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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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六日目:蜜編 現在 82話

歌声は上昇する。
細い糸は逆さに眺めた水滴のようだ。彼女の表面を舐めるように流れて落ちたシャワーの水滴とは逆に、現在、それは小さな、小さすぎるほど小さな広場を経て、空気に混ざり、上昇し、やがて夜空へと消えた。それを僕は眺めた。歌声を眺めていた。無色透明な、決して見えやしない空気の振動を、耳を澄ませて眺めていた。拡がる、ミクコの、声。


【M線上のアリア】 現在/82


十一曲目が始まった頃に立ち上がると、僕は広場を離れた。
周囲は既に三十人以上の聴衆で溢れている。人波を掻き分けて狭い裏路地を抜けると、僕は息を吐いた。振り返る。エリカの姿が見えた。隣に長身の男。エリカの恋人――キリシマだ、と思った。「来てたのか……」。恋人と仲直りすると、エリカは言っていた。宣言通りに仲直り出来たのならば良かった。僕はエリカを、あまり見ようとはしなかった。酷い事を言った。

それでも何処かで終わらせなければならなかった。視点を上げると欠けた月が見える。地球から月まで。380000km。僕とエリカの距離。互いに振り切れなかった引力の距離。真黒な羊だったな、僕は。エリカの言う通りだった。それでも僕等のカラダの中を、同じ受け継がれた血が流れている。ニコラの血。キリコの血。史上初の人工衛星『スプートニク』に乗せられた、一匹のライカ犬の名前を知っているか?

問題は残る。今、エリカの隣に立っているキリシマ。エリカの中に"C"があるという事は、僕と同じようにエリカも死なないカラダだという事。僕が二十二年間、それに気付かなかったように、恐らくエリカも気付いていない。完全なテロメラーゼが成熟するまで。
ニコラが考えるアクセプトには、キリシマの頭脳と、エリカの協力が必要なのだろうか。キリコとミクコ。……夢。僕は夢を見た。どんな夢を見た? ニコラの本当の目的。キリコの存在。

ゴミ捨て場を抜け、用途不明のビルの裏手へと歩く。遠くからは彼女の歌声が、まだ聴こえている。静かだ。猫達は彼女の歌に聴き入っている。「にゃあ」
ジーパンのポケットに手を入れると金属に触れた。僕はそれを取り出す。銀色のハーモニカ。ヴィンセントから受け取ったハーモニカ。唇を添える。ミクコの歌声を聴きながら、僕はそれを吹いた。吹いた事もないのだから、適当な音だ。それでも、ほんの少しの時間、その音色は小さな夜空に響いた。……近くから足音が聴こえる。それが誰の足音なのか、既に見当は付いている。一人ではない。何人かの足音。

「……おお、ミツ、久し振りじゃのう、お前も来とったのか」

曲がり角から姿を現したのは、似合わないスーツ姿の老人と、何人かの黒服。
それから"B"――バスターの姿も見える。老人の演技口調が、僕は昔から嫌いだった。
老人は静かに近付くと、僕の足から頭までを舐めるように眺めた。
「それにしても何故、こんな場所におるんじゃ? 向こうにはエリカもおるぞ」
老人を囲むように、黒服が動く。

「……その白々しい話し方、止めろよ。虫唾が走るから」

張り詰めた空気を弾くように、僕は言った。
瞬間、ミクコの歌声が止まり、一瞬の空白の後で、遠くから拍手が沸き起こった。

「ニコラ、何をしようとしているんだ、アンタ」
「……やはり……記憶を取り戻しているという報告は本当のようだな、ミツ」
「ああ、取り戻したよ。アンタも全て知っているんだろ、僕が何の為に生かされたのかを」

横目でバスターを見る。バスターは何も言わず下品に笑っている。
悪魔の罰を受けて隷従している事を、バスター自身は知らない。此処に連れて来ているという事は、恐らくニコラも気付いてはいない。僕が研究室に侵入した事も、やがてバスターが廃人になるという事も。

「……一体どんな手段で、取り戻した?」
「アンタと同じ方法だよ。アンタが研究施設を汚染させたのと同じ方法だ」
「やはり……お前も結んでいたのか、契約を……」
「悪いけどミクコは渡さないよ」

ニコラは何も言わずに、僕を見た。無言だった。
考えているというよりは、確かめているようだった。数秒間、短い静寂が訪れた。
「お前は……取り戻したいとは思わないのかね?」
「何を? 過去を? 感情を?」
「お前は……キリコを……取り戻したくはないのかね?」
ニコラは表情を変えずに言った。
感情を抑えているようでもあったし、感情など存在しないようでもあった。

「ニコラ、アンタは大きな勘違いをしていると思う」
「勘違い……?」
「今夜、ミクコに手は出させない。腕尽くでも良いよ。暴力的な手段でも構わない。とにかく、今夜、ミクコを連れていくのを、僕は許さない。明日、アンタの大学の研究室に行くよ」
「誰が?」
「僕が。一人で。もうアクセプトは完成しているんだろ?」
「お前に何が出来る」

ミクコの歌が聴こえる。
それは風に乗って、まだ終わろうとはしていない。

「必要なのは完全なテロメラーゼだ」
「……何が言いたい」
「ミクコも、キリコも、セシルも、エリカだって、誰もアンタの人形じゃないんだよ」
「……お前こそ、大きな勘違いをしている」

低く呟くと、ニコラは背中を向けて歩き出した。
ニコラを囲む黒服が合わせて歩き、バスターは困惑した表情で僕を見ていた。
「……ワシは失いたくなどないのだ、誰もな」
「その為に犠牲を払ってまで?」
「……明日、大学の研究室で待っている、必ず来い、ミツ」

ニコラが去ると、辺りは静かになった。
ミクコの歌も聴こえず、猫達だけがザワザワと身を寄せていた。
数秒間の沈黙の後で、再び短い歓声が聞こえた。それから叫び声のような、ミクコの声。

――「アリア!」。

風に乗って聴こえてきたのは、短い単語。
それは、きっと、最期のタイトル・コールだった。

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