ロシュ編
蜜編
サク編
蓮火編
アリエス編
黒編
しのめん編
奏湖編
ちこ編
志津編
タイキ編
ゆん編
なつめ編
卵茶編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
■ロシュ
みく子の元カレ。
二枚目、頭脳明晰、スポーツ万能で浮気者。
みく子と別れてエリカと付き合いながらも、みく子に未練がある人。
■蜜
みく子の現彼氏。
みく子のアバンギャルドなパーマを見て怒った。
世界を救いたいと思ってる人。
■サク
みく子の初恋の人。
みく子のことだけを考えながらも、人生に絶望してる。
悪魔と契約なんかしちゃってる人。
■蓮火
みく子の知り合い。
路上ライブで知り合い、アバンギャルドなパーマを見て
「とりあえず、そのパーマだけは直せよ!」と路上で叫ぶ人。
■アリエス
みく子と同じ研究室の学生。
先輩には卵茶もいる。
教授にいろんな意味で愛されてる人。
■黒
みく子のチャット友達。
るどんとビリヤードしたりもする。
みく子と実際に会ったことはない人。
■しのめん
みく子の友達。
どう見ても二児以上の父親としか思えない老けた大学生。
色の識別が出来ない人。
■奏湖
みく子の元後輩。
大通りにある24時間営業のマックス・ドックスの元気な店員さん。
みく子のライブポスターをそこら中に貼りつけた人。
■ちこ
みく子のストリート友達。
みく子と同じようにストリートで歌ってる。
昼は喫茶店、夜はダイニングバーじゅごんで働いている人。
■志津
みく子の友達。
「ふろーら・しょうだ」でバイトしてる。
落研で「るど」と漫才コンビを組んでる人。
■タイキ
蓮火の兄。
タクシードライバーをしている。
弟の蓮火のことをいつも考えてる人。
■ゆん
みく子の友達。
普段はたまにメールでやりとりしてる。
みく子のライブのポスターを作った人。
■なつめ
みく子の高校の同級生。
高校時代はみく子の生演奏を聴いたりしてた。
現在は立派に社会人をしている人。
■卵茶
みく子のゼミの先輩。
みく子とはよくメールをする仲。
後輩にはアリエスもいるがどちらからも先輩扱いを受けていない人。
■M線上のアリア CM動画 A巻発売編!
 
 

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一日目:蜜編 過去 04話

「好きな人がいるのよね」

ほら来た、と僕は思った。
エリカからの悩み相談なんて、九割がこの台詞から始まる。
まるでスター・ウォーズの冒頭、あの壮大なオープニング・テーマに乗せて、
英文が画面奥に向かってスクロールするように、エリカの台詞はスクロールされていった。

「好きな人がいるのよね。
 でもどんな人かまだよく解んないの、でも素敵なのよねぇ。
 大学のキャンパスで見かけたんだけどさ、もうホントすっごいカッコイイんだもん。
 あの人、彼女いるのかなぁ……ちょっとアンタ、話聞いてる?」

今回が何番目のエピソードかは知らないが、
今回でエリカの恋が終わる訳ではない事だけは、今からよく解っていた。


【M線上のアリア】過去/04


休憩中は休憩中らしく、しっかり休憩するべきなんだ。
それを何でか、エリカは自分の恋の話を、やたらと聞かせたがる。
聞かせたところで有益な進展がある訳ではなく、とりあえず話す事で満足している。

僕はといえば早くバイトを終えて、みく子の歌を聴きに行きたかった。
あの日から、ほとんど毎日、彼女の歌を聴きに行っている。
彼女の周りには十数人が集まり、同じように彼女の歌に耳を傾けている。

もしかしたらみく子にとって、僕は大勢の中の一人に過ぎないかもしれなかった。
単に「飯を奢ってもらった事がある人」に過ぎないかもしれなかった。
たまたまペルシャ猫の前を通り過ぎた、名も無き人みたいに。

「ねぇねぇ、どう思う? 彼女いると思う?」
「知らないよ、本人に聞いてみたら?」
「それが出来ないから訊いてんの」

エリカは毎度の如く頬を膨らませると「使えない男だ」と言い放った。
使えない男とは何事だ。失敬な。意外と結構、使えるわ。

「アホ、意外と結構、使えるわ」
「じゃあ蜜、本人に直接、訊いてみてよ」
「顔も名前も知らないのに、どうやって訊くんだよ」

エリカは暫し静止して考え込むと、正解はこれしか無いというように、
椅子から身を乗り出して、人差し指を突き出しながら言った。

「顔はカッコイイ」
「いや、そんな事言われても」
「名前はロシュクン」
「は? 何て?」
「名前はロシュクン」

何だそのパソコンで一発変換できないような名前は、と思ったが、
何かこう、何者かによる巨大な圧力を感じたので、それ以上深く詮索するのは止めた。
色々、大人の事情なのだ。

「へぇ、変わった名前だね」
「帰国子女なの!」
「あ、そう」

どうして女は、美男子と帰国子女に弱いのか。
美男子な上に英語を喋る事が出来るというコンボに惹かれるのか。
それは例えば「昇竜拳を出しながらの竜巻旋風脚」みたいなモノなのだろうか。

「そもそも何処で、その帰国子女を好きになったの?」
「ああ、元々、お爺ちゃんの教え子なの」
「ああ、お前の爺ちゃんか……」

そうなると、美男子で、帰国子女な上に、天才という事だ。
昇竜拳を出しながらの竜巻旋風脚のコンボに、サマーソルトキックのオマケ付き。
そりゃ最強のストリートファイターだ。

「でもね、お爺ちゃんをダシに使いたくないのよね」
「へぇ、変なトコで一途なんだな」
「内緒にしたいの」

まぁ、まだ話した事もない恋の相手に、内緒も何も無いだろうけれど。
エリカは恋の中で恋をして、それを愛と錯覚しながら、恋を育んでいるのか知らんけど、
とりあえず休憩時間はそろそろ終わりだし、僕だって、みく子の事を考える時間が欲しい。

恋に恋して恋を育んでいるのは、お前だけではないのだ。

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一日目:蜜編 過去 05話

みく子には恋人がいた。
僕がそれを知ったのは、みく子の言葉からではなくて、みく子の歌からだった。
それはみく子の歌の節々から感じられる程度の存在感に過ぎなかったけれど、
僕にとっては大きすぎる存在感で、次第にみく子の歌を聴くのが辛くなった。

それでも彼女が屈託のない笑顔で歌うもんだから、僕は寂れた飲み屋通りの路地まで、
ほとんど毎日、彼女の歌を聴きに行くのを欠かさなかった。
曲と曲の合間に、みく子はよく会話をはさんだ。みく子を囲む十数人と、みく子は会話した。
もちろん全員が声を発する訳ではなくて、黙って話を聞いている者もいれば、
話の途中で立ち去ってしまう人もいるし、みく子と友達同然に話し込んでる者もいる。
僕は只、みく子の話を黙って聞いている一人に過ぎなかった。

「今度ねぇ、花屋でバイトしようと思ってんの」

みく子はカラカラと笑いながら、そう宣言した。
周りの男連中が「へぇ、何処で?」などと、食い付くように質問した。
花屋か。
みく子に似合っているような気がしない事もないが、
みく子は花を売るというよりも、みく子自身が花みたいな子だからな、と僕は思った。
みく子の恋人は、どんな男なんだろう? 花に水を与えられるような男なんだろうか?
もしも僕がみく子の恋人ならば、燦々と浴びせる太陽みたいになれたら良いのに、と思った。

雨が降ってきた。


【M線上のアリア】 過去/05


「きゃあ、雨だ雨だ、今日はもうおしまい!」

慌ててギターをケースにしまうと、みく子は突然の解散宣言をした。
十数人は一斉に立ち上がり、短く声を掛け合うと、一斉にその場から散った。
何となく立ち上がるタイミングを逃した僕は、突然の雨の下に一人だけ取り残された。

「通り雨だろ……」独り言のように呟くと、僕はゆっくりと立ち上がった。
雨に濡れようが、今更関係ないんだなぁ。あとは自分の家に帰るだけなんだから。
溜息混じりに歩き始めようとした瞬間、見慣れた何かが、視界の端に引っかかった。
小さな酒屋の隅(それは先程までみく子が座っていた場所の近く)に、カバンが置いてある。
それはみく子が普段、たすき掛けにしている大きなカバンだった。

酒屋の屋根のおかげで、辛うじて雨を逃れてはいるが、
持ち主に忘れ去られたカバンはほとんど捨て猫のように、ほとんど濡れてるように見えた。
僕はカバンに近付くと、それを拾い上げようとして、だけれどすぐに躊躇した。
みく子のカバンだ、と意識した瞬間、手が動かなくなった。

ザーザーザー。

ゴロゴロゴロ。

カランコロン。

次第に強さを増す雨の中で、みく子のカバンは、みく子自身だった。
雨足は次第に近くなり、遠くでは雷まで鳴り始めた。
風に倒された空缶が転がっている。

バシャバシャバシャ。
いや、近くなっているのは雨足だけでは無い。
路地の向こうから、水たまりを蹴るように走ってくる、誰かの足音。

「ひゃあ! 忘れ物! 忘れ物!」

曲がり角から現れたのは、ズブ濡れのみく子だった。
みく子はギター・ケースを抱えたまま立ち止まると、僕の存在に気付き、呼吸を整えた。

「あれ? 蜜クン、まだいたの?
 ああ、そうそう、コレ、このカバン忘れちゃったの!
 途中で気付いて走ってきたからさ、疲れちゃ……ゲホンゲホン」

台詞を言い切るまであと少し、というところで、みく子は咳き込んだ。
風邪をひいてるからではなくて、単に走って来たからだろう。
咳き込みながら、みく子は恥ずかしそうに笑った。

「それより蜜クン、ズブ濡れだよ? どうしたの?」
「……自分だって」

「アタシはいいの、カバンを取りに来たんだから」と言いながら、みく子は笑った。
酒屋の隅に置き忘れたカバンを大切そうに抱え上げ、手を当て「ごめんね」と呟いた。
瞬間、僕の中の血液が心臓に溜まって、そのまま止まりそうになった。

「……カバンをさ、見てたんだよ」
「ん?」
「カバンをさ、見てたんだ、君のカバンだよ」
「うん」

みく子は濡れたまま、僕の話を聞いていた。
僕は何故だか、どうしても何故だか、泣きたい気分になった。
僕はカバンを見ていただけなのに、そのような気分になっている僕を、奇妙に感じた。

「……そうしたら、何処にも動けなくなってしまった。
 雨が降っていてもあんまり関係なくてね、あとは家に帰るだけだし。
 だけどそれでも、それなのに、僕はココから動けなくなってしまったんだよ」

ザーザーザー。
これは夏の終わりの雨か? それとも秋の始まりの雨だっけ?
どちらだったのかよく解らないけれど、とにかく雨はしばらく止みそうになかった。

「この近くなんだ」

みく子はカバンを肩からかけると、最初にそう言った。

「え?」
「この近くなんだ、ワタシん家」
「うん」
「あのね蜜クン、ズブ濡れだよ」

それからカバンをたすき掛けにすると、彼女は僕を見て言った。

「家、来る?」

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一日目:蜜編 過去 06話

鍵を差し込んで、扉を開いた。
みく子の部屋は、小さなアパートの二階の隅だった。
家具は少なく、雑誌の一冊も散らばってなく、ほとんど生活感が漂っていなかった。
きっと普段は恋人の家に入り浸っているのだろう、なんて勝手な妄想を、僕は働かせた。


【M線上のアリア】 過去/06


「シャワー、先に浴びちゃって、タオル出しておくから」

そう言うと、みく子は浴室の明かりを点けた。
薄暗い部屋に、浴室から洩れるオレンジ色の光が、伸びている。
僕は言われるままで浴室に向かい、水で重たくなったジーパンを脱ぎ、靴下を脱いだ。

置いた瞬間ベチャリと音がして、床の上には水が流れた。
零れた雨水だ。雨水は室内に入った今も雨水で、何処にも向かう事は無かった。
キュッキュッキュ。

シャワーの蛇口をひねると、温かい湯が流れ始める。
この瞬間、僕が何処に向かって流されているのかはよく解らないけれど、
温かい湯は温かく、それまでの疑問を全て、理由も無く洗い流してくれるような気はした。

「はい、スープ、飲んで」

浴室から出ると、バスタオルに身を包んだ僕に、みく子はスープを出した。
インスタントのスープは湯気を立て、緩やかに波を立てていた。
「じゃあね」と言い残し、みく子は浴室の扉を閉めた。

「じゃあね」も何も、ここはみく子の家だし、僕はバスタオル一枚だ。
よく考えるに(よく考えなくとも)バスタオル一枚という姿も、この場合いかがなものか。
まぁ、僕が着ていた服は、まさに今、全自動洗濯機の中で回転しているはずなのだけれど。

何となく座るのも申し訳ない気がして、僕は立ったままスープに口を付けた。
温かいな、これはコンソメ・スープだろうか。
あんまり考えた事は無かったけど、そういやコンソメって変な言葉の響きだよな。

静かだ。
窓の外から雨音が聞こえる。
雷は止んだようだ。
電気を付けていないので、部屋は暗いままだ。
キュッキュッキュ。

みく子が蛇口をひねった音。
が、聞こえる。

ザーザーザー。
これは雨音か? それともシャワーの音か?
ほんの扉一枚向こう側で、みく子はシャワーを浴びている。
液体が上から下に流れるように、僕が飲み込んだスープが喉を経て胃に落ちるように、
みく子の上から降り注がれる温かい液体は、オレンジ色の髪の毛を経て、細い首筋を通り、
鎖骨で一度止まり、そこから分散し、一方は美しく伸びる腕から、指先の先の先の先へと、
もう一方は穏やかに膨らむ乳房を登り、その中心を経て、深いくぼみへと落ちていくだろう。
それでもまだ落ちきらず、ひたすらに落下点を探している。

僕はスープに口を付けた。
幸運な事に、それはまだまだ温かかった。
みく子がシャワーを止める音が聞こえて、僕はその残りを飲み込んだ。

「体、冷えてない?」

みく子の声が聞こえて、僕は振り返った。
浴室の扉を開けて出てきたみく子は、下着姿にTシャツ一枚だった。
全自動洗濯機が回転する音だけが、部屋中に響いている。
ゴゥンゴゥンゴゥン。

雨音は、もうあまり気にならなかった。

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一日目:蜜編 過去 07話

どうして自分が、今、みく子の部屋のベッドにいるのかは解らないけれど、
どうして自分が、今、みく子と一緒に、裸で抱き合っているのかは、よく解っている。

声がカワイイ女の子だとか、歌が上手な女の子に会った時に、
「この子が喘いだら、一体どんな声になるのかな?」なんて下品な事を考えるんだ。
それで今、僕はこう考えている。

ああ、こんな声だったのか。


【M線上のアリア】 過去/07


緩やかな曲線を描く乳房を舐めると、みく子は息を吐いた。
淫猥な何かをしたかった訳ではなくて、僕はみく子をもっと知りたかった。
例えば指に触れた時、彼女はどんな風にして、指を絡ませてくるのだろう、だとか。
柔らかな太股を爪先で静かになぞった時、彼女はどんな表情を見せるのだろう、だとか。

あんなにも快活で元気の良い彼女が、その瞬間に甘える時、僕は興奮した。
もしかしたらこれ以上、彼女は僕無しでは生きられなくなるのではないか、と思った。
どうしてそんな期待をしてしまうのかは解らない。彼女の卑猥な声が、きっとそうさせるんだ。

「恋人がいるんだと思ってたよ、ずっと」

ベッドに倒れ込んだまま、天井を見上げて僕は言った。
みく子は笑い声とも泣き声とも付かない声で、やはり笑っていた。

「どうして、そう思ったの?」
「そう思わざるを得ない歌を、唄っていると思ったから」
「へぇ、そりゃ中々もっともな指摘ね、意外とスルドイのね、蜜クン」
「いるの、恋人?」

「スープ、飲む?」と言って、みく子は立ち上がった。
カーテンを閉めない部屋には、月明かりと街路の明かりだけが差し込んでいた。
それを浴びた彼女の肢体は、やはり驚くほどに綺麗で、まるで写真の中の人みたいだった。
オレンジ色の髪だけが、暗闇を否定するように明るく、揺れている。

「いないよ恋人は、別れたから」
「何時頃?」
「そうね、最近ね、すごく最近」

「ふぅん」と僕が言ったと同時に、みく子はコンロに火をかけた。
別にスープは飲みたくなかったし、そんな事より話を進めたかったのだけれど。
僕は彼女の後姿を眺める事に満足して、それ以上の詮索はしなかった。

インスタント・スープは便利だな。
容器に粉を入れて、熱湯を注ぐだけで完成してしまうんだから。
僕等の気持ちも、それに伴う行動も、それと同じなのだとしたら、きっと僕は悲しい。
何で僕とみく子は、さっきまで抱き合っていたんだろう?

雨はほとんど止んでいた。
パラパラと屋根を伝って、滴が落ちる音は聞こえる。
それからコンロが、火を点している音。
沸騰。

「浮気されたんだ」

みく子がスープに口を付けて、最初に言った台詞。
その頃には、みく子は普段通りのみく子で、あの調子で冗舌に話した。

「浮気されたの、酷いと思わない?
 それを隠してるつもりだったのか知らないけどね、知ってたからね。
 相手の女の子はどんな子なのか、アタシ全然知らないけどね、まったく呆れちゃう!」

みく子が明るい口調で言うので、僕は思わず笑った。
それから人生初にして本日二回目の「全裸でスープを飲む行為」を試みた。
今回はベッドに座っているので、幾分か気持ちはラクだった。
みく子に(少なくとも現時点で)恋人がいないという事実も、随分と気持ちをラクにした。

みく子は笑っていた。
ほとんど普段通りに、笑って話していた。
だけれど次の一言を言った瞬間だけ、みく子の顔は笑っていなかった。

「変わってしまうモノなんて、全部嘘」

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二日目:蜜編 現在 08話

瞼を開くと、辺りはオレンジ色だった。
二日酔いのような頭痛を感じて、僕は目覚めた。小さな窓からは太陽が差し込んでいる。
朝日? 否、方角から察するに、夕陽。点けっ放しのテレ・ビジョンからワイドショーのショッピング番組が流れている。時間が戻ったような感覚。まさか。戻る訳が無い。頭痛を遮るように考える。最後の記憶は何だ? みく子が部屋を出た。辺りは夜だった。悪魔。悪魔。悪魔?

僕は悪魔に会った。記憶を食われた。事実だ。
司会者が笑顔で新型のアイロンを紹介している。半日以上、寝ていたという事か。初めて記憶を食われた反動だと思いたい。毎回こうだと厭だな。酒のように、繰り返す内に馴れていくものだと信じたい。時間は戻らない。みく子が部屋を出て行ったのは事実だ。悪魔に出逢ったのも事実。でなければ目の前に置かれた、ピンク色のジャージを説明出来ない。
悪魔、お前は一体、どんな格好で帰ったんだ?


【M線上のアリア】 現在/08


悪魔に何を願ったのかは覚えている。叶ったのかは、まだ解らない。何故なら今、僕は此処にいる。最初の願いは、とても些細なものだ。僕以外の人間なら、誰でも叶えられるような。

「僕を此処から出してくれ」

僕は、そう言った。
悪魔は「そんな願いで良いのか」と呆れるように笑った。不登校児でもあるまいに、社会人であれば誰でも出来る事。それが僕には出来なかった。僕は、みく子がいなければ、この部屋から出る事すら出来ないんだ。最初の願いとしては上等だ。それが最初の願いだ。

最初の願いは、些細であれば些細であるほど良い。記憶を食われるリスクを把握しておく必要がある。例えば最初の願いで「みく子を救え」なんて漠然とした巨大な願いを頼んだとして、悪魔がどれだけの記憶を要求するのか見当も付かない。確かに僕は、このまま昨日、餓死する事さえ覚悟していたけれど、みく子を救える確信を感じる前に死ぬ訳にはいかない。
記憶を食われてアッサリと廃人になる気など無い。

「僕を此処から出してくれ」

僕の願いに対して、どの記憶が食われたのかは、まったく解らない。思い出そうとしても、恐らくは無駄だ。食われたならば。一週間前の晩飯を覚えているか? 覚えていない。只でさえ記憶なんてのは、それほど脆弱なモノだ。ところが記憶を食われるという事は、それとも違う。別物だ。それは「思い出す」「忘れる」という次元の問題では無く、欠落するという事だろう。

欠落か。欠落した何かを取り戻したいのか、みく子。ならば僕は、何かを失おう。ところで僕は何を失ったんだ? 何も失っていない気がするな。本当に一週間前の晩飯の記憶を食われたのだとしたら、心底、気がラクだ。悪魔、お前は僕の「どの部分」を食ったんだ……?

途方に暮れて、僕はベッドに横になった。何にもする事は無い。悪魔に記憶を食われようと。夕暮れ。みく子の世界は、この数時間で幾分か変化したのだろうか? 首を斜めに動かすと、オレンジ色のソファが目に入る。みく子の場所。昨夜、悪魔が座っていた場所。夢だとしたら、随分とありがたい夢だ。みく子が扉を開けて「ただいま」なんて言うんだ。今は、それも夢だ。
壁にかけた時計を見る。音も無く秒針が進んでいる。午後七時。……午後七時?

「……やべぇ! バイトだ!」

僕は跳ね上がるようにベッドから身を起こすと、急いでジーパンを履き、鍵を持って家を出た。どうしてこんな時間まで呑気に寝転んでいたんだろう? 完全に遅刻だ。緑色のスニーカーの紐が解けている。結ぶのも面倒だ。何を考えているんだ、僕は。また店長に怒られるな。

走って十分。歩いて二十分。のんびり歩いて三十分。
横断歩道を渡り、線路を挟み、コンビニ、こんな場所にコンビニなんてあったかな? まぁ良い、そこを曲がり、商店街に入り、花屋を越えて、そうだ、みく子のバイト先の花屋を越えて、その先に飲み屋通りがあって、僕のバイト先がある。『呑処 お松』だ。もう完全に遅刻だ。
……ところが今は、まだ商店街の入り口だ。

「……面倒くせぇ! 歩くか!」

独り言を吐き捨て、僕は走るのを止めた。どうせ遅刻は遅刻だ。
花屋の前を通る。みく子のバイト先の花屋だ。随分と遅くまで開いている花屋だ。
もしかしたら意外と、みく子が呑気な顔をしてアルバイトに精を出しているかもしれないな。
今、何処にいるんだろうな、みく子。

「ぅわわわ?!」

感傷を素手で鷲掴みにするような、叫び声。
花屋の店先から飛び出すように走り始めた女の子が、豪快に転んだ。
花屋のエプロンにミニ・スカート。漫画的なニー・ソックス。颯爽としたツイン・テール。
僕の目の前で膝を擦っている。

「……大丈夫ですか?」

半ば呆れ気味に言った。こんな平坦な場所で転ぶなんて変だ。不自然にも店先に一個だけレンガが落ちている。一個だけレンガが落ちているのも変だ。それに躓くのも変だ。変な事を三個足したら、こんな現象が起きるのか。それも変だ。ツイン・テールの女の子は僕を見る。

「あれ? 蜜くん……」

「あ、なんだ、志津さん」変な現象の元凶が志津さんと知って、僕は笑った。納得。それならば確かに有り得る。志津さんは、みく子のバイト先の先輩だったはずだ。みく子と一緒にいる時に何度か話をした事があるが、毎回、志津さんと話す度に変な事件が起きていた。

例えば志津さんがUFOらしき発光体に拉致されそうになる、だとか。
例えば志津さんがFBIらしき黒服達に、いきなり職務質問をされる、だとか。
おおよそ常識では考えられない、漫画的な出来事が、志津さんの周囲では発生する。
平坦なはずの花屋の店先で転ぶなんて事くらい、志津さんにかかれば、ほんの序の口だ。

「こんな所で、何で?」

志津さんが猫目をクリクリさせながら質問するのが、可笑しくて仕方が無い。
貴女の方こそ、こんな所で、何で? と問い返してやりたいが、それは如何にも嫌味だろう。
貴女の方こそ、こんな所で、何で転んでるの? と言いかけた台詞を飲み込んで、真面目に答える。

「これからバイト」

僕は爆笑している内心を必死で隠して、努めて冷静な表情で言った。
まぁ、バイトと言っても、大幅に遅刻しているけどな。
みく子もいないようだし、此処でのんびり会話をしている場合ではない。
店内から志津さんを呼ぶ男性の声が聞こえた。恐らく店長の声だろう。関西弁だ。

「じゃ、また」

短く言い残して、僕は『呑処 お松』へ走った。

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二日目:蜜編 現在 09話

午後七時二十分。
完全に遅刻した足を交互に一歩、一歩と呑気に進めると、飲み屋通りが見えた。さて何と言って謝ろうか。遅刻の理由のストックには事欠かない。今日は「秋場所中に半月板が損傷した」で行ってみようか。本来であれば休場も止む無し。横綱昇進危うし。

従業員専用の扉に手をかける。瞬間、突風が吹いた。前髪が揺れる。その隙間。
店の正面に飾られた赤提灯の端が、大きく一度、風に流される光景が見えた。……赤提灯? この店の正面に赤提灯なんて飾られていたか? 見間違いかもしれない。改めて右手に力を込めると、扉を開ける。

「すいません! おはようございます! 遅刻しました! 理由は半月板の損しょ……」
「あれ? 蜜くん、久し振り、何してるの……?」
「……はい?」


【M線上のアリア】 現在/09


カヨリさんが一年振りに再会した友人でも見るような目で、僕を見た。カヨリさんは何時も通りの和服姿で、生ビールの樽を運んでいる最中だった。白く細い腕に握られた、鉛色の生ビールの樽。淫靡と言えば、淫靡な光景のようにも見える。僕は先程の台詞も理解せぬまま「あ、良いッスよ、僕がやりますよ」などと、如何にも定刻通りに出勤した従業員のような口調で近付くと、カヨリさんの手から生ビールの樽を奪った。

「あ……ありがとう。というか蜜くん、どうしたの?」
「え、何がですか?」
「いや、急にウチに顔を出すなんて。いや、別に変な意味じゃなくってね」

カヨリさんが歯切れの良くない口調で言うので、僕は怪訝な表情をした。急にウチに出勤するも何も、従業員が出勤日に出勤するのは、当たり前だ。店が回らなくなる。変な意味も何も、僕としても毎月給料が欲しいし、あ、タイムカード。

僕は生ビールの樽を事務所裏の床に置くと、タイムカードを探しながら間抜けな顔で「いやはや、秋場所で半月板を損傷して、遅刻してしまいました」などと、何度か使い古した遅刻の理由を、改めて披露した。大体、この理由を言うと、カヨリさんは笑って許してくれる。ちなみに半月板を痛めるのが何場所かは季節によって異なり、春場所にもなるし、時には千秋楽にもなる。今回は秋場所が正しい。

「タイムカード、タイムカード、……あれ? カヨリさん、僕のタイムカード無いですよ?」

僕が振り返ると、カヨリさんは困惑した表情で立っていた。困惑どころか、軽い恐怖の表情にも見える。どういう事だ? まさか今日は僕の出勤日じゃなかった? いや、それにしては様子が変だ。カヨリさんは目を離したくとも離せなくなってしまったような面持ちで、僕を見ている。そう、昨夜、悪魔を発見した時の、僕のように。瞬間、通過する、頭痛。……痛ッ!

「……何だ?」

僕は思わず額に手を当てる。昨夜、悪魔が触れた部分だ。二日酔い。違う。穴に落ちたような痛み。何だ。欠落。残像すら見えはしない。暗闇。空虚。記憶を食う瞬間の悪魔。

「……痛ッ!」
「……大丈夫、蜜くん、やっぱり様子が変よ?」
「……カヨリさん、もしかして僕、今日は出勤じゃなかった?」

額を押さえながら、誤魔化すように問う。我ながら、何だこの汗は。額が濡れ雑巾で拭き散らかしたかのように、濡れている。乾いた雑巾は何処だ? カヨリさんが僕に駆け寄る。それが見える。カヨリさんが和服の袖を捲くりながら、僕の額に手を当てる。

「やっぱり! すごい熱! どうしたの!?」

……熱? 熱で済むなら安いもんだ。遅刻の言い訳としては。カヨリさんは僕を事務所のソファの上に寝かせた。慌てるように厨房に入り、数十秒後に戻って来る。ビニール袋に氷が入っている。それを僕の頭に乗せる。

「ごめんね、これから忙しい時間だから、これくらいしか出来なくて。
あとで薬、買ってきてあげる。それまで少し、此処で寝ていて。熱に魘されたのね。
それにしてもエリカちゃんが帰った後で良かったわ。蜜くん、どうして急に、ウチなんかに?」

カヨリさんは随分と冗舌に話した。エリカ? そういえばエリカと長い事、会ってない気がするな、と僕は思った。以前は毎日のように会っていたのに。何で会わなくなったんだっけ……?

激痛。
エリカの顔が、よく思い出せない。そんな訳は無い。エリカの事は昔からよく知っている。小学二年生の春の日から知ってる。生意気なクソガキだ。金持ち。お嬢様。高飛車。泣虫。弱虫。エリカ。エリカ。エリカ? どんな顔だった? 僕は何時からエリカに会ってない? 痛い。

欠落。激痛。それから間抜けに落ちるような、二度目の失神。

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二日目:蜜編 現在 10話

記憶喪失という単語はよく聞くけれど、記憶欠落という単語は聞いた事も無い。喪失と欠落は何が違う? 似たようなもんだと思うけれど、少なくとも「記憶喪失」には、再びそれを取り戻せる希望のような何かを感じる。欠落には? ……どうだろうな。やはり取り戻せるんじゃないかという気がするよ。喩えば、跡形も無く、誰かに食われたんだとしてもな。

それとも、そうか、取り戻すのではなく、新たに手に入れる……?


【M線上のアリア】 現在/10


「蜜くん、来てんだって!?」

朦朧とした頭の中、鼓膜を通して脳髄へ、下手したら脊髄に響くまで、聞き覚えのある威勢の良い声が届いた。張りのある、空気の上をクロールで泳ぐような声。僕は一度固く目を瞑り、その反動を確かめるように、ゆっくりと瞼を開いた。

「あ! 起きた起きた! カヨリ、蜜くん起きたよ!」

玩具売り場のサルの玩具でも見るように、楽しそうに笑う。
「あら、ホント?」と言いながら、事務所の奥からカヨリさんが近付くのが見える。
二人は並んで、顔を揃え、僕を覗き込む。カヨリさんは心配そうに。もう片方は愉快そうに。

「起きてんでしょ、ほら!」

男勝りにも思える口調だが、外見には驚くほど色気がある。黒髪。和服。エグイ色の口紅。
相変わらずだ……相変わらず? まぁ良い。接客業に、その色はマズイんじゃないですか。

「……その色はマズイんじゃないですか、デンコさん」

僕が声を出すと、色を指摘された片方の女性は「え、何!? 色!?」と言った。大きな声だ。だけれど不快では無い。頭を動かすと、冷たいモノが落ちてきた。氷を入れたビニール袋だ。カヨリさんが「あらあら」と言いながら、拾い上げる。

「蜜くん、薬買っておいたから飲んでね」

氷を拾い終えた後で、カヨリさんは和服の袖を弄ると、頭痛薬の箱を出した。四次元ポケットみたいだ。デンコさんが笑いながら「久し振りに顔出したと思ったら、来るなり倒れるなんて、蜜くんらしいわ」と言って楽しそうに笑った。……久し振り?

カヨリさんとデンコさんは、この『呑処 お松』を仕切る二人組だ。店長はデンコさんという事になっているが、ほとんどの時間、デンコさんはフロアに出て働いている。現場主義という奴だ。その分、店の経理だとか雑務だとかは、ほとんどカヨリさんが仕切っている。
そこで改めて言いたいが、ほとんどの時間を現場で過ごすデンコさんの口紅の色がエグイ。おおよそ接客業に適した色とは言い難い。ところがこれが客に好評なのだから困る。

「あ……?」何かを思い付いたように、デンコさんが呟いた。
「はい、蜜くん、お水……」とコップ片手に近寄ったカヨリさんを押しのけると、デンコさんは「口紅か!? 色ってアンタ、この口紅の事を言ってるのか!?」と、寝たままの僕に迫った。

「……はい、そうでフ、口紅でフ」

右手で両頬を鷲掴みにされながら、僕は返答した。いや、返答させて頂いた。
「よし坊主! いい度胸じゃないか! この色を忘れられないようにしてやろうか!」
デンコさんは叫ぶと、勢い良くソファを跨いで、僕の上に馬乗りになった。

「コラコラ! 何しようとしてんの!」とカヨリさん。
「接吻だよ!」とデンコさん。
「病人に何て事しようとしてんの!」とカヨリさん。
「接吻だよ!」とデンコさん。

病人に接吻してはいけない決まりはないが、とにかく何なのだ、この状況は。僕は二人の、ある意味「平成の黙示録」とも呼ぶべき対決を他人事のように見上げながら、壁の時計を見た。午後八時十分。あれから一時間近くも寝ていたのか。何て事だ。仕事はどうなっている。

「コラ! やめなさい!」
「うるさい! この坊主に解らせてやるんだ!」
「ああ! そんなに顔を近付けて! コラ! 本当にやめなさい!」
「大人の女の色気、なめんなよ!」
「……あの、すいません」

僕の声に、二人の動きが止まる。
羽交い絞めにされたデンコさんと、羽交い絞めにしているカヨリさん。
僕は二人を見上げたまま「あの、今日の僕の出勤、どうなってますか?」と訊ねた。

「蜜くん、それ本気で言ってんの?」

デンコさんが半笑いで言った。
カヨリさんが「ほら、蜜くん、熱があるから……」と、何故か付け加えた。
それから次にデンコさんが言った台詞は、ある種の予感通り、僕の脳髄を強烈に叩いた。

「アンタ辞めたよ、一年前に」

続けて、やはり付け加えるように、カヨリさんの台詞。

「エリカちゃんと大喧嘩して」

悪魔よ、聴こえるか。
記憶喪失という単語はよく聞くけれど、記憶欠落という単語は聞いた事も無い。喪失と欠落は何が違う? 似たようなもんだと思うけれど、少なくとも「記憶喪失」には、再びそれを取り戻せる希望のような何かを感じる。欠落には? ……どうだろうな。やはり取り戻せるんじゃないかという気がするよ。喩えば、跡形も無く、誰かに食われたんだとしてもな。

悪魔よ、僕はお前が見逃した、小さな隙間を見付ける事にするよ。

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二日目:蜜編 現在 11話

『呑処 お松』を出たのは八時三十分を回った頃だった。店が混み始める前に、挨拶もそこそこに僕は事務所を出た。デンコさんはフロアに戻る前に「薬飲んどけよ」と言い残した。裏口の扉を開ける瞬間に「本当に忘れたの?」とカヨリさんが言った。僕は首を左右に振り、曖昧な返事をした。「あれからエリカちゃんと会ってないの?」扉を閉める瞬間に、追いかけるように、もう一言。「エリカちゃん、今も随分心配してるみたいだけど、蜜くんの事」
やはり僕は何も言わなかった。


【M線上のアリア】 現在/11


どうやら重要な記憶が欠落している。思い出せないのではなく、落とし穴に落ちたまま奈落の底で蒸発でもしたかのように、それは無くなっている。だけれどそれは消滅したのか? いや多分、形を変えて何処かを彷徨っている。何時か存在した路上の水溜りが跡形も無く消え、やがて雲を生み、再び雨となって降り注ぐように。なんて事を考えていると雨が降って来た。

この町に台風が近付いているらしい。直撃するのは明日だ。小雨は次第に音量を上げた。傘があればその音を楽しむ事も出来るだろうに、今の僕にとってそれは単なる雑音にしか過ぎない音量だった。僕はコンビニに逃げ込んだ。よく知る町の中に潜む、見覚えの無いコンビニ。何時の間に出来たんだか知らないが、何処にでもある普通のコンビニは、何処にでもいる普通の店員の挨拶によって僕を出迎えた。雑誌コーナーに足を運ぶ。立ち読みがしたい訳では無い。だけれど立ち読み以外にするべき事も思い付かないので、僕は立ち読みをした。

僕の人生は、その大半が、そのような意味の無い理由によって過ごされていると思う。週刊アスキーなどという別に読みたくも無い雑誌を拾い上げると、文字を読む訳でもなく、僕は考えた。居酒屋のアルバイトを辞めた? 何時? 一年前に。エリカと大喧嘩して。デンコさんとカヨリさんが言うに、僕はそうだったらしい。そう言われてみれば、そのだったような気もするが、どうにも肝心の部分が思い出せないので、どうして辞めたのか納得出来ない。

悪魔の仕業か。
そう関連付ける事は簡単だった。昨夜、悪魔が食った僕の記憶が、たまたま今日の僕にとって「この部分を食われたな」という事が非常に解りやすい部分にあった。恐らくそういう意味だ。悪魔は「此処から出せ」という僕の望みに対して、僕が外に出たくなくなった理由そのものを食った。だから僕は今、此処にいるのだろう。だけれど具体的に「どの部分を食ったのか」に関しては、やはり完全に欠落している。エリカが関係している事は予想できる。

僕はエリカと大喧嘩した、らしい。その日を境にバイトを辞めて、家から出なくなった、らしい。その時、みく子は何をしていた? 思い出せないな。恐らくみく子の事だから、その日も弾き語りでもしていたんじゃないだろうか。何処からが悪魔に食われた記憶で、何処からが単に忘れた記憶なのか、判別が付かない。記憶なんて黙っていても掌の砂のように自然と零れ落ちるものだ。みく子。もしもこのまま記憶を食われ続けたら、食われ続けなくとも、やがて僕はみく子を忘れてしまうのかな。みく子。ナントカ教授に会いに行くと言って消えた、みく子。誰に会いに行くと言っていたかな、と僕は考えた。昨夜の会話は頭が混乱して、実際あまり理解していなかった。大体、話が飛びすぎなんだ。バイオロイド。大学の友人。電話。ナントカ教授。

ノートン教授?

みく子は「ノートン教授に会いに行く」と言わなかっただろうか。言ったはずだ。僕の中を記憶にも似た血液がドクンと一回、波を打って流れる。ノートン教授? 聞き間違いじゃなければ、それはエリカの爺さんだったはず。爺さんの研究の為に、小学二年生の日に、エリカは初めて日本に来た。その年の半年間を日本で過ごし、すぐにアメリカに帰り、その一年後に改めて日本に住んだ。僕の住む団地の近所に、厭味なくらい巨大な豪邸を立て、移住して来た。

読む事も無く、週刊アスキーのページをパラパラと捲る。みく子は「ノートン教授」の元へ行った。馴染めない呼び名だ。僕に言わせれば「エリカの爺さん」だ。みく子は爺さんの元へ行った。……どうしてそんな食い方を? 偶然にしては繋がりすぎだ。悪魔の記憶の食い方には、何らかの意図がある気がする。そして悪魔の食い方には、一定の法則がある。悪魔が食った部分は丸ごと欠落するが、それそのものが無かった事になる訳ではない。その記憶を共有する人間は、当然その事実を覚えている。それから僕自身の記憶も、断片的ではあるが、ところどころが鮮明に残ったままだ。これは一体どういう意味か?

悪魔にも好き嫌いがある。恐らく記憶であれば何でもペロリと食っている訳ではない。同じ部分でも食う部分と残す部分がある。子供が食パンを食べる時に、わざとパンの耳を残すように。大人がステーキを食べる時に、添え物のニンジンを残すように。悪魔にだって好き嫌いはある。食べられた記憶は欠落したまま取り戻せない? 否、取り戻せなくとも再び手に入れる事は出来るんじゃないか。悪魔が食った記憶は「僕が外に出なくなった原因」だ、恐らく。

それは「バイトを辞めた事」だし、「エリカと喧嘩した事」だ。どうして喧嘩した? 恋人がいる事を伝えると、エリカは怒った。怒ったエリカが何かを言った。何と言った? 解らない。エリカの爺さんの元に、みく子が向かっている。世界的に有名な爺さんだ。そう簡単に会える爺さんではないだろう。大学の友達と一緒に会う? 誰だ? 悪魔よ、みく子は爺さんに会えるか?

「会えるさ、お前が望むなら」

背後から声がした。僕はページを捲る手を止めて、慌てて振り返る。そこには古着のオーバーオールに身を包み、ニット帽を目深に被りながら、リップ・クリームを吟味する悪魔の背中があった。「おい、どっちが良いと思う?」新製品の二本のリップ・クリームを手にして、悪魔が僕に尋ねた。「この季節は唇が荒れちゃうよな」

「何やってんだ」
「リップ・クリームを選んでるのさ」
「何時から」
「お前がココに来てから、ずっとさ」
「出るぞ」
「おい、肉まんおごってくれよ」

僕は週刊アスキーを乱暴に棚に戻すと、足早にコンビニを出た。悪魔が僕の背中を追いかけながら「肉まんおごれよな」と言った。無視して歩き続ける。歩き続けたところで、残念ながら目的は無い。信号機が赤になり、呆気なく悪魔と肩を並べて立ち止まってしまった。悪魔はわざとらしく僕の肩を組むと、馴れ馴れしく耳元に口を近付けた。

「どうだ? 記憶を食われる法則でも見付けた頃か?」

悪魔は笑いながら言うと、何処から出したのか解らないが、湯気の立つ肉まんを頬張った。

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二日目:蜜編 現在 12話

世界はクール・ダウンする。
昼間の内に溜め込んだ太陽の熱は月の上昇と共に緩慢に奪われて、それが真上に来る頃には音さえ少なくなる。それでも飲み屋通りの片隅には、雑談と、喧騒と、歌声が響いていた。先日までの話だ。今は何も聴こえない。遠くからタクシーのクラクションが聴こえるが、何かを呼び止める為の音では無い。僕と悪魔は肩を並べて、赤信号の横断歩道を小走りで渡った。やがて小さな公園が見えると、その錆びたブランコの上に腰をおろした。なので世界には今、悪魔が漕ぐブランコの音だけが鮮明に響いている。


【M線上のアリア】 現在/12


悪魔は片手で肉まんを食べながら、ブランコを漕いだ。何処から出しているのか知らないが、どうせ誰かの記憶の中から出しているのだろう。ピンク色のジャージを出したのと同じように。否、もしかしたら腕の立つマジシャンなのかもしれない、やはり。仮にそうだとして、僕が記憶を食われたのは事実だ。腕の立つマジシャンの正体が悪魔なのかもしれない。先刻から数えて五個目の肉まんを食べながら「記憶を食われる法則に、気付いたか?」と悪魔は言った。

「法則? さぁね、悪魔に律儀な法則なんかあるのか」と、僕は恍けて答えた。悪魔が質問する意図が見えなかったからだ。ところが悪魔は「何だ、お前は意外と勘の鈍い奴なんだな」と面白そうに笑った。自分が出題したなぞなぞに答えられなかった小学生を馬鹿にするような、見下すような笑い方だった。なので僕は思わず「何個かの法則には気付いた」と言った。

「ほう、何に気付いた?」
「悪魔にも好き嫌いがある。記憶を食べる部分と、残す部分がある」
「ほう、よく気付いたな。だがそれは個人の好みだからな、あくまでも俺の好みだよ」

そう言うと悪魔はブランコを漕ぐのを止め、食べかけの肉まんを地面に捨てると、それを足で踏み付けた。砂にまみれた肉まんが無残に転がった。悪魔は笑いながら「昨夜は試食だ」と言った。「試食?」

「そうさ、お前の願いに対して、非常に解りやすい部分を食った、気付いただろ?」
「……僕が外に出たくなくなった理由か」
「そうさ、あの部分を食えば、お前は外に出るはずだからな、事実、今、お前は此処にいる」
「……悪魔の好みって何だ?」

悪魔は答えた。甘美な記憶。切なく、苦しく、歯痒い記憶ほど甘美なものは無い。誰かを愛し、それが叶わない事。誰かを憎み、それが癒されない事。何ひとつ上手くいかない事。嘘。猜疑。怠慢。それらの記憶は甘美だ。それ以外の記憶は味が落ちる。幸福な記憶は論外だ。一際、酷い。だから俺は幸福者に近付かない。価値が無いからだ。お前の記憶は美味いぞ。自分じゃ何も出来ないくせに、世界を変えたがっているんだろ? 甘美だ。笑えるくらいな。

「……笑えるくらい?」
「頭痛かったろ、目が覚めた時。試食なのにあんまり美味くて食いすぎちまった」
「……痛かったね、二日酔いみたいなもんかと思った」
「イエス、良い喩えだな。まぁ、次第に馴れてくるはずさ、俺達は長い付き合いになる」
「……長い付き合いね」

悪魔の法則。悪魔は甘美な記憶を好む。甘美とは、人間の感覚とは正反対。切なく、苦く、辛く、歯痒い記憶を、悪魔は好む。食われた記憶は欠落する。思い出す事は不可能だ。悪魔は記憶を食った代償として、記憶を食われた媒体の願いを叶える。それが契約だ。しかし悪魔が叶えられる願いとは、どの程度まで可能なのか?例えば、僕は明日、みく子を救えるか?

「悪魔、僕は明日、恋人を救えるか?」

「どんな方法で?」と答えて、悪魔は笑った。笑いながら再び、ブランコを漕ぎ始めた。錆びた音が世界に広がり始める。「漠然としてるな、その願いは」悪魔は言いながら、夜空の月を眺めた。雨上がりの夜空は雲が多く、その隙間に月が浮んでいる。台風前の、束の間の静寂。

「お前は、ある日突然 "自分を月に連れていけ" と願うのか?
月に行った後はどうする? 呼吸が出来なくて、すぐ死んじまうんじゃないのか?
月に行ったら、どうやって過ごす? 地球に帰りたくなったら、どうやって帰ってくるんだ?
イメージが足りなさ過ぎやしないか? 貧困で漠然とした願いが叶うとでも思っているのか?
充分な知識を蓄えておけよ、それが記憶になる。俺はお前の、その記憶を食うんだからな」

視線を月から、僕の目に移して、悪魔は付け加える。

「月に行きたいなら、ロケットを出せ。宇宙服を出せ。宇宙食を用意しろ。
帰りの燃料を積んでおけ。無線は必要か? 耐熱版が損傷した時に、修理出来るのか?
それくらいは考えておく事だ。じゃなければお前は月に行っても、すぐに死んで終わりだぜ」

そう言って、面白そうに笑った。

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二日目:蜜編 現在 13話

台風前の月は穏やかに見えるが、それは気のせいかもしれない。
月に行きたい、とは思わない。僕が感じるそれは恐らく、退廃的な思考以外の何物でもないから。地球から月まで。380000km。僕とエリカの距離。互いに振り切れなかった引力の距離。僕がみく子を救うなら、更に何万km、世界を彷徨う必要がある? そこに引力はあるか?

月に行くなら、まずロケットを望め。宇宙服を望め。宇宙食を望め。行きたいと願うだけで行けるなら便利だけれど、行ったところで死ぬだけだと、悪魔は言った。正論。僕がみく子を救うには、何を望めば良い? 救ったところで死ぬだけか、悪魔。アルビノ。みく子は、世界は白く染まるだけか? 失敗したバイオロイド。みく子。世界に色を付ける為に、僕はどうするべきだ?

「お前の力は完全か?」僕はポツリと尋ねる。
「どういう意味だ?」
「お前の記憶を食う力、願いを叶える力は完全か、という意味だ」
「完全だ」

そう答えると、悪魔は六四符的に「ククク」と笑った。
「何が可笑しい?」
「いや、人間共は遅かれ早かれ必ず、我々にその質問をするんだな、と思ってさ」
「お前の力が完全ならば、やっぱり今すぐ僕の恋人を救う事も可能なんじゃないのか?」
「ノー。それは無理だ」


【M線上のアリア】 現在/13


悪魔は静かにブランコを揺らしながら、「完全と対価は、まったく別の意味だ」と言った。
「どういう意味だ?」
「あくまでも代償だ、言ったろ?」悪魔は演説でも始めるように、咳払いをする。

「それを奇跡と呼ばせる悪魔もいるがね、俺はその呼ばせ方が好きじゃない。
俺が叶える願いは、お前の記憶の代償だ。それは等価値だ。
例えばお前が "鳥になりたい"と願ったとしよう。俺はその願いを叶えない。何故ならお前の記憶の中に、お前が鳥に生まれ変わるのに等しいだけの記憶など存在しないからだよ。俺がお前を鳥に変えた瞬間、お前は死んでしまうだろうね。記憶が一個も残らないからだよ。心臓の動かし方さえ忘れてしまう。それでも対価として、まだお前の記憶は足りない。お前は俺に借金しながら死んでいくようなもんさ。お前の記憶は全然足りない」

瞬間、悪魔は指を鳴らす。
すると手の中に、小さなハーモニカが現れた。
吹くのかと思いきや、それを吹く訳でも無く、悪魔は話し続ける。

「例えば、お前が"一流ミュージシャンになりたい"と願ったとしよう。
それも俺は叶えない。今のお前の中に、その願いに値するだけの記憶が無いからだよ。お前が俺にそれを願うなら、同等の価値を持った記憶を用意しろ。それは経験とも呼べる。毎日ギターを練習して、作曲でもして、ボイス・トレーニングにでも励んでみれば良い。それは願いと等価値の記憶になる。準備が出来たら、改めて俺に願うといい。お前が積み上げた経験という名の記憶を食って、俺はお前を一流ミュージシャンにしてやるよ。でもそうなってる頃には、わざわざ俺に願わなくとも勝手に一流ミュージシャンになってるだろうがな」

悪魔は愉快そうに笑うと、ハーモニカを口に当て、音を出した。
それは綺麗な音色だった。「昔食った奴の、記憶の中の音色だ」と悪魔は言った。
音を止めると、悪魔は話し続ける。

「じゃあ俺の力は、一体何の為にあるのかって?
記憶と代償は等価値だ。だから仮にお前が一流ミュージシャンになってるとして、必要に迫られて"俺を一流プロ野球選手にしてくれ"と願うなら、俺はその願いを叶える。お前は強靭な肉体を得て、160kmの剛速球を投げ、バックスクリーンに飛び込む特大のホームランを打てるようになる。その代わり、お前は音楽に関する一切の記憶を失うという訳だ。解るだろ?」

悪魔はハーモニカを、僕の目前に突き出した。
そして僕の目を真っ直ぐに見て、繰り返すように「解るだろ?」と言った。

「改めて言うぞ。記憶と代償は、等価値だ。そこに優劣は無い。
お前が俺に差し出す記憶と、俺がお前に与える報酬は、等価値でなければならない。明日、お前が恋人を救えるか? 無理だ。漠然としすぎている上に、巨大な願いだ。お前は死ぬね。それでも対価として、お前の記憶は足りない。まだ未熟なのだよ、お前は」

続けて高笑いして、一言。

「誰かを救うには、あまりにも未熟すぎる」

そこまで言うと、ハーモニカを吹きながら、悪魔はブランコを揺らした。僕は何も言えず、その姿を眺めた。記憶の対価。それは等価交換。未熟な記憶では、相応の報酬しか得られない。それは経験と同義。僕の経験では、みく子を救う事が出来ない。

「……分割払いってのはどうだ?」
「はははッ!」と発声練習でもするように、悪魔は笑った。
「よく思い付いたな、確かに悪魔の中には、記憶の分割払いを認めている奴もいる」

「だが、」と悪魔は言葉を続ける。

「俺は記憶の分割払いは認めない。リスクが大きいのでな。
支払いの利子で、お前はパンクするかもしれないよ。お前が支払いを終えるまで生きている保障も無い。俺はそういうリスクを背負うのは嫌いだ。俺の契約では、分割払いは認めない。一括でお願いしたいね」

「どうしても、僕に成長しろと言うんだな」
「解りやすいだろ、記憶とは成長に応じて増えていくものさ、それが健全だ」
「だけど、今は時間が無い。僕は今すぐに恋人を救いたいんだ。どうすればいい?」
「短期間で一気に成長しろ。出来るはずだ。それまでは細かな記憶を切り売りするがいい」

悪魔は立ち上がると「行け、そろそろ行動するべきではないのか?」と笑った。
「……僕を助けてくれるのか?」
「別に。面白いだけさ」
「面白い?」
「一人じゃ何も出来ないくせに、世界を変えたいんだろ?」

言いながら、僕にハーモニカを渡す。冷たい。銀色。

「悪魔、お前は僕の味方か?」
「別に。それに悪魔にも色々いる。悪魔は俺だけでは無いからな」
「悪魔、僕に恋人を救う事が出来ると思うか?」
「それが面白そうな世界なら、俺がお前を導いてやるよ、お前が俺に記憶を提供する限りな」

僕は悪魔のハーモニカを、ジーパンのポケットの中にいれた。
それから自分が何処に行くべきかを考えた。深夜。台風直前。月。引力。
「悪魔よ、僕が何処に行くべきかを教えろ、それが次の願いだ」僕は悪魔に、そう言った。

「イエス、良い願いだ」

悪魔は僕の額に人差し指を当て、メスで切開するように、その指を動かした。それから記憶を吟味して、静かに笑った。笑った後で、こんな事を言い出した。

「……ならば相応の記憶を食うぞ、おっと、その前に」
「……何だ?」
「そろそろ人格を持って呼んでもらいたいね、単に"悪魔"と呼ぶのではなくて」
「……人格?」

悪魔は何度も笑う。

「羊、俺達は共生関係に入った。悪魔と人間の契約関係ではあるが。ならばお前は、俺を人格として認めなければいけない。生物は名前を呼ばれて、初めて本当の意味で生き始めると思わないかね? 羊、お前と俺を分かつ為の名前だよ。名前が俺の命になる」
「……名前?」
「名前を呼べ、羊、それが我が命だ」
「命?」
「名前を呼べ、羊、それが我が命だ」

僕の額を切開しながら、もう一言。

「我が名は"ヴィンセント"だ、決して忘れるな」

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