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書┃籍┃化┃第┃一┃弾┃♪┃
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二日目:蜜編 現在 16話

小さな電子音が聞こえた。
単純に上昇しているだけのように感じるエレベーターだが、実際は八方に取り付けられた小型カメラによって映像は監視され、骨格や容姿は既にスキャニングされている。一度、エリカの熱狂的なファンがフロント前を通る事までには成功したが、このエレベーターで捕まった事がある。清掃員か何かに変装していたのだが、骨格スキャンで別人という事が発覚した瞬間に、エレベーターが止まったのだ。「怖いよね」とエリカは言っていたが、あまり怖がっているようには見えなかった。その台詞の最中に、ハーゲンダッツを食べていたからだと思う。緊張感が無かった。機械に不審者を判別する事は可能か? どうだろうな。今の僕だって、不審者と大して変わらないと思う。理由も解らぬままに、何かに導かれるままに、エリカに会いに来てるんだから。エレベーターが最上階で、静かに停止する。

「お待ちしてました、エリカ様は奥の部屋です」

あれ、さっき一階で会わなかったっけ? と言いたくなるような容姿の黒人男性が、流暢な日本語で語りかける。当然ながら別人だけれど、驚く程に同じ顔だ。今に始まった事ではないけれど。大体、このマンションで働いている従業員兼警備員は、何処かしら似たよう容姿だ。

僕は奥の部屋の扉の前に立つ。最上階は全てがエリカの家だ。それぞれがエリカの部屋に過ぎないのに、それぞれにインターフォンが付いている。当然と言えば当然だが、部屋の概念がよく解らなくなる。静かに息を吸い込んで、中指でインターフォンを押す。鈴の音。
慌てるような雑音が聞こえて、部屋の扉が開いた。


【M線上のアリア】 現在/16


「蜜……」
扉を開けた瞬間、エリカの顔を見た。エリカの髪は濡れていて、まるで宇宙人か何かを見るような目をしていた。「ああ、エリカはこんな顔だったっけ」と僕は思った。Tシャツを通した素肌から湯気を感じる。石鹸の香り。「風呂あがり?」と、僕は訊いた。

「あ、ううん、シャワー浴びて寝ようとしてたトコ……」
否定の意味が解らないが、風呂あがりとシャワーあがりは別物なのか。そもそも一年振りの(しかも事情が事情である)再会の第一声が「風呂あがりかどうか?」というのも、我ながらどうかと思ったが、そこを議論しても仕方が無いので、無難に「寝る前だったのか、ごめんな」と僕は言った。エリカは僕を招くように、扉を開く角度を大きくした。「いいよ、入って」

会話。会話らしい会話というものが何も思い付かない。思い付かなくともエリカとならば苦痛では無かったのに、今は苦痛だ。僕は何をする為に、此処に来てしまったのか。エリカは紅茶を淹れている。無言。音楽さえ流れていない。最上階では窓の外から自動車の音が聞こえてくる事もない。一人用のリラクゼーション・チェアに座り、テーブルの上を見ると、飲みかけのティー・カップが二つ置いてあった。少し前まで誰か来ていたのかな? 恋人か、と思うと少し厭な気分になったが、僕はそれを押さえ込むように、窓を眺めた。黒背景の中央に、月。

「お待たせ……」
真新しいカップに紅茶を注いで、エリカが歩いて来た。
「さっきまで誰か来てた?」解っているくせに、わざと僕は訊いた。
「あ、うん、執事……」執事? まさか恋人を執事と呼んでいる訳じゃないだろうな。
紅茶を受け取ると、口に運ぶ。リプトンか。相変わらずリプトンが好きな女だな。こんなに立派なティー・カップを使ってるくせに、エリカは何時もリプトンだ。子供の頃から。しかも未だに。考えていると妙に可笑しくなってきて、紅茶を飲みながら、僕は笑った。「……え、何?」
不安そうな顔をして、エリカが僕を見る。

「いや、相変わらずリプトン好きだなと思ってさ」
「……あ、うん」
「こんな立派な家に住んで、こんな立派なカップ使って、紅茶はリプトンなのな」
「……仕方ないじゃん、蜜ン家行ったら、何時もリプトンしか無かったんだから」
「え、何、我が家のせいかよ」
「……あのね、味覚っていうのは子供の頃が大事なの! 食育って知ってる? 何時も蜜ン家でね、リプトンばっかり飲んでたらね、子供はね、リプトンが一番美味しい紅茶なんだって信じちゃうモンなの! 大人になってもそういうモンなの! リプトンが一番美味しいの!」

突然、痰を切ったように、大きな声でエリカが言った。僕らの時間は一瞬、止まった。お互い、顔を見合わせる。数秒後。爆笑。僕は笑いながら言う。「何だよ、その理由」
「蜜がリプトンばっかり飲ませるから悪いんじゃない!」
「別に飲ませてた訳じゃない。僕は麦茶が飲みたいのに、お前が"午後は紅茶よ"とか言い出すから、わざわざリプトン買ってたんじゃないか。ガキのくせにお嬢様ぶってさぁ……」
「ぶってんじゃない! お嬢様なの!」
「自分で言うな!」

エリカは笑った。
僕は笑いながら、それを眺めていた。
そしてこう思った。
エリカはこんな風に笑うんだったな。
それは思い出すのとは違う。やはり思い出す事は出来なかった。
それでもエリカの笑顔は目の前に存在して、僕はそれを取り戻すように確認した。
エリカはこんな風に笑うんだったな。

「それで、何? どうして急に、会いに来たの?」
エリカが収まらぬ笑いを堪えるように、人差し指で目の端の涙を拭き取りながら言った。
「いや、うん」と、僕は曖昧な返事をした。エリカに会いに来た理由を、僕は自分でもイマイチ理解していない。気が付いたらお前のマンションの前にいた、と言うのも違う気がする。

「……大体解るよ、みく子の事でしょ?」
「え、何で?」
「言ったでしょ、さっきまで執事が来てたの、それで色々知っちゃった」

呼吸を整えるように息を吐き出すと、エリカは、その余韻を振り払うように、目を細くした。
眩しそうな視線のまま、テーブルの上を眺める。「ごめんね、蜜」

「……何が?」
「ん、あの日、酷い事言っちゃって」
「いや……」

頭痛。食われた部分が疼くような感覚。

「怖かったんだ、ずるいでしょ?」
「怖かった……?」
「……ま、この話は、もういっか!」

言いながら、誤魔化すように笑う。

「でもライバル多そうだね」
「へ?」

話がまったく見えないが、エリカは納得したように頷く。
それから「さ、何でも話してごらん」と言わんばかりに、僕の目を真っ直ぐに見ると、予想通りに「さ、幼馴染のエリカ様に、何でも話してごらん」と、エリカは言った。
「エリカ様だと?」僕は笑う。

そうだな、何の為に此処に来たのかはイマイチ解らないけれど、話したい事なら山ほどある。疑問。何個かの疑問。解決しないままの疑問。僕もエリカの目を真っ直ぐに見る。言う。

「頼むよ、幼馴染」

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