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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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二日目:蜜編 現在 08話

瞼を開くと、辺りはオレンジ色だった。
二日酔いのような頭痛を感じて、僕は目覚めた。小さな窓からは太陽が差し込んでいる。
朝日? 否、方角から察するに、夕陽。点けっ放しのテレ・ビジョンからワイドショーのショッピング番組が流れている。時間が戻ったような感覚。まさか。戻る訳が無い。頭痛を遮るように考える。最後の記憶は何だ? みく子が部屋を出た。辺りは夜だった。悪魔。悪魔。悪魔?

僕は悪魔に会った。記憶を食われた。事実だ。
司会者が笑顔で新型のアイロンを紹介している。半日以上、寝ていたという事か。初めて記憶を食われた反動だと思いたい。毎回こうだと厭だな。酒のように、繰り返す内に馴れていくものだと信じたい。時間は戻らない。みく子が部屋を出て行ったのは事実だ。悪魔に出逢ったのも事実。でなければ目の前に置かれた、ピンク色のジャージを説明出来ない。
悪魔、お前は一体、どんな格好で帰ったんだ?


【M線上のアリア】 現在/08


悪魔に何を願ったのかは覚えている。叶ったのかは、まだ解らない。何故なら今、僕は此処にいる。最初の願いは、とても些細なものだ。僕以外の人間なら、誰でも叶えられるような。

「僕を此処から出してくれ」

僕は、そう言った。
悪魔は「そんな願いで良いのか」と呆れるように笑った。不登校児でもあるまいに、社会人であれば誰でも出来る事。それが僕には出来なかった。僕は、みく子がいなければ、この部屋から出る事すら出来ないんだ。最初の願いとしては上等だ。それが最初の願いだ。

最初の願いは、些細であれば些細であるほど良い。記憶を食われるリスクを把握しておく必要がある。例えば最初の願いで「みく子を救え」なんて漠然とした巨大な願いを頼んだとして、悪魔がどれだけの記憶を要求するのか見当も付かない。確かに僕は、このまま昨日、餓死する事さえ覚悟していたけれど、みく子を救える確信を感じる前に死ぬ訳にはいかない。
記憶を食われてアッサリと廃人になる気など無い。

「僕を此処から出してくれ」

僕の願いに対して、どの記憶が食われたのかは、まったく解らない。思い出そうとしても、恐らくは無駄だ。食われたならば。一週間前の晩飯を覚えているか? 覚えていない。只でさえ記憶なんてのは、それほど脆弱なモノだ。ところが記憶を食われるという事は、それとも違う。別物だ。それは「思い出す」「忘れる」という次元の問題では無く、欠落するという事だろう。

欠落か。欠落した何かを取り戻したいのか、みく子。ならば僕は、何かを失おう。ところで僕は何を失ったんだ? 何も失っていない気がするな。本当に一週間前の晩飯の記憶を食われたのだとしたら、心底、気がラクだ。悪魔、お前は僕の「どの部分」を食ったんだ……?

途方に暮れて、僕はベッドに横になった。何にもする事は無い。悪魔に記憶を食われようと。夕暮れ。みく子の世界は、この数時間で幾分か変化したのだろうか? 首を斜めに動かすと、オレンジ色のソファが目に入る。みく子の場所。昨夜、悪魔が座っていた場所。夢だとしたら、随分とありがたい夢だ。みく子が扉を開けて「ただいま」なんて言うんだ。今は、それも夢だ。
壁にかけた時計を見る。音も無く秒針が進んでいる。午後七時。……午後七時?

「……やべぇ! バイトだ!」

僕は跳ね上がるようにベッドから身を起こすと、急いでジーパンを履き、鍵を持って家を出た。どうしてこんな時間まで呑気に寝転んでいたんだろう? 完全に遅刻だ。緑色のスニーカーの紐が解けている。結ぶのも面倒だ。何を考えているんだ、僕は。また店長に怒られるな。

走って十分。歩いて二十分。のんびり歩いて三十分。
横断歩道を渡り、線路を挟み、コンビニ、こんな場所にコンビニなんてあったかな? まぁ良い、そこを曲がり、商店街に入り、花屋を越えて、そうだ、みく子のバイト先の花屋を越えて、その先に飲み屋通りがあって、僕のバイト先がある。『呑処 お松』だ。もう完全に遅刻だ。
……ところが今は、まだ商店街の入り口だ。

「……面倒くせぇ! 歩くか!」

独り言を吐き捨て、僕は走るのを止めた。どうせ遅刻は遅刻だ。
花屋の前を通る。みく子のバイト先の花屋だ。随分と遅くまで開いている花屋だ。
もしかしたら意外と、みく子が呑気な顔をしてアルバイトに精を出しているかもしれないな。
今、何処にいるんだろうな、みく子。

「ぅわわわ?!」

感傷を素手で鷲掴みにするような、叫び声。
花屋の店先から飛び出すように走り始めた女の子が、豪快に転んだ。
花屋のエプロンにミニ・スカート。漫画的なニー・ソックス。颯爽としたツイン・テール。
僕の目の前で膝を擦っている。

「……大丈夫ですか?」

半ば呆れ気味に言った。こんな平坦な場所で転ぶなんて変だ。不自然にも店先に一個だけレンガが落ちている。一個だけレンガが落ちているのも変だ。それに躓くのも変だ。変な事を三個足したら、こんな現象が起きるのか。それも変だ。ツイン・テールの女の子は僕を見る。

「あれ? 蜜くん……」

「あ、なんだ、志津さん」変な現象の元凶が志津さんと知って、僕は笑った。納得。それならば確かに有り得る。志津さんは、みく子のバイト先の先輩だったはずだ。みく子と一緒にいる時に何度か話をした事があるが、毎回、志津さんと話す度に変な事件が起きていた。

例えば志津さんがUFOらしき発光体に拉致されそうになる、だとか。
例えば志津さんがFBIらしき黒服達に、いきなり職務質問をされる、だとか。
おおよそ常識では考えられない、漫画的な出来事が、志津さんの周囲では発生する。
平坦なはずの花屋の店先で転ぶなんて事くらい、志津さんにかかれば、ほんの序の口だ。

「こんな所で、何で?」

志津さんが猫目をクリクリさせながら質問するのが、可笑しくて仕方が無い。
貴女の方こそ、こんな所で、何で? と問い返してやりたいが、それは如何にも嫌味だろう。
貴女の方こそ、こんな所で、何で転んでるの? と言いかけた台詞を飲み込んで、真面目に答える。

「これからバイト」

僕は爆笑している内心を必死で隠して、努めて冷静な表情で言った。
まぁ、バイトと言っても、大幅に遅刻しているけどな。
みく子もいないようだし、此処でのんびり会話をしている場合ではない。
店内から志津さんを呼ぶ男性の声が聞こえた。恐らく店長の声だろう。関西弁だ。

「じゃ、また」

短く言い残して、僕は『呑処 お松』へ走った。

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