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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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二日目:蜜編 現在 14話

浅い眠りに揺られる気分。
波を立てるレム睡眠の表面を掌で掬って、夢から覚める気分。夢の中で僕は何を考えていたかな? 恐らく、昔を思い出していた。僕が思い出せる範囲の昔を思い出していた。そこにはオレンジ色のソファがあって、みく子が座っていた。居酒屋を辞めた日の風景かな、あれは。
断片的な記憶だ。みく子は何と言ったっけ。「幼馴染だったよ」

頭痛。目が覚める。
「……何処だ此処は?」
夢の中のみく子の声に誘われるように、僕は意識を取り戻した。取り戻した? 別に失神していた訳ではない。僕は歩いていた。きっと夢遊病者のように。何処を歩いているのか、一瞬、解らない。周囲を見渡す。夜空。電線。住宅街。どうして僕は此処にいる?

(悪魔よ、僕が何処に行くべきかを教えろ、それが次の願いだ)

頭痛。なるほど。
それで僕は此処を歩いているという訳か。背後を見る。誰もいない。悪魔……ヴィンセントの姿は何処にも無く、僕は一人で細い路地を歩いている。目の前をタクシーが通り過ぎる。小雨。再び雨が降り始めている。台風前夜。路地を曲がると、閑静な住宅街には似合わない、巨大な建物が見えた。とはいえ上品な佇まい。高級マンション。「ああ、此処か……」

僕は大きく息を吸い込んで、もう一言。

「……ヴィンセント、僕にエリカに会えって言うんだな」


【M線上のアリア】 現在/14


エリカのマンション。
大学二年の春に、エリカは実家を出た。出たというのは少し違うと思う。何不自由ない暮らしをしてきた娘に、社会勉強の為、エリカの両親がマンションを用意したと言う方が正しい。とは言え実際には一人暮らしと呼べるほど質素で立派な社会勉強になる訳でもなく、高級ホテルのような豪華なマンションの最上階、そのワンフロアが全てエリカの為に買い与えられ、そこには数人のメイドが用意され、エリカが「ただいま」と言えば「おかえりなさいませ」と返って来るような、それまでとほとんど大差ない生活を、ほんの少しだけ場所を変えて行っているだけの、それは単なる過保護な金持ちの道楽のような有様だった。

団地育ちの僕は、そんなエリカを見て笑った。
エリカが実家を出る前日。

「贅沢すぎるんだよ、お前は」
「仕方ないじゃん、社会勉強なんだから」
「社会勉強と言ったってお前、それはホテル暮らしみたいなもんだよ」
「うるさいなぁ、アンタなんか未だに実家暮らしのくせに」
「金が貯まれば出て行くよ、そうだな来年にでも」

この頃の僕はまだ、みく子と一緒に生活していなかった。結構な時間、みく子の住むアパートに入り浸ってはいたけれど、バイトの日はエリカを家まで送り、そのまま団地に帰っていた。エリカと過ごす唯一の時間が、居酒屋でのバイト中だったし、バイト終わりの帰り道だった。僕とエリカだけの時間だった。

とは言え、エリカの恋人が迎えに来る日は、僕は一人で帰る。エリカの恋人に会った事は一度も無い。見た事も無い。別に見たくも無かった。大学二年生の春、その頃、エリカは不安そうな顔をする事が多かった。この日もそうだった。それはきっと、実家を出るからでは無くて。それはきっと、恋人がアメリカに留学する事が決まったからだった。

「何でそんな大変な時期に、一人暮らし始めるんだよ?」
「別に、社会勉強だって。だから、居酒屋でバイトするのと同じ」
「彼氏、十月まで帰って来ないんだろ?」
「別に、寂しく無いよ。寂しくなったら、エリカには蜜がいるしね」

本心ではない。……否、本心か。
幼馴染の僕らはきっと、お互いの逃げ道を、お互いに求めていた。もしも誰かに恋をして、もしもその恋に破れても、最後には、僕にはエリカがいるし、エリカには僕がいると、心の何処かで、きっと信じていた。約束ではない。それでもそれは、稚拙な信頼だった。

歩いていると、エリカの実家が見えた。その少し遠くに、僕の住む団地。相変わらずの見事なコントラスト。笑ってしまうくらいの貧富の差。何でエリカは、僕なんかと一緒に過ごしてきたのかな。もっと優秀で、立派で、金持ちの同級生なんて、他にいただろうに。

「ほら、最後の我が家だよ」
「ん、そだね」
「帰り道にお前を此処まで送るの、今日が最後かな? 小学生からずっと歩いてきた道だから、今日で最後なんて、何か寂しいよな。明日からマンション暮らしだよ、お嬢様。立派なもんだ。でも意外とすぐに実家に帰ってきたりしてな? お前に一人暮らしなんて無理だよ。いや、だけどあれは一人暮らしとは呼べないしなぁ……」

気が付くと僕は、髄分と冗舌に話していた。
エリカは見慣れた我が家を見上げて、特に何も言わなかった。
小学二年生の日に、エリカは初めて日本に来た。その年の半年間を日本で過ごし、すぐにアメリカに帰り、その一年後に改めて日本に住んだ。僕の住む団地の近所に、厭味なくらい巨大な豪邸を立て、移住して来た。それが、この家だ。

「ね、蜜、本当は不安なんだ、私」
「……何が?」
「此処にいるとね、きっとエリカね、すぐに蜜に頼っちゃうよ。
ロシュが留学して、好きな人が遠くに離れちゃったら、きっとエリカは、蜜に頼っちゃう。それともまた、すぐに別の男を好きになるんだろ、と思う? ううん、きっとロシュ以外の人は好きにならないと思う。だからね、エリカが今、離れなきゃいけないのは、きっとね、蜜からなんだ」

僕は何も言わなかった。
エリカは巨大な豪邸を見上げながら、静かに言葉を重ねた。
「……いや、それでもきっと、頼っちゃうな」
照れるように笑いながら、言った。

「ね、蜜。ロシュが帰ってくるまでは、私をマンションに送り届けてよね」
「勝手だな」
「夜道は危ないんだよ、女の子にはさ」

エリカは笑いながら、僕の傍を離れた。
大きな門に向かって歩いていく間も、ずっと巨大な豪邸を見上げていた。
長い髪が揺れている。細いな。エリカはこんなに細かったっけ? と僕は思った。
門を開け、家の中に入る瞬間、エリカは振り向いた。

「頼むよ、幼馴染」

僕は静かに右手を上げて、口元だけで不細工な笑顔を見せた。
それは心底、呆れるくらい、本当に不細工な笑顔で、少しだけ後悔した。
エリカが家に入った後、僕はエリカが今日まで暮らした、その巨大な豪邸を見上げた。
屋根に被さるように、月が見えていた。


月。


―その翌日から十月まで、バイト終わりの帰り道、僕はエリカをマンションまで送り届けた。エリカは相変わらず屈託の無い表情で笑い、どうでも良いバラエティ番組の話題を好み、それより更に多くの時間、アメリカで暮らす恋人の話題を好んだ。昨日のメールの内容がどうだの、それは熱いラブレターだったの、誕生日に大きな花束が届いただの。アメリカから花束を贈るとは、随分とキザな男だなと思ったが、毎度の事なので別に何も言わなかった。

十月になると恋人が帰国して、バイト終わりのエリカを迎えに来るようになった。それで僕がエリカをマンションまで送り届ける事は、ほとんど無くなった。その年の十一月、僕は小さなアパートを借りて、みく子と暮らす事になった。それまでみく子が住んでいたアパートと比べても大差ないオンボロのアパートだったけれど、家賃が安かった。

みく子は大笑いして「大差ないね、蜜クン」と、何故か喜んでいた。
みく子がオレンジ色のソファを買ったのは、その翌月、クリスマス・イブだった。
こうして僕とエリカが共に過ごした巨大な豪邸と団地から、僕とエリカはいなくなった。

そして現在。

僕はエリカの住むマンションの前に、立っている。

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