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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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二日目:蜜編 過去 08話

「人体に必要なのは90%の水分と10%の恋愛だ」とはエリカの名言で、とは言えエリカの場合、彼女の体は90%の恋愛と10%の水分によって構成されていると考えても差し支えないと思う。エリカが小学五年生の一年間に好きになった同級生男子の数は十二人で、それが六年生になると二十四人に増えていた。一ヶ月に二人を好きになるハイペースだけれど、実際には夏休みや冬休みの期間がある訳で、一ヶ月に四人を好きになった事もある。正確に言うと三泊四日で四人。それは修学旅行の四日間で、一日に一人、代わる代わる別の男子児童に惚れていたという計算になる。国立記念公園に行けば加賀屋君を、火山博物館に行けば猪俣君を、ホテルに着いて皆で夕食を食べる時に笹部君を、帰りの移動バスの中では山野川君を好きになった。ちなみに後日、修学旅行の写真を申し込む頃には、田丸君を好きになっていた。

中学生になるとエリカの元には放っておいてもラブレターなる奇妙奇天烈な物体が届くようになり、それは机の中、靴箱の中、はたまた二組の近藤君から僕の手を介してエリカの鞄の中へと入れられた。それらを発見する度にエリカは「なぁに? また? いやぁね」などと言いながら満更でも無い顔で、僕に見せ付けるようにして読んでいた。読む場所は決まって何故か、放課後の僕の部屋だった。互いに部活動に汗を流すような健康的な生徒では無かったし、エリカは活動的な女だけれど、中学時代のこの時期はまだ、毎日のように僕の部屋に入り浸っていた。巨大な豪邸に住むお嬢様が何を好き好んで、こんな小汚い団地の一室でラブレターを読みたがるのかは知らないが、幼馴染とは得てしてそういうものだ。

高校生にもなるとエリカは積極的に外出するようになった。週末になると高校生の癖に似合わない口紅を付け、高校生の癖に似合わないブランド品の鞄を持って、高校生の癖にと形容されるべき衣装を身に付け、高校生の癖にと形容されるべき場所へと外出するようになった。エリカの髪が次第に伸び、腰まで届いた頃に、エリカは朝帰りをした。それを僕は叱った。高校二年生の夏休みの一日だったか。些細な喧嘩だ。「何で蜜に怒られなきゃなんないの?」とエリカは言った。確かに僕が怒る筋合いは何処にも無く、その一言で、僕とエリカは残りの人生を、永久的に幼馴染として過ごす事になった。エリカの首筋が赤く滲んでいたけれど、別に何も言える立場ではなかったのだから。エリカは僕の手を離れた。初めから僕の手の中になんて居なかったのだけれど。

エリカは屈託の無い笑顔で「ねぇ、騎乗位って難しくない?」なんて事を、僕に質問した。僕がその難易度を知る訳が無い。騎乗位なんてエロ本の中に出てくるだけの単語だろう。女性の唇の温度さえ知らないのに。エリカが離れていくのを感じる度に、僕はエリカに関して深くを考えないようにした。エリカを失っていく事実を自覚するのが厭だった。緩慢な変化だ。それでも一定の距離を保ちながら、地球から月までの距離と同じように、近からず、遠からず、それでも互いに目の届く範囲で、僕とエリカは関係した。仮にそれを引力と呼び変えても良い。僕とエリカは微量な引力ながら、まだ互いを振り切れずにいた。僕らは十九歳になった。

「蜜、近所に居酒屋が出来るんだって! 一緒に働かない?」

お嬢様の考える事は理解するのが難しい。その年の四月、エリカは僕を居酒屋のアルバイトに誘った。何を好き好んで一介のお嬢様が居酒屋で働きたがるのか。しかも面接を受ける前に「働かない?」と言い切ってしまえる挫折を知らない自信が恐ろしい。僕は何の目的も無く受験した大学から簡素な不合格通知が届き、やはり何の目的も無く毎日を曖昧に過ごしているという、何の目的も無い挫折の最中だった。「働こう! 毎日家にいたって駄目よ!」白紙の履歴書を手にして、エリカは僕に言った。言いながら勝手に我が家の冷蔵庫を開けて、季節はずれの麦茶を取り出した。同じく勝手にグラスを二杯取り出すと、勝手に麦茶を注ぎながら振り返り「ちょっと! 早く書きなさいよ! 履歴書!」と言った。

それで僕とエリカは居酒屋で働く事になった。店長は女性だけれど初日の第一声に「お前、働かないとクビな」と言い出すような、中々どうして男性的な人柄だった。わざと着崩している着物と、真赤な口紅の色が印象的だった。対して店長補佐と呼ばれる女性は母性的で、大和撫子を絵に描いたような柔和な優しさが全身から滲み出ない日は無いのではないかと疑いたくなるほど滲み出ており、彼女から滲み出た優しさがまた新たな優しさを生み、それが毎日、世界に広がっているのではないかと信じて疑わなかった。居酒屋のアルバイトは目的を無くしたままの僕に、束の間の目的をくれた。皿の下げ方。テーブルの拭き方。酒の発注の仕方。まぁ、その程度だけれど。あとは接客の仕方。知らない人との関わり方。

「好きな人がいるのよね」

ある日、休憩中の事務所でエリカは言った。何度も聞いた台詞だから、それが何回目の台詞だったのかは思い出せない。相手の名前は何と言ったかな。それも多すぎて思い出せない。とにかくエリカの恋の相談なんて深夜ラジオのワンコーナーに出来るほど話題には事欠かなくて、それが何人目の男だろうと、僕にはリスナーからの投稿ハガキを読み上げるDJのそれと大差が無かった。エリカは恋に恋をして恋を育んでいたけれど、それは何故だ? その時のエリカの顔を、僕は思いだす事が出来ない。僕とエリカは小さな喧嘩を何度もしたけれど、大喧嘩したのは後にも先にも一回だけで、その一回が僕とエリカの関係の一切を難しくした。ところが僕は、その日の事を思い出す事が出来ない。

その日のエリカの顔を、思い出す事が出来ないんだ。

【M線上のアリア】 過去/08

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