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六日目:サク編 13話

 僕はみっこのライブを途中で抜け出して、大学の正門にいた。
 もうあれ以上は聞いてはいけない気がした。あそこで僕への歌は完結だ。きっとあれ以上はみっこが僕と別れてからの感情に溢れる歌だ。それを僕が聴いたら、きっと、決心が鈍る。だから僕はそっと背中を預けていた壁から離れると、みっこを中心に囲んだその集団からも離れた。みっこを最後にちらりと見た。みっこはこちらを向かなかった。でも、向いて欲しくなかった。みっこは先に進んでいるべきで、そして、先へ進むべきなのだ。僕はしばらく、みっこを見た。みっこだけを見た。こみ上げてくる感情を、拮抗する感情で辛うじて抑えながら、みっこを見ていた。その視線を外すことがなかなか出来なかった。目玉を潰すような勢いで瞼を閉じて、さっと足を逆に向け、そして努めて無表情で歩いて、大学までやってきた。
 ここが一番、相応しい気がした。
 ここは僕とみっこの再会の場所。
 僕とみっこが再びつながった場所。
 ここより相応しい場所は手近にはないだろう。

 ――終わりを告げるために。

 僕は正門の中に入る。もう辺りは暗くなっているが、大学は言ってしまえば二十四時間営業だから、この程度の時間じゃ全く関係ない。僕は努めて無表情のままだった。大学の正門入口から入ると、そこは桜が十本程度植えられている桜並木だった。今はもちろん咲いてはいないが、奥に見える大学の白い建物を彩るピンクが、なかなか綺麗な道を作る。もちろんそれは周囲の評判であって、感情不足の僕は、そこまで綺麗だと思ったことはない。
「もう――」
 僕は桜並木のほぼ中央で足をピタリと止めた。
 そして、ほとんど一人ごとのように呟く。
「もう、僕はボロボロなんだろう……?」
 やけにはっきりと向こうの建物から足音が聞こえた。建物の入口部分は暗くてよく見えない。そこから、人影がこちらに向かって歩いてくる。一歩一歩確かに、まるでモデルのような長身が歩いてくる。その体からは闇が噴き出しているかのようで、そいつが歩く一歩ごとに周囲の闇が明度を落とす気がした。
 「つまり、」とそいつは、十メートルほど離れた場所から口を開いた。
 よく通る低い声だった。
「クク。笑ってしまうぞ。この俺には、許可と禁止が与えられる。そして許可されたものから、その変換を行う。だがな、愚かにも、許可することを許可した馬鹿がいるのさ。最低限の条件を提示しただけで、食料庫のキーを、この俺に受け渡した馬鹿がいる」
 そいつは僕の目の前に立つと、その高い目線から僕を見下ろした。鈍く闇を反射する黒いブーツ、ルーズに着こなした真っ黒のワイシャツに、真っ黒の皮のズボン、そしてやはり真っ黒の、膝まで届いている細身のコート。その姿には見覚えがあった。あの時、見たものに違いはない。
「その最低限の条件というは、『食べていいもの』と『食べてはいけないもの』が定められていることか?」
 悪魔はそれに応えず、にやにやと笑った。
「お前は、元々、まずまずの記憶力を持っているのだ。その条件に区分して、『食べてはいけないもの』を必死になって覚えているほどの記憶力はな。だが、『食べていいもの』は次々失われる。俺の手によって。お前の願いによって。あるいは自然にな。それが自然消失で、十分な時間があれば、自然と整理されるさ。夢はよく見るか? クククク。しかし、お前はそれが間に合わない。食い散らかしているからな。記憶の空白が次々と起こる。次々とそこに新しい記憶が埋め込まれる。それが繰り返される。連続性はなくなり、時系列は滅茶苦茶になる。記憶の混乱が起こって当たり前だ。だが、俺がそれを許さない。お前は混乱を、混乱と思えない。気が狂うほどの状況で、お前は正常を保たなくてはならない」
 と、悪魔が一呼吸置いた。
「それは、ここまで進んでくるためだった」
 僕は目を閉じた。
「事実、苦労したぞ。そして、願いはほとんど叶っている。自覚しているか? 歓喜してみせろ」
「叶ってなんていない」
 僕は静かに言う。
「ちっとも叶ってなんか、いない。僕が望んだものは、こんなものじゃない。もっと、幸せな解決だった。もっと静かに、笑って、ああ、良かったな、って思えるはずだった。そして僕も次に進めると思った。お前に願ったのは、そういう願いだった。みっこを、周りの人間を巻き込んで、不幸にすることが、僕の望んだものなんかじゃない。でも、お前のせいじゃない。僕が知らなかったから悪かった。お前なんてものに頼ったのが悪かった。お前が何とかしてくれるなんて、考えたのが悪かった」
「その通りだな」
 悪魔は即答する。
「……お前は何者だ? なぜ、みっこに憑いていた? どこから来た? 何をしていた?」
「俺は俺だ。それが俺の流れだったからだ。俺からだ。ずっと俺という存在をしていた」
「お前は、その力で人を救ったことがあるか?」
「貴様らは、この力で人を救いたいと思ったことがあるか?」
 悪魔が毅然と言う。僕は答えなかった。
「俺が愚かなのではない。いつだって、愚かなのは、貴様らなのだよ」
 言いつつ、悪魔が僕の頭に触れる。まるで親が子供の頭を撫でるように。いや、そんな優しいものじゃない。仕草は同じでも、全く違う。これから殺して食べようとする家畜の頭を、最後に勝手に愛しんで、撫でるかのようだった。そうだ、僕は、家畜なのだ。こいつにとっては、きっと。
「俺の名を呼ぶがいい。サク。お前は、そのためにここへ来たのだろう。さぁ、最後に何を願う」
 僕は、歯をきつく噛む。
「――二つある。叶えろ」
「代償による。お前の既にボロボロの記憶が役立つといいがな」
 僕はその嘲りを無視した。
 みっこの歌を聴くまで。つい先ほどまで、僕は違うことを考えていた。だが、みっこの歌が僕へ向けられていると考えた時、分かったのだ。一番大事なことが分かったのだ。
「僕の記憶を修正しろ。大筋でいい。事実に即したものにしろ」
「ふん、まだ生きるつもりか?」
「気づいたんだ。みっこの歌を聴いて。生きるんだ。何があっても。同じ世界で。生きていれば、きっと――」
「全くくだらんな。その人間の楽観的希望。しかし巨大だ。それだけの代償を――」
 それは、と、僕は、悪魔の言葉を遮って答えた。
 僕は正しいか? 分からない。
 でも、生きていく。
 正しくなくても、生きていく。
「みっこへの、恋心」
 悪魔が、一瞬、瞬きだけした。「ほう……」
「それをやる。あの時のことを考えれば、足りるだろ。僕が契約で失った記憶はどれくらいある? そこを事実で埋めろ。僕の記憶じゃなくていい。取り戻さなくてもいい。大筋でいい。混乱を直す程度で構わない。生きていくのに必要な情報を埋めろ」
「膨大だな。そして警戒しているな? 他の契約を。教えてやろう。それでは初めの契約を捨てるものではない。順序というものがある。あの女の記憶は全て戻るが、それでいいのだな?」
「……構わない。今僕に植え付けられている間違っている記憶もやる。だから、まだ釣りがあるはずだ。それで、もう一つの願いも叶えてもらう」
「……いいだろう。お前の湿気た記憶でどこまで行くか。お前如きが、どれほどの質の高い記憶を積んできたのか。面白い。さぁ、クククク、教えてみろ。その味を」
 そして叫んだ。
「呼べ! この俺の名を!」
 悪魔は僕の頭を抑えたままだった。僕は悪魔の目を睨んだ。もう決して、目を逸らさない。負けない。どんなに残酷でも、どんなに苦しくても、僕は僕の望んだことを見届けてやる。

「コルト! 僕の願いを叶えろ!」

 瞬間、ざわっ、と全ての闇が僕に敵意を向けた。それから、全ての闇が目の前の悪魔に平伏した。全ての暗さが地面を這う。悪魔は痺れたように、空を仰ぎ見た。「おおお……」という声と共に、口から何かが零れた。唾液だった。そして悪魔の背が、ビクンと後ろに引っ張られる。僕の頭を掴んだままだったから、僕の頭も引っ張られた。とてつもない力だった。頭が割れそうだった。そして悪魔が狂気染みた焦点の合わない目で、僕を見た。僕はそれを知っていた。悪魔が舌を口外に出した。それは二又に分かれていた。そして僕の頭をまるでボールを持つように両手で持ち変える。
 僕と目が合う。
 何て、残酷な目だ。
 人の大切にしているものを、平気でぶっ壊す目だ。
 でも。でも、もしかしたら僕が願いを叶える過程で、僕だって誰かの大切なものをぶっ壊したかもしれない。それは分からない。こいつの言っているように、愚かなのは僕の方だった。こいつは願いを叶えるだけ。効率的に食事をするだけ。許可と禁止をもらうだけ。そう思えば、どちらが家畜だ? こいつはただの強大な力。それを操っているのは、どちらだ? 一体、どちらが主体なのだ?
「いただくぞ……」
 僕は答えなかった。
 悪魔の姿が変貌する。それは蛇だった。真っ黒な蛇だった。あるいは僕のイメージがそう見えさせているだけなのかもしれない。でも、今まさに僕はとぐろを巻いた真っ黒の蛇に、グルグルと骨を砕かれんばかりに身を縛られ、頭を涎の垂れる口先へ差し出している。これが悪魔。今からエゴを叶えさせようとする強大で暴虐な力。蛇が、その尖った口先からは考えられないくらい、口を開けた。
 そして僕は濁流に呑まれるかのように。
 真っ黒な蛇に丸呑みされた。
 それは確かに濁流だった。僕の記憶が流れる濁流だった。
 悪魔の腹に投影する形で、僕は色んなものを見た。
 それらの多くは、僕がもう一度手に入れたいものだった。
 しかし、手に入らないのだ。
 もう、手に入らないのだ。
 あの頃、過ぎてしまったものは、もう、どんな手を使っても、本当に手に入らないのだ。何かを引き換えに、何かを手に入れたって、それは違うものだ。手に入らないのだ。例え、悪魔と契約しても。たぶん、神様に気に入られても。僕は悟ったように、感じてしまった。みっこが願ったことが今更ながら、本当に今更ながら僕に染み渡った。人の願いが、そうそう叶わない理由が分かった。奇跡がもう起きない理由も分かった。なぜなら、もう奇跡がここにあるから。僕が生きてきたということ自体が、大きな奇跡だから。昔、誰かが願ってくれたのだ。例えば、みっこが。僕の友人が。僕の親が。僕に生きて欲しいと願ってくれたのだ。自分の何かを受け渡してでも、僕に生きて欲しいと願ってくれたのだ。だからこんな奇跡が起きているのだ。僕は何のために生きている? 僕はまだ自分に答えを出せずにいる。でも、僕を生かしてくれている人たちは、もう、僕に答えを出してくれているのだ。僕に生きて欲しいと、言ってくれているのだ。
 一瞬、気がつくと、僕は悪魔に両手で頭を掴まれているままだった。
 僕は、僕の頭を掴む悪魔の腕を、握り潰すぐらいの気持ちで掴んだ。でも悪魔の腕はピクリとも動かない。いや、少しだけ震えている。歓喜に、快感に、震えているのだろう。いいさ。全部、今までのもの、全部上げたっていい。僕は、もう覚悟を決めている。僕は悪魔の目から、目を逸らさなかった。ただ、悪魔の方が正気の顔をしていなかった。狂ったように笑っていた。それが今まで僕が見た中で一番、強靭な様子だったが、一番弱そうにも見えた。僕は目を逸らさなかった。それが僕の、ささやかな復讐だった。
 だって、抜けていく。
 抜けていく。
 ああ、僕から、みっこが抜けていく。
 僕が、今まで一番大切にしていたもの。
 ここまでの、生きる目的そのもの。
 それが、ダムが決壊したかのように。
 雪に埋まる街のように。
 桜が散るかのように。
 抜けていってしまう。
「ああ――。あぁあ……ああ!」
 今まで、今まで本当に、忘れたくなかった。
 忘れたくないことが、本当に多くあった。
 忘れたくないことがあったから。
 僕はここまで。
 それが、涙になって流れた。
 ぼろぼろ落ちた。
 落ちる。
 土に落ちる。
 どこかで見た。
 また、僕の記憶が地面に吸い込まれる。
 僕は、今まで何のために?
 僕はここまで。
 分かっている。
 分かっていたんだ。
 さあ。
「……次で最後の願いだ」
「イエェス」
 悪魔が、地獄の向こう側から世界を笑い飛ばすように吼えた。
「いいぞ。それを……、それを叶えてみせよう! か、かはっ! ははは、はっはっは!」
 心底、面白そうに笑う。
 いつもの冷静さは微塵もなかった。
 僕は、それを見て、微かに笑えた。
「僕は、お前を、心の底から憎んでる」
「はは! いまさら! 遅い! いまさらだ! 名と! 願いを言え! 完全に――!」
「――でも、今、感謝もしてやる」
 そう呟いて、僕は口の端を歪めてやった。
 この願いが叶えられるか? 分からない。
 でも願いは口にすることに意味がある。
 僕の願いは、と、僕は続けた。
 もう意識が遠ざかっていく。
 悪魔の哄笑が響く。
 もう限界だった。
 僕は強く願う。

「コルト。僕は、みっこに、生きていて欲しいんだ」

 人は、誰かが願えば生きていける。
 きっと、生きていける。

 ――さよなら。

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