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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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六日目:サク編 11話

 薄々、思っていた。
 出来すぎているな、と思っていた。みっこは何をしようとしている? 分からない。それを叶えて上げたいけれど、それは分からなくて当然だ。人の願いなんて分からない。それを叶えるにも、方法が方法なだけにみっこ自身とは避けなくはならない。みっこは悪魔を知っているが、悪魔が現在僕に憑いているということはたぶん知らない。もしそのことを知ったら? みっこは自分の願いを再び叶えようとするだろうか。分からない。でも、そうなりそうな気がした。膨大な記憶をみっこは使ってしまいそうな気がした。そしてもし、僕に悪魔が憑いていることをみっこが知ったら、僕はそのことについて、みっこに話さなくてはならない。なぜ悪魔が僕に憑いているのか。そのことについてみっこに話さなくてはならない。それはたぶん、僕よりもみっこを深く傷つける。それは必ず避けなくてはならない。
 一晩、じっと座ったままだった。
 静かに考えていた。
 朝が来た。昨日とは打って変わって晴天のようだ。カーテンの隙間にさえ空の色が落ちてくるかのような光が見える。僕はそれをじっと見ていた。カーテンのスリットを通る光の筋が徐々に方向を変え、そして力が強くなる。やがて部屋が柔らかな光に包まれた時、僕はひっそりと立ち上がった。大学へ行く準備をする。と言っても、別に用意するものなどない。形を取り繕う習慣だけは出来ていたから、デイバッグを手に引っ掛ける。その時カサカサと虚しげな音を立てて落ちるものがあった。無意識的に手にとって見ると、コスモスの空袋だった。何となくバッグの口を開けて放り投げた。中味がほぼ伽藍堂のバッグの中に素直に入り込む。
 自分を削る覚悟は既に固めていた。あの時よりも純粋に。静かな朝だった。一人で、今度こそ正解を選び取らなくてはならない。あらゆる情報が仮説の域を出ない。幸い、考える時間はまだあった。ライブが近い。おそらく、その時までに考える時間はある。仮説を考えてみる価値はある。方向性を考えなくてはならない。まず第一に、みっこは病気だった。生まれつきだ。その後、悪魔と出会い、自分の記憶を受け渡す代わりに治療を施した。この時点で、みっこは病気を受け入れていない。自ら治したのだから。そして僕と出会う。この時にはほとんど病気は治っていた。悪魔め。そんなことまで出来るのか。僕と出会った時点で、みっこの髪はオレンジ色だったと思う。そして僕によってみっこの願いが無効化されつつある。だからみっこの白化が再び始まった。
 ――昔の体に戻った方が、きっとアクセプトは容易なの。
 気になるのは、その言葉だ。アクセプト? 聞いたことがない。病気の治療の一環だろうか。いや違う。それなら「昔の体に戻った方が」なんてことは言わないだろう。白化に対する考え方が違ってきている? そもそも、みっこの白化とは何だろう。昔の体。昔の体というのだから、みっこには自覚症状があった。それなら幼児のころ、とまではいかない昔の話なんじゃないだろうか。つまり、僕と出会う少し前までみっこは「昔の体」だった。僕と出会った以前のこと。それはさすがに分からない。
 そして少し、ひっかかる。
 なぜ、僕はみっこと「中学で」出会った?
 僕の行っていた小学校も中学校も私立というわけではない。全国に点在するよくある公立だ。そして規模は決して大きくはない小学校だったから、ほとんどの生徒が同地区の中学校に進む。通学の距離の関係、引っ越しの関係で例外はいるけど多くはない。だから同学年のクラスメイトは、ほとんど小学校から顔を知っていた。みっこがあまりに人懐っこい性格だから、気にかけたこともなかった。みっこと仲良くなったのは中学に入学してしばらく経ってからだったから気付かなかった。ずっと一緒の気がしていた。でも違う。みっことは小学校まで一緒じゃない。
 疑念がざらつく。
 みっこはどこから来たのか?
 昔の体。
 白化。
 アクセプト。
 そして悪魔。
 それらが、みっこの望みと関係がある。
 分からない。
 昔のことを考えるのが苦しくなっていっている。もう自分が「知らない」のか、それとも「忘れてしまった」のか分からない。悲しいくらいに、分からないのだ。ただ確信がもてることは、「忘れてはいけないこと」を自分が差し出していないということだけだ。それだけが僕の思い出だった。それだけが僕だった。僕を形作っている記憶の中で、正しいものは、僕の部分だと言えるのは、たぶんそれだけだ。僕は自分という枠がない。星のように点在した記憶を結んで、辛うじてつながっているだけだ。自分がひどくあやふやな存在になっていることを痛烈に思った。「忘れてはいけないこと」はどれくらいあっただろう。果たして、それは僕という存在を形作るだけの張力を持ってくれているのだろうか。
 僕は必死になって考えと思い出を寄せ集めた。僕の思い出のウェイトは、ほとんど中学以前で占められる。大学生にもなって、それだけ偏っているのは情けないことなのだろうか。それでも人はいつも過去に生きている。今、なんてものは存在しない。十年前の記憶、一年前の記憶、一時間前の記憶、一分前の記憶、一秒前の記憶、そして一瞬前の記憶をなぞることによって、「今」が存在する。
 僕はそれが定かではない。僕には形がないのだ。
 いつからこんな歪になってしまったのだろう。
 ――再び、俺の名が呼ばれる――
 ――俺の名が。
 ざら。
 ざらざらざら。
 ざらつく。
 再び?
 これは、何だ。先ほどの悪魔の言葉がやけにざらつく。
 これを何と自分に説明すればいいのだろう。
 ――再び――
 そうだ、強いて言えば。
 再びというのは何度目だったろうか。いや、一度だけだ。僕があいつの名前を呼んだのは初めの一度目の契約の時だけだ。つまり大きな契約は一度だけということだ。それに付随する、あるいはあの悪魔の自尊心が許す限りの小規模な契約ならば、あの悪魔の名はいらない。だから初めの一度だけのはず。僕にあの悪魔が憑いた初回のみのはず。それはそうだ。僕はそれは気をつけている。
 あいつの名前を呼ばないように気をつけている。
 ざら。
 でも、そうだ、強いて言えば。
 この疑念は――
 ざらざらざらざらざら。

 決して思い出せないという、迫るような、あの諦めに似ている。

 薄々、気づいていた。でも、思い至って愕然とした。もうすぐ、僕の願いが叶う。悪魔がそう言っていた。みっことの中学校生活。そして別れての高校。大学。図書室での再会。みっこのライブ。客観的に見て、僕が知らなかったことを抜きにすれば、上手くいっているのだ。上手く行き過ぎているのだ。ただ漫然と記憶を受け渡して、こうにも上手くいくだろうか。それはないんじゃないだろうか。頭脳レベルによって高校で別れた同級生と、大学で再会する可能性はどれくらいだ? まるで操作されているかのような、何かのシナリオのようだ。誰のシナリオだ?
 絶対に思い出せない。
 もう一つの隠された契約があるのだ。
 昔の体。
 白化。
 アクセプト。
 そして悪魔。
 もし、悪魔に頼らなかったら? 悪魔がいなかったら? みっこは「昔の体」のままだった。「アクセプトは容易」だった。「変化は悪いことなのかな?」変化? 僕は過ちを犯した。変化? 変化とはみっこの「白化」のこと? それともみっこの「オレンジ」のこと? 変化とは? じゃあ、元々何が存在したっていうんだ? 僕の中に。僕は愚かだ。昔にすがり付くばかりで、夢見るばかりで。戻ってきている。戻ってきていても、こんなものは受け入れられない。「イエス」そうだ。もう、僕は、変化している。僕もこの年数分だけ、変化している。昔のものを、受け入れるだけの形が崩れてしまっているのだ。アクセプトが、出来ない。
 淡々と僕は思った。
 洗面台で鏡を見た。
 やけにすっきりとした顔だと思った。
 まるで棺桶の中に入っているみたいな顔をしている。
 もう、昔の僕が願ったことは、今の僕は願えないのだ。
 目を閉じて、頭をうなだれた。
 頭が鏡にぶつかって、床を這うような鈍い音が響いた。
 みっこ――

 ――いつか、歌、聞かせてあげるね。

 その声が。
 その声が静かに頭に響く。
 そのことだけが。
 その約束だけが。
 未だに、僕を、僕たらしめる。
 そうだ、あの頃から。
 涙を流せる思い出のために、僕は生きてきた。
 それで良かった。
 みっこと出会えて良かった。
 玄関を開ける。
「お前は……お前は、その力で人を救ったことがあるか?」
 部屋の奥の方に微かに残った薄闇が、拡散する光に揺れた。
 その揺らぎは、人の喉を見るかのようで、まるで、嘲笑だった。

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