スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

三日目:蜜編 発生 07話

ゼロ戦が墜落していく。
あの操縦桿を握りしめた戦友の顔は知っている。名前は知らない。
黒煙。前方に爽快な青空。雲。落下音は聴こえないが、数秒後には爆発するだろう。

戦場にはホタルが存在する。
それは金色に発光しながら空中を飛び回る。上昇して往く無数の魂のようにも見える。
それがホタルでは無いと気付くのが、あと数秒遅ければ、僕は機銃の直撃を受けただろう。

ゼロから生まれ、ゼロに帰す。
ゼロは連続し、再び次のゼロを生むだろう。しかしゼロはゼロで在る限り、ゼロに過ぎない。ゼロに「在る」だとか「無い」だとか、そんな知覚を求めてはいけない。ゼロは、ゼロなのだ。
ゼロには意味が無い。理由が無い。発生も消滅も無い。前進も後退も停止も再開も無い。
それが無い事さえ存在しない。

「1を無限大で割ると0になる?」

ならない。
0に無限大を掛けたら1になるのか?
ゼロ戦が墜落していく。黒煙を上げながら、ホタルの群れの中へ。


【M線上のアリア】 発生/07


「何だよ、その問題は?」
高木が出した変な問題に、僕は露骨に厭な表情で返答してみせた。
「単なる数学上の理屈です。1を無限大で割ると0になる」
透明な袋から液体が滴り落ちている。無音に近い午前。高木との会話は退屈では無い。だが大方、馴れた。高木との会話は、意思の疎通を目的とした会話では無い。単に互いの思考を吐露しあう為の会話だ。それでも共有出来るモノが無いワケでは無く、共感出来るモノが無いワケでも無い。「1を割る? よく意味が解らないね」高木は特に問題を重ねようとしなかった。

高木は研究所に来る事がなければ、教師になりたかったらしい。
子供達に今のような出題でもするのだろうか。馬鹿らしい。飯を食うのも難儀な時代に、数字を捏ねくり回して、何が楽しいのか。無音に近い午前。無音に近い理由は、何となく解る。

「そろそろ始まりますね」

霧島桐子の人体実験が始まろうとしていた。
所内の多くの人間達が、東側の研究棟に集まっている。
霧島桐子を霧島桐子と呼ぶ人間は、もう此処には僕以外には存在しない。大半の者は彼女を"MIX"と呼び、桐子と深く関わった者は、彼女を独特の発音で"キリコ"と呼んだ。実験は失敗する……と高木は言った。無論、僕の前だけで吐いた台詞だろう。しかし所内の人間達の大半の予想も、高木のそれと大差は無かった。資金が足りない。なのに実験を先延ばしにする時間は無い。否、時間はある。今まで散々、待たされたのだから。ノートン博士だけが、延期を許さない。「それはエゴだ」高木は呟いた。研究者のエゴでは無くて、只、それは……

ズンッ。

突然、低い、地震にも似た振動。
東側。低音。地震では無い。点滴の管が揺れる。
「……何だ?」直感を意識的に遮断する為の、意識的な発声。

高木が顔を上げる。「東側の研究棟ですね」
揺れは小さく、今日が無音に近い日で無ければ、気付かない程だった。
それは本当に小さく、小さく、小さすぎる程の揺れだったのだ。気付かずに過ごせる程の。

ゼロ戦が墜落していく。
あの操縦桿を握りしめた戦友の顔は知っている。名前は知らない。
黒煙。前方に爽快な青空。雲。落下音は聴こえないが、数秒後には爆発するだろう。

戦場にはホタルが存在する。
それは金色に発光しながら空中を飛び回る。上昇して往く無数の魂のようにも見える。
それがホタルでは無いと気付くのが、あと数秒遅ければ、僕は機銃の直撃を受けただろう。

1を無限大で割ると0になる?
解らないな、そんな難しい問題は、考えたくも無いんだ。
0に無限大を掛けたら1になるのか?
ゼロ戦が墜落していく。黒煙を上げながら、ホタルの群れの中へ。



この日、霧島桐子の時間は止まった。



原因は実験開始時の、機械の誤作動、という事になっている。
実験開始から僅か一分で、霧島桐子と、その馬鹿げた人体実験は終わりを告げたのだ。
桐子は死ななかった。代わりに彼女の時間は止まった。見る事も、聞く事も、話す事も、ましてや動く事も、永久にしなくなった。高木は、それを植物状態と呼んだが、実際には少し事情が違う、とも付け加えた。彼女は実際に、現実の中で"止まった"のだ、と言った。

ノートン博士の「スクリプト」は、細胞の成長を停止させる事を第一の目的としていた。結局、ノートン博士は桐子の病の進行を止めたかったに過ぎない。随分と安易な発想だ。発見された四体の新生児の研究データから、彼は細胞の成長を停止させる為のヒントを得た。
「死なない人間を作りたいんですよ、我々は」高木は自嘲気味に言った。

だが本当に、全ての細胞が成長を停止したら?
細胞は新陳代謝を繰り返さなくなり、髪は伸びず、爪を切る必要も無い。
体験は脳にシワを刻み込まず、一秒前に起きた出来事を、一秒後には忘れてしまう。
呼吸する事は無く、心臓が血液を全身に供給する事も無い。そう、全ては"止まった"のだ。

「……それは、死んでいるのと、どう違う?」

それでも桐子は生きていると、高木は言った。
桐子の体は腐らず、滅びず、どれだけ年月が流れようと硬直する事さえ無い。
桐子は0と1の狭間で思考しているが、それが彼女の脳に記憶として刻まれる事は無い。
今、この瞬間の姿のままで、止まった時間を、桐子は永遠に生き続ける事となったのだ。

最初からノートン博士は、それを狙っていたのだ、という噂が流れた。
明らかに不足した資金では、本来の実験を計画通りに成功させる事は難しく、だからこそ機械の誤作動は意図的なモノだった、という噂が流れた。最初から実験を成功させる気は無かった。只、現在の桐子を、現在の状態で保存する為に、ノートン博士は実験を強行したのだ。そういう噂だった。

どうでも良い。そんな事は、どちらでも良い。
只、桐子が、あの瞳で話しかけてくる事は、もう二度と無いのだな、と思った。あの細い手で触れたり、あの長い髪が揺れたりする事は、もう二度と無いのだな、と思った。あの笑い方で笑ったり、あの怒り方で怒ったり、夕陽を眺めて考え込んだりする事は、無いのだな、と思った。そう考えて、僕は静かに泣いた。

(ねぇ、光クン、何の為に生きてる?)

桐子は生きている。
死んでいるのと変わらない姿で生きている。
桐子は止まった。
生きながらにして、止まってしまった。
生きながらにして、止まってしまった。

ああ。

ジョルジョ派の計画は速やかに進み、三ヶ月後、僕の人体実験の日が訪れた。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

≪三日目:蜜編 発生 06話 | TOP | 三日目:蜜編 発生 08話≫


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。