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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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六日目:サク編 24話

 白い花びらが、涙のように舞っている。
 そこにあったのは、季節を外れて満開の桜の木。
 それは怖ろしく白く、ぼんやりと月明かりを反射して、薄闇の中で冷め冷めと輝いていた。枝の半分くらいが、側を流れる川にせり出して、花びらをそちらにも落としている。それは川をずっと流れていくだろう。僕は肩の力を落とし、うろんげに上を見ていた。僕の背には桜の木の幹があり、膝にはみっこが寝ていた。もう、しばらく意識は戻らないのだろうと僕は確信していた。顔はただ寝ているだけのように、ただ静かだった。満開の花びらの向こうに、月の光が見えた。ああ、今日は晴れているんだ、と僕はそこで初めて思った。その割に星があまり見えない。月が明るすぎるせいだろうか。
 ここはどこだろう。僕は来たことがない。でも、ガイドブックで見たことがある気がする。明日来るはずだった場所。僕らが選んだ銀閣寺の近くだ。名前は、そう、哲学の道。あの火事で、屋上から闇に呑まれた、その次の瞬間には僕はこうしていた。もう驚けなかった。何だか考える力も失せたみたいだった。心が酷く穏やかだった。その穏やかさは、別に危機を乗り越えた幸福感から来ているわけではない。絶望的な虚無感によって形作られる穏やかさだ。虚無という心の巨大な穴から、ヒタヒタと何かが、黒い手を伸ばしている。いくつもいくつも手が穴から出ようとする。まるで這い出ようとするみたいに。僕は心の中でその景色を見ていた。その手は何だろう。何を意味しているのだろう。きっと元々、そこにあったものが、元の地位を取り戻そうとして悲しく形を変えてしまったものだ。もう戻れないことを表現している手なのだ。手が泣いている。僕はそれをじっと観察していた。
 花びらがなぜか異常なほどに次から次へ落ちてくる。僕の目の前を踊っている。花びらがやけに白いな、と思った。夜桜だからそう見えるだけだろうか。それにしても白いな、と僕は繰り返し思った。生命力の回帰。一度失われたものを、呼び出した結果。これがみっこが望んだ結果。みっこは僕と桜を見たがってくれたのだ。この桜の花びらが、真実を深々と僕に告げた。僕の怪我が治された事実よりも、白い花びらの方が心の奥を冷たく短い間隔で揺らした。あの悪魔の力は本物なのだということ。ならば、代償として捧げたものは本当に失われているのだろうということ。重い。生命力の回帰は重い。重いのだろう。何ていったって、悪魔の口からそんなことを言ったのだから。笑ってしまいたい。悪魔が生命の重さを説くなんて。きっとそれは本当に重いのだろう。僕が想像するよりもずっと、ずっと、ずっと。
 僕は生きている。
 みっこも生きている。
 僕は結局、みっこに救われたのだ。
「桜、綺麗だね。みっこ」
 僕は淡々と、静かに話した。みっこが起きてしまわないように。きっと起きてなんてくれないのだろうけれど。僕は顔を下に下げて、僕の膝枕で眠るみっこを見つめた。頬に桜の花びらが一片、落ちていた。みっこの顔色も良くなかった。これに危険はないのだろうか。どれほどの記憶を失ったのだろうか。記憶を失うとこんなことになるのだろうか。そもそも記憶とは何なんだろう。
 みっこが一番大切だと言ってくれた記憶。
 それは本当にもう失ってしまったのだろうか。
「夜桜なんて、久しぶりに見たな。みんなにも見せたかったよね」
「みっこだって、本当はみんなと見たかったんでしょ。僕とだけじゃなくてさ。みっこ優しいもん」
「その方がきっと、いい思い出になったよね」
「だって凄いぜ。これ一本だけ満開」
「こんな濃密な満開って見たことない」
「こんなこと出来るんだね」
「小牧とか、きっと目を丸くしてさ、あいつ、案外子供だから一番喜ぶんだぜ」
「見てた? あいつがカレー三杯食べたの。大盛を」
「馬鹿だよね」
「さっきさ、僕、小牧の好きな人聞いたよ」
「やっぱりね、って思った。それは、あいつのために秘密にしておくけど」
「そう言えば、ねぇ、ギターどうなった?」
「少しは上手くなった? 少しなんて言うと怒る?」
「あの約束、覚えてる?」
「まぁいいや。火事怖かったね」
「みっこを守れなかったよ。ごめん」
「でも、二人とも助かって良かった」
「みんな、僕らのこと死んじゃったと思ってるかもね」
「あー、ちょっと、明日、楽しみにしてたのにな」
「これじゃ修学旅行終了だよなぁ」
「みっこ、銀閣寺行きたがってたじゃん。何で?」
「この近くだけどさ」
「そう言えば、音羽の滝? あれってさ、三つ一気に飲んじゃ駄目なの?」
「少し、恋愛の水を多めに混ぜるつもりだった。はは」
「みっこは本当に健康だけ?」
「そういうこと、もっと前から、もっと強く聞いとけば良かったなぁ」
「もっと勇気、とか、あれば良かった」
「ねぇ、人を好きになるって、どういうことだと思う?」
「好きになってもさ、相手が自分を好きになってくれなかったり」
「お互いに好きだったのに、なぜか変わってしまったり」
「お互いが好きなままで、でも、なぜか駄目になってしまったり」
「単純な確率で言えばさ、上手くいくことの方が少ないよね」
「確率なんて関係ないかもしれないけど」
「上手くいくって何だろね」
「運命って信じる?」
「女の子ってそういうの、好きだよね」
「みっこって、女の子女の子してるから、好きでしょ? 違う?」
「だけど僕は信じてない」
「出会うべくして出会うなんて、そんなの、起こる確率百パーセントのことがただ起こっただけじゃん」
「それより、出会うはずもないのに出会ったって言った方が、僕は好きだな」
「人って、失ってからじゃないと大切なものに気づけないんだって」
「じゃあ、人ってさ、一生大切なものを手に入れられないってことかな」
「そんなの、嘘だよね」
「うん」
「みっこ、寒くない?」
「ちょっと汗が冷えてきた感じ」
「本当に、桜、綺麗だよねぇ」
「本当に」
「本当にさ」
「ねぇ、みっこ……」
「ねぇ……!」
 みっこは何も答えなかった。
 みっこの頬に、今度は僕の涙が落ちた。
 悔しい、と思った。切実に思った。何なんだろう。この悔しさは。みっこはただ、これが見たいだけだったんだ。この桜を。この桜を咲かすためだけに、自分の記憶を使って、そして火事から逃げ遅れた。これだけのために。こんな小さな幸せのためだけに。こんなこと、望んじゃいけないことだったのだろうか。そんなに致命的なことだったのだろうか。何でなんだ。何でみっこに、あんな男が憑いていたんだ。そうしなければ、そんな力がなければ、こんなこと望みようもなかったのに。でも、その力があった。みっこは望むことが出来た。ただ、この小さな幸せを、僕と共有したいって思ってくれたために。
「いるんだろう。悪魔」
 僕は後ろの薄闇に向かって呼びかけた。
 初めて、僕から呼んだ。いるという絶対の確信があった。
 闇がこちらを向いている実感があった。
「いる」
 桜の木の幹を挟んで反対側から、低くて、よく通る声が聞こえた。
「悪魔とは、あんまりだな。新たな契約者よ。あながち間違ってはいないが。名を呼べ。コルトだ。俺はサクと呼ぶ。それが信頼の証なのだ」
「お前は、みっこの記憶を、食ったのか……?」
「ああ、食った」
「何を?」
「聞こえていただろう。サクへの恋心、だ」
 恋心、と悪魔はもう一度繰り返すと、愉快そうに鼻で笑った。
「気安く名前を呼ぶな」
「呼ぶさ。俺の名を、お前もすぐに」
「みっこは、それを失ったのか?」
「そうだ。もう俺の腹の中にある。たいそう、旨かったぞ」
「お前……」
「そしてお前は助かった。感謝してもらおう」
「みっこは起きたら、どうなってる?」
「どうなってる? どうもなってはいない。お前のことも忘れてはいない。ククク。ただ、お前に対して抱いていた好意の記憶を失っている」
「好意の記憶?」
「今まで懸命に膨らませてきた感情の風船を、俺が食った。再びやり直し、と言いたいところだが、もうその風船は存在しない」
「もう僕を好きになることはない?」
「さぁな」
 冷たい風が吹いた。やはり少し寒い。みっこを見た。別に震えているわけでもなかったが、ただ、汗で服が濡れていた。僕よりもずっと汗をかいている。これは火事のせいだけじゃないのだろう。冷や汗みたいなものかもしれない。帰らなきゃ、と思った。風邪をひいてしまう。みんなだって心配している。桜の花びらが、風に吹かれて吹雪のように見えた。深々と降り積もっていく。時間の流れを表すように。その白さは、途轍もなく、怖ろしいほど綺麗だった。こんな心に迫るような桜を、僕は今まで見たことがない。現実味がない。まるで夢の中だ。夢だったら、どんなに楽だろう。でも悪夢の最期は、きっとこんなに綺麗な場所ではない。この花びらは、現実が僕に対して放り投げた撒き餌なのだ。現実に縛り付けるための。
 帰りたい。
 帰ろう。
 こんなことになる前に。
「悪魔。もう、みっこの前には現れるな」
「確かに先ほどの契約で共有契約のイニシアティブはお前に移った。みく子がその契約を思い出すことが出来ない以上、不整合が起こるからだ。だが、なぜそれを願う?」
「お前は、人の気持ちと、未来まで変えられるのか?」
「ククク。その答えは、イエスだ。何を考えている」
 悪魔は、もう全てが分かっているのだろう。嬉しそうに笑った。思えば、初めから、こいつは僕の考えをのぞいているかのように答えた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。ただ、みっこから僕へ乗り換えただけかのようだった。みっこがさっきのことを思い出せないなら、もうみっこの前に現させはしない。これからの僕の願いを考えれば、みっこの前に現させることは出来ない。こいつにとっては何でもいいのだ。人の記憶が効率的に奪えれば何でもいいのだ。それがどんなに大切な記憶だっていいのだ。その方がきっと旨いのだ。願いを叶えるなんて希望を見せておいて、結局のところ、叶えるのが目的ではない。食うのが目的なのだ。
 そういったものなのだ。
 ならば、僕もそのように扱おう。
 僕らは、相互利用の共犯者だ。
 悪魔がこちらに歩いてきた。
 僕の横に立って、僕を見下ろす。
「願うならば呼べ。俺の名はコルト。その名を決して忘れるな」
「"忘れてはいけないこと"……」
「クククク。俺を前にして、その区分はいいな。そそられる」
「――願いは二つある。叶えてもらう」
「全ては代償による。代償と等価の願いを叶えよう。そして俺の名を呼べ」
 みっこ。
 僕は間違ってはいないはずだ。こんな一方的に失わされて、納得できるわけがない。悔しかった。とても悔しくて、やり切れなかった。涙を噛み締めるくらい、悔しかった。
 ――彼の名前を決して呼ばないで。
 ごめん、でも、きっとみっこだって同じ気持ちだろう? みっこだって、同じことをするよね? きっとそうだ。取り戻したい。何かを失ってでも。何かを犠牲にしてでも。でも、今までの記憶は大切なものが多すぎる。これを代償にしたら、まるで意味がない。だから、これからの記憶を犠牲にするしかない。どれくらいの期間がかかるだろうか。何しろ、僕のあれほどの怪我を治すだけの記憶だった。僕への恋心。先が全く見えない。でも、全てが終わったとき、みっこも一緒に喜んでくれるだろうか。
 それを、せめてそれだけを、期待している。

「コルト」
「そう、それが俺の名だ」
「みっこの記憶を全て元に戻せ」
「全て」
「全て、だ」

 悪魔が、またしても愉快そうに口を歪めた。人を愚かだと思っている目だった。完全に馬鹿にした目だった。悔しい。こんな男がいたせいで、全てが狂ってしまった。それなのに、またこの男の力を借りなければ修正出来そうにない。僕は弱いから。願いを叶える存在があるなら、僕はそれを使わざるを得ないほど弱いから。どこまで修正出来るだろうか。すっかり元通りにはならないだろう。失って得られる力なのだから。でも、それでも、この時点で持っているものを取り戻せればいい。僕とみっこが今持っているものを取り戻せればいい。
「代償は、僕の未来の記憶」
「ククク。いじらしいな」
「それを少しずつ渡す。出来るか」
「いいだろう。烙印を刻ませてもらう」
 悪魔が左腕を振りかぶった。そして殴るような勢いのまま僕の頭へ振り下ろす。「うッ」視線を上に持っていくと、よく見えないが、どう控えめに見積もっても悪魔の左肘までが僕の頭にめり込んでいる。同化しているかのように。溶け込んでいる。先ほどの記憶を食べている動作とは全く違う。「何を……」僕は体の力が抜けていくのを感じた。それと同時に意識さえ朦朧としてきた。何かが強烈に奪われている。いや、犯されている。侵されている。冒されている。頭の中で大きなうねりがあった。そのたびに頭が右へ左へ引っ張られる。何かとても汚らわしいものが、僕の頭の中身を品定めしている。本来なら価値をつけられないものを、僕の今までの記憶を、片っ端から値踏みされているようだった。最悪の気分だった。
「烙印を刻んだ。俺とお前の契約の証だ」
 悪魔が僕の頭から勢いよく左手を抜いた。その瞬間、僕は一度悪魔の手が引き抜かれる方向へ頭が引っ張られたかと思うと、体中に力がいっぺんに抜けた。桜の幹にもたれて辛うじて姿勢を保つ。「気持ちの悪いやつめ……」まだ先ほどまでに比べると余裕がある。麻痺してしまっただけかもしれない。でも、その方が好都合だ。しばらく心が死んでいても構わない。もう何が起こっても、驚かない。もう何が辛くても、耐えてみせる。もう一度。この願いが叶うまで。もう一度。
 もう一つの願いが叶うまで。
「コルト。もう一つの願いは未来のことで僕には分からない。だから、お前に全部預けてやる。僕の未来を操作しろ。この契約の記憶さえ、食べればいい。その方が自然な形だと思うなら。忘れてはいけないこと以外の記憶なら自由にすればいい。僕は、これから先、みっこと別々の道を行くことになる。でも、みっこが記憶を戻す頃。顔を見るだけでもいいから。それまで辛い記憶で埋められてもいいから」
 もう一度。
 もう一度のために。
「愚か者め。隷従する気か」
 隷従。
 僕はその言葉の意味を知らない。
 従ったっていいさ。
 もう、何でもいい。
 どうにでもなれ。
 僕はみっこの顔を見た。
 その頬を撫でた。
 その頬に張り付いている、桜の花びらを摘んで取ってあげた。
 肌は血色が悪く、もう青白く見える。
 でもその寝顔は穏やかだった。
 目が覚めるとき、きっと多くのことを忘れている。
 今の眠りは、きっとその整理のために使われている。
 ねぇ、悲しくない?
 ねぇ、虚しくない?
 ねぇ、寂しくない?
 みっこ。
 約束は守られるよね。
 取り戻せないなんてないよね。
 きっとまた、笑い合えるよね。
 これで終わりじゃないよね。
 みっこ……!
 もう一度。
 取り戻してやる。
 絶対に取り戻してやる。
 帰ろう。
 きっと帰ろう。
 どんなことをしても。
 何を失ったとしても。
 それを桜に誓おう。
 そして、もう一度。
 せめて、もう一度だけ。
 この記憶が嘘じゃなかったと証明出来る日に。
「また、逢いたいんだ」

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