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三日目:蜜編 現在 55話

おばさんは動かなかった。動けなかったのだ。ティー・カップの中を緩慢に回転する、琥珀色の液体の表面を見詰めたまま、おばさんは動かなかった。思考が動作の邪魔をする。それは停止とは違う。「蜜ちゃんが……知っている?」。唇だけを小さく動かす。

爺さんが発表した幾つかの論文。
accept。意味は「受容」。"欠損状態を受け入れよ"。
その文脈の際に繰り返し使われる表現が「be accept」だったはずだ。
似たような文脈は「一般動物に見られる遺伝的病症」 にも「繊維細胞」にも「オプシン遺伝子」にも必ず登場する。大半が「欠損」に関連する文脈の際に使われている。

「爺さん……本当は何の研究をしているの? 今となっては、どれもこれも、キリコを取り戻す為の研究にしか思えない。おばさんは知っているんでしょ? アクセプトって何? みく子は何に利用されようとしているの? エリカは何か知っているの? 僕はどうすれば良いの?」

最後の一言は、余計だったかもしれない。
僕は自分の不安を、疑問に紛れて問いかけただけだ。おばさんが答を知っている訳が無い。
「……お母さんの話、しようか」おばさんは視点を動かし、少しだけ顔を上げた。
「蜜ちゃん……」瞬間、僕を見たおばさんの瞳は、異質な悲しみを漂わせていた。

異質――要するに、それは。


【M線上のアリア】 現在/55


「この辺には昔、国の研究施設があったの……」

おばさんの一言から、その長い悲劇は語られた。
現在のノートン邸から、共都大学の辺りまで、数十年前には日本軍の研究施設が存在した。とは言え、それは国の土地では無く、私有地だった。小高い丘があり、海を見る事も出来た。当時の地名は"志野山"。現在は地名も変わり、埋立地が増えた為、海を見る事も出来ない。

私有地に建築された、国の研究施設。そこでは戦争兵器の実験が行われていた。第二次世界大戦が終わると、この土地はアメリカ軍によって占拠される。その時、この研究施設の所長に就任したのがノートン博士。爺さんだった。ノートン博士が最初に着手したのは、此処で行われていた日本軍の研究を全て把握する事。それ以上の仕事は特に無かった。

何名かの優秀な日本人が、研究施設に残った。その中に霧島桐子が存在した。アメリカから日本に駐屯した科学者達は総じて若く、霧島桐子も若かった。研究施設は若い活気に満ち溢れていたが、特に希望があった訳では無い。アメリカ人にとっても日本人とっても、そこで行われる作業は敗戦処理以上のモノでは無かった。彼等は若さを持て余していた。

そこに一人のイタリア人が現れる。イタリア軍の重要書類を持ち出したまま逃亡した男が行き着いた先が、この研究施設だった。書類に書かれていたのは、戦前に日本軍で研究が進められていた人体兵器の実験内容。それから――死なない人間を作る可能性。

若い研究所員達にとって、それは興奮に値するニュースだった。彼等は、その特殊な知識と技能を、死なない人間を作る為だけに費やした。資金不足は常に深刻だったが、彼等の若いエネルギーは、それを諦める事をしなかった。戦争によって充分な楽しさを知らなかった彼等にとって、恐らくその時間が青春だったのだ。死なない人間を作るという、愚かな夢想に対する青春。それに疑問を抱く者はいなかった。只一人を除いて。疑問を抱いていたのは――。

霧島桐子。
彼女は一介の助手にしか過ぎなかった。研究施設で与えられていた彼女の役割は、実験体の介護。彼女自身が病弱だった為に、彼女は実験体に対しても献身的に接した。実験体は男性。彼女と実験体との間に、特別な男女の感情が芽生えていたかは解らない。とにかく。

「その実験体が……蜜ちゃん」

「あなたよ」と言いかけて、おばさんは小さく息を吐き、紅茶を口に含んだ。
死なない人間を作るという理念に対して、与えられた理論はフタツ。細胞の成長を止めてしまう事と、魂を他の生物に移動する事。魂の移動を繰り返す事で、人は永遠に生きられると考えたのだ。ところが研究過程で、人対人での魂の移動は難しい事が判明した。直接、人から人へ魂を移動させる事は不可能。一度、別の容器を経由しなければならない。下等な生物から順を経て、最終的に人間に辿り着く必要があった。最初に選ばれた生物は、金魚。

ノートン博士と、霧島桐子が結婚したのは、その頃。
突然の結婚だった。「当時、お母さんの体は、病魔に侵されていたの」
ノートン博士は霧島桐子に愛情を抱いていた。桐子の病気の進行を知った時、ノートン博士は彼女を救う手段を考える。彼は桐子を妻として迎え入れ、やがて彼女は実験体となった。

当時、施設内では人間の魂を金魚に移動する研究が優先的に進められていたが、ノートン博士は単独で、細胞停止の研究を再開させる。当然、施設内は二派に分裂し、激しく対立する。ノートン博士は斉藤財閥からの資金提供を確保すると、独自の研究を一気に推し進める。
"桐子の細胞の成長を止める"。それがノートン博士の選択だった。

霧島桐子が……彼女自身が永遠に生きる事を望んでいたかは解らない。彼女は研究に疑問を抱いていた。だが爺さんは、ノートン博士は、失いたくなかったのだ、彼女を。我が身を振り返る。現在、みく子を救おうとしている、我が身を。やはり僕は失いたくないのだ、みく子を。

しかし直前になり、ノートン博士の研究に対する斉藤財閥からの資金提供が、突然止まる。資金不足のまま研究は進められる。霧島桐子の病気の進行は進んでいた。あまりにも時間が無かったのだ。人体実験は失敗し、霧島桐子は停止した。

それは数十年に渡る、飽和した悲劇の始まりにしか過ぎなかった。

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