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六日目:蜜編 現在 84話

「もしもし、蜜クン!?」

普段より少しだけ温度の上がった声が、受話器から聴こえた。数分前まで唄っていた、透明な声。多少興奮気味ではあるけれど、緊急事態が発生したような声ではない。僕は小さく笑いながら、その声の主に応えた。「うん、お疲れ様、何処にいる?」
「何処にいる、じゃないよ! 勝手に途中でいなくなっちゃってさ!」
「ごめん、ごめん、ちゃんと歌は聴いてたよ」
階段から立ち上がる。多分、彼女は反対方向の裏路地を歩いているのだろう。受話器から商店街の雑音が聞こえる。追いかけるように歩き始める。「本当に? ちゃんと聴いてた?」
「聴いてたよ、だって何処にいたって聴こえたよ、君の歌」
「そう、だったら良かったけど」
怒ったような声で、だけれど彼女は呆れたように笑った。とても自然な笑い方だった。
円状の広場を周回するように歩くと、彼女が歩いているであろう裏路地が見えた。飲み屋通りが見える。受話器の向こう側で、彼女は歩き続けているようだった。心配しなくても行先ならば知っている。ヒトツしかない。「家に向かって歩いてる?」。僕が問うと、彼女は笑った。

「うん、家に向かって歩いてる」


【M線上のアリア】 現在/84


彼女の声は疲れてはいたけれど、想像していた様子とは違っていた。白化が完成し、限界が致死量を越えたのならば、これほど元気に歩ける筈が無い。裏路地の両脇では居酒屋の提灯が揺れている。何処かの店からは音痴なカラオケの歌声。一直線の小さな通り道。

「……もしかして、全てを思い出した?」
「うん、思い出したよ」

体調の異変はそのせいか? と問おうとして、僕は言葉を飲み込んだ。異変など無いかもしれない。単に我慢しているだけかもしれないし、もしかしたら次の瞬間、彼女は倒れてしまうかもしれない。ならば今、話すべき事は、そんな事ではなくて。気持ちを、感情を、心を。今、誰かに伝えようとせずに、何時ならば伝えられるんだろうな。「ミクコはさ……」

「ん、何?」
「君はさ、永遠に生きたいと思う?」

受話器の向こう側で数秒、彼女は黙っていた。そもそもの原点。彼女が部屋を出て行った理由。全てが消えてしまう不安だとか、全てを失くしてしまう不安。それでも僕等は何かを積み上げ、新たに取り戻し、それを何処かに繋げようとしている。何処に?

「未来に……」
「え?」
「未来にね、進みたいと願う気持ちってね、永遠を望むからよね」
「うん」
「だけれど、もしも永遠が手に入ったら、今度は過去を望んじゃうかもしれないね」

飲み屋通りを抜けると小さな車道に出た。コンビニエンス・ストアが見え、遠くにはファミリー・レストランの看板が見えた。他の店はシャッターを下している。雑音は小さくなり、耳元からは彼女の声だけが聴こえた。今、僕の耳元には、彼女の澄んだ声しか届かなかった。

「例えば、初恋のね、記憶を取り戻したとして……」
「うん」
「過去を大切に出来ない人が、現在を大切に出来る訳が無いと思わない?」
「うん」
「だとしたら現在を大切に出来ない人が、未来を大切に出来る訳も無いんだよね」

そこまで言うと、彼女は笑った。愉快そうに笑った。
吐き捨てるのではなく、受け入れるように、とても満足そうに笑った。
「だから永遠なんて望まない。過去や、現在や、未来の価値が無くなっちゃうから」
彼女が歩く度に、肩に担いだギター・ケースが重そうに揺れる音が聴こえてきた。多分、白化は完成して、彼女の記憶が戻ったのならば、契約破棄の原因になった三男との記憶も、既に戻っているはずだった。だけれど彼女は変わらず、全ての事象が驚く程に変わってしまった現在の上で、尚、変わらず、真白な髪と、真白な肌と、真赤な目のままで、笑っていた。

「ねぇ、蜜クン、君は何の為に生きてる?」

不意に、ミクコが、訊いた。
コンビニエンス・ストアを通り過ぎると交差点が見え、右に曲がると小さな背中が見えた。
ギター・ケースを担いだ後姿。受話器を耳に当てたまま、僕は小さく笑った。「そうだな、」
「何?」
「少なくとも今は、君に会う為に生きてる」

何も気付いていない彼女の背中を眺めながら、僕は言った。
彼女は少しの無言の後で、何も言わずにクスクスと笑いながら、夜空を眺めていた。
過去を受け入れる? 随分と難しい話だ。現在さえ不安定なのに、未来を信じる事も。

何かを失い、悔い、悩み、それでも乗り越えてきた何か。
乗り越えた事さえ忘れてしまった何か。ミクコは何を思い出したのだろう?
解らないけれど、解らなくても良い。呆れる事は沢山あるし、諦めてしまう事も沢山ある。
それでも生きる事に飽きてはいけない。そして最後には死んでいく。

「それは良い理由だね」

それを、僕は受け入れたい。受け止めて、次の世代に受け渡したい。
信号が赤になり、彼女は立ち止まった。僕は歩くのを止めず、彼女に近付いていく。
背中はドンドン近くなる。ゲター・ケースを担いだ小さな背中が、ゆっくりと目の前に近付く。
ゆっくりと目の前に。ゆっくりと目の前に。もうすぐそこに。もうすぐそこに。

「お待たせ」

手を繋ぐ。
驚いた表情で、彼女が僕を見上げる。
瞬間、笑う。

「意外と早かったね」
「意外とね」

過去から記憶を繋いで現在へ。
現在から記憶を繋いで未来へ。

今、ミクコは笑っている。

「何? 何がそんなに可笑しいの?」
「ううん、ちょっとね、あのね、思い出し笑い」

信号が青に変わった。
なので僕等は手を繋ぎ、再び歩き始めた。
道の途中で、とても腹が減っている事に、僕は気が付いた。

ああ、腹が減ったな。

家に着いたら、彼女と一緒にスープを作ろう。

手間隙かけた、世界が素晴らしく思えちゃうような、温かいスープだ。

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