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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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五日目:蜜編 現在 76話

そうして僕は、僕の精子・性欲・性衝動を、如何にして解決するべきか、という命題の前に立っていた。其処は暗く、深い穴のようで在り、その実、空虚で、怠慢で、惰性的な場所だった。まるで何も無いのと同じだった。彼女(この夢の中の存在に名前を付けるのだとしたら"M"が相応しい)は何故、自分が其処に存在するのか解らないような佇まいだった。恐らく、初めから終わりまで、其処に"M"は存在していたのだ。気が付かなかったのは僕等の方だった。

何故、気が付かなかったのという疑問に意味は無く、只、この現状を夢だと理解している事実に、僕は安堵した。そして、それ以上、何処にも行く事は出来なかった。動く、という事が僕等の発生にとって、どれほど重要な行為なのかを理解する事が出来るか? 初めに卵子が在り、続いて精子が動く。動くという記憶を、そもそも何処で手に入れた? 単細胞生物の太古から、電子分解される現在まで。そして今、重要なのは、やがて"M"は動かなくなるという事。動けなくなるという事。この暗い穴の中で、白く染まって消えるという事。――死。セイシ。

僕の中には種が在る。それは命という呼び名(または"D"と名付けるのが相応しい)の下に、安穏と存在しているけれど、花を咲かせぬ種を撒くのは悲劇であるし、水を与えぬ花を植えるのは悲劇だ。束の間の迷いの中で、僕は"M"は種を受け取らず、凛としながら朽ち果てる事を望んでいる予感を得た。何故なら彼女こそが、揺らぎ無く存在し続けていたモノだから。

彼女は全てを終わらせたがり、しかし尚、未だ何かを求めて生きており、そうして僕は、僕の精子・性欲・性衝動を、如何にして解決するべきか、という命題の前に立ちながら、やがて停止するであろう彼女を眺めた。眺める為に眺めた。他に成すべき方法など、僕も、誰も、持ち合わせてはいないのだ。だけれど、だけれど、だけれど叫びたい。何と?

失いたくないと。

申し訳ないけれど、僕は君を、まだ失いたくないのだと。


【M線上のアリア】 現在/76


雨音が聴こえる。――細い糸を床にバラ撒いたかのような、水の音。
深海から緩慢に浮上するような灰色の意識の中で、それがシャワー音だと知るまでに、数秒間が必要だった。目を開ける。光。追随する風景。天井と照明。僕の両手が指を重ねて、己の胸の上に乗せられているのを見て、僕は両手を解いた。まるで祈りを捧げる殉教者のようだった。ミクコの手は無く、ミクコの姿も見えない。雨音――シャワー音の向こう側。

「……ミクコ、シャワー浴びてるのか?」

浴室からは水流が排水溝へ流れる単調な音だけが扉越しに響き、それ以外の物音が聞こえない。ミクコ? まさか? 厭な映像を伴う予感。「ミクコ? 開けるぞ」扉に手を伸ばす。瞬間、濁流音。「……ミクコ?」――鏡の前に佇んでいる、ミクコの背中が見えた。「蜜クン……」

鏡越しに僕を見て、それ以上、ミクコは何も言わなかった。水が流れている。熱を伴った水。只、延々と、流れている。流れ続けてはいるが、目的は無い。只、流れ、只、落ちる。排水溝の向こう側。暗い穴の中。ミクコの背中は細い。迂闊に触れられない程に細い。髪が……。

ミクコの髪が、真白に染まっていた。
最終段階が訪れたのだ……と、至極当然の事を、僕は考えた。研究施設で出逢った頃の彼女と、ほとんど同じ姿。真白な髪。真白な肌。真赤な目。失ってきたはずの記憶だけが、無責任に積み上げられる。手遅れ? 否、まだ間に合う。僕の中の"D"さえ渡せば、彼女は失われない。カバラの契約の成就には、まだ早いが。「……ミクコ、あのな」「アタシね」「え?」

「アタシね、ずっと黒に憧れてたんだ」
「……黒?」
「黒い髪、黒い目、日焼けした黒い肌も素敵じゃない?」

僕の台詞を遮ると、ミクコは鏡の前に佇んだまま、背を向けたまま話し始めた。
シャワー音がBGMのように、終わる事も無く、延々と流れ続けていた。

「子供の頃にね……部屋で鼠を飼ってたの。パパが飼ってたのかな。真黒な鼠でね。大好きだった。だけど、その頃、気付いちゃったのよね。子供だったから気にしてなかったんだけど、アタシの髪は白くてね、肌も白くて、おまけに目は真赤でね、まるで兎みたい。アタシは変なんだって、子供のアタシは思ったの。だってパパだって、周りの大人だって、アタシみたいな真白な色をした人は何処にもいなかったんだもの」

そこまで言うと、彼女は小さく笑った。

「真黒な鼠、だからアタシのヒーローだったんだ。だって真黒な色をした生物なんてね、子供の頃のアタシは、まだ他に見た事が無かったんだから。皆と違う色なのに、毎日元気に生きてる鼠がね、アタシは大好きだったんだ。黒に憧れてさ、自分も黒くならないかなって」

「……それが、君が描いていた絵?」

「そ、ネズミー。カッコイイでしょ? だけど本物はもっとカッコ良かったんだから! だけどね、三歳の頃かな、突然いなくなっちゃったけどね。ネズミーは、アタシの最初の憧れなんだ」

「そっか……」

憧れられるような存在では無かったと思う。その鼠は。自分の意思を失くして、何かに流されるように漠然と、鼠として生きていただけだと思う。それでも、誰かが、まるで別の角度から、その風景を眺めている。彼女にとって、あの不細工に描かれた真黒な鼠は、きっとカッコ良い存在として幼い目に映っていたのだろうし、そして。「……自分も黒く染まりたかった?」

「アタシが生まれ育った場所はね、ちょっと普通の場所じゃなくてね。大人達は全員、自分の願いを叶える事に必死だった。記憶と交換で願い事が叶うんだって。もちろんアタシにも願い事があった。カラダを普通にしてください。普通の人間にしてくださいって。だけど誰にお願いしたら良いのか、アタシは知らなかった。誰も教えてくれなかったからね」

「誰が、それを君に教えたんだ?」

「パパ……」

水は止まない。
源流が枯れてしまうまで、それは流れ続けるだろう。
シャワー音が響いて、刹那、鏡越しに真赤な目をしたミクコが見えた。

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