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六日目:サク編 16話

 このホテルは失敗だと思う。
 夕食はカレー。京都まで来てカレーはないんじゃないかと思う。だからと言って、京都の料理が何なのか僕は知らない。それでも薄味の蕎麦が出てきた方がまだ様になった。それが普通のチキンカレーだ。おいしいけど。京野菜でも入ってるんじゃないかと思って根気良く具材を確かめたけど、一般的なチキンカレーの枠から外れた奇抜な具材は一向に出てこない。みんなも渋々ながら、満足している。複雑な気分だった。子供なんてカレーを出しとけば満足でしょう、という意思を感じたり感じなかったりした。でもチキンカレーに罪はない。小牧は三杯食べた。
「やっぱりさ、カレーは最高だよな。カレーがもっと広まれば、世界は平和になる気がする」
 食堂は一階のホテルの入口近くにあった。部屋に戻る途中で小牧が呟く。ちなみにこれから少しの自由時間だ。でもそれは自由時間と名ばかりで、風呂に入る時間が区分されて決められている。その時間内に班員と風呂に入ってしまわなくてはならなかった。その後は六つの班が六つの部屋に分かれて班活動となる。進学する高校を調べて、その目標を達成するために自分がどれほど偏差値を上げなくてはならないのか、という頭の痛いことを考えなくてはならない。なぜそんなことを京都まで来てやらなければならないのだろう。もしかしてこういうことをやらなければ、修学旅行というのは空き時間が出来てしまうんじゃないだろうか。きっとそうだ。旅行に来て、ここまでせせこましく動くのだから。班行動は班で集まるし、みっこも来るし、個室だから、それなりに楽しめそうではあるものの、成績について話し合うとすれば、みっこは成績がいいし、小牧も成績がいいし、僕は普通以下だし、時々先生が見回りに来る。
 カレーがあれば平和だという小牧を、恨めしそうに見た。
「お前は、運動も出来るし頭もいいけど、案外単純なんだよな」
「そんなことない」
「そう?」
「お前こそ、運動出来ないし頭も悪いけど、案外複雑だよな」
「そんなことはない」
 ふふ、と小牧が馬鹿にするように笑う。
「でも、きっと複雑じゃない人間なんていないさ」
「そう?」
「きっと、そうだよ」
 小牧は思うところがあるというふうに、うんうんと頷いた。「どうしてそう思う?」「俺がそうだから」即答した。エレベーターに乗り込む。夕食を食べた人から各自部屋に戻れという指示だったので、三杯カレーを食べていた小牧と、なぜか小牧を待っていた僕はクラスメイトの中で一番遅くなってしまった。だからエレベーターに乗り込むのは僕らで最後だ。あの豪快な食べっぷりを見た後では、とても小牧を複雑な性格だと称することは出来ない。世界が小牧だけで出来ていたら、本当にカレーがあれば平和だろうと思う。
「誰でも心の事情ってあるから。な、サク。単純な心と、複雑な心、どっちが偉いと思う?」
「偉い?」僕は考えた。単純な心と複雑な心。優劣をつけるもんじゃないと思う。でもどちらかと言えば、「単純だね」と言われるより「複雑だね」って言われた方が褒められている気はする。単純は馬鹿の別称だ。心がどうやって育つのかは分からない。でも、僕だって今まで感じたことのない感情を最近感じるようになってきていると自覚する。その一つがみっこのことだったりする。みっこのことを考えると嬉しくなるのに、脳味噌に真綿が運ばれているようにもやもやとした気持ちになる。その感情を何と呼べばいいのだろう。「好意」? まだ上手く名前をつけられない。みっこの顔、髪、体、声、動作、服の切れ端だって、視界に入ると少し息苦しくなる。心の奥の方から手が伸びてきて、そういうみっこのいる景色を抱きかかえて大切にしようとする。だからだんだんと心が重くなっていく。サクちゃんって呼ばれるたびにくすぐったい。ただ、今より楽しい時期は人生にないんじゃないか、と予想している。今より楽しい時期がこれから先にあるとしたら、それは今に対して失礼にあたる気さえする。そういう渦巻く感情を誰かに理解されたいと思う。でも、理解されるほど簡単なものじゃない。単純と切って捨てられたくはない。自分でもよく分からないこんな感情だから、複雑だと評された方が質が高い言葉を当てはめられた気がする。
「どっちが偉いってことはないけど……、複雑って言われた方がまだいいな」
「そうだな。でも、最近俺、上手くいかねぇなぁって思うことが多くてさ。迷路歩くみたいな時あるよ。そんな時にさ、もっと単純だったら、迷路なんて作らないで、もっと簡単にゴールまで行けたかもしれないって思う」
「お前が上手くいかない? そんなの、僕はどうしたらいいんだよ。高校のこと考えると、泣きたくなる」
「何で? どこか行きたいの?」
 だって、みっこと別れちゃうから、という言葉が喉元で何とか止まった。「別に……」ああ、そうだ。こいつもみっこのことが好きだったんだ。僕の予想だけど、たぶん間違いはない。それなら、「上手くいかないこと」っていうのは、みっこのことなのだろうか。みっこはモテるから、と僕は黒い気持ちで考えた。小牧は運動も出来るし、勉強も出来る、坊主だけどまぁルックスも悪くないし、努力家だし、男らしいとこあるし、意外といいやつで面白い。そうしてステータスを挙げていくと憂鬱になった。みっことはお似合いなのかもしれない。少なくとも僕よりは。
 少し顔を動かして横目で、小牧がついと僕を見る。
 そして部屋の扉を開けながら呟いた。
「俺はお前になりたいよ」
「へ? 何で?」思いもがけない言葉に少し驚く。小牧は僕の言葉を無視して、部屋に入ると班員達と風呂の相談を始めた。十五分ほど時間を潰してから、風呂に向かう。その共同の浴場もよく言えば家庭的、悪く言えばみすぼらしい。壁に細かなタイルで何らかの絵が描かれている。たぶん、海だ。それで京都って海あったっけ、なんて考えてみるけどよく分からない。しかもそのタイルの間には万遍なく黒いカビが発生していて、何だか頭の中で象をつなぎ合わせるパズルみたいだった。それから浴槽が狭い。五人入って厳しい。なるほど、これなら班ごとに入浴時間を決めて入らなければならないだろう。物理的に。どうしてこんな場所が修学旅行に選ばれたのか謎に思う。小牧の筋肉質の体が湯船に沈むと、派手な音を立ててお湯がこぼれた。僕はそれを横目で見る。
「明日、朝、野球部早いんだろ」
「早いねぇ。五時に起きて走りこみだって」
「他のクラスは?」
「何でクラスごとにホテルが違うんだろね?」
「さぁ……。頭の良い順でランクが分かれるんじゃない?」
「俺ら、よっぽど頭悪いのな」
「まぁね」
 くつくつと小牧が邪気のない笑顔を見せる。
「他のクラスの部員も一緒。駅前集合」
「へぇ……。起こすなよ」
「さぁね」
 小牧は言いながら湯船から出た。早い。カラスの行水とはこいつのことを言うのだ。僕は風呂は長くつかるほうなので、時間一杯まで使うつもりでいた。それにしても野球部の噂は本当だった。修学旅行五時に起きて走りこみとはご苦労なことだと思う。この修学旅行の間、二日や三日くらい体を動かさないくらいで何が衰えるというのだろう。野球部の顧問は根性至高主義なので、きっと「心が衰える」とでも言うのだろうと思って、一人にやけた。修学旅行に来て、小牧が急にナーバスになっていると思う。それが何なのか、やっぱり上手く言葉に出来なくて、湯気の中に思考が消えて行く。どうでもいいことだけれど、とも思う。放っておいてどうでもいい人間っていうタイプはやっぱりいる。例えば問題を自分で解決して、もりもりと人生を進むタイプ。きっと小牧はそうだ。他には、解決はしないけれど人には頼りたくなくて一人抱え込んで、もやもやと人生を這う僕みたいなタイプ。どちらも一人で何とかしようとするという点においては、僕らは似ている。だけど本質的に全く違う。円柱と円錐くらい違う。円柱はかっしりしていて、裏切りのない形をしている。円錐は不安定で、どっちつかずですぐに裏切りそうな形をしている。絶えない湯気の中にそれらが浮かんで、消えた。
 ライバルはライバルの匂いが分かる。それならば、僕のみっこへの気持ちを小牧が分かっていたって不思議じゃない。もし、小牧が先に手を打ってきたら、僕はどうすればいいのだろう。手を打ってきたら? 手を打つとは何のことなのか、僕には分からない。告白、とかすることか? 告白なんてしてどうする。小牧は何を考えているのだろう。いや、そもそも僕は小牧のことを何も知らないのだけれど。
 風呂から出て、男湯のドアを開けたところで声をかけられる。
「サクちゃん」
 ふんわりとした声と香りが僕を包む。みっこだった。肌は陶器のようで、それでいて健康そうな光を放っていて、髪はまだ濡れていた。ネズミーのビニール袋を持っているところが大きなマイナスだったが、そんなことすら気にならないほど綺麗だ、と思った。「みっこ」僕はほとんど無意識に答えた。
「女の子に十五分って短い……」
 みっこが不満そうな声を漏らす。
「髪濡れてるもんな」
「うん、乾かす時間あるかなぁ」
「いいんじゃない。次班活動だし、少し遅れてもさ」
「班長が遅れるって……」
 二人は少し笑いながら、並んで歩いた。
 エレベーターに乗り込む。
「何階?」
「ん? あ、四階。四三九号室なの」
「ふーん」と言いながら、四三九を心のメモに書きとめる。
 覚えておいたからって、何があるわけじゃないけれど。
 死のミク。何て数字だ。これもいい数字じゃないな。
 そう考えたところで、そう考えてしまったことをすぐに打ち消した。
「ん? 三十九? 僕らもだ。五三九号室だよ」
「あ、そうなんだ? 上? 夜は静かにしてね」
 そう言って、みっこは、ふふ、と可愛く笑う。
「そっちこそ」と、僕は四と五のボタンを押した。エレベーターが無言で僕らを閉じ込める。そして僕らも釣られて言葉を失う。密室でみっこの石鹸の香りに包まれて気が変になりそうだった。そして、この狭苦しい息苦しい個室の中に、決して手の届かない無限の距離があった。みっこは僕の後ろに立っている。振り向きたいと思った。何か会話していたい。別におかしくはないだろう。でもいつの間にか首の関節が石臼のように重い。僕は仕方なく押し黙って、扉の上についている数字が一から上がっていくのをずっと見ていた。ずっと辿り着かなきゃいいのにと思った。

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