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一日目:蜜編 現在 05話

心音は風のようだ。
ある瞬間に気付く事はあるけれど、それ以外のほとんどの瞬間には気付かない。それは絶えず流れ続けて誰かのフとした仕草に(例えば彼女が前髪に触れる仕草に)反応するように、熱を持って波立つのだけれど、それ以外の時間には静かに、本当に静か過ぎるくらい静かに、只、流れる為だけに流れている。

そして流れる為だけに、流れている。


【M線上のアリア】 現在/05


みく子の鼓動は一分間に何回波打つだろう。僕は暫しの間、それだけを考えた。それ以外の事は何も考えたくなかった。考えようがない事柄を考えるのは苦痛と恐怖にしかなりえない。バイオロイド。SF的な響きだ。九割方、冗談のような単語。心音。何回目だ? 考えたくない。

部屋は静かすぎる。何か言ってくれ、みく子。いや、何も言わないでくれ。それは恐らく核心的な単語なんだろう。その単語以上に、もしも僕に真実を伝えてくれる単語があるのだとしたら、それは嘘だ。嘘だと言って欲しい。いや、それも嘘だ。心音。何回目だ? 考えたくない。

「……ビックリ、した?」

耳元に風を感じて、それがみく子の発した声だと解った。みく子は僕を抱いたまま、耳元に顔を近付けて、蝶でも捕まえる瞬間のように、柔らかな声で言った。本当はそんな声で話す余裕なんてないだろう、みく子。どうして労わる余裕があるんだ? 労わらなければならないのは僕の方だ。僕は胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。ビックリ、したからだ。

「アタシね、蜜クン、人間と同じなのよ。
ううん、ごめんね、人間よ。食べないとお腹は空くし、寝てないと眠たくなるし、選挙権だって持ってるし、毎週好きなドラマを見てるし、油断してたら風邪ひくし、走ったら苦しくなる」

みく子は細い糸の上を歩くように、両手でバランスを保っているように話した。僕はみく子の振動を感じながら、只、ひたすらに、その声と心音を重ねていた。みんなと同じはずのみく子。

「だからね、好きな人が困ってると、アタシも困っちゃうの」

そう言うと、みく子は小さく(本当に小さく)笑った。
笑いながら僕の髪の毛に触れて、何本かを摘まむと、その毛先で何度か円を描いた。
みく子が円を描く回数を数える。一回。二回。それから心音。三回。四回。変化する事はないのかな? 何処かで見た光景だ。横断歩道。青信号。点滅。五回。六回。七回。八回。

「赤信号になったら、どうなっちゃうんだろう」

「え?」

意味不明の台詞が、僕の口から零れた。みく子は回転する手を止めて、僕の髪を元の位置に戻した。それから数秒間、無言になった。再びみく子が口を開いた時、僕はみく子の心音を数えるのを止めていた。みく子は僕の両脇を手で抱え、僕の体を起こすと、僕の目を真っ直ぐに見て、教科書の文法を教え聞かせるように、こう言った。

「何度でも待つのよ、青信号を」

「赤信号になる度に青信号を?」

「そしてまた何度でも数えるの」

「何の為に……?」

僕が訊ねると、彼女は楽しそうに笑った。
まるで悪戯を思い付いた、小悪魔のような笑い方だった。
遠くに見えるビルの影がココまで伸びて、僕の影に覆い被さっていた。

「そうすれば、お腹が空くからよ」

みく子が自然と笑ったので、僕も笑った。笑っていると涙が零れてしまった。だけれどそれも、きっと自然な事だった。失敗したバイオロイド? よく解らないな。この部屋を出て欲しくないな、みく子。だけれどあと数回、彼女の心臓が脈を打った後、彼女は部屋を出ていくだろう。

よく解らないけれど、解った事がある。みく子は変わろうとしている。恐怖を覚える程に変わり往く自分を、覚悟を求める程に壊れ往く自分を、更に別の方向に変えようとしている。流れに逆らおうとしている。それは風だ。風を感じる瞬間だ。平坦な道に生まれた突起を殴る空気だ。欠落した血液を取り戻す行為だ。よく解らないが、そんな気がするんだ。

「蜜クン、アタシ人間? それとも機械?
アタシ、人間と同じよ、好きな人がいて、嫌いな人がいて、普通な人もいて、
好きな人に囲まれて生きていられたら良いな、なんて思って、安心して眠るの。
あのね、人間と機械を分ける、大きな違いが一つだけあるの、解る?」

その台詞を、みく子は、僕がよく知るみく子のように、快活な口調で話した。
僕は何も答えなかった。答えられなかった。首を動かす事もしなかった。みく子を見ていた。

「その、たった一つの大きな違いだけがね、アタシ、無いの」

言った瞬間、みく子は笑った。
何度も見た、あの笑い方で、わざと照れるように笑った。
わざと照れるように笑った後で、みく子の目から音も立てずに涙が零れた。

みく子は静かに泣いた。
それは数分前に、喚くように泣いたみく子の涙とは、まるで別の涙だった。
みく子が音も立てずに泣いたから、僕も音も立てずに泣いた。きっと、もうどうしようもない。
どうしようもない何かの代償として、僕等は唇付けをした。

情けないけれど、泣きながら唇付けをした。
僕らが今まで共に過ごした時間の中で、きっと、恐らく、多分、一番長い唇付けをした。
この唇を離したら、みく子は此処から居なくなるだろう。

「教授にね、会うの……どんな手段を使ってもよ。
 誰かを騙し、欺き、愛想笑いを垂れ流すとしてもよ……絶対に会うの」

唇を離した瞬間、みく子は小さく言った。
この部屋の扉を開けた瞬間から、みく子は世界に嘘を吐くだろう。
生き延びる為に演じ、生き延びる為に泣き、生き延びる為に笑い、世界に抱かれるだろう。

「じゃ、行くわね」

最期にそう言って、みく子は扉を開け、僕の部屋を出た。
僕は目を閉じて、今、この瞬間から、青信号を待ち続ける事にした。
扉が閉まる瞬間、本当に最期の瞬間、みく子の(白いコスモスのような)指先が見えた。

それが僕が見た、最期のみく子の色だった。

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