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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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五日目:サク編 10話

 漫然と世界は流れていく。
 人にはきっと、人生の中できっと一度だけ、全てを得たような気分になることがあって、それでいい気になっていると、あとの人生では風船が萎んでいくように得たものを失っていくように出来ている。徐々にだが確実に、そして淡々と。こうして暗闇の部屋に座っている時でさえ。風船に穴を開けたのは誰だったか? 僕なのか、みく子なのか、悪魔なのか。それとも、単なる時間の経過だったのか。もしそうならば時間は結果的に何も育てない。人は若さを失い、記憶を失い、そして命を失って終わる。時間は結果的に何も育てない。一を無限で割ると――零。
 床に放り投げられたバックの口から、小さく折りたたまれた紙のようなものがこぼれていた。何だろう。体を少しだけ傾けて拾ってみる。薄闇の中で見ると、それは思いもがけないものだった。鮮やかな花畑がプリントされている袋。コスモスの種だった。中味はもうない。なぜこんなものが僕のバックの中に入っているのだろう。しかも中味のない、ただのゴミが。もちろん中に入れた記憶はない。記憶がない。だが、自分で入れた他にない。そう言えば、この前、大学の正門近くで何を悪魔に受け渡したのだろう。少し考えてみたが分かるわけがない。このコスモスの種の空袋が関係しているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。自分の記憶は既に連続性を欠いていて、こうして時々現れる過去の片鱗の何が、失った記憶とリンクしているのか自信が持てない。自分がこうしたのではないか、という推理を組み立てることは出来るし、それは合っている時もあるようだ。でも、記憶を取り戻せることは絶対になくて、その推理は過去の自分を推し量って試すようで虚しくなる。
 ――お前が望んだことだ。
 記憶を取り戻せることは絶対にない。そしてそれは全て、過去の自分が望んだことだ。失った記憶にどれほどの価値があったのか、失ってしまってからではいつも分からない。それを選んだ自分を信じるしかない。コスモスの空袋をまたバッグの方へ思いっきり投げ捨てた。
 絶対に戻ることのないはずの記憶を戻す唯一例外的な方法。僕はそれが正しいと信じていた。でもそれは本当に正しいことだったのだろうか。漫然と世界は僕を乗せて流れていく。僕が求めたものは、そんな大それたものだったのだろうか。そんな悪いものだったのだろうか。歯を食いしばって、自分のしたことの愚かさを悔やまねばならないほどのことだったのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。青春の一時期の、些細な、ほんの些細なことを取り戻そうとしただけなのに。
 僕は間違いを犯した。
 みっこに確かめなかった一つの仮説がある。おそらくは間違いのないだろう仮説。ぎりっと歯を噛んだ。僕のせいだ。みっこの白化は別にイメージチェンジなんかではない。もしも、もしもそういう病気、みたいなものがあったなら? アルビノ、とみっこは調べていた。でもアルビノとは少し違う気がする。あれから僕も少し調べた。たぶん、それに近いが、それではない。それだけではない、のかもしれない。もしかしたら僕の影響もあって、加速度的に症状が速まっているのかもしれない。
 みっこは昔、病気だった。それはみっこの口から聞いた。いつの話だ? 僕と出会って毎日を二人で笑っていた頃ではない。中学の頃は既に病弱だったと過去形で言った。もう治せた、と。だからそれよりも前ということになる。アルビノは遺伝に関する病気だ。それに近いならば、恐らくは、生まれつき。生まれつきの病気を、中学までに長い時間をかけて治したのだろうか。それもありうる。中学まで、僕と出会うまでに自力で治した。しかし、どうやって? 果たして遺伝に根深く関係するアルビノが、みっこの髪をオレンジ色に見せるまでに改善されることはありうるのだろうか。
 考えられる方法が一つだけある。
 悪魔と出会い、それを願うこと。
 呼びかけるのも忌々しい。
「いるんだろう――!」
 酷く低い声が僕の口から出た。後ろを振り向く。僕の部屋からはドアを開けていると玄関までが一直線に見える。だが、今はドアが開いているが玄関は見えない。闇が深いのだ。まるでの空間だけ黒いスポットライトが向けられているように、部屋とは闇の深度が違う。そして黒いヘドロから生まれるように、ぬっと長い手が出てきた。それが開きっぱなしの部屋のドアを掴む。その手が曲がると、引き上げられるように長身痩躯の体が現れた。
「いる」
「なぜ言わなかった!」
 僕は相手の顔を見た瞬間に、天井から引っ張られるマリオネットみたいにビンと立ち上がった。悪魔が見ようによっては哀しそうな目をして、僕を見下ろした。その釣りあわない拮抗状態が数秒過ぎる。これほど憎しみを込めて誰かを睨んだことはないだろう。悪魔がふかぶかと溜め息をついた。
「やれやれ。話が見えん」
「嘘をつくな! お前はっ……!」
 瞬間、悪魔が僕の首を片手で厳しく掴む。そのせいで一瞬息が止まった。悪魔の目が暗い光を灯して、僕を見下ろした。そして陽炎の向こう側で笑うような、歪んだ笑みを見せる。そして言った。軽い口調だったが、酷く高圧的な声だった。
「調子に乗るなよ。翼も持たない無力なヒトが。話が見えん、と言ったのは真実だ。まったく話が見えん」
 僕は左手を横に払うようにして、僕の首を掴む悪魔の右腕を払おうとした。左手が堅いものにぶつかった感触があって、止まる。悪魔の腕はピクリとも動かない。数秒後、悪魔が自分で僕の首から手を離した。離された反動で後ろに少しだけよろめく。
「そんなわけないだろう……。お前は、僕の全てを見ているはずだ」
「そうだ。その通り。全てを見ている。だが、解せん」
「何が!」
「無能め。理解力に乏しいな。分からないのか。いや、少しなら感じただろう。もっと喜べ、と言っているのだ。涙を流して歓喜すればいい。感謝されこそすれ、この俺がそんな目を向けられるいわれはない」
「喜ぶ? どうしてこれが喜べる! 一体どういう……」
「お前の願いは叶ってきている、という意味だ」
 僕は止まった。思考さえ。
 くくく、と悪魔が醜く笑う。
「どうだ、どんな気持ちだ。他人の願い押しのけ、自分の願いを叶えるその感触。その感激に打ち震えて夜も眠れぬ人間が今までに何人もいたぞ。お前はどうだ。その類の人間ではないのか。何しろ、願いが願いだ。人の感情を左右するのだからな」
「……僕は、そんなつもりじゃなかった」
「もう遅い」
「ただ、お前が、奪ったから……」
「それは違う。愚か者め」
「何が違う! みっこの病気を治したのは、お前だろう! なぜ……何で言ってくれなかったんだ。何で! みっこの記憶が戻ったら、みっこの願いも失われると!」
「聞かれなかったからだ」
 瞬間、思考が飛んだ。それなのに、自分の行動を冷静に観察することが出来た。僕は右手を振りかぶった。左手で悪魔の襟首を掴む。自分がこんな行動に出れるなんて思ってもみなかった。拳を力いっぱい握る。筋力の限界を感じるくらい握る。僕は何を握っているのだろう。ただの自分のエゴかもしれない。みっこのためだ、なんて馬鹿馬鹿しい。最初っから、自分だけのエゴだった。拳が痛い。
 痛い。拳の中に握っているものが分かった。僕のエゴを包む、命だ。
 生き残った命なのだ。
 悪魔が笑っている。僕に殴られたって、何も感じないのだろう。
「うっ……うう……」
 僕は右手を振り上げたまま涙を流した。悪魔が自分の襟首を掴んでいる僕の左手を、まるで埃を払うようにパッと触った。それだけで、僕の腕が悪魔の襟首から吹き飛ばされる。悪魔が僕の額を、人差し指でコツコツと叩いた。
「サク。奪ったのは、お前だ」
「……名前を」
 呼ばれたくない。呼びたくもない。力なく腕を落とす。単純に馴れ合いたくないということが大きいが、名前を呼び合ってしまったら、共犯者のような気がしてしまっていた。だから僕は悪魔を一種の機械のように思いたかった。思いたかっただけで、それは何の意味もない。それからして僕のエゴなのだ。僕は立派に共犯者だった。いや、逆だ。僕が主犯だった。悪魔は僕を機械のようにして使い、記憶を手に入れていただけだ。悪魔が踵を返して、玄関の闇へ溶けていく。僕はそれを呆然と見ていた。墨を溶かした水槽に、物を沈めるみたいに悪魔の姿は消えていく。
「再び、俺の名が呼ばれる日は近そうだな」
 後には、気分の悪い嘲笑だけが残った。
 涙が止め処なく溢れた。
 ああ、みっこのライブが近づいているな、と思った。

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