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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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六日目:サク編 17話

 夢を見ていた。
 卒業式の夢だった。既にみっこは僕とは違う高校へ進むことが決まっていた。それは小牧と一緒の高校だった。それはそうだろう。この辺じゃ高校の選択肢なんて多くない。テスト順位にしてトップから二十位離れるごとに違う高校を目指すのが無難だ。だからテストで同じような点数を取るクラスメイトはだいたい同じ高校へ進む。その決まりさえ破らなければ、自分の身の程を理解していれば、受験で落ちる人間なんてそうそういない。
 みっこは泣いていた。周りの女子も泣いている子が多かった。中学の卒業というのは、小学校とはまた違った。地域の中学校にエスカレート式に進むだけだったから、友人達と別々の中学に行くこともなかった。だから小学校の卒業式では、また四月から顔を合わせるんだろう、と誰もが思っていた。それでも泣いてた女子はいたけど。面子は変わらず、環境が変わるだけ。だから僕は別に悲しむこともなかった。でも中学の卒業は違う。別れの匂いがする。別れというのは、自分で分かってしまうことなんじゃないだろうか。もう、会うこともない人がこの中にはいるんだな、ということを感じてしまうことが別れの感情なんじゃないだろうか。みっこは泣いていた。ねぇ、みっこは誰との別れを思ってる?
 僕はどうすればいいのか分からなかった。声をかけることも出来なかった。突然距離が開いた気がして、近づくことさえ出来なかった。仰げば尊しなんて何の意味はなかった。高校にもまるで興味がなかった。受かったから行くだけだった。みっこと別れる。南極の氷が溶けるように、僕の心は静かに崩れていくような気がしていた。卒業式は終わった。何だか味のないキャンディを舐めているような気分で終わった。僕は泣き続けているみっこだけを見ていた。
 その後、みっこはみんなに囲まれた。みっこの泣き顔は可憐で、放っておけない寂しさを誘う。だからみんなみっこを中心にして、男子までもがつられて涙を流し始めた。側には小牧がいた。お前はみっこと同じ高校に行くだろうが、と思った。人だかりの隙間を縫って、泣きじゃくるみっこへ視線を向けた。手の平で目を押さえているみっこは僕に気付かないだろう。奥歯を強く噛んだ。あの人だかりを全て吹き飛ばして、みっこを強く抱きしめたいと思った。
 僕は蟻地獄に絡み取られたような自分の足を必死に引き剥がして、その人だかりに背を向けた。
 涙が出ていない、という事実が僕をさらに無表情にさせた。こんなに感情を出すのが下手だったのか。
 ただ歩いていく。僕の目の前にはぼんやりとした白い世界が広がっていた。
 終わりというのは、こんなにあっけなくて淡々としているのだ。
 その道をただ歩いていく。
「サクちゃん!」
 その呼び声で、僕は銛で突き刺されたかのような衝撃を受けて震えた。「サクちゃん!」振り返ると、みっこが自分を囲っていた人だかりを置き去りにして、息を弾ませて僕の方へ走ってくる。まだ涙が流れている。でもそんなものを無視しているかのように、僕の方へ走ってきてくれる。「みっこ!」僕も叫んだ。みっこが僕を目指して走ってきてくれている。
 みっこへ手を伸ばす。
 その瞬間だった。
 ジリリリリリリリリリリリリ!
 何かが爆発して、爆音が辺りに放射された。
 何もかもビリビリに引き裂くような、乱暴な破壊音だった。
 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!
 ただならぬことが今起きたのだ。そのことだけを僕は悟り、少しでも早くみっこを守ろうとした。「みっこ!」みっこの方へ足を一歩出したとき、みっこが立ち止まった。なぜ今立ち止まる? もう少しで、僕の手が触れる。いつもそうだ。みっこは僕の近くにいるけど、僕の触れられない距離にいる。何でだ。「みっこ!」僕は必死に叫んだ。
 ああ、そうだ。いつだってそうだ。僕は既にここにあるものとの距離を測るために、無用なものをもってくる。果てしなく続く感情だったり、意味のない状況証拠だったり、過ぎてしまった思い出だったり、そういうもので、みっことの距離を測ろうとするのだ。それらを一生懸命建設して、溝を埋めようとする。そういうものがいくつ、僕らの距離に収まるか確かめようとする。そういう不透明な無限性こそが、僕をやきもきさせるのだ。零がそこにある。決して届かない距離が、すぐそばにある。
 みっこが目の前にいた。僕はランニングマシンに乗っている気分だった。
 みっこが、僕をしっかりと見ていた。
 みっこが、何かを言った。
「わた…………を……す…………で」
 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!
「え、何、みっこ! よく聞こえない!」
 心のどこかで、逃げなければと思った。どこか安全な場所へ逃げなければと思った。みっこを連れて逃げなければと思った。みっこの方へ走っていく。でもみっこにはどうしてもなぜか到達出来ない。僕は唇を噛んで全力疾走した。でも辿り着けない。みっこは寂しそうな微笑を顔に浮かべたままこっちを見ていた。僕は手を伸ばした。あと少し。あともう少しなのに!
 みっこに触れる、その瞬間。
「サク!」
 僕を呼ぶ声に目を覚まされた。
 うろんげに目を明けて確かめる。小牧の声だった。彼はなぜか僕の布団の脇に立って、窓を凝視していた。開ければすぐにベージュ色の壁が見えるはずの窓を。何の音だ? 辺りが割れんばかりに騒がしい。少し首を動かすと、小牧だけじゃなかった。班員がそれぞれ、幽霊のようにぼんやり立って、窓を見ていた。「おい! サク! 起きろっ!」小牧がまた叫ぶ。もう起きてる、と僕は思った。小牧は僕の方は見ていない。ただ、僕に向かって呼びかけているだけだから、僕が起きたことも気づかないのだ。それは彼の責任感がさせることだろう。「なに?」僕は言う。でも、彼はただ、窓の一点を蝋人形のように見ていた。
 だから僕も寝たまま、窓を見た。
 その窓の向こうにはただ、隣のベージュの壁があるはずだった。
 あれ? と思った。

 ――外が明るかった。

 小牧がまた叫んだ。
「サク! いい加減にしろ!」
「もう起きてる!」
 僕も叫んだ。
 それに呼応して、小牧がやっと振り返った。
 まるで金剛力士像のように唇をへの字に曲げて、何かに怒っているかのようだった。
「火事なんだよ!」
 少し理解が遅れて、この破壊音の正体を掴む。
 警報なのだ。これは。部屋に充満しているこの音の正体は、火事を知らせる警報なのだ。それが部屋に隙間なく溢れている。
 僕は比喩ではなく、壁に布団を投げつけてバネ人形のように立ち上がった。「いつから!?」と喚いたが、いかにもずれていることが自分で分かった。頭が全く働かない。まだ僕は寝ぼけているのか。こういう時、何を考えていいのか分からない。いつから、なんて決まっている。さっきからなのだろう。何をすべきなのか分からない。しかし他のメンバーも同じようなものだろう。みんな腑抜けたように、ただ閉じた窓を凝視している。それらを見ると、一番情報を得るのが遅かった僕は、少し楽観出来るんじゃないか、と思った。もし、もっとひどい火事なら、みんなはもっと機敏に反応するだろう。これは大したことがない火事なのだ。そうに決まっている。近所のゴミ収集所のボヤ程度かもしれない。「どこが?」と僕は尋ねた。誰も応えてはくれない。みんな分からないのだ。その、みんなに共通する一種の無知に僕はなぜか安心した。少なくとも、危険が差し迫っていることはないだろうと、勝手に考えて、一人納得した。
 その中で、しかし、小牧が動いた。
 もう小牧だけが違った。僕と会話したことでスイッチが入ったのだろうか。あるいはもともとそういう人間なのだろうか。おそらく後者だろう。誰よりも順応力が高く、誰よりも俊敏で、そして誰よりも機転が利く。小牧は実に大したヤツだと思った。ただ遠目で、いまだに窓を凝視することしかしてなかったメンバーと違った。まずは僕を起こしたのも小牧だったのだ。逆に言えば、この警報音の中で、最後まで寝ていたのが僕だった。情けなさを通り越して心配になる。この警報の中、寝ていられるなんて尋常じゃない。それに比べて、今や小牧は、洪水の前のハツカネズミのように機敏に反応していた。空気に流れる情報を欠片も逃さないかのように、キョロキョロとしていた。でも混乱しているわけではないようだった。ただ、考えるべきことを、考えようとしているように思えた。
 そして彼は走った。窓に向かって。彼は瞬時に窓の鍵を開けると、顔を乗り出して階下をのぞいた。それは至極まともな思考だと思った。きっとこういう場合、誰だってそうするだろうと思った。ただ、でも、僕には出来なかった。僕らには出来なかったということが事実であり、その簡単なことを小牧はやってのけたのだ。そこから入ってきた外の空気が、やけに臭った。煙の焦げた臭いとか以前に、ゴムが焼ききれるかのような臭いだ。それでも僕の頭のスイッチは、どこか接触不良だった。「燃えてる……」と、小牧が呟くのが聞こえた。
「どこが?」
 僕は再び、尋ねた。まだそれは、どこか異国の話のようで、だからこそ「どこが?」と尋ねたのだ。どこなんだ? それって日本の話なの? 現実感が未だ僕から遠くにある。その一方で頭が警報に合わせて、赤く点灯を始めた。小牧が、しばらく階下をのぞきこんだままだったからだ。まさか修学旅行に来て、火事に遭遇するなんてことは考えられない。考えられないよな、と僕は自問自答した。悪くて隣のビルの火事だろうと思った。それならなぜこの建物の警報がけたたましい音を立てている? まだ夢の中にいるんじゃないのかとも思った。
 しばらくして小牧が勢いよく首を持ち上げる。
 そして決め付けるように、鋭く言葉を発した。
「逃げるぞ!」
「どこが火事なんだ!」
「うるせぇ! 自分で見ろよ!」
 僕は、そこでやっと催眠術が解けたかのように動いた。一瞬で窓に駆け寄り、小牧を押しのけるようにして、窓枠に手をかける。クラスメイトの何人かも、僕に追随した。そして下をのぞき込む。まずは風。ごうっと、強い風が僕の顔を撫でた。地獄の扉を開けた気がした。その風は、真夏の空気なんかより熱い。そんな……。赤い。夕焼けみたいに赤い。煙が風に流れていた。思いのほか風が強いのだ。建物が密集しているから、複雑な風の経路を作っていて、煙が横に流れている。火事は紛れもなく、この建物だった。そしてボヤなんてレベルじゃない。僕が今までの人生で見たことのある炎の中で、一番大きい。火事? いや違う。そんな生易しいものではない。火災? それも違う。火を扱う動物なのだ。人間は。それがどの程度なのか、本能で分かるのだ。
 あれは、劫火。
 あれは、このまま全てを焼き去る存在。
 階下、たぶん、一階から二階、それがまるで火の海だった。ホテルの入口部が、たぶん、一番酷い。入口から、炎が外の世界を侵食するかのように手を伸ばしていた。さしずめこの建物は、火の海に立つ塔だ。「消防車だ!」僕は叫んだ。一瞬それが頼もしい救いのように思えた。でもそれは一瞬だった。おそらくは救いにはならないことを、一瞬にして見切る。なぜなら消防車は、この建物と建物に囲まれた細い視界のずっと向こうに小さく見えるだけだから。この小さい隙間には、おそらく人一人通るのが精一杯だから。さらにここは五階だ。その赤い車は果てしなく遠く、小さい。この劫火に比べれば、まるで無力だ。
 僕の心の奥底で、暗く光る本能が呟いた。
 ――死……?
 そんな……。
 こんなところで?
 僕の心に、混乱という震撼がやってくる。
 その瞬間。
「荷物なんて置いてけ!」
 その怒声にビクッとして、室内を振り返る。すると、荷物をまとめようとしているクラスメイトに対して小牧が怒鳴っていた。「着替えなくてもいいよ! 馬鹿!」部屋に混乱が巻き起こっていた。「逃げなきゃならないんだ!」小牧はその混乱を静めるために、一人一人、怒っているのだ。怒って、そして自分の平静をやっと保っている。それが良策とは僕だって思えない。「どうやって逃げんだよ!」「先生は!?」小牧が熱くなればなるほど、クラスメイト同士で諍いが起こってしまっている。
 でも、僕は、その時、この状況で、この小牧という男を尊敬してしまった。本当に恐れ入った。こいつは、必死に「みんなで」逃げる方法を考えているのだ。その姿勢が何よりも、混乱を始めた僕の心を覚ましてくれた。
「小牧」
 僕は小牧と目を合わせる。どこかすがるような目になっていまっていることを自覚した。しかし、小牧の目も強い力をたぎらせながら、しかし僕にすがっていた。「どうすればいいんだ」小牧が僕に尋ねる。そんなこと僕が聞きたかった。先生は何をしている? こういう時、真っ先に生徒に向かってこなくてどうする。指示が欲しい。竹島先生。僕らは、まだまだ子供だった。全くの無力だった。逃げなければならないのは理解した。でも、どうすれば逃げられるのか分からない。ドアを開けて、右に逃げればいいのか、左に逃げればいいのか。階下が燃えているんだ。上に逃げればいいのか、下に逃げればいいのか。だいたい僕は、このホテルの構造を知らないのだ。
「たぶん、一階の食堂……」
 僕は幾分、静かな声で小牧に伝える。
「何が」
「火事が起きた場所。下、見たろ」
「見たよ! だから!?」
「ホテルの入口が一番燃えてる。消防車も一杯来てる。あそこ、食堂だろ。他に火が出るとこ、考えられないし」
 小牧は、それが何だという顔をする。僕だってその情報が何につながるのか分からない。でも、小牧なら、知っているはずだ。覚えているに違いない。このホテルの構造を。「お前、見たんだろ。パンフレット。このホテルの。覚えてない? 僕は見てないんだ。もう持ってもない」その言葉を聞くや否や、小牧は電流に撃たれたかのように機敏に動いた。「裏に……!」と言いながら、自分の荷物の方へ駆け寄る。もちろん荷物をまとめるわけじゃない。小牧が自分のバッグを逆さにして、畳の上にぶちまける。「確か、ここから少し遠いけど……」その中から小冊子を取り出して、そこに挟まってた、このホテルのパンフレットを抜き取って広げた。
「あるぞ! 裏側に非常口!」
 そう言って、小牧はホテルの見取り図の中で、入口から最も遠い場所を指差した。

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