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六日目:サク編 26話

 ゆらゆらと景色がたゆたう。
 薄闇に霧が混じったような白。それは僕の意識が曖昧なせいだからなのかもしれない。酒に酔ったような気持ちだ。どこかに横になっている。こんな状況なのに、とても気分がいい。船に乗っているように、景色がゆれていた。夢の中にいるかのようでもあった。白夜をまだ体験したことはないけれど、このような色なのかもしれない。景色が揺れて、いい匂いがした。首を横に傾けると、そこが大学であることを知った。首を絞められ死んではいないらしい。そのまま僕は倒れたのだろう。油断すると、またすぐに意識を失ってしまいそうだった。その白い靄の向こうに、花が見えた。何だろう、と思う。桜並木だが、もちろん桜ではない。桜並木の土を覆うように、びっしりとそれは咲き誇っていた。
「秋桜、綺麗ね。サクちゃん」
「あ……」
 声を聞いた。その白い薄闇の中で、何だかとても懐かしい声を聞いた。女の子だった。大学の正門を入った桜並木の中央で、僕はその女の子に膝枕をされているのだ。誰……? 側にギターケースがある。やっぱり僕はまだ夢の中にいるのだろうか。何だか泣きたいくらいホッとする声だった。ずっと、この距離で聞くのことを求めていたような声だった。「ああ――」顔が見えた。その瞬間、僕は涙が出た。なぜだろう。なぜ彼女がこんなところにいるんだろう。みっこだった。同じ大学にいるのは知っていた。何で彼女がここで、僕を膝枕してくれているのだろう。悪魔。最期の代償は何だったろう。思い出せない。悪魔に関する記憶自体が、なぜか薄い。もう、あいつを呼ぶこともないだろう。
 みっこ。
 中学の時の同級生。
 ただ、それだけの人で、高校で別れた。
 でも、彼女の姿を見て涙が止まらなかった。
 次から次へと、涙が横へ流れた。
 みっこの顔が白い靄と、涙で滲んだ。
 ――不完全。
 僕はなぜか、その言葉を思う。
 秋桜? 確かに僕は種を撒いたが、こんな数になるわけがない。
 一つの奇跡を見ているようだった。
 よく意味が分からないことばかりだが、あまり健全な状態とは言えない。僕はみっこから離れようと、体を動かしてみた。しかし、まるで神経が麻痺してしまったかのように上半身が起きない。足も動かせなかった。体が言うことを利かないのだ。「ご、ごめん」僕はなぜか謝りながら泣いた。何で涙が出てくるんだ。手で何度も涙を拭ったが、それは止まらない。そのうち嗚咽さえ、口からあふれ出してきた。意味が分からない。
「無理しないで。サクちゃん。そういうときって動けないから」
「……そういうとき?」
「うん。時間が経てば、動けるようになるよ」
「みっこ。何か久しぶりだけど……何でこんなところにいるの?」
「サクちゃん……」
「あれ? ごめん、何で泣くの?」
「サクちゃんもだよ……」
「うん、ごめん。何でだろう。僕にも分からないんだ」
「ごめんね……サクちゃん……ごめんなさい」
「何で謝るの? あれ? さっきまでライブが――」
「サクちゃん、今まで戦っていてくれたのね? そんなに、心をボロボロにして戦っていてくれたのね?」
「……え?」
「本当に、ありがとう。サクちゃん。良かった。思い出せて。こんな綺麗な気持ちを思い出せて良かった」
 良かった。
 その言葉が、僕の心の奥の何かを揺らした。その言葉に反応して、僕はなぜか全て救われたような気持ちになった。嗚咽は勢いを増し、みっこが僕の髪の中に手を差し入れてくれた。良かった。何なんだろう。何でこんなことになっているのだろう。意味が分からない。でも、良かったって思ってくれて、僕は良かったと思ってる。
 僕は何かを失っている。
 それが分からない。
 いつものことだった。
 でも、悲しみだけじゃない。
 なぜか酷く悲しむ一方で、僕は救われたと思ってる。
「みっこ――。ごめん……。何でだろ、涙が止まらない、ごめん」
「サクちゃん、今ね、私、好きなものが一杯出来たの」
「……うん」
「変化は悪いことなのかな?」
「ううん。違うよ。きっと……違ったんだ」
 僕は答えた。なぜかそれは実感を伴って答えることが出来た。今まで長い間受け入れることの出来なかったものを、小さな子供に言い聞かせるように言葉を選んだ。自分の言葉が自分に染み渡る。これを得るまでに、長い時間がかかったように思う。
「きっと違う。そういうことじゃないんだ。きっとさ、魂のような、変化とか不変とかを超えた、大切なものが奥に必ずあるんだ。変化が悪いなんていうのは、その魂が、その時たまたま着ている服を見て、難癖をつけているだけなんだよ」
 僕は言い終わって、うん、と自分で頷いたあとみっこの顔を見た。
 その顔は白く、病的で、髪型も変だ。でもとても生きる力に溢れていた。中学のとき見たみっこのままだった。それが僕にとって、なぜか凄く嬉しくて、無意識に手を伸ばして、みっこの頬に触れた。さらさらとした、柔らかい感触だった。近くに唇があった。いつか、こうして触れたことがある、と思った。でも、そんなことはありえない。でも、きっと、僕は今、魂に触れている。
「みっこ。僕は大丈夫。もう行くんでしょう?」
「うん、すぐ行かなきゃ」
 みっこが僕の頭を優しく下ろすと、立ち上がった。「本当に大丈夫?」心配そうな顔が僕を覗き込む。
「大丈夫だよ」と僕は幾分動くようになってきた体を、虫のように起こしながら言った。
 みっこは僕が起き上がる姿を見ると、少し安心したようにギターケースを持ち上げた。
 みっこは昔から優しかった。
 僕は座り込んで、みっこの顔を見上げた。
 行ってしまう。
 みっこが行ってしまう。
 心が締め付けられるような気持ちを感じた。
 何だろう。
 引き止めたいような気持ちに似ている。
 でも、なぜなのか僕には分からない。
「みっこ、どこに行くの?」
「家に帰るの」
 そう言って、例の悪魔的で、魅力的な笑顔を見せた。
 ああ――。
 何かを思い出せそうな気がした。
 いや、違う。
 新しい何かを、作れそうな気がした。
 記憶の中に。
 もう、失うことのないものを。
「みっこ」
 僕は呼びかけた。
 決定的な何かを告げるために。
 今まで大切にしていた何かに、決定的に終止符を打つために。
「さよなら」
 みっこは僕の顔をじっと見つめていた。
 それから悲しそうで、でも嬉しそうな複雑な表情をした。
「うん、さよなら」
 みっこは歩き始めた。僕はその後姿を見ていた。ずいぶんと長い間、その後姿を見ていた。脆く儚げで、でも、力強い。僕も歩き始めなければ。ふらふらと立ち上がると、僕は横に向かって歩き始めた。コスモスの方へ。でも、みっこから目を離さなかった。最後の最後まで、その姿を目に収めておきたいと、僕のどこかが願っていた。僕は、どこからきているのか分からないその感情を信じて、中学の同級生を見ていた。
 みっこが、振り返る。
 そして、手を振って笑った。
「またね!」
 僕も手を振って、それに応えた。
 やがて、その姿が薄い闇に消えた。
 僕は見えなくなった瞬間に、長い瞬きをした。
 心のどこかで、氷の割れるような音が響いた。
 目を開けて、もう少しだけ歩くと、そこにはやはりコスモスが咲き乱れていた。僕はそのコスモスを踏まないように震える足で慎重に歩くと、一本の桜の下に腰掛けた。うろんげに上を見る。枯れたような枝の向こうに、月が見えた。こんな景色を見た気がした。何が何だか、もう分からない。記憶が整理されていない。たぶん、もう一度寝れば、少しはマシになるだろう。
 目の前のコスモスを見た。
 白やピンクに彩られて、炎が燃えているようだった。それは、とても優しい炎だった。静かで綺麗な花。花言葉は、純潔、真心、調和。よくそんなことを考えたものだ。確かに、花それぞれが、小さくそんなことを呟いているかのように見える。「負けたサービスのつもりか?」僕は呟いた。そんなわけはない、と思いながら。かつて暴虐な劫火を見たことを思い出した。何かを失うことを思った。でも、失ったものはなんだったろう。まだ生きている。魂がここにある。きっとそれらが、どこからか希望を見出して、また進まなきゃならないんだ。ゆらりと景色が揺らいだ。ただ今は、少し疲れた。もう少し、ここで休んでいこう。
 涙の残滓を、僕は手で拭った。
 みっこの歌を思い出して、口ずさんだ。

「きっとどこかに種撒いたなら」
「いつか涙を降らせた心開き」
「桜の花が季節を外れて輝いて咲く」
「ちゃんと過ごしてきた日々が」
「痛いくらい優しく生き続けるよ」
「きっとどこかで笑ってる」
「君と同じ世界を生きていく」

 でも、やっぱりどこか寂しい。
 やっぱり、どうしても寂しさは感じてしまうよ。
 僕は膝を抱えて、もう一度空を見た。
 月が冷め冷めと僕を照らしていた。
 どこかで見た月だった。
 現実には、毎日見ている。
 目が覚めれば、少しはマシになるだろう。
 失った記憶も整理されることだろう。
 また生き続けるために。
 強かに紡ぎ続ける。
 僕の記憶の物語。

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