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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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二日目:蜜編 現在 11話

『呑処 お松』を出たのは八時三十分を回った頃だった。店が混み始める前に、挨拶もそこそこに僕は事務所を出た。デンコさんはフロアに戻る前に「薬飲んどけよ」と言い残した。裏口の扉を開ける瞬間に「本当に忘れたの?」とカヨリさんが言った。僕は首を左右に振り、曖昧な返事をした。「あれからエリカちゃんと会ってないの?」扉を閉める瞬間に、追いかけるように、もう一言。「エリカちゃん、今も随分心配してるみたいだけど、蜜くんの事」
やはり僕は何も言わなかった。


【M線上のアリア】 現在/11


どうやら重要な記憶が欠落している。思い出せないのではなく、落とし穴に落ちたまま奈落の底で蒸発でもしたかのように、それは無くなっている。だけれどそれは消滅したのか? いや多分、形を変えて何処かを彷徨っている。何時か存在した路上の水溜りが跡形も無く消え、やがて雲を生み、再び雨となって降り注ぐように。なんて事を考えていると雨が降って来た。

この町に台風が近付いているらしい。直撃するのは明日だ。小雨は次第に音量を上げた。傘があればその音を楽しむ事も出来るだろうに、今の僕にとってそれは単なる雑音にしか過ぎない音量だった。僕はコンビニに逃げ込んだ。よく知る町の中に潜む、見覚えの無いコンビニ。何時の間に出来たんだか知らないが、何処にでもある普通のコンビニは、何処にでもいる普通の店員の挨拶によって僕を出迎えた。雑誌コーナーに足を運ぶ。立ち読みがしたい訳では無い。だけれど立ち読み以外にするべき事も思い付かないので、僕は立ち読みをした。

僕の人生は、その大半が、そのような意味の無い理由によって過ごされていると思う。週刊アスキーなどという別に読みたくも無い雑誌を拾い上げると、文字を読む訳でもなく、僕は考えた。居酒屋のアルバイトを辞めた? 何時? 一年前に。エリカと大喧嘩して。デンコさんとカヨリさんが言うに、僕はそうだったらしい。そう言われてみれば、そのだったような気もするが、どうにも肝心の部分が思い出せないので、どうして辞めたのか納得出来ない。

悪魔の仕業か。
そう関連付ける事は簡単だった。昨夜、悪魔が食った僕の記憶が、たまたま今日の僕にとって「この部分を食われたな」という事が非常に解りやすい部分にあった。恐らくそういう意味だ。悪魔は「此処から出せ」という僕の望みに対して、僕が外に出たくなくなった理由そのものを食った。だから僕は今、此処にいるのだろう。だけれど具体的に「どの部分を食ったのか」に関しては、やはり完全に欠落している。エリカが関係している事は予想できる。

僕はエリカと大喧嘩した、らしい。その日を境にバイトを辞めて、家から出なくなった、らしい。その時、みく子は何をしていた? 思い出せないな。恐らくみく子の事だから、その日も弾き語りでもしていたんじゃないだろうか。何処からが悪魔に食われた記憶で、何処からが単に忘れた記憶なのか、判別が付かない。記憶なんて黙っていても掌の砂のように自然と零れ落ちるものだ。みく子。もしもこのまま記憶を食われ続けたら、食われ続けなくとも、やがて僕はみく子を忘れてしまうのかな。みく子。ナントカ教授に会いに行くと言って消えた、みく子。誰に会いに行くと言っていたかな、と僕は考えた。昨夜の会話は頭が混乱して、実際あまり理解していなかった。大体、話が飛びすぎなんだ。バイオロイド。大学の友人。電話。ナントカ教授。

ノートン教授?

みく子は「ノートン教授に会いに行く」と言わなかっただろうか。言ったはずだ。僕の中を記憶にも似た血液がドクンと一回、波を打って流れる。ノートン教授? 聞き間違いじゃなければ、それはエリカの爺さんだったはず。爺さんの研究の為に、小学二年生の日に、エリカは初めて日本に来た。その年の半年間を日本で過ごし、すぐにアメリカに帰り、その一年後に改めて日本に住んだ。僕の住む団地の近所に、厭味なくらい巨大な豪邸を立て、移住して来た。

読む事も無く、週刊アスキーのページをパラパラと捲る。みく子は「ノートン教授」の元へ行った。馴染めない呼び名だ。僕に言わせれば「エリカの爺さん」だ。みく子は爺さんの元へ行った。……どうしてそんな食い方を? 偶然にしては繋がりすぎだ。悪魔の記憶の食い方には、何らかの意図がある気がする。そして悪魔の食い方には、一定の法則がある。悪魔が食った部分は丸ごと欠落するが、それそのものが無かった事になる訳ではない。その記憶を共有する人間は、当然その事実を覚えている。それから僕自身の記憶も、断片的ではあるが、ところどころが鮮明に残ったままだ。これは一体どういう意味か?

悪魔にも好き嫌いがある。恐らく記憶であれば何でもペロリと食っている訳ではない。同じ部分でも食う部分と残す部分がある。子供が食パンを食べる時に、わざとパンの耳を残すように。大人がステーキを食べる時に、添え物のニンジンを残すように。悪魔にだって好き嫌いはある。食べられた記憶は欠落したまま取り戻せない? 否、取り戻せなくとも再び手に入れる事は出来るんじゃないか。悪魔が食った記憶は「僕が外に出なくなった原因」だ、恐らく。

それは「バイトを辞めた事」だし、「エリカと喧嘩した事」だ。どうして喧嘩した? 恋人がいる事を伝えると、エリカは怒った。怒ったエリカが何かを言った。何と言った? 解らない。エリカの爺さんの元に、みく子が向かっている。世界的に有名な爺さんだ。そう簡単に会える爺さんではないだろう。大学の友達と一緒に会う? 誰だ? 悪魔よ、みく子は爺さんに会えるか?

「会えるさ、お前が望むなら」

背後から声がした。僕はページを捲る手を止めて、慌てて振り返る。そこには古着のオーバーオールに身を包み、ニット帽を目深に被りながら、リップ・クリームを吟味する悪魔の背中があった。「おい、どっちが良いと思う?」新製品の二本のリップ・クリームを手にして、悪魔が僕に尋ねた。「この季節は唇が荒れちゃうよな」

「何やってんだ」
「リップ・クリームを選んでるのさ」
「何時から」
「お前がココに来てから、ずっとさ」
「出るぞ」
「おい、肉まんおごってくれよ」

僕は週刊アスキーを乱暴に棚に戻すと、足早にコンビニを出た。悪魔が僕の背中を追いかけながら「肉まんおごれよな」と言った。無視して歩き続ける。歩き続けたところで、残念ながら目的は無い。信号機が赤になり、呆気なく悪魔と肩を並べて立ち止まってしまった。悪魔はわざとらしく僕の肩を組むと、馴れ馴れしく耳元に口を近付けた。

「どうだ? 記憶を食われる法則でも見付けた頃か?」

悪魔は笑いながら言うと、何処から出したのか解らないが、湯気の立つ肉まんを頬張った。

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