言えなかった。何もだ。
この瞬間、吐き気がする程に、僕は無力だった。
桐子は病に冒されている。それは何時からだった? 知らない。解らない。
僕は桐子を病から救う手段も、守る立場も、勇気づける言葉さえ、何一つ持っていなかった。
正しい事。間違っている事。知らない。解らない。
僕は無力だ。

「ねぇ、光クン、何の為に生きてる?」

廊下の角から、白衣を来た女性研究員が桐子を呼んだ。
桐子は小さく返事をすると、去り際に僕を振り返って、申し訳なさそうに笑った。
僕は右手を上げ、何故だか桐子に手を振ろうとしたのだけれど、やはり何故だか止めた。
桐子の背中は酷く小さかった。

それが、僕が最期に見た、桐子の背中で、
それが、僕が最期に聞いた、桐子の言葉だった。

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