スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

一日目:蜜編 過去 01話

その日、僕はまだ十九歳だった。

空はオレンジ色に染まり始めていた。僕はアルバイト先の居酒屋『呑み処 お松』の買出しの為に、次第に人が増え始めた夕暮れ時の街を、一人で歩いていた。玉子、片栗粉、納豆、小麦粉、醤油、メリケン粉……。「粉ばっかりだな」。メモ帳の内容を確認しながら、一人でブツブツ呟いていると、不意に赤信号に出くわした。街の中心部にしては割と小さな車道で、僕の近くに赤信号を待っている人はいなかった。

相対した向こう側には、女の子が一人。
オレンジ色の髪をした細身の女の子が一人、立っている。
少しだけ上を見上げて(恐らくは歩道信号を見ているのだろう)立っている。
両手で大きな何かを抱えている。それがギター・ケースだという事は、すぐに解った。


【M線上のアリア】過去/01


車道の信号が青色から黄色に変わって、すぐに赤色に変わった。
それに呼応するように、教師の設問に答える生徒のように、歩道信号は青色に変わった。
僕はメモ帳をポケットに入れると、歩道を渡り始めた。

ところが対面に立っていた女の子は、その場を動かない。
先程までと同じ姿勢のまま、少しだけ上を見るように、歩道信号を眺めている。
僕が彼女の横を通り過ぎる瞬間も、彼女の視点は、そこから動かないままだった。
まぁ、それほど不思議な光景でもない。
よく見かける光景とは言わないが、少し変わった人間など、世の中には沢山いる。

チカ、チカ、チカ。
青信号が何度か点滅して、それは赤信号に変化した。

彼女を少し変わった人間ではなく、だいぶ変わった人間だと思ったのは、その二十分後だ。
買出しを終え巨大なダンボールを抱えて歩く僕は、二十分前と同じ場所で、彼女を発見した。
彼女はやはり二十分前と同じように、対面の歩道信号を眺めたまま、微塵も動かなかった。
どうでもいいがダンボールが重い。中にはビニール袋にして五枚分の荷物が入っている。
そのほとんどが、粉だ。だから重い。

歩道が赤になったので、僕と彼女は、並んで立つ事になった。
ダンボールが重いので、僕は思わず、それを路上のアスファルトの上に置いた。
ふぅ……と息を吐き出し、両手首をブルブルと振り、一人マッサージ染みた事をしながら、
隣に立っている彼女の事を考えていると、何となく言葉が出てしまった。

「……あの、さっきから何してるんですか?」

「え?」と、まるで不意に撫でられたペルシャ猫のような声を出して、
彼女は首を動かすと、僕を見た。何だ、普通に人間らしい反応も出来るんじゃないか。

「あ、いや、さっきココを通った時にも、ココに立ってたから」

「ああ、そういう意味かぁ」と言って小さく笑った声は、
撫でられた手を舐めるペルシャ猫のようで、そもそもペルシャ猫がどんな声か知らないが、
まぁ、大体、彼女の声がそんな感じのペルシャ猫的な声だった、という事が伝わればいい。
とにかくそこから先の彼女は、冗舌だった。

「お腹すいちゃってさ」
「は? お腹?」
「昨日から何にも食べてないの」
「え? 何で?」

彼女は空腹に酸素を詰め込むように、大きく息を吸い込むと言った。

「財布、落としたから!
 もう考えられないと思わない? いくら入ってたと思ってるのか!
 とにかくアタシ、これから歌わないといけないの、でも元気が出なくってさぁ……」

彼女はギター・ケースを見せながら「歌えるかなぁ」と笑った。

「歌? 何処で?」
「路上で。お金ないからね、少し稼ごうかと思って」
「へぇ、なるほど、そりゃあスゴイ、君は歌を唄ってる人なのか」

彼女は「へへっ」と漫画的に、照れるように笑った。
彼女の切り揃えられたオレンジ色の前髪が、夕陽を浴びている。
小さな風に揺れたそれは、まるで小麦畑のように、金色に輝いていた。

「だけどね、でもね。
 お腹が空いてたというのはよく解ったんだけど、
 キミがずっとココに立っていた理由が、イマイチ解らないんだけど」

すると彼女はギター・ケースから片方の手を離し、それで何かを指差した。
歩道信号だった。その時、歩道信号は丁度、青色だった。
だけれど僕は、まだ渡りたくなかった。

「信号?」
「そう、信号」
「何でずっと信号を?」

チカ、チカ、チカ。
青信号が何度か点滅して、それは赤信号に変化した。

「青信号が点滅するのは何回なのか、ずっと数えてたの」
「うん」
「何回数えても、ずっと同じ回数なんだよ、ずっと変わらないの」
「うん」
「もしかしたら一回くらい、どこかで変わるんじゃないかなって思って、見てたの」
「何の為に……?」

僕が訊ねると、彼女は楽しそうに笑った。
まるで悪戯を思い付いた、小悪魔のような笑い方だった。
遠くに見えるビルの影がココまで伸びて、僕の影に覆い被さっていた。

「お腹が空いていたからよ」

彼女はそう言って、僕の目を見たんだ。

書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
★ブログじゃ読めないおまけページが盛り沢山!M線上のアリア A巻 購入はコチラから!★
にほんブログ村 小説ブログへ
↑ランキング参加中!感想の代わりにお願いします。

≪一日目:しのめん編 01話 | TOP | 一日目:蜜編 過去 02話≫


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。