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三日目:蜜編 発生 08話

「笠原です。今日はよろしくお願いします」

最期の朝、僕の部屋を訪れたのは、若い男だった。
正確に言えば、ココの研究所の所員の年齢層は、総じて若いと言える。
笠原と名乗る対面の男を見るのは、今日が初めてだった。柔らかい楕円を描く輪郭や、意志の強さを強調する視線は、今までに出逢ったどの所員よりも爽快感に満ちていた。中肉中背ではあるが、夏の名残か適度に日焼けしており、普段は部屋に閉じこもっている研究員とは思えぬ清潔感すら漂わせていた。笠原は並びの良い歯を見せるようにして笑った。

「実験は十二時〇〇分丁度に開始します。十時四五分までに研究棟に来てください」

前日、高木に聞かされていた情報を、笠原は繰り返した。
念を押されなくとも十時三〇分には高木がココに来て、僕は研究棟に向かうだろう。今更、逃げる気も無い。長年、待ち望んだ日が訪れた割には、気分は高揚しない。だからと言って何をする訳でも無いのだ。只、来るべき日が来た。莫大な報酬など、必要ない気がした。何の為に実験体になるのか? よく解らない。与えられた任務を完遂しようとしているだけだ。その後の事は解らない。笠原が脇に挟んだ書類の束から、一枚の紙を取り出した。白紙。それから筆。それを僕の前に置く。「時間までに、遺書を書いておいてください」

「……何?」
「遺書です、貴方の身に異変が起きた時の為に」

三ヶ月前の事故を思い出した。
桐子の事故。否、あれは事故では無いのかもしれない。
只、一分後、我が身に何が起こるか解らないという点では、同じだろう。

「……成程ね」
「報酬金の受取人も書いておいてください」
「……受取?」

悪い冗談だ。僕の代わりに報酬金を受け取る人間などいるものか。誰もいないからこそ、実験体として我が身を捧げたのだ。僕は白紙を睨み、暫し黙り込んだ。「それでは、後程……」笠原は部屋を出て、周囲は静かになった。僕は硯を取り出すと、墨を磨り、筆を持った。

ガォゥン。ガォゥン。ガォゥン。
滑走路。車輪。ゼロ戦の両翼。鉄板のような座席。

十一月十一日。最期の朝。
筆を振り下ろすと、白紙の上に、黒色の墨が散った。


【M線上のアリア】 発生/08 (発生編/完)


「時間です」

部屋を訪れた高木は、普段通りの高木だった。
三ヶ月前の桐子がそうだったように、僕を光と呼ぶ人間も、もうココには存在しない。大半の者は僕を"MIX_2"もしくは略称として"M2"と呼び、僕と深く関わった者は、僕を独特の発音で"ミツ"と呼んだ。高木だけが普段通りだった。「行きましょう、光さん」

「ああ」とベッドから腰を上げかけて、僕はフと、部屋中を眺めた。
何も無い部屋。窓も無い部屋。食事を配膳される台と、小さな椅子が在るだけの部屋。
その小さな椅子に、あの頃、桐子は座っていた。(途中からは高木が座るようになったが。)
何も無い部屋だが、壁には一丁前に染みがあり、どの位置にどんな染みが在るのかを、僕は覚えてしまった。染みが、何も無い僕の部屋にとっての家具だった。僕はそれを眺めた。

何故だか急に、この部屋を見るのは、これが最期になる気がした。
実験が終わったら、ココに帰ってくるはずなのに? 多分、恐らく、そのはずなのに。
それでも今、この部屋を眺めておかなければ、きっと深く後悔するような予感がしたのだ。

桐子が居た部屋。
忘れてしまうかもしれないが、覚えておきたい風景。
桐子は今、忘れてしまう事も、覚えておく事も、何も出来ない場所にいる。
止まった時間の中で、呼吸すら止めて、生きている。

「行きますよ」

高木が扉を開けたまま、待っている。
僕は息を深く吸い、それを数秒、肺に溜めてから吐き出した。
「……行こうか」
秋の終わりの廊下は冷たく、浸としている。
窓から枯木が見え、何時だったか桐子と話した日の事を思い出した。
桐子が羽織った、濃紺の、その薄手のカーディガンの、触れずに伝わる温度を思い出した。

(甘美ね……それが永遠に続くのだとしたら)

ああ、甘美だった。
それが永遠に続くのだとしたら、甘美だった。
だけれど、そこで止まってしまったら、きっとそれは甘美では無かった。
変化し、成長し、辛酸と共に味わうならば、きっとそれは甘美だったのかもしれない。

ガォゥン。ガォゥン。ガォゥン。
滑走路。車輪。ゼロ戦の両翼。鉄板のような座席。
否、それは巨大な研究棟から響き渡る、鉛色の無味無臭の機械音。

「此処が実験室です」

扉。
高木の声が聞こえた気がする。
聞こえなかった気もする。

「私が付いて行けるのは此処までです」
「そう、どうもありがとう」
「それでは」

踏み出す。一歩。
ガォゥン。ガォゥン。ガォゥン。
扉が開く。重い。暗い。機械。照明。水槽。
点在する白衣。
視線。

「遺書は書きましたか?」

白衣の男の声がして、それが笠原だと気付くまでに数秒を必要とした。
顔の下半分をマスクが覆っていた。
笠原の肩越しに巨大な水槽が見えて、その照明の下を、大量の金魚が泳いでいた。

「ああ、書いた、高木に渡したよ」
「そうですか、それは良かった、それでは実験の準備をしましょう」

笠原が僕を導くように歩き、僕はその後を付いて歩いた。
遠くに日本人離れした長身の背中が見えた。ジュルジュ主任の背中。
実験の詳しい内容は、最期まで伝えられなかった。
当然だ。これは医療手術では無いのだ。モルモットに実験の意図を説明するか?
今から我が身に、何が起きるのかは想像も付かない。だが既に覚悟ならば出来ている。

報酬など必要ない。
今更、莫大な報酬を手に入れても意味は無い。
只、我が身に訪れた任務を完遂する為に、僕は此処に居るのだろう。
円状の寝台が見える。無数の管。巨大な機械。小さな水槽。一匹の金魚。赤色。

ゼロ戦が墜落していく。黒煙を上げながら、ホタルの群れの中へ。
麻酔を打たれ、眠りに落ちる瞬間、僕は思った。
心残りは君だけだ、桐子。

次に僕の目が覚めた時、また君と会話が出来たら良いのに。
その為に、桐子。
止まった時間の中でも良いから、どうか君は生き続けてくれ。

もしも時間が再び動けば、きっとボクラは、また笑って話せるはずだ。
何も要らない。莫大な報酬など。何の為に生きてる?
ああ、桐子。僕は、只、君と話したい。
その為に生きていたい。

――もしも私の身に万一の事態が起きた場合は、報酬金を分割し、霧島桐子の毎月の生存維持費として使って頂きたい。私が手にする報酬金は、霧島桐子が彼女自身の時間を取り戻す為に使って頂きたいのです。私にとって霧島桐子とは、キリコ=ノートンでは無くて、やはり今でも霧島桐子なのですから。どうか彼女を、生かして欲しいのです。私が死んだとしても、彼女の時間が動く日を、私は静かに祈りたいのです。

ガォゥン。ガォゥン。ガォゥン。
こんな遺書に意味は在るのかね、桐子?
君ならば笑って破り捨ててしまうかもしれないが、それでもね、桐子。
全てが暗闇に落ちていく瞬間に、僕は希望を残しておきたいのだよ、次に目覚める希望を。

戦場にはホタルがいる。
それは無数に上昇する、魂のようだった。
0に無限大を掛けても1にはならないのならば、桐子。
僕は今、此処に1を残しておこう。

もしも君が目覚めたならば、その無限大は、君が掛けておいてくれ。

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