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六日目:サク編 23話

 僕は、そこでみっこの記憶を見た。
 その蛇の腹に飲み込まれ、その黒い激流の中で、みっこの記憶を見た。それは何気ない日常を映した記憶で、僕と一緒に笑っている記憶だった。みっこの視点から僕を見ていた。教室に入って、まず僕を探そうとするみっこ。授業中僕を見ているみっこ。体育で僕の姿を探すみっこ。バスで僕の隣の席になり密かに喜ぶみっこ。そして、帰り際、教室で僕の姿を目に収めてから帰ろうと僕を探すみっこ。それらの視点は、まるで僕のようだった。僕も同じことをしていた。その共有が嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、僕は泣いた。
「やめろ……。やめてくれ!」
 僕は蛇の中で叫んだ。分かってしまった。意味が分かってしまった。それらのみっこの記憶が、一つずつ、一つずつ、消えていく。この蛇の中へ消化されていくのだ。記憶を食う。その意味が分かってしまった。代償は、僕への恋心だと言っていた。それを失っていくのだ。そしてきっと願いを叶える。本当に叶うのだろうか。でも、そんな……、こんなの意味がない。みっこは僕を好きでいてくれた。そんな奇跡が、何とこの日常の中で存在した。僕が気づかなかっただけ。きっとみっこも気づかなかっただけ。みっこは僕と一緒にいることを、楽しみにしていてくれた。
 それが食われようとしている。
 きっと僕を生かすために。
 でも、みっこが僕を好きだった記憶を忘れてしまうのなら、僕は生きていく意味がない。
「やめろー!」
 僕は渾身の力で、黒い蛇の腹を殴った。それはツヤツヤと黒い液体で黒光りする柔らかそうな壁面だったが、殴ってみると石のように硬かった。それでも僕は泣きながら、何度も何度も殴った。みっこの記憶に手を伸ばして、それが消えていくのを阻止しようとした。どうしようもなかった。それは、留めることなく消えていく。殴って、殴って、僕の拳からは血が吹き出た。
 それから、僕は一つの奇跡を見た。
 いつの間にか、僕は黒い蛇の腹を抜け出していた。そして、それは起こっていた。それが起こったということが、何よりも、この男の力を証明していた。この男は本物なのだ。本物の力を持っている。「そんな……」今まで崩れた壁に埋まっていた僕の下半身が、何事もなかったかのように崩れた壁の外に出ていた。それは治療されたというよりも、初めからこの形だったかのように「修正された」という方がピッタリとくる。
 そして僕は必死になって、繰り返し床をぶん殴っていた。先ほどまで黒い蛇の腹の中にいて、腹を殴っているつもりだったのに。僕は無心に床を殴っていた。僕はそれに気づいて、床を殴るのを止めた。ペタンと手を付き、その硬さを確かめた。こんなことはありえない。ありえないことを起こすなんて。この男の力は本物だ。僕の怪我を治す。その願いを叶えてみせた。ならば、代償の方はどうなる。みっこの記憶はどうなるんだ。
 みっこを見た。
 目の前にある唇が、ゆっくりと傾いていく。
 バランスが崩れ、倒れようとしていた。
「みっこ……!」
 僕は床に座り込んで手を差し伸ばすと、みっこの体を支えた。
 その体は、酷く軽くて、脆く感じられた。
「みっこ! ねぇ!」
「サクちゃん……」
 みっこはそれだけ言うのが精一杯で、再び、意識を失おうとしているみたいだった。おそらく、さっきもこれと同じことをして、みっこは記憶を失っていたのだ。だから火事でも目が覚めなかった。
 記憶を失ったのだ。
 代償は、僕への恋心。
「そんな……!」
 僕は信じられない。
 信じたくない。
 でも、この体の怪我が治ったのは事実。
 僕が動けるようになったのは事実。
 みっこに助けられたのは事実!
「クク、ハハハハハハハ! いいぞ……。旨い! これほどまでに芳醇だとは! この記憶は、いい! いいぞ! クハハハハハハハハハ!」
「悪魔」は笑い続けていた。体全体を、その不気味な笑いに委ねていた。僕は憎しみに満ちた目で、その悪魔の方を睨んだ。「お前は何をした……!」僕は尋ねたが、悪魔は愉快そうに体を揺らし、その質問を無視した。僕の存在なんか目に入らないかのように。小さな家畜を扱うように。
 あくまで自分勝手に喋る。
「おいおい、その拳の怪我は契約外だな」
「お前! 言えよ! 何をした!」
「言う必要はない。お前は既に理解している。イエス。それが正解だ。そんなことより、ククク、逃げなくてもいいのか? カハッ、ハハハハハ! 契約を結んだばかりで死んでしまっては困るな」
 悪魔がニヤニヤと笑った。
 僕は、唐突に思い出したかのように周囲を見回した。そんなことより。そういうことか。みっこの願いはあくまで僕の怪我を治すこと。それ以上のことは叶えてくれない。僕のあの怪我を容易く治すことが出来ても、みっこはここの脱出を願っていないから、僕らは火事に閉じ込められたままなのだ。
 契約。
 悪魔との契約だ。
「ちくしょう……」
 僕はとっさにみっこを背負うと、ドアに向かって走った。悪魔のことは置き去りにした。炎から現れたのだ。死、というものがないに決まっている。もう周囲の壁は炎に囲まれている。崩れた壁を避けながら、ドアを開けた。正面に走れば、非常口がある。少なくとも、正面に向かえばいいはずだった。
 正面の廊下、五メートル先が、崩れた天井に埋まっていた。
 僕は瞬間、呆然とした。そんな。逃げ道が完全に失われている。他にどうすればいいのだろう。他に非常口なんて知らない。小牧なら知っていたのかもしれない。でも僕は知らない。このまま逃げ出せず、焼け死ぬだけだ。せっかくみっこに怪我を治して貰ったのに犬死にだ。僕だけ死ぬならまだいい。このままでは、みっこも確実に死ぬ。
 死ぬ。
 足が震えた。
 怖かった。
 さっきまでの方が、死に接していたのに、今になって絶大な恐怖がやってきた。周りを見渡せた今だからこそ。死にたくない。みっこを死なせたくない。みっこは僕のために、「一番大切な記憶」を差し出してくれた。それが、僕にとっても大切なものだとしても、僕を助けるために差し出してくれた。死なせるわけにはいかない。みっこだけ逃げろと言った僕の言葉は嘘じゃない。みっこだけでも助けなきゃならない。
「ちくしょう!」
 僕はあても持たずに、とにかく走り出した。廊下の一方は塞がれているのだから、走り出すにしても一方向にしか行けない。入口の方だ。エレベーターと階段がある。エレベーターなど望み薄だろうし、何より入口の方が火の勢いが強いに決まっている。たぶん火元は入口に程近い食堂なのだから。各階へと結ばれる階段だって火に包まれているに決まっている。
 決まっているけれど、そこしか望みはない。
 案の定、階段に近づくにつれ、周囲は酷い有様だった。壁は崩れ、鉄骨が露出し、酷い音が辺りを包み、各部屋のドアが吹き飛ばされていた。それでもまだ走れる。足をつくだけのスペースが残されていた。僕はそのスペースを、飛び石みたいに踏みながら階段まで走った。
 やがて、これまでにない熱気が僕を包んだ。
 それは階段から上がってくる、津波のような熱気だった。しかし階段は残されている。僕はまず下を見た。手すりが溶解しそうなほど熱い。「くそ!」三階は炎が踊っている。もう階段を駆け上がってきそうなほどだった。周囲のもの全てを飲み込んで、壊すのがさも愉快そうだった。僕はさっきの悪魔を思った。他に、ないか。他に逃げ道はないのだろうか。上に行ってどうする。時間稼ぎだけだ。でも、他に方法が思いつかない。僕の頭はまるで馬鹿だった。他に何も思いつかない。ただ追いやられるようにして、上に行くしかない。
 僕は一瞬の逡巡の後、上に向かって駆け出した。
 五階、六階と階段を上っているうち、今が何階なのか分からなくなった。それほど高い建物ではなかった。おそらく十階もいかないだろう。でも、僕はその道のりがやけに遠く感じられた。まるで、夢の中で感じた、走っても走っても辿りつけない場所のように。僕はみっこを見た。まるで高熱にうなされるように、しかめた顔を僕の肩に預けている。力は全くない。酷く軽い。「みっこ……!」僕は走った。階段には幸いに燃えるものがないのか、異常な熱気以外は炎が達していない。まだ崩れてもいない。僕はただ走った。やがて、目の前にドアがあった。それは非常口と同じ、ペラペラのドアだった。僕はそれを蹴破るようにして開け放つ。元々開いていたのだろう。それは壊れるようにして開くと、僕の眼前に外の世界が広がった。
「屋上……」
 そこがやけに涼しく感じた。強い風が吹いた。みっこの髪が僕の顔を撫でた。こんな状況でも、みっこからはいい匂いがした。屋上だ。この建物に屋上があったことなんて初めて知った。長方形の屋上。周りは緑色のフェンスに囲まれている。パネルのようなコンクリートの床が敷き詰められていて、それは白っぽく、頼りなかった。この下では今、炎が燃え盛っている。
 僕はヨタヨタと歩いて、屋上のほぼ中央に達した。そこにみっこを静かに寝かすと、緑色のフェンスに向かって走った。この方角に、消防車が来ていたはずだ。誰かが気づいてくれるかもしれない。下を見ると、野次馬が群がり、炎と消防車の赤い光でまるでお祭りのようだった。そこにいる人たちの顔は遠い。でも、やけにはっきりと見えた。みんな真剣そうな顔だったけど、少なくとも僕より深刻そうではなかった。みんなは死なないのだから。あの消防車の梯子はここまで届くだろうか。あるいはヘリコプターとか飛んでいないだろうか。やっと外を感じられたのに、このままでは僕は死んでしまう。みっこは死んでしまう。みんなの前で死んでしまうことが、隠れてひっそりと死んでしまうことより残酷で残念に思えた。目の前に助かるかもしれない、助けてくれるかもしれない人ごみがありながら、助からずに死にたくはない。ここと、あそこの違いによって死にたくはない。
「助けて……」
 僕はフェンスに向かってしがみついた。
「助けて! ここだよ! 助けて!」
 僕は残っている力をかき集めて、声を出した。いや、もう力なんて残っていないのだ。かなり大きな声が出たつもりで、それは周囲の喧騒や、強い風や、火事の出す爆音に呑まれて消えた。たぶん、下には届いていないだろう。ガシャンとフェンスを叩く。諦めるな。諦めれば、みっこが死んでしまうのだ。もう一度、叫ぼうと思って下を見ると、何人かが、僕を指差しているのが見えた。気づいてくれた。僕は涙が出そうなくらい嬉しくなって、馬鹿みたいに手を振った。それは野次馬だったが、きっと消防士も気づいてくれる。あの梯子は何階まで届くのか分からないけど、きっと助けてくれる。僕はみっこを振り返った。
 その瞬間、視界が震えるほどの振動と爆音。
 ガクンと、足場が不安定になった。
 床のパネルにヒビが入ったことが一瞬で分かった。
 それは長方形の屋上を真っ二つに入ったヒビだった。
 僕は冬山のクレバスを感じた。
 その中央に、みっこが寝ていた。
 瞬間、僕は走り出した。
 野球選手のように滑り込んで、みっこの体を抱きかかえる。
 ギシギシと、不気味な音が聞こえる。
 巨大な氷を割るような音だった。
 少しでも動けば、割れてしまいそうな。
「みっこ……!」
 僕はみっこの顔を見た。
 ここまで来て情けない。
 みっこの目が開く。
 夢を見るかのような、綺麗な目だった。
 その目が開くと同時に、もう一度大きな爆発音が僕の真下から振動となって響いた。
 屋上全体が軋む。
 そして中心の、僕らだけの重さも支えきれないと言わんばかりに、階下に引っ張られるようにして床が歪んだ。
 落ちる。
 地獄の入口が開くように。
 僕はみっこの体をきつく抱いた。
「みっこ!」
 床に走ったヒビが震える。
 僕らを飲み込むために、口を開く。
 一度、骨が折れるような音を聞いた。
 それが建物の限界の音だったのだろう。
 瞬間後、ふいに浮遊感が訪れた。
 僕は悲鳴も出なかった。
 僕らは死ぬ。
 足元に広がる巨大な闇に飲み込まれる。
 その最中に、みっこの口が動いた。

「コルト。飛んで。あの桜の場所へ」

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