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二日目:蜜編 現在 10話

記憶喪失という単語はよく聞くけれど、記憶欠落という単語は聞いた事も無い。喪失と欠落は何が違う? 似たようなもんだと思うけれど、少なくとも「記憶喪失」には、再びそれを取り戻せる希望のような何かを感じる。欠落には? ……どうだろうな。やはり取り戻せるんじゃないかという気がするよ。喩えば、跡形も無く、誰かに食われたんだとしてもな。

それとも、そうか、取り戻すのではなく、新たに手に入れる……?


【M線上のアリア】 現在/10


「蜜くん、来てんだって!?」

朦朧とした頭の中、鼓膜を通して脳髄へ、下手したら脊髄に響くまで、聞き覚えのある威勢の良い声が届いた。張りのある、空気の上をクロールで泳ぐような声。僕は一度固く目を瞑り、その反動を確かめるように、ゆっくりと瞼を開いた。

「あ! 起きた起きた! カヨリ、蜜くん起きたよ!」

玩具売り場のサルの玩具でも見るように、楽しそうに笑う。
「あら、ホント?」と言いながら、事務所の奥からカヨリさんが近付くのが見える。
二人は並んで、顔を揃え、僕を覗き込む。カヨリさんは心配そうに。もう片方は愉快そうに。

「起きてんでしょ、ほら!」

男勝りにも思える口調だが、外見には驚くほど色気がある。黒髪。和服。エグイ色の口紅。
相変わらずだ……相変わらず? まぁ良い。接客業に、その色はマズイんじゃないですか。

「……その色はマズイんじゃないですか、デンコさん」

僕が声を出すと、色を指摘された片方の女性は「え、何!? 色!?」と言った。大きな声だ。だけれど不快では無い。頭を動かすと、冷たいモノが落ちてきた。氷を入れたビニール袋だ。カヨリさんが「あらあら」と言いながら、拾い上げる。

「蜜くん、薬買っておいたから飲んでね」

氷を拾い終えた後で、カヨリさんは和服の袖を弄ると、頭痛薬の箱を出した。四次元ポケットみたいだ。デンコさんが笑いながら「久し振りに顔出したと思ったら、来るなり倒れるなんて、蜜くんらしいわ」と言って楽しそうに笑った。……久し振り?

カヨリさんとデンコさんは、この『呑処 お松』を仕切る二人組だ。店長はデンコさんという事になっているが、ほとんどの時間、デンコさんはフロアに出て働いている。現場主義という奴だ。その分、店の経理だとか雑務だとかは、ほとんどカヨリさんが仕切っている。
そこで改めて言いたいが、ほとんどの時間を現場で過ごすデンコさんの口紅の色がエグイ。おおよそ接客業に適した色とは言い難い。ところがこれが客に好評なのだから困る。

「あ……?」何かを思い付いたように、デンコさんが呟いた。
「はい、蜜くん、お水……」とコップ片手に近寄ったカヨリさんを押しのけると、デンコさんは「口紅か!? 色ってアンタ、この口紅の事を言ってるのか!?」と、寝たままの僕に迫った。

「……はい、そうでフ、口紅でフ」

右手で両頬を鷲掴みにされながら、僕は返答した。いや、返答させて頂いた。
「よし坊主! いい度胸じゃないか! この色を忘れられないようにしてやろうか!」
デンコさんは叫ぶと、勢い良くソファを跨いで、僕の上に馬乗りになった。

「コラコラ! 何しようとしてんの!」とカヨリさん。
「接吻だよ!」とデンコさん。
「病人に何て事しようとしてんの!」とカヨリさん。
「接吻だよ!」とデンコさん。

病人に接吻してはいけない決まりはないが、とにかく何なのだ、この状況は。僕は二人の、ある意味「平成の黙示録」とも呼ぶべき対決を他人事のように見上げながら、壁の時計を見た。午後八時十分。あれから一時間近くも寝ていたのか。何て事だ。仕事はどうなっている。

「コラ! やめなさい!」
「うるさい! この坊主に解らせてやるんだ!」
「ああ! そんなに顔を近付けて! コラ! 本当にやめなさい!」
「大人の女の色気、なめんなよ!」
「……あの、すいません」

僕の声に、二人の動きが止まる。
羽交い絞めにされたデンコさんと、羽交い絞めにしているカヨリさん。
僕は二人を見上げたまま「あの、今日の僕の出勤、どうなってますか?」と訊ねた。

「蜜くん、それ本気で言ってんの?」

デンコさんが半笑いで言った。
カヨリさんが「ほら、蜜くん、熱があるから……」と、何故か付け加えた。
それから次にデンコさんが言った台詞は、ある種の予感通り、僕の脳髄を強烈に叩いた。

「アンタ辞めたよ、一年前に」

続けて、やはり付け加えるように、カヨリさんの台詞。

「エリカちゃんと大喧嘩して」

悪魔よ、聴こえるか。
記憶喪失という単語はよく聞くけれど、記憶欠落という単語は聞いた事も無い。喪失と欠落は何が違う? 似たようなもんだと思うけれど、少なくとも「記憶喪失」には、再びそれを取り戻せる希望のような何かを感じる。欠落には? ……どうだろうな。やはり取り戻せるんじゃないかという気がするよ。喩えば、跡形も無く、誰かに食われたんだとしてもな。

悪魔よ、僕はお前が見逃した、小さな隙間を見付ける事にするよ。

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